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冬の底で君を呼ぶ  作者: 最後に残った形


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第3章 第22話:普通じゃない朝の決意


 朝は、驚くほど普通だった。


 囲炉裏の残り火。

 薄い湯気。

 板戸の向こうで鳴く鳥。

 怪異も、村長も、今朝はまだ来ない。


 普通だ。

 なのに千歳は、その普通のひとつひとつがひどく脆いものに見えた。


 昨夜、祓殿の床下という断片を拾った。

 つまり通り道には物理的な口があるかもしれない。

 そうなら、ただ待って押し返すだけでは終われない。

 いずれ、そこへ行かなければならない。


「起きてるか」

 綾人の声。

「起きてる」

 千歳が答えると、綾人は囲炉裏の向こうへ座った。

「冬真は」

「まだ浅い」

「そうか」


 その言い方が妙に自然で、千歳は少しだけ眉を寄せる。

「昨日から“浅い”とか“深い”とか、すごい普通に言うよね」

「状況の整理に便利だからな」

「便利って」

「感情だけで飲まれるよりはましだ」

 綾人は淡々と返す。


 たしかにその通りだった。

 分類しなければ、ただ怖いだけで終わってしまう。

 でも同時に、その冷静さが羨ましくもある。


「綾人さん」

「何だ」

「第4章で」

 そこまで言って、自分でも少しだけ息を止める。

「そこ、行くんですよね」

 綾人はすぐには答えなかった。

 けれど、否定はしない。

「その可能性が高い」

「……」

「通り道の口が現実の場所にあるなら、そこを見なければ切りようがない」

 千歳は膝の上で手を組み直す。

 怖い。

 でも、もう行かないという選択肢はない。


「わたしも行く」

 はっきり言う。


 その瞬間、奥で布団が擦れる音がした。

 冬真が起きたのだろう。

「却下」

 まだ寝起きの掠れた声なのに、返答だけは早い。

 千歳は思わずそちらを見る。

「まだ何も言ってない」

「言っただろ」

「聞いただけ」

「内容はわかる」

「ずるい」

「知ってる」

 冬真は壁際へ身体を起こしながら続ける。

「危ないとこにお前を連れてく理由がない」

「ある」

 千歳は即答した。

「今の話、わたしも関係してる」

「だからだろ」

 冬真の声が少し低くなる。

「関係してるから外すんだよ」

「それ、もう通らない」

 一歩も引かずに言うと、冬真の目が細くなる。


 綾人が小さく息を吐いた。

「朝から元気だな」

「誰のせい」

 千歳が返すと、綾人は肩を竦める。

「半分はお前たち自身のせいだ」


 その短いやり取りのあと、千歳は改めて冬真を見た。

「もう“守られるだけの方”には戻らない」

 低く言う。

「昨日も言った」

「知ってる」

「じゃあ」

「でも、だからって危ないとこまで同じにするな」

「する」

「するな」

「する」

 言い合いみたいになって、冬真が小さく息を吐いた。


「……面倒」

「知ってる」

「ほんと、その返し便利だな」

「そっちも」

 そこで少しだけ空気がやわらぐ。

 だが、言っている内容は何も軽くない。


「行くかどうかは、口を見つけてからだ」

 綾人が間に入るように言った。

「今決めるな」

「……」

「少なくとも、今朝の段階ではまだ仮定だ」

 千歳は少し考え、それから小さく頷いた。

「……わかりました」

 冬真もそれ以上は言わなかった。

 つまり、完全な否定もできないのだろう。


 そのやり取りのあと、千歳は囲炉裏の火を見つめながら静かに思う。

 普通じゃない朝だ。

 でも、もう普通へ戻ることだけを願っていても仕方がない。

 進む方を選ぶしかない。



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