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「あんた、マジ信じらんないんだけどっ!」
「うぅ、でも……」
今日も、レン・トワ・ヴィスタールとマリア・ルーメンのやり取りが始まっていた。
レンは次々と負傷者を運び込み。
マリアは治癒魔法を掛けながら文句を言う。
なおマリアは知らない。
ここが、レオニスのいる本陣より、かなり前へ出た危険地帯だということを。
「次っ! はい座って!」
光が弾け、兵士の傷が塞がる。
「治ったらさっさと戻って! 人手足りないんだから!」
「マリアさん、次の人です!」
「多っ!? ちょっと待って、ほんとに多いって!!」
文句を言いながらも、治癒速度は異常だった。
回復魔法だけは本物。
そのため兵達からの信頼は厚く、いつの間にか妙に懐かれている。
最初の頃。
マリアはレンを見るたび、露骨に嫌そうな顔をしていた。
無理もない。
魔物の巣窟へ半ば引きずるように連れて行かれたのだから。
だが。
負傷者を運ぶレンと、治療するマリアは嫌でも関わる。
休憩時間まで被るようになっていた。
そしてある時。
「……お風呂入りたい」
ぽつりと漏らしたマリアの言葉を、レンは聞いていた。
「マリアさん、行こう?」
そう言ってレンは、自室の浴室へ彼女を連れて行った。
それ以来、二人は急速に仲良くなった。
そもそも。
お互い違う意味で友人が少ない。
しかも年齢も近い。
だからだろうか。
休憩中、マリアはレンへ尋ねた。
「デビュタント行くでしょ?」
「でびゅ……?」
レンがきょとんとする。
「え、まさか知らないの?」
「えっ」
「いや、信じられないんだけど!」
本気で驚いた顔だった。
「私の国は十六の時だったけど、めちゃくちゃ気合い入れて行ったんだから」
―――気合いを入れて殺されに行く第一歩を踏み出したのか。
少し離れた場所で報告を聞いていたレオニスは、静かにそう思った。
レンはそんな事情など知らない。
「マリアさん可愛いから、何でも似合いそうだよね」
素直にそう言う。
「まぁね」
マリアは髪を払った。
そして小さく呟く。
「あの女さえいなければだけど」
「え?」
「ううん、こっちの話」
…………。
…………。
少し離れた場所で聞いていたセオンも、レオニスと同じ顔をした。
―――殺される案件だ。
「だってレン、そのピアスって……」
マリアがレンの耳を見る。
小さく揺れる装飾品。
その色を見て、恋人とデビュタントへ行くのだと思ったのだ。
「? これですか?」
レンは耳へ触れた。
「あ、これはですね、恥ずかしながらロイ……公爵様に買っていただいて……」
途中で、自分が当時お金を持っていなかったことを思い出す。
マリアはじっとピアスを見る。
「……ふーん」
そしてぼそり。
「なんで“人のもの”って分かると欲しくなるんだろ」
「―――?」
意味が分からないレンは、ぱっと顔を上げた。
「マリアさんも開けます?」
目を輝かせながら言う。
マリアは数秒黙り。
「……ううん、こっちの話」
…………。
…………。
皆、レンを守らなければ。
心の中で、そう思ったのだった。
討伐開始から十日目。
数日前から、黒い沼の発生頻度は明らかに減っていた。
夕方。
交代時間となり、レンが転移で迎えへ向かった時だった。
「こちらエリア四!! 黒い沼が発生後―――引きました!!」
通信が乱れる。
「こちらエリア十も同じ!!」
あちこちから黒い沼が引いたと連絡がくる。
…なんだ?
戦場が静まり返ったのは、一瞬だった。
「……エリア十六、異常あり!!」
通信魔法具を握った兵が叫ぶ。
「黒い沼の拡大速度が異常です!!」
ざわり、と本陣の空気が変わった。
レオニスは即座に地図へ視線を落とした。
……黒い沼が引いた?
