第3章 第23話:戻す線、進む線
昼過ぎ、千歳は仮殿の裏手で一人、冷たい空気を吸っていた。
雪は少し溶けて、地面のところどころが黒く見えている。
冬はまだ終わらない。
でも、どこかで季節の継ぎ目みたいなものを感じた。
「ここにいたか」
振り向くと、綾人だった。
「少しだけ、息抜き」
千歳が言うと、綾人は頷いた。
「必要だ」
「珍しい」
「お前が折れると面倒だからな」
「そこも面倒なんだ」
「大抵のことはそうだ」
平然と返されて、千歳は少しだけ肩の力を抜く。
「綾人さん」
「何だ」
「戻す線と、進む線って」
一拍置く。
「両立できますか」
綾人は少しだけ目を細めた。
「どういう意味だ」
「冬真を戻すのが今の線」
「……」
「でも、祓殿の床下を見に行くのは進む線」
千歳は続ける。
「戻すことだけ考えたら、危ないところには行かない方がいい」
「そうだな」
「でも進まないと、ずっと押し返すだけになる」
綾人はしばらく黙っていた。
やがて低く言う。
「両立は難しい」
「やっぱり」
「だが、どちらかだけでは詰む」
千歳は小さく息を呑む。
「戻すだけなら、いずれ限界が来る」
綾人は続ける。
「進むだけなら、その途中で落ちる」
「……」
「だから、両方やるしかない」
冷たい答えだった。
でも、正しい。
「第4章は」
千歳が言う。
「その両方をやる章になる?」
綾人は少しだけ視線を遠くへやった。
「そうなるだろうな」
「……怖い」
正直に言うと、綾人は否定しなかった。
「そうだろう」
「でも」
一拍置く。
「怖いままでも行くしかないんですよね」
「お前がそう決めた」
「うん」
「ならそうだ」
その会話のあと、しばらく二人で黙って雪の残りを見た。
やがて綾人が言う。
「千歳」
「何」
「お前が戻す線になっているのは事実だ」
千歳は少しだけ身構える。
「でも」
「それだけになるな」
昨日と同じ言葉だった。
けれど今は、その意味がもっと重い。
「戻すために、お前自身まで向こうへ寄るな」
「……」
「第4章で必要なのは、冬真を止めるだけじゃない」
「うん」
「お前が自分を使いすぎないことだ」
千歳は目を伏せる。
そこが一番難しいことも、もうわかっていた。




