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レンの発言で、その場の空気が一気に慌ただしくなる。
セオンとディルクは同時に動き、近衛騎士達もそれぞれ通信を飛ばし始めた。
レンはその様子を見ながら、ぎゅっと両手を握る。
……どうしよう。
この話をすれば、怒られるかもしれない。
隣国で傭兵をしていたこと。
討伐へ参加していたこと。
でも、言わないと。
小さく息を吸い込む。
「レオニス王太子……あ、あの」
「?」
急いで会議日程を確認していたレオニスが、レンへ視線を向けた。
「じ、実は……夏休みの時に、隣国ゼラント王国の北側で傭兵をしていました」
「――? ……それで?」
「ガロ……師匠と一緒に討伐を終えて、ドムさんに魔物を渡した際に、“大豊作”の話を聞きました。……そして、これは特に上質な素材になると……」
びくびくしながら話すレン。
「――――!!!」
ガタンッ!!
レオニスが勢いよく立ち上がった。
信じられないものを見るような目で、レンを見る。
周囲もしん、と静まり返った。
魔物討伐期間が長いほど、発生数が多いと推定できる。
そして、ゼラント王国の情勢は既に把握済みだ。
だが――普通の討伐期間なら、そもそも報告は上がらない。
報告がなかった理由は一つ。
レンとガロという、規格外の傭兵が最短で処理したからだ。
レオニスが低く問う。
「……その討伐は、何日で終わった?」
「に、二週間です……」
やはりか。
十五日以上長引く場合のみ、正式報告が上がる。
……報告がなかった理由を、レオニスは理解した。
レンがおそるおそる口を開く。
「ちょっと師匠に確認してきます」
そう言って消えようとしたレンを、レオニスが止めた。
「待て。……できれば、そのまま連れて来てほしい」
レンはこくん、と頷き、その場からすっと消えた。
そして、ものの数分で戻ってくる。
「嬢ちゃん、いきなりすぎじゃね? ほんと――」
現れた男に、近衛騎士達が一斉に反応する。
異常なまでの気配。
思わず剣へ手を掛けかけた騎士達を、レオニスが静かに手で制した。
「―――」
「―――」
重い沈黙。
それを破ったのはレンだった。
「ガロ、ここ行った時も、ドムさん喜んでたって言ってたよね?」
地図を見ながら問い掛ける。
「――嬢ちゃん……この状況なに?」
ガロが低い声で言う。
鋭い視線が、一人一人を確認していく。
「いきなり呼び出して悪い」
レオニスが短く事情を説明した。
しばらく話を聞いていたガロは、大きく息を吐く。
「はぁー……びびったぜ。マジで嬢ちゃん、急すぎんだろ」
頭を掻きながら、地図へ歩み寄る。
「……あー、なるほどな」
そう言って、上質素材が大量に取れた地点と時期を書き込んでいく。
レオニスが無言で地図を見つめる。
「ここが、私達が行った場所です」
全員が地図を覗き込む。
……ゼラントとクラクスコの距離。
……発生時期。
……討伐期間。
ディルクが険しい顔で呟いた。
「つまり……四日後に、ここの規模で“大豊作”か?」
レンはこくりと頷く。
しん――。
部屋が静まり返った。
レオニスが、重く息を吐く。
そして即座に声を張った。
「皆、聞いたな! 直ちに兵を集めろ! 周辺調査と封鎖準備を急げ!!」
「「はっ!!」」
敬礼と共に、近衛騎士達とセオンが駆け出していく。
ガロも「また呼べよ」とだけ言い残し、レンの転移で戻っていった。
執務室に残されたレンは、“怒られるのだろうか”という姿勢のまま、小さく震えていた。
そんなレンを、レオニスがそっと抱き寄せる。
包み込むような腕だった。
「君のおかげで助かった」
低く、優しい声。
「……隠さず話してくれてありがとう」
レンが目を丸くする。
レオニスはそのまま頭を軽く撫でると、護衛騎士を連れて執務室を後にした。
ディルクもまた、無言でレンの頭をぽん、と撫でる。
「……よく言った」
その言葉に、レンはようやく小さく息を吐いた。
そして翌日。
「……」
にこり。
レオニス・フィス・アルテミア王太子が、笑顔で座っていた。
後方には近衛騎士が三名。
完全に尋問空間である。
「レン、相変わらずだね?」
