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騎士になりたいんですが、闇属性の私には難しい  作者: アイム


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レンの転移で南東へ移動し、黒い沼を確認していくため、三人は地図を広げていた。

黒い沼の発生地点は、南東から南西にかけて広がっている。

これから確実に忙しくなる。

だからこそ、レンにはどうしても今、聞きたいことがあった。

気まずそうに視線を泳がせながら、小さく口を開く。


「あ、あの……セオンさん」

「ん?」

「ずっと聞きたかったんですけど、セオンさんは装備、重くないんですか?」

「は?」

セオンが間の抜けた声を出した。

レンは“やっと聞けた”という顔でセオンを見る。

「どうしてって……」

騎士科や魔導科では、中等部の頃から装備を身につけて訓練する。

当然、そのままでは重い。


だから皆、自分の魔力を装備へ付与し、軽量化して使っているのだ。

魔力を流し続けるわけではない。

感覚としては“充電”に近い。

「どうしてって……魔力付与してるからだろ?」

当たり前のように返しながら、セオンは首を傾げた。

……何を言っているんだ?


ある違和感が、セオンの中で繋がった。

通信魔道具が使えないのは、闇属性だから多少付与が苦手なだけだと思っていた。

そのうち慣れる、と。

だが……いや、待て。


「……もしかしてレン、魔力付与できない?」

「魔力付与?」

きょとん、とレンが首を傾げる。

もし本当にそうなら――生活魔法も扱えないはずだ。

セオンが慎重に聞く。

「レン、お湯出す時は?」

「―――?」

レンは不思議そうな顔をした。

「メイドがやってくれますけど……」

「……髪乾かす時は?」

「メイドです」

「……おい、まさか」

ディルクまで難しい顔になる。


「レン……いや、でも……まさか黒属性って、魔力付与ができない?」

セオンとディルクが顔を見合わせた。

レンは二人の反応が理解できない。

「レン、あのガロって奴と傭兵してたんだろ? その時の装備は?」

「? 反射を常に展開しているので、着けてません」

「「!!!!」」

声にならない驚愕が重なった。


レンは続ける。

「学園の時も思ってたんですけど、皆よくあんな重いの着けて動けるなって……凄いなって。でも私には重すぎて……」

沈黙。

重い沈黙だった。

そしてレンは困ったように首を傾げる。

「なので、鍛えるにはどうすればいいんですか?」

「いや……今かよ!!」

セオンが思わず叫んだ。

「―――?」

レンは本気で分かっていない顔だった。


……確かに、レンは体力がないと思っていた。だがそれは、華奢な少女だからだと思っていたのだ。

まさか、魔力付与なしで装備を着け、この数ヶ月を過ごしていたなど。

「なぜ言わない??」

二人が同時に頭を抱える。


諜報員の装備は騎士より軽い。

それでも急所を守るため、それなりの重量はある。

魔力付与なしでは、セオンですら長時間動けない。重すぎるのだ。

なのに、この子は。


レンにとっては、それが“普通”だった。そういう環境で育ち、それを疑ったことすらなかったのだ。


「待てよ……だからいつも……」

セオンの脳裏に、今までの光景が次々浮かぶ。

歩いて十分ほどで、遅れ始める。

休憩になると、その場へぺたりと座り込んで動かない。

立ち上がる時はぷるぷる震えている。

ルークに乗っている時ですら、時折ふらついて落ちそうになる。

思い当たることが、多すぎた。


なぜもっと早く言わなかった。

いや。気づくべきだったのは、自分達だ。

可哀想なほど無理をしていたのに。

それを知らず、数ヶ月も。

二人の胸へ、じわじわと罪悪感が広がっていく。

「―――?」


レンだけが、状況を理解できず首を傾げていた。

セオンは深く息を吸う。

「レン」

「はい?」

「待ってるから、今すぐ脱いで来なさい。傭兵に行く時の格好で」

それを言うので精一杯だった。

「いいんですか?」

ぱぁっと嬉しそうに顔を輝かせるレン。

その反応に、余計胸が痛む。


「……早く行け」

一刻も早く、その重い装備を脱いでほしかった。

レンが転移で消える。

残された二人の間に、気まずい沈黙が落ちた。


「……なんであの子はいつも……」

…いつも自分を大切にできないのか。


セオンは泣きそうな顔をしながら、ぐっと耐える。

ディルクは腕を組み、静かにセオンの肩へ手を置いた。

「……あいつは騎士になりたかったんだろ」

「……」

「辛いなんて、言えるわけないさ」

セオンは目を伏せる。

ディルクが続けた。


「むしろ、これから長期戦になる前に言ってもらえて良かった」

「……それは、そうですけど」

「お前が言える相手で良かったと思え」

「……」


良かった。

本当に。

