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レンは夏の終わりに六歳の誕生日を迎えた。
今日は洗礼の日だ。
この世界には、火、水、風、地、雷、光――六つの属性魔法が存在する。
父上や兄たちは火と風。
母上は火と光。
そしてウィルは、火・風・地の三属性持ちだった。
だからレンは、自分の属性が何なのか知りたくて仕方がなかった。
この日を、ずっと楽しみにしていたのだ。
「父上、はやくー!」
ドレスの裾を揺らしながら、レンが駆け出す。
「レン、楽しみなのは分かるが、淑女が走るものでは――」
「母上もはやくー!」
「もう、困った子ねぇ」
イリスがくすくす笑う。
「えうー!」
生まれて七ヶ月のアウラも、乳母に抱かれたまま小さな手を伸ばしていた。
アウラは、まるでイリスをそのまま小さくしたような容姿をしている。
ふわふわのロゼ色の髪。
アルバートやリカルドと同じ瞳の灰色で虹彩は紫色をしている。
本物の妖精ではないかとレンが言うと
お前もそうだったよとリカルドが頭をなでる。
それを聞いていたオルフェは、ぐっと目頭を押さえる。
「あなた…」
「父上…」
イリスとアルバートにぽんぽんと肩を叩かれ、オルフェは咳払いした。
「……なんでもない」
そんなやり取りをしながら、一家は教会の奥へと進む。
そこには神父が待っていた。
「お待ちしておりました」
穏やかな笑みを浮かべ、一礼する。
「ご家族はこちらへ」
椅子へ案内され、最後にレンへ視線が向けられた。
「お嬢様はこちらへ」
「はい!」
レンは十歩ほど前へ進む。
祭壇の前には、大きなガラス玉のようなものが置かれていた。
ちょうどレンの頭ほどの大きさだ。
神父が静かに祈りの言葉を唱え始める。
女神へ捧げる祝詞らしい。
やがて詠唱が終わり、神父は優しく微笑んだ。
「では、こちらへ手を」
レンはこくりと頷き、ガラス玉へ触れた。
――その瞬間だった。
レンを中心に、黒い霧が噴き出した。
「――――っ!?」
「なんだ!?」
リカルドが見回し、オルフェが剣を抜く姿勢をとる
「……や」
怖い。
反射的に手を引っ込めた。
「父上っ」
「っ、レ――」
何も聞こえなくなった。
黒い霧が視界を覆い尽くす。
怖い。
怖い。
レンはぎゅっと目を閉じ、その場にうずくまった。
早く出たい。
怖い。
どれほどそうしていただろう。
ほんの数秒だったのかもしれない。
木の葉が揺れる音がして、そっと目を開けた。
「……え?」
教会の入口に立っていた。
「え?」
振り返る。
すると――。
「レン!!」
教会の奥から、オルフェとアルバートが駆けてきた。
「父上……アル…」
次の瞬間、強く抱きしめられる。
「無事か!?」
「――――え」
身体が動かない。
怖い。
遅れて震えが押し寄せてきた。
足ががくがくと震える。
オルフェはそのままレンを抱き上げ、大きな手で背中を撫でた。
「大丈夫だ。大丈夫……」
低い声が耳に響く。
レンはぎゅっとオルフェの首へ腕を回した。
「あなた、何が起きたの?」
イリスとリカルドも慌てて教会から出てくる。
「…分からん」
オルフェが険しい顔で答えた。
「み、皆様……」
神父が青ざめた顔で近づいてくる。
「属性が……判明いたしました」
レンの震えを感じたのか、オルフェは低く言った。
「ここで言え」
幸い、周囲には誰もいない。
神父は唾を飲み込む。
「…………火、水、風、地、雷、光」
「どの属性でも……ございませんでした」
沈黙が落ちた。
「つまり?」
オルフェが神父を促す。
神父は震える声で答える。
「…………分からないのです」
「…………そうか」
オルフェはそれ以上何も言わなかった。
そのままレンを抱いたまま馬車へ向かう。
帰路の車内は、重苦しい沈黙に包まれていた。
レンは父上の腕の中で、小さく震え続けていた。
「おーい」
ウィルが片手を上げながら声をかける。
「出かけないか?」
「……」
レンは俯いたまま答えない。
「そんな曇った顔してると、運が逃げるぞ」
教会から戻ってすぐ、オルフェはウィルを呼んだ。
レンとアウラ以外を集めさせ、今も書斎で話し込んでいる。
レンは馬車の中で眠ってしまい、そのまま部屋で休まされていた。
目を覚ましたのは昼過ぎ。
少し散歩しようと思って部屋を出たところで、ウィルに見つかったのだ。
「……わたしのこと、聞いた?」
小さな声で喉が震える。
「あぁ」
ウィルは短く答えると、レンをひょいと抱き上げた。
「…レン―――」
「…わたし、騎士になる!」
「……は?」
「だって、あれで魔物倒せたらカッコいいでしょ!」
レンは得意げに人差し指を突き出した。
ぼっ
小さな黒い火球が灯る。
「見て! さっき出せるようになった!」
「――――っ、は!?」
ウィルの目が見開かれる。
「ま、じかよ……!」
だが次の瞬間には、肩を震わせて笑い始めた。
「ウィルのお肩を守れるくらい強くなるんだ」
どやぁ、と胸を張るレン。
「背中じゃねぇのかよ」
ウィルはおかしそうに笑った。
「ウィル、お腹空いた。お肉食べたい!」
「切り替え早いなお前」
レンは決めていた。
どの属性になっても自分は騎士になるのだと。
教会に行く数日前。
アウラと一緒に絵本を読んでいた時のことだ。
表紙には、イリスみたいに綺麗なお姫様と王子様。
恋物語らしい。
魔王と勇者の話ばかり読んでいたレンは、珍しくその本を開いた。
そして九ページ目で後悔した。
物語には、お姫様と王子様の結婚を邪魔する魔女が出てきた。
長い黒髪。
緑色の目。
レンとそっくりだった。
怖くなって、本を閉じた。
やっぱり勇者の話がいい。
そう思い、本を戻した。
けれど。
教会から戻り、目覚めて
なぜか続きが気になってしまった。
後半の挿絵には、怒りに満ちた緑色の瞳から涙を流す魔女が描かれていた。
王子が剣を突き刺し、魔女が倒れている場面だった。
最後には教訓のように書かれていた。
――魔女は最初から魔女だったわけではない。
傲慢で、わがままな女だった。
王子を自分のものにしたいあまり、多くの人々を傷つけた。
悪魔と手を組み、多くの苦しみをまいたのだ。
ぱたん、と本を閉じる。
ふぅ
目を瞑り、レンは考えた。
つまり。
この人は、魔女になれるくらい凄い魔法使いだったのでは?
味方なら“大魔法使い”って呼ばれていたかもしれない。
恋人を奪おうとしたのは悪いことだ。
恋の略奪はいけないとメイドたちが話しているのを聞いた。
そして――。
「やっぱり強いって、カッコいい……!」
だからレンは決めた。
悪い魔女ではなく、強い騎士になるのだと。




