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騎士になりたいんですが、闇属性の私には難しい  作者: アイム


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5

オルフェから、レンの属性について説明を受けた瞬間、部屋の空気が凍りついた。

「……闇属性?」

その言葉自体、聞き慣れない。重たい沈黙が落ちる。

最初に口を開いたのはウィルだった。

「……詳しく聞かせてくれ」

オルフェは低く息を吐く。

「鑑定オーブに触れた瞬間、レンから黒い靄が溢れ出した」

「あの子を包み込み……次の瞬間、姿が消えた」

「気づけば教会の入口へ移動していた」

「……なるほどな」

ウィルは腕を組み、考え込む。


するとリカルドが不安げに口を開いた。

「父上。闇属性とは何なのですか? 学園でも聞いたことがありません」

「あまりにも希少だからだ」

オルフェが答える。

「国単位で見ても、数十年に一人いるかどうか」

「存在そのものが少なすぎて、詳しいことはほとんど分かっていない」

部屋の空気がさらに重くなる。

「だが――」

オルフェの声音が低くなった。

「十年以上前の、隣国で闇属性の暴走が起きた」

「……っ」

アルバートたちの表情が強張る。

「あの事件は世界中を震撼させた。私も鎮圧に駆り出されていたからな」

「隣国で大量の死者を出した“悪魔召喚”――」

「学園ではそう教えられているはずだ」

リカルドが息を飲む。

「……あれが、闇属性……」

「正確には、闇属性を持った者による暴走だ」

オルフェは静かに訂正した。

イリスが不安そうにレンの部屋の方を見る。

「あなた……レンを学園へ行かせるのは危険ではありませんか?」

「隣国の闇属性は、公爵令嬢だったのでしょう?」

「もしレンの属性が知られれば……あの子は周囲から恐れられてしまうわ」

「学園入学は二ヶ月後、だったか……」

オルフェが眉間を押さえる。

「病気療養を理由に休学させるべきかもしれません」

イリスの声は震えていた。


「それは…」

アルバートが口を開き、全員の視線が向いた。

「レンは学園を楽しみにしています。それに、自分の力を理解しなければ、いずれ制御もできなくなるでしょう?