言ってもらえる関係になれていて。


「お待たせしましたっ!」

元気な声と共に、軽装姿のレンが戻ってくる。それを見て、セオンは深く息を吐いた。


「……良かったな」

「はいっ。ありがとうございます!」

「まったく……お前は……」

ディルクも参ったように頭を掻く。

レンだけが、きょとんとしていた。


―――この子は、自分の無理に気づいていない。

だからこそ。

これからは、自分達が気づいていかなければならない。

二人は、そう強く思った。



ディルクは今までのやり取りを思い返していた。

レンの異常な眠気、 ふらつき、途切れかける集中力。

そして、ふと思い至る。


「……レン。魔力付与のこともそうだが、お前自身、転移や反射、纏装を使ったあと……毎回眠そうにしているよな?」

「……!」

レンの肩がぴくりと揺れた。

セオンも顔を上げる。

「確かに……」


諜報は仮眠第一だ。 騎士よりも長時間の連続睡眠が難しいことすらある。

慣れれば多少は改善すると思っていた。 だが、もし――。

ディルクは目を細める。


「あの傭兵と討伐していた時はどうしていた?」

同じ闇属性であるガロとの比較も含めて尋ねる。

レンは少し考え、


「えと……私が早朝から夕方までで、ガロはそのあと、私が戻るまで……って分けてました」

「……」

「ご、ご飯は合間で食べてて、帰ってからはちゃんと八時間寝てました……」

最後は小さな声になった。

「……すいません」


沈黙が落ちる。

…つまり

闇属性とは、本来長時間の活動に向かないのではないか。

魔力消費がそのまま精神負荷へ繋がる。 睡眠を取らなければ、レンのように常時ふわつき、判断力すら鈍る。

ディルクとセオンは顔を見合わせた。

そして同時に、

「……いや」

嫌な可能性へ辿り着く。


「あれを前線で長時間使えば……最悪、眠ったまま起きなくなる可能性もある」

セオンの呟きに、空気が重く沈んだ。

レンはきょとんとしている。

「―――?」

ディルクは頭痛を堪えるように片手で額を押さえた。

「いや、お前……諜報向いてないだろ」

「―――!?」

レンが目を丸くする。

だがディルクはそこで、ふと違和感を覚えた。


……待て。

何かを見落としている。

レオニス王太子は、何と言ってレンをこちらへ寄越した?

「なぁ、セオン。最初、レンは何て言ってた?」

「…………“お手伝い”ですね」


その瞬間、脳裏に蘇る。

―――は、はじめまして! レン・トワ・ヴィスタールと申します! レンと呼んで下さいっ! 本日よりお手伝いを賜りました!


「……言ってたな」

「……いや、今なのかよ」

二人は揃って大きく息を吐いた。

つまり。

レンは最初から諜報員として送られてきたわけではない。

魔道具は扱えず、 長時間行動にも向かず、 睡眠は最低八時間必要。


“闇属性だから”という理由だけで、周囲が勝手に高性能な特殊諜報員だと思い込んでいただけだった。


「……これから長期戦になるぞ」

「……どうするんですかね、これ」

答えは出ない。

レンは不安そうに二人を見た。

「……あの」


「とりあえず寝ろ!」

二人とも即答だった。

その日は半ば追い出されるように、レンは帰宅させられた。



レオニスは執務室へ戻った瞬間、近衛へ矢継ぎ早に命令を飛ばした。

「軍務省へ緊急召集」

「南東から南西にかけての街道封鎖準備」

「騎士団第三・第五部隊へ待機命令」

「諜報部は周辺地脈の異常を洗い出せ」

側近達が一斉に動き出す。

重い緊張感が室内を満たした。


「黒い沼の存在は、まだ伏せろ」

その一言で空気が変わる。

「王都へ流れれば混乱が起きる。商人も貴族も南へ逃げ始める」

「……では、“異形”の件も?」

「当然だ」

レオニスは地図へ視線を落とした。

「確証が取れるまで国家発表はしない」

静かな声だった。

だが、その額には珍しく疲労が滲んでいる。

四日。……短すぎる。


通常なら調査だけで数週間は必要だ。

それを今から、調査。 避難。 封鎖。 討伐準備。 補給。 他国警戒。

全て同時進行で進めなければならない。


「……ゼラント側にも連絡を入れろ」

側近が目を見開いた。

「情報共有、ですか?」

「違う」

レオニスの目が細くなる。

「“確認”だ」

ゼラント王国でも同時期に大規模討伐が起きている。ならば。


既に他国でも“黒い沼”が発生している可能性がある。

もしそうなら、これは単なる魔物災害ではない。国家規模災害だ。

レオニスは静かに息を吐いた。


「討伐だけならまだいい」

低い声が落ちる。

「問題は、“広がる”場合だ」

室内の誰も言葉を返せなかった。

そして、レオニスは小さく呟く。


「……レンを諜報へ入れたのは正解だったな」

あの少女がいなければ。

誰も、“黒い沼”の存在に気づけなかった。


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