32
ドワーフから聞いた、“二体の悪魔”の話。
一体は、ひたすら瘴気を撒き散らす悪魔。
そしてもう一体は――生命を喰らう悪魔。
『その二体は繋がっておる』 『もし本当に存在するなら、わしもその竜骨を一目見てみたいもんじゃ』
あの時は、ただの昔話だと思っていた。
だが今なら分かる。
「ガロ!! あれ、吸収してる!!」 「アレを止めないと終わらない!!」
レンが叫ぶ。
「はぁー……だりぃ」
ガロが巨大な剣を構える。
次の瞬間。
レンとガロの纏装が、同時に炸裂した。
轟音。
黒い口が真っ二つに裂ける。
だが。
ぐじゅり、と音を立て、再び繋がろうとした。
「ガロ! もう一回!!」 「今度はもっと小さく!!」
「……あいよっ!!」
再び斬撃が走る。
切断。
その瞬間。
レンが転移魔法を展開した。
「送れっ――!!」
裂けた半分が、マグマへと飲み込まれる。
「おお」
「やった!」
だが。
――――!!!
残された口が蠢く。
裂け目が増える。
そして。
口が、“二つ”になった。
「は?」
ガロの顔が引き攣る。
だがレンは止まらない。
「まだ小さくなってる!!」 「いける!!」
何度も。
何度も。
ガロが斬り刻み。
レンがマグマへ送り込む。
黒い口は増殖しながらも、確実に縮んでいた。
「っ……うぅ……」
レンの身体が揺れる。
「嬢……レン!!!」
鼻血が溢れる。
前半戦を走り切った身体に、転移の連続使用が限界を超える負荷を与えていた。
それでも。
レンは口元を拭い、顔を上げる。
「……ガロ」 「小さくなってる……」
やれる。
そう言いたかった。
後方では、ロイドの雷が幾度も空を裂いていた。
遠く離れたエリア十五。
腐瘴竜へ向けて。
「お願い……ロイド様っ……」
レンは目を閉じる。
痛い。
苦しい。
視界が霞む。
でも。
これを消さないと、皆が死ぬ。
父を思い出す。
家族を思い出す。
そして、ウィルの言葉が脳裏を過った。
――安全な場所にいてくれると安心する。
今、自分は安全か。
違う。
違う。
アレを倒さないと駄目だ。
本能が叫んでいる。
「ガロ!!」 「切って!! どんどん送るから!!」
ドワーフは言っていた。
――どんな生き物も。 ――どんな魔物も。 ――悪魔ですら。
この星のマグマには焼かれる、と。
――――
エリア十五。
「はぁ……はぁ……」 「動き、鈍ってないか……?」
シグルドが息を荒げながら叫ぶ。
「再生が……追いついてない!!」
「マジ……!?」 「だったら、さっさと殺れぇぇぇ!!!」
マリアの目から血が伝う。
祈りの酷使。
限界だった。
「畳みかけろ!!!」
シグルドの号令と共に、騎士たちが一斉に攻撃を叩き込む。
そして。
ロイドが空を見上げた。
――レン。
お前なのか。
再生が止まった理由。
あちらで何をしているのか、理解した。
「……下がってくれ」
静かな声。
次の瞬間。
天を裂く超雷撃が落ちた。
轟音。
瘴気ごと。
大地ごと。
腐瘴竜を消し飛ばすほどの稲妻。
一撃。
二撃。
三撃。
光が消えた時。
そこにあったのは――
砕け散った骨だけだった。
「………やったのか」
誰かが呟く。
腐瘴竜は、動かない。
そして。
――黒い沼が、消えた。
増援部隊が到着し、瘴気から現れる魔物を次々と討ち取っていく。
だが。
ロイドは空を見た。
――レン。
嫌な予感しかしなかった。
「セオン!!」
「分かってる!!」
セオンがルークを降下させる。
ロイドを乗せ、二人はエリア三十へ向かった。
頼む。
無事でいてくれ。
レンは強い。
ガロも強い。
それでも――
胸騒ぎが止まらない。
――――
到着した瞬間。
二人は言葉を失った。
静かすぎた。
あまりにも。
そこには。
エリア三十を任されていた兵士たちの死体がそこにあった。
「……っ」
セオンが即座に本陣へ報告を飛ばす。
ロイドは火魔法を灯し、周囲を照らした。
「レン!!!!」
どこだ――!!
海岸へ向かって駆ける。
通信越しにセオンの声が響く。
『ガロは重症の状態で本陣に転移された!!』
――レン。
胸騒ぎが止まらない。
そして。
倒れているレンを見つけた。
「……っ!!」
ロイドは駆け寄り、その身体を抱き上げる。
軽い。
嫌になるほど。
「――レン、起きろ!」
反応がない。
「――レン!!!」
「……っ」
唇がわずかに動く。
何かを言っている。
だが、聞き取れない。
そのまま、再び動かなくなった。
身体が冷たい。
ロイドの喉が詰まる。
「……レン?」
セオンも駆け寄る。
そこで二人は気づいた。
レンの両腕。
黒い痣のようなものが、肘まで広がっている。
「この黒いのは……」
ロイドが眉を寄せる。
「……魔力欠乏症か?」
――!!
次の瞬間。
ロイドはレンへ口づけた。
深く。
深く。
魔力を流し込むように。
セオンが息を呑む。
「―――」
「―――」
反応がない。
セオンは息を止めたまま見守る。
……頼む。
……頼むっ。
この子を連れていかないでくれ。
すると。
すうっと。
レンの身体が、ロイドの魔力を吸い上げ始めた。
「……っ」
ロイドの肩が揺れる。
レンの身体に、少しずつ熱が戻っていく。
やがて。
「……うっ」
セオンが大きく息を吐いた。
静かに、ロイドが口づけを離す。
耳を澄ませば、小さな寝息が聞こえた。
生きている。
だが。
黒い痣は、まだ肘まで残ったままだった。
ロイドが低く呟く。
「……これでは埒が明かない」 「このまま連れていく」
「あー……了解」
セオンは気まずそうに目を逸らす。
それでもすぐに動いた。
レンを慎重に抱き上げ、ルークの背へ乗せる。
近くの転送装置へ向かい――
二人を本陣へ送り返した。