知らないままの方が危険ではないでしょうか?」


沈黙。

その空気を破ったのは、ウィルだった。

「まぁ、レンは大人しく守られてるような性格でもねぇけどな」

ふっと笑う。

「兄上。俺に任せてくれねぇか?」

「レンと話したい」

オルフェが目を細める。


「どういう意味だ」

「知らねぇから怖がるんだろ」

ウィルは椅子へ深く座り直した。

「それは俺たちも同じだ。だったら、教えりゃいい。力の使い方も、制御も、ちゃんと導いてやればいいんだ」


「……お前に心当たりがあるのか?」

「あぁ」

ウィルは短く頷く。

「闇属性の知り合いがいる」

その場の全員が目を見開いた。

「闇属性は存在しないわけじゃねぇ、昔から“悪”の印象が強すぎるせいで表に出てこねぇだけだ」

静かな声だった。

長い沈黙のあと。

オルフェはゆっくり息を吐く。


「……お前に任せる」

そして真っ直ぐウィルを見た。

「レンを――頼む」

ウィルは小さく笑った。

「あぁ」

皆、思うことはそれぞれあったのだろう。

闇属性。

その響きだけで恐怖を抱く者もいる。


けれど――。

当の本人は、そんな空気など知らぬ顔で串肉を頬張っていた。

大したものだ、とウィルは思う。

どう慰めるべきか考えていた自分が馬鹿らしくなった。

昔から猪突猛進というか。

本当に誰に似たのやら。


オルフェとイリスが辺境へ戻ってきてから、一年以上が経った。

最初の頃、レンはどこかぎこちなかった。

笑っていても、どこか遠慮していた。

けれど少しずつ。

本当に少しずつだが、レンは二人へ心を開いていった。

それでも、時間は必要だった。


夏休みの後半、アルバートとリカルドは遠征でいない。

残されたのは、オルフェとイリス、そしてレンの三人。

兄たちが発った数日後の夜。


レンはぽつりと呟いた。

「……ご飯の味がしない」

イリスは胸を痛め、オルフェは言葉を失った。

レンにとって、兄たちの存在がどれほど大きかったのか。

改めて思い知らされた瞬間だった。


その頃から、少しずつ変化もあった。

オルフェが視察へ向かう時。

魔獣討伐へ出る時。

黒い外套と鎧姿を見るたび、レンの目はきらきらと輝いた。

「父上かっこいい!」

そう言われれば、悪い気はしない。

オルフェも、レンが少しでも懐いてくれるならと、時間を見つけては相手をした。


竹刀を持ち出し、ちゃんばらごっこをしたこともある。

もっとも。

遊びのつもりだったのはオルフェだけで、レンは毎回本気だったが。

「やー!!」

「待て待て待て、本気で脛を狙うな!」

そんな声が屋敷へ響くことも増えていった。


だが――。

イリスとレンの間には、まだどこかぎこちなさが残っていた。

アフタヌーンティーでも。

散歩でも。

会話はする。

笑顔も向け合う。

けれど、お互いにどこか遠慮してしまうのだ。

レンは、イリスが嫌いなわけではない。

ただ、どう接すればいいのか分からなかった。


そしてイリスもまた、苦しんでいた。

再会しても、レンを思い出せない。

それが、何より辛かった。

さらにリカルドから、レンが生まれて間もなく教会へ預けられていたことを聞かされた時。

イリスの心は深く傷ついた。

「俺、レンのこと抱っこしてたんだよ」

夕食の席で、リカルドが懐かしそうに笑う。

「お風呂も手伝ったし、一緒に寝たりもしてた」


その言葉を聞いた瞬間。

イリスは耐えきれなかった。

ぽろり、と涙が零れる。

「え……母上?」

リカルドが困惑した顔になる。


令嬢時代なら、人前で涙を見せるなど講師に厳しく叱責されていただろう。


けれど。

もう限界だった。

「イリス」

オルフェが静かに抱き寄せる。

アルバートも優しく背を擦っていた。

レンは突然泣き出した母に驚き、固まっている。

全部、自分のせいだ。

妊娠を秘密にしようなどと思わなければ。

驚かせたいなどと浮かれなければ。

こんなことにはならなかった。

なんて愚かなのだろう。

「あなた……ごめんなさい……」

震える声で呟く。

けれど。

「いいんだ」

オルフェは否定した。

子どもたちも。

誰一人として責めなかった。

だからこそ、余計に苦しかった。


そんなイリスへ、オルフェは静かに言う。

「これから少しずつ知っていこう」

「レンのことも、家族としての時間も」

その言葉に、イリスは小さく頷いた。


涙を拭い、レンへ向き直る。

「レン、驚かせてごめんなさいね」

「リカルドも、また聞かせてほしいわ」

そして少しだけ迷ってから、そっと続けた。


「……レン」

「不甲斐ない母親でごめんなさい」

「わたくし、あなたのことを知りたいの」

「いっぱい教えてくれる?」


レンはぱちぱちと目を瞬かせたあと、ぱっと表情を明るくした。

「剣が好き!」

「ふふ、知ってるわ」

「馬と、ウィルと、お肉と、父上――」

オルフェがぴくりと反応する。

「――の鎧!」

がくっ、と肩を落とした。

それを見て、イリスがくすくす笑う。

「ふふ」

「俺は?」

アルバートがにこっと笑う。

「もちろん、アルバートお兄様もリカルドも大好きよ」

アルバートは満足そうに頷き、どこか勝ち誇った顔でオルフェを見る。

先に名前を出されたことが嬉しいらしい。


「母上は?」

イリスが少し驚いたように目を瞬かせた。

「え?」

「母上の好きなものも教えて」

その瞬間。

イリスの胸が、じんわりと温かくなった。


それから、二人の会話は少しずつ増えていった。

ゆっくりと。

本当にゆっくりと。

家族になっていくように。


そして――。

アウラが生まれたことで、二人の距離はさらに近づいた。

イリスが産気づいた夜。

レンは泣きながらオルフェに抱きついていた。

「母上……あの……」

不安そうに震える声。

オルフェに抱かれたまま、寝室へ入る。


「うっ……ふ、ぅ……」

まだ余裕はあるとはいえ、イリスの呼吸は乱れ始めていた。

それでもレンを見ると、優しく微笑みたくなる。


「レン、どうしたの……?」

「母上、痛い……?」

レンの目からぽろぽろ涙が落ちる。

「……この子も、母上の思い出を取ったら……」

部屋の空気が止まった。

レンは泣きながら続ける。

「私が全部、母上に教えるわ」

「だから……っ、ぐす……」

「私のこと忘れても大丈夫だから……頑張ってくださいね……」

「……レン――」

オルフェがレンの背を優しく擦る。


イリスは目を見開いたまま、震えていた。

そして次の瞬間。

ぼろぼろと涙を零す。

「今回は医師もたくさんいるわ……」

大丈夫よ、声が震える


「あなたを、絶対に忘れないっ……!」

「母上ぇぇ……!」


そうして。

アウラは無事に生まれた。

出産を終え、疲れ切った身体でイリスは隣を見る。

忘れていない。

ちゃんと覚えている。


レン――。

オルフェがはいって来たので呼びたかった。


けれど。

当のレンは、安心したのかオルフェの腕の中ですうすう眠っていた。

涙の跡を頬に残したまま。

それを見て、イリスはくすりと笑う。

「もう……仕方ない子ね」


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