家康、前田利家の苦労を痛感する
家康が大広間へ入る頃には、五人は既に待っていた。
加藤清正、福島正則、黒田長政、加藤嘉明、細川忠興。
皆、神妙な顔で正座している。
家康は部屋へ入るなり、その様子を見て僅かに眉を上げた。
(……思うておったより、大人しいのぉ。)
誰一人として顔を上げない。
三成を襲撃した際に見せた勢いはどこへ行ったのやら。
家康は静かに上座へ腰を下ろした。
少し下がった所には正信が座り、隣の部屋に寧々と茶々が待機していた。
そして――。
「官兵衛殿。」
正信の隣に座る黒田官兵衛に声を掛ける。
「はい。」
「これは……。」
家康は五人へ視線を向ける。
「何をなされた。」
官兵衛は鼻を鳴らした。
「昨日、儂と幽斎殿で絞りました。」
「……成る程。」
家康は小さく頷く。
「ほれ。」
官兵衛が五人を睨む。
「返事。」
「「「「「……はい。」」」」」
声まで小さい。
「昨日はもっと元気やったやないか。」
「父上……。」
長政が情けない声を出した。
「うるさい。」
「はい……。」
官兵衛は腕を組んだ。
「儂らが言うことは昨日全部言うた。」
一拍。
「今日は内府殿の話を聞け。」
「「「「「はい……。」」」」」
家康は静かに息を吐いた。
「では。」
五人を見る。
「何故、このような事になった。」
部屋が静まり返り、やがて清正が口を開いた。
「……俺らが。」
正則も続く。
「先に手ぇ出しました。」
「うむ。」
長政が俯く。
「相談も……。」
「せなんだ。」
「……はい。」
家康は頷くと、今度は嘉明が小さく呟く。
「……でも。」
「ん?」
「なんで……。」
嘉明は拳を握る。
「なんで、こんな事になってしもうたんやろ……。」
部屋の空気が止まった。
官兵衛が顔を上げる。
(孫六。)
そう呼ぼうとした、その瞬間――
ドンッ!!
家康の拳が畳を打ち、全員の肩が跳ねる。
「そこじゃ!!」
部屋中へ響く怒声。
家康は五人を見据えた。
「そこが分かっておらんと言うておる!!」
誰も息をすることすら忘れていた。
「お主らは今。」
静かな声へ戻る。それが余計に恐ろしい。
「『何故こんな事になった』と申したな。」
嘉明は小さく頷いた。
「違う。」
家康は首を横へ振る。
「考えるべきは、そこではない。」
一人一人の顔を見る。
「何故、相談せなんだ。何故、止める者を頼らなんだ。
何故……自分らだけで答えを出した。」
一拍置く。
「そこを考えねば、また同じ事を繰り返す。」
誰も言葉を返せない中、家康は続ける。
「腹が立った。それは結構。
治部殿に言いたい事があった。それも結構。
……じゃが。」
静かに膝へ手を置く。
「何故、誰にも相談せなんだ。
北政所様がおられた。淀の方様がおられた。官兵衛殿も幽斎殿がおられた。」
そして、自分の胸へ手を当てる。
「儂も、おった。………何故じゃ。」
沈黙。
「何故、誰一人頼らなんだ。」
五人は俯いたまま動かない。
その様子を隣の部屋から覗き見していた寧々は、そっと茶々へ耳打ちした。
「……加賀殿と同じ事、言うとる。」
茶々は小さく頷く。
「でも。」
「うん。」
「前田の親父殿より、もっと怖いです。」
二人は思わず顔を見合わせ、視線を大広間へと戻す。
官兵衛も腕を組んだまま、小さく息を吐く。
(……流石やな。)
昨日、自分と幽斎が叱ったのは「襲撃したこと」。
だが、家康は違う。「相談しなかったこと」を叱っている。
だからこそ、五人は何も言い返せなかった。
この日初めて、五人は気付いた。
「止める大人」とは、こういう人間のことを言うのだと。




