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そこに現れたのは――。
とても。
とても愛らしい女の子だった。
透き通るような黒髪。
イリスによく似た整った顔立ち。
エメラルド色の瞳は、少しつり気味で子猫のようだ。
「はじめまして、父上、母上。レンともうします」
小さく可愛らしい声。
そして、完璧なカーテシー。
……可愛い。
オルフェは思わず黙り込む。
「顔を上げてくれ」
レンがおそるおそる顔を上げた。
エメラルド色の瞳と視線がぶつかる。
緊張しているのだろう。
小さな両手をぎゅっと握り締めていた。
……可愛い。
「長い間留守にして悪かった」
オルフェは静かに言う。
「寂しい思いをさせたな」
その隣で、イリスがそっと膝をついた。
「はじめまして、レン」
視線を合わせるように、レンの目線まで身を屈める。
「あなたを一人にさせてしまって、本当にごめんなさい」
ぎゅっと握られていた小さな手を、優しく包み込んだ。
レンは一生懸命、教わった通りに微笑もうとしていた。
けれど緊張しているのか、少し顔が引きつっている。
それすら愛らしい。
「……許してくれとは言いません」
イリスの声が震える。
「これからは、一緒にいましょうね」
そっとレンを抱きしめた。
「本当に……思い出せなくてごめんなさい」
イリスは苦しそうに目を伏せる。
「どうして、こんなに可愛いあなたを忘れてしまったのか……」
「イリス」
オルフェが静かに制した。
イリスがはっと顔を上げる。
「あ……」
気まずい沈黙が落ちた。
その空気を裂くように、レンが二人を交互に見上げる。
「ちちうえ、ははうえ」
たどたどしく呼ぶ声。
「お会いできて、よかったです。しつれいいたすまし」
ぺこり、と。
レンは可愛らしくカーテシーをした。
さらに満足げに、くるっと一回転する。
「お、お嬢様……!」
後ろでメイド長が小さく悲鳴を上げる。
慌ててレンの前へ出た。
「まだです!」
「……さんじゅっぷん、まだだった?」
「まだです!」
その瞬間。
「ぶっ……!」
リカルドが吹き出した。
「あははは!」
アルバートも堪えきれず笑い出す。
「お前たち」
オルフェが冷たい視線を向けた。
だがアルバートは笑いを抑えながら肩をすくめる。
「まぁまぁ。レンも緊張しているのでしょう」
そう言って、ひょいとレンを抱き上げた。
「これから時間はたくさんあるんです。少しずつ慣れていけばいい」
レンは突然抱き上げられて目を丸くする。
「アル?」
「お兄様」
「おにいさま」
満足そうに頷いたアルバートは、そのまま扉へ向かった。
「では、少しレンを借りますね」
ガチャリ、と扉が閉まる。
残されたオルフェたちは、なんとも言えない空気の中で立ち尽くしていた。
――ウィルみたい。
それが、オルフェを初めて見た時の感想だった。
ウィルより一回りほど細いが、それでも体格は良い。
一目で強い人だと分かる。
髪はウィルより赤みが強く、瞳は灰色と虹彩は黒。
けれど雰囲気はまるで違った。
ウィルより、ずっと上品だ。
そして――母上。
レンは思う。
妖精さんだ。
その一言に尽きる。
きらきらしていて、とても綺麗だった。
抱きしめられた時、お花みたいな良い匂いがした。
今、レンはアルバートに抱っこされながら庭を散歩している。
「おにいさま……アル」
「ん?」
「……あの人たちが、ちちうえとははうえなの?」
アルバートが少しだけ目を細めた。
「どうした?」
「うーん……」
言葉が浮かばない。
レンの世界は、とても狭い。
兄たちとウィル。
乳母、執事長、メイド長。
使用人たち。
騎士たち。
それがレンの世界だった。
それが普通だった。
足りないと思ったこともない。
寂しいと泣いたこともない。
だから。
“悪かった”と言われても、よく分からなかった。
レンの世界は、ずっと満たされていたのだ。
何もしていないのに謝らなくていいのに、とさえ思う。
それに――。
誰にも似ていない。
イリスは、きらきらしたロゼ色の髪と紫の瞳の妖精。
アルバートは父上によく似た赤色の髪で、瞳は深い灰色、虹彩は紫。
リカルドはウィルに似た赤黒い髪色で、瞳はアルバートと同じ。
でも。
レンだけ、違う。
黒い髪。
緑色の目。
同じ色の人は、どこにもいない。
母上は“忘れていた”と言った。
「……うーん」
考えるほど、胸の奥がもやもやする。
難しい。
だからレンは、ぽいっと考えるのをやめた。
「あ、そんなことより見て!」
ぱっと顔を上げる。
「あのお馬さん、赤ちゃん生まれたのよ!」
「あぁ、本当だな」
アルバートが優しく笑う。
その日の昼食は、家族みんなで食べた。
父上はレンを膝の上へ乗せ、自分で食べさせてくれる。
それを見ながら、母上は嬉しそうに微笑んでいた。
「夕食は俺がレンの膝な!」
リカルドが元気よく宣言する。
賑やかで。
優しくて。
きっと、楽しいはずなのに。
レンはずっと、ほっぺが痛かった。
微笑むのは、思っていたより疲れる。
早く一人になりたい。
部屋へ帰りたい。
どうしてそんなことを思うのか、自分でも分からない。
ただ。
父上の身体は、とても温かかった。
「レン?」
気づけば、ぽてりとオルフェへ寄りかかっていた。
「寝てしまったのか?」
オルフェが小さく笑う。
「おやすみ、レン」
その声を最後に、レンの意識はゆっくり沈んでいった。