「――はいっ! 王太子様もお元気そうでなによりですっ!」
「……」
にこり。
違う。
それは“また面倒を起こしたね?”の意味だ。
セオンとディルクは、心の中で同時に突っ込んだ。
「……それで?」
レオニスが頬杖をつく。
「まず、黒い沼のこと……誰に聞いたの?」
レオニスは穏やかに微笑んでいる。
しかし、その目はまったく笑っていない。
レンだけはその違いに、まだ気づいてないのだが。
「それはもちろん、ドワーフのドムさんです!」
元気よく答える。
ガロが魔物素材を持ち込み、その流れでドワーフ達と食事をしていた時に聞いたのだ。
「…………」
「……ドワーフか」
レオニスが静かに呟いた。
セオンとディルクは、同時に頭を抱えた。
ドワーフ族。
山脈深部や地下都市に住む閉鎖種族だ。
鍛冶、魔鉱石加工、地脈操作。
特に地脈や瘴気に関する知識は、人族より遥かに深い。
だがそれは同時に、外へ簡単に漏れるものではない。
国家公認の商人ですら、関係を築ければ幸運な方だ。
なのに、この娘は。
「ご飯食べながら教えてもらいました!」
なぜ仲良くなっている。
レオニスが深く息を吐く。
――王太子、俺達も同じ気持ちです。
セオンとディルクは、心の中で頷いた。
「……レン」
レオニスが視線を向ける。
「黒い沼は、なぜ魔物を生む? “豊作”という言葉にも関係しているのか?」
「はいっ」
レンは素直に頷いた。
「瘴気が集まって液体みたいになったものを、黒い沼といいますっ」
えっへん、と胸を張る。
「ドムさんが言っていました。百二十年に一度、地下坑道でできるそうです。地脈が淀んでいる場所とか、瘴気が溜まりやすい場所で起きるそうです」
「そして……そこから、異形の魔物が生まれるのですっ」
凄いですよね?と、悪気なく付け加えた。
「…………」
「…………」
空気が一段重くなる。
レオニスを含め、その場の全員の表情が同時に変わった。
「……異形?」
ディルクが低く繰り返す。
「は、はい。普通の魔物とは違って、形や性質が安定していないので危険なんです」
レンはもう声が小さい。
空気が重くなっているのを感じているのだ。
「し、しかも……今年は大豊作で上質な武器が作れるって、ドムさんが」
「…………」
レオニスが無言で視線を落とす。
“黒い沼”の危険度が、一段ではなく三段上がった。
「国家案件ではないか……」
王太子の低い声に、レンがびくりと肩を揺らす。
「……待て」
ディルクが険しい顔で言う。
「今、“今年は大豊作”って言ったか?」
「は、はい」
レンはこくこくと頷く。
自分が何か問題を言った自覚は、まだない。
ドワーフ族は瘴気や地脈の扱いに関して、人族より遥かに深い知識を持つ。
だがそれは同時に、簡単に他へ漏れない情報でもある。
ディルクが、あの黒い沼を思い出す。
ゆっくりと、脈打つように揺れていた。
「……なら、あれが“異形の発生源で今年は大豊作”ということは…」
レンは頷いた。
そして、思い出したように言う。
「放っておくと大きくなって危険なので、早めに処理した方がいいです」
その言い方はあまりにも軽い。
セオンが小さく肩を落とす。
「処理って……普通は大規模な討伐隊を組む案件だよ」
「……なるほど」
――絶対わかっていない。
「でも、昨日出てきたのは“まだ小さい方”でした」
「小さい方!?」
セオンの声が裏返る。
ディルクは無言で額を押さえた。
もう驚くことに身体が追いついていない。
「はい。私が討伐遠征に行った時は、もっと大きいのがいて……すぐに捨てました」
――マグマにだろう。
セオンとディルクは、同時に確信した。
レオニスが静かに言う。
「……セオン、連絡しろ」
「了解しました」
セオンが即座に通信魔道具へ手を伸ばす。
「討伐隊案件だ。これは諜報の範囲を超えてる」
レンはきょとんとしたまま、それを見ていた。
「……あの、でも」
「ん?」
ディルクが振り向く。
レンは少しだけ首を傾げる。
「すぐマグマに落――」
「それはお前だけの解決方法だ!」
セオンが即答する。
ディルクも短く頷いた。
「常識にするな」
レンは納得していない顔のまま、小さく呟いた。
「……そうでした」