そして、視線が止まる。
エリア十六。
「……詳細を」
伝令兵が息を切らしながら報告を続ける。
「十六エリア、今までの五倍以上の規模の黒い沼より、大型竜種出現!!」
――!!
その瞬間、大地が激しく揺れた。
「周囲へ瘴気を散布! 兵が次々と倒れています!!」
空気が張り詰める。
本陣の空気が凍りついた。
セオンが顔を強張らせる。
「……冗談だろ」
レオニスは静かに目を閉じ、そして開いた。
「上級騎士を直ちに向かわせろ」
「瘴気対策無しでは接近不可能です!」
「構わん。急げ」
「はっ!!」
即座に命令が飛ぶ。
その時。
通信魔法具から、耳を裂くような悲鳴が響いた。
『ギャアアアアアアアアア!!!』
続いて。
ズズズ……と、肉を引きずるような不快な音。
『こちら十六エリア!!』 『腐瘴竜確認!!!』
巨大な竜。
半ば腐り落ちた翼。 剥き出しの骨。 崩れた肉。
それなのに。
生きている。
いや――動いている。
黒い瘴気を撒き散らしながら。
『瘴気濃度急上昇!!』 『一般兵が近づけません!!』 『ぐっ……ぁ……!』
通信越しに兵士が倒れる音が響く。
「レオニス王太子!」
そこへ、レンとセオンが駆け込んできた。
レオニスは即座にレンを見る。
「レン、腐瘴竜をマグマへ――」
「すいません!!」 「地面とくっついてて、力が強すぎてできません!!」
その言葉に、場の空気がさらに重く沈む。
――――
「……ルーメン嬢をここへ」
レオニスは短く命じた。
団長クラスの騎士数名。 シグルド団長。 ロイド。 ガロ。 マリア。 レン。 セオン。
彼らは直ちに十六エリアへ向かう。
到着した瞬間、瘴気が肌を焼くように襲いかかった。
マリアが聖女の力で瘴気を払い続ける。
だが、濃すぎる。
「くそっ! これ、払い切れる量じゃない!!」 「あんたたちにバリア張ってる間に倒して!!」
ガロは纏装で自身を守る。
レンは反射を展開。
セオンはルークの背に乗り、上空から状況を伝達する。
その他の騎士たちは、マリアの祈りによる防壁の中で前進した。
そして――
ロイドの稲妻が腐瘴竜を撃ち抜く。
轟音。
腐肉が弾け飛び、巨体が崩れ落ちた。
だが。
「……再生?」
ロイドが呟く。
砕けた肉が蠢く。
骨が繋がり。 腐肉が泡立つように盛り上がる。
再び、竜が立ち上がった。
「どうなってる!!!?」
シグルドが叫ぶ。
その後も攻撃を重ねる。
だが、何度倒しても再生する。
レンは倒れていた兵士たちを次々と本陣へ転移させながら、異変に気づいていた。
再生だけじゃない。
転移が効かない。
まるで――
地面と繋がっている。
「……っ」
レンは勢いよく顔を上げた。
「セオンさん!」 「連絡が取れないエリア、ありますか!?」
上空のセオンが即座に確認する。
しばらくして、鋭い声が返ってきた。
「エリア三十が応答無しだ!!」
その瞬間。
レンは転移した。
――!!
そして数秒後。
再び転移で戻ってくる。
顔色を変えて。
「皆さん!! もう一体います!!」
全員が息を呑む。
「それが再生の原因だと思います!!」 「詳しくはあとで説明します!!」
レンは振り返る。
「ガロ!!!」
「おう!」
二人は同時に消えた。
――――
転移した先。
そこにあったものを見て、ガロが顔を引き攣らせる。
「……嬢ちゃん」 「これ、もう無理じゃね?」
見上げた先。
そこにいたのは――
黒い、巨大な“口”。
ただひたすら黒い異形。
中心で光る何かを、際限なく吸い込み続けている。
その周囲は腐り。 朽ち。 崩れていく。
木々も。 岩も。 大地さえも。
まるで世界そのものを喰っているようだった。




