第3章 第24話:第3章ラスト 冬の向こう側
夜は、静かに深まっていった。
この日は鈴が鳴らなかった。
札も焼けない。
冬真の喉元の黒ずみも、薄く残ったまま大きくは動かない。
それでも三人とも、これで落ち着いたとは思っていなかった。
むしろ逆だ。
ここまで静かなのは、次に向こうがもっと深い形で来るための溜めにしか思えない。
囲炉裏の前に、三人が揃って座っていた。
珍しく、誰もすぐには喋らない。
火の音だけがある。
「……祓殿の床下」
やがて千歳が小さく言う。
「やっぱり、次はそこだよね」
綾人が頷く。
「ああ」
冬真は壁へ背を預けたまま、低く息を吐く。
「最悪」
「感想が一貫してるな」
綾人が返す。
「お前の前向きさの方が怖い」
「それで均衡が取れている」
「嫌な均衡だな」
千歳はそのやり取りを聞いて、少しだけ胸の力を抜く。
こういう温度のある会話が、今は救いだった。
「でも」
千歳は続ける。
「そこへ行くなら」
一拍置く。
「もう、知っておかなきゃいけないことは大体出た」
冬真の目が少しだけ動く。
「大体、か」
「全部じゃない」
千歳は正直に言う。
「たぶんまだ残ってる」
「……」
「でも、もう“何も知らないまま守られる側”ではない」
そこは、はっきり言い切れた。
冬真はしばらく黙ってから、低く言った。
「そうだな」
その一言は、小さいのに重かった。
認めたのだ。
もう前の構図には戻れないと。
「第4章で」
綾人が静かに言う。
「祓殿の床下を探る」
千歳の心臓が少し強く鳴る。
「通り道の口を見つけ、塞ぐか、ずらすか、切るか」
「簡単に言うな」
冬真が言う。
「簡単ではない」
綾人は即答した。
「だが、やるしかない」
「……」
「それまでのあいだ、今まで通り固定は続ける」
「うん」
千歳が頷く。
「戻す線も切らない」
「そうだ」
綾人は千歳を見る。
「お前はそこで手を抜くな」
「抜かない」
「でも、自分まで落ちるな」
「……努力する」
そう答えると、綾人は小さく目を細めた。
「珍しく曖昧だな」
「そこは、まだ自信ない」
正直に言う。
冬真が少しだけ目を向けた。
「そこ、正直なんだな」
「そっちこそ」
千歳は返す。
「最近は前より正直」
「不本意だ」
「でも助かってる」
そう言うと、冬真は返す言葉を少しだけ失ったみたいに黙った。
囲炉裏の火が、ぱち、と鳴る。
「……千歳」
冬真が低く呼ぶ。
「何」
「次」
一拍置く。
「祓殿の床下、行くことになったら」
千歳はじっと待つ。
「無茶するな」
出てきたのは、やっぱりそういう言葉だった。
でも今の千歳は、前みたいには受け取らない。
「そっちがね」
即答すると、冬真はほんの少しだけ眉を寄せた。
「お前」
「何」
「そこで返すの、ずるいな」
「知ってる」
その返しに、冬真の口元が本当に少しだけ緩む。
千歳はそれを見て、胸の奥で静かに思う。
まだ大丈夫だ。
まだ、この人はここにいる。
「わたしも言う」
千歳は静かに続けた。
「次、そこへ行くなら」
一拍置く。
「一人で先に抱えないで」
冬真は何も言わない。
でも、今回は否定もしなかった。
「……善処」
やがて低く言う。
千歳はすぐに首を振る。
「だめ」
「即答だな」
「当然」
そこで綾人が小さく息を吐いた。
「毎回それをやるのか」
「必要だから」
千歳が言うと、綾人は少しだけ目を細めた。
「なら結構」
その言い方が、どこか少しだけ柔らかかった。
外では雪が静かに積もっている。
冬はまだ長い。
でも、第3章はここでひとつ終わる。
契約を壊したあとに残ったもの。
冬真の中にできた通り道。
名前だけが残るかもしれないという歪な希望。
そして、それでも戻せる線がたしかにあるという手応え。
千歳はもう、守られるだけの場所にはいない。
冬真もまた、一人で抱え込むだけの形では進めない。
綾人はその二人のあいだで、次の現実を冷静に切り分けていく。
だから次の章は、
**「通り道の口へ踏み込む章」**
になる。
押し返すだけでは終われない。
戻すだけでも足りない。
知ったあとで、進むしかない。




