30
しばらく会っていなかった彼女と目が合う。
その瞬間。
「俺と騎士団長のシグルドを送りますね!」
レン・トワ・ヴィスタールのエメラルドの瞳が淡く光に包まれ、ぱっと笑った。
数ヶ月会わない間に、随分と変わっていた。
いや。
変わったというより――現場に馴染み過ぎていた。
装備らしい装備は一切ない。
軽装。
黒い服。
双剣だけ。
それで大丈夫なのかと言いたかった。
だが。
仕事が早い。
早すぎた。
景色が切り替わる。
次の瞬間には、魔物の群れの中心だった。
「「―――!!!!」」
周囲を異形が埋め尽くす。
黒い瘴気。
唸り声。
牙。
「レン!! お前、殺す気か!!!!」
シグルドが怒鳴る。
だが当の本人は、
「さっきマリアさんにも同じこと言われました!」
などと言いながら、軽やかに跳んだ。
魔物の間を縫う。
反射魔法が牙を弾き返し、その隙に双剣が喉を裂く。
速い。
そして迷いがない。
「レン、ふざけんな!!」
後方からセオンの怒声が飛ぶ。
だがレンは止まらない。
双剣の長さが、一瞬だけ伸びた。
――纏装。
魔力で武器形状を瞬時に変えている。
マリアには見えていなかっただろう。
まるで踊るようだった。
跳び。
裂き。
回り。
黒い髪が翻る。
「レン、次行くぞ」
青灰色の髪の諜報員――ディルクが低く告げる。
「団長、ロイド様、あとはよろしくお願いしますっ!」
そう言って笑い。
レンは再び転移で消えた。
「……ふっ」
思わず笑みが漏れる。
元気そうで良かった。
脳裏に、小声で囁いていた姿が浮かんだ。
『今日の私は一段と普通なのです』
あの妙に得意げな顔。
こんな戦場で思い出すには、あまりにも可愛らしい。
……これが終わったら。
次は彼女の行きたい場所へ行こう。
そんなことを思ってしまった。
「……団長! きりが無い、避けてくれ!!」
「っ!」
ドォォォォン!!!
巨大な魔物が吹き飛ぶ。
「お前っ……お前―――!!!」
怒鳴りながらも、シグルドは剣を振るった。
「ディルクさん、ルーメン嬢、泣いてたんじゃないですか?」
別エリアへ移動中。
セオンの言葉に、ディルクは先程の光景を思い出した。
黒い沼へ向かった時のことだ。
次々と襲い来る魔物。
レンは反射と双剣を使いながら、マリアを守って最短距離を突き進んでいた。
その速度について来れる者などほとんどいない。
ディルクですら必死だった。
その横で。
「ちょっ、待っ、おいっ!!」
マリアが半泣きで叫ぶ。
「おいって!! 聞いてんのかこのクソアマこらぁ!!!!」
……言っていたな。
ディルクは思い出して少し笑った。
まぁ。
普通の令嬢なら気絶している。
「何笑ってるんです?」
セオンが訝しげに見る。
脳裏に浮かぶのは、髪を乱しながら怒鳴っていたマリア・ルーメンの姿。
淡桃色の長い髪。
可憐な顔。
なのに口が悪い。
「……まぁ、強気だったな」
その後。
マリアは半日休憩した後、回復班へ放り込まれた。
そして。
「ほらっ!! 治ったぞ!! さっさと行けーーー!!!」
「お前!! この程度で泣くな!!」
見た目からは想像もできない暴言を吐きながら、次々と兵を回復させていく。
回復魔法だけは、本物だった。
しかも妙に兵達からの評判が良い。
「姐さん助かった!」
「次も頼みます!」
などと言われている。
……飛んだ猫被りだ。
ディルクは呆れ半分で思う。
だが。
もしクラクスコへ戻れば。
あの性格では、本当に誰かに殺されるかもしれない。
ゼフィルが“面倒”と言った意味が、今なら分かる。
「……まぁ、終わったら考えるか」
ディルクは小さく呟き。
ひとまず、目の前の異形へ視線を向けた。
レン・トワ・ヴィスタールとガロは、半日ごとの交代制で動いていた。
レンが稼働する時間帯は、常に戦場全体が慌ただしくなる。
負傷者の回収。
押されているエリアへの騎士転送。
異形発生地点の確認。
そして。
レン自身も前線へ出て、魔物を殲滅していた。
主に共に行動しているのは、セオン。
セオンが通信魔法具を片手に各隊からの報告を整理し、レンへ指示を飛ばす。
「レン、第十二エリア西側!」
「はい!」
転移。
「次、第三エリア!」
「了解です!」
また転移。
レンは既に全エリアの地形を頭へ叩き込んでいた。
恐ろしいほど正確に飛ぶ。
もはや人一人が動いている速度ではない。
そして半日後。
ガロへ交代する。
そのガロもまた、異常だった。
黒竜――ルークの背へ乗り、ディルクと共にエリア十五から三十を巡回していく。
レンと同じ双剣。
だが、大きさが違う。
レンの五倍近い長さ。
幅も倍以上。
もはや双剣というより、大剣に近かった。
それを。
ガロは片手で軽々と振るう。
「―――っ」
重い。
圧倒的に重い斬撃。
魔物ごと地面を叩き割るような一撃だった。
異形が一瞬で消し飛ぶ。
貫禄すら感じる戦い方。
迷いがない。
隙がない。
ディルクはその姿を見ながら思う。
……レンは、この男の背中を見て育ったのか。
跳び方。
双剣の扱い。
無茶な踏み込み。
レンの戦い方の原型が、そこにあった。
だが、まるで違う。
ガロは重い。
対してレンは軽やかだ。
舞うように戦う。
きっと、真似できない部分を、自分なりに変えていったのだろう。
「……こんな戦い方もあるんだな」
討伐開始から数日後。
ガロはぽつりと呟いた。
その視線の先では、騎士達が連携しながら異形を押し返している。
負傷者はすぐ後方へ下がり。
回復役が癒し。
空いた場所へ別の兵が入る。
押されたエリアにはレンが増援を飛ばし。
各隊は通信魔法で常に繋がっていた。
誰か一人に負担を集中させない戦場。
ガロは、それを静かに見ていた。
「貴殿は……ずっと一人で戦っていたのか?」
ディルクが問う。
ガロは返事をしなかった。
ただ前を向いたまま、黒い沼から現れる異形を斬り伏せる。
ディルクは静かに息を吐く。
……本当は。
討伐が終わったら言うつもりだった。
レンへ、あんな自分を削るような戦い方を教えるな、と。
もっと他に方法があっただろう、と。
だが。
その言葉を、飲み込む。
こうするしかなかったのだ。
闇属性は希少過ぎる。
ディルク自身、生きてきて会ったのはレンとガロだけ。
そしてレンを見て理解した。
生活魔法が使えない。
長時間睡眠が必要。
誰かの補助が無ければ、生きることすら難しい。
だから。
一人で完結できる強さが必要だった。
ディルクはふと前を見る。
巨大な双剣を担ぐ男。
孤独に慣れ切った背中。
そして思った。
……レンが闇属性で良かった。
この男と出会えて良かった。
一人ではなかった。
少なくとも今は。
「このまま次のエリアも頼む」
ディルクが声を掛ける。
するとガロは露骨に顔をしかめた。
「はぁー……だりぃ。じじいをこき使いやがって」
文句を言いながら。
だが、どこか嬉しそうに笑う。
ディルクは小さく笑った。




