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セオン・ワーティス。
アルテミア王国諜報部所属。
主な任務は、潜入、監視、情報収集、そして生還。
諜報部において最も重要なのは“情報を持ち帰ること”。
どれだけ優秀でも、死んでしまえば意味がない。
だからセオンは、生き残る術を徹底して叩き込まれてきた。
無駄な戦闘はしない。
危険には近づかない。
逃げるべき時は迷わず逃げる。
必要なら仲間すら切り捨てる。
――それが諜報員だ。
レン・トワ・ヴィスタール。
ヴィスタール家の令嬢でありながら、魔物討伐経験を持ち、さらには傭兵任務にも同行していた少女。
闇属性持ち。
転移、纏装、反射、収納。
経験を広げ、正しく導いてほしい――。
王太子からそう告げられた時、セオンは正直、自分の耳を疑った。
……何を言っているんだ、この人は、と。
闇属性持ちなど厄介事の塊だ。
しかも、若い令嬢。
どうせ力に酔った、扱いづらい娘だろう。
少し現実を見せれば、泣き出すに違いない。
――そう思っていた頃もあった。
セオンは学生の頃から、誰に対しても敬語を使っている。
家名にも感情にも踏み込みすぎずに済む。距離を保つには都合が良かった。
だと言うのに!
「レンっ…待て――」
勝手に転移しようとするレンの腕を思い切り引っ張る
「セオさん痛―――」
「当たり前でしょ?なに勝手に崖の上行こうとしてんの?危ないでしょ?見てわかんない?」
―――?
はぁと深いため息をついた。
レンに対しては、敬語を使う時間がもったいない。すぐ消えるのだ。
「レン。諜報って、何のために情報を持ち帰ると思う?」
移動中。 セオンがふと問いかけた。
「敵を倒すため……でしょうか?」
「うーん、惜しい」
セオンは苦笑した。
「倒すこと自体は目的じゃないんだよ」
「――?」
「情報があると、“準備”ができる」
セオンは下方の森へ視線を向けた。
「あそこに魔物が百体いるって分かれば、騎士団は迂回できる」
「……!」
「逆に、知らなければ突っ込んで全滅するかもしれない」
レンは真剣に聞いていた。
「他にも、敵国の兵の動きが分かれば、村を避難させられる。密輸の場所が分かれば被害を止められる。戦争だって回避できることがある」
風が、青灰の髪を揺らす。
「だから諜報は、“戦う前に勝率を上げる仕事”なんだ」
レンは目を丸くした。
「なるほど……!」
「でしょ?」
セオンは肩を竦める。
「だから僕らは、“生きて帰る”ことを最優先にする」
その声は、少しだけ真面目だった。
「死んだら情報が消えるから」
「……」
レンは静かに俯く。
セオンは続けた。
「たとえ目の前で戦闘が起きてても、情報を優先して撤退することもある」
「っ……」
レンの肩が小さく揺れた。
すぐに分かった。
この子は、それが苦手だ。
「……君は助けに行くタイプだよね」
「……はい」
レンがぽつりと呟く。
セオンは苦笑した。
「うん。だから最初、“諜報向いてないな”って思った」
「え!?」
レンがショックを受ける。
その反応に、セオンは吹き出した。
「いや、悪い意味じゃないよ」
「……?」
納得していない顔だ。
「ほんとほんと」
セオンは少しだけ目を細める。
「諜報員ってね、“未来の被害を減らす”仕事なんだ」
「未来……」
「でも君は、“今、目の前にいる人”を助けようとする」
レンは黙り込んだ。
風の音だけが響く。
「……両方は、できないのでしょうか」
小さな声だった。
セオンは、一瞬だけ目を見開く。
そして。
「それを皆できたら苦労しないんだよ」
困ったように笑った。
だが同時に思う。
――だから危うい。
この子は、自分が傷つく選択を迷わない。
だからこそ。
放っておけないのだ。
ディルク・ハーゼン。
アルテミア王国諜報部所属。
元は辺境の兵士だった。
戦場育ち。 剣を握れなければ、生き残れなかった場所だ。
魔物に喰われる人間も、仲間が死んでいく姿も、腐るほど見てきた。
だから理解している。
“生き残ること”がどれほど難しいか。
ディルクは、誰より知っている。
ディルクの属性は地。
地面の揺れ、足音、罠、崩落。
そういった“危険の兆候”を察知することに長けていた。
地属性は派手ではない。
だが、生き残るためには優秀だ。
地盤を固め、防ぎ、逃げ道を作る。
戦場で最後まで立っているのは、案外こういう属性の人間だった。
だからこそ、ディルクは初めてレンを見た時、理解できなかった。
小さい。 細い。 頼りない。
なのに。
その身体に、“闇が馴染みすぎている”。
闇属性は、本来もっと危ういと聞いている。
使えば精神を削る。 感覚が鈍る。 恐怖が薄れる。
力に呑まれ、自壊する者も少なくないという。
それなのに、レンは呼吸をするみたいに闇を扱っていた。
――気味が悪い。
それが、正直な感想だった。
しかも本人は、自分の異常性を理解していない。
転移を気軽に使い、崖を近道扱いする。
怪我を怪我とも思っていない顔をする。骨折すら、次の日には治るという。
……異常だろ。 こんな戦い方を教えた奴に、殺意すら湧いた。
「ちょっと見てて下さい!絶対動かないように!危険です!」
大型の蠍を前にして、遠くから笑顔で何を言ってるんだ。
その瞬間
ザグッ
毒々しい蠍の巨大なしっぽがレンめがけてさしたのだ
「っ……!」
目を凝らして見ると、反射によってしっぽが蠍自身を刺している。
「蠍はこう倒すのです。こういうのは得意なのです。」
と、教えるように微笑む。
…この子を囮にでも使ってたのか?
…やはり、指導者を殺すっ
「バカやろー!!なに考えてる!!!」
―――?
別の日
「レン」
「はい!」
「止まれ」
ディルクの低い声に、レンの足がぴたりと止まる。
数歩前。
地面が不自然に沈んでいた。
ディルクが小石を投げる。
次の瞬間。
ズドォン!!
地面が崩れ、大穴が口を開けた。
「……っ」
レンが目を見開く。
「前だけ見て走るな」
「はい…でもなぜ爆発したのですか?」
「人が魔物や、人を通さないようにする為だ。」
「人が……人を……?」
本気で理解できない、という顔だった。
「なぜ…?」
口に出すほど理解できないのだ。人が人を傷つけることが。対人戦など以ての外だ。
俺が構えるだけで、すぐ消える。それでいい…ずっと。
だが数秒後には、
「あっ、あそこに近道――」
「駄目だ」
即答だった。
レンはむぅ、と頬を膨らませる。
ディルクは深く息を吐いた。
この娘は、“危険”の基準がおかしい。
いや、正確には。
自分に向けられる危険だけ、驚くほど軽く見ている。その身を平気で傷つける行為をする。
それが一番厄介だった。
「ディルクさん!」
少し離れた場所から、レンが手を振る。
何か見つけたらしい。
…嫌な予感しかしない。
「……今度は何だ」
「魔物の巣です!」
やはりだ。
「数は?」
「三十くらいですね」
「戻れ」
「え?でも今なら――」
「戻れ」
少し強めに言う。
レンがぴたりと止まった。
その顔は、納得していない顔だ。
ディルクは眉間を押さえる。
「レン。諜報は討伐じゃない」
「はい…」
「お前一人で突っ込むな」
「でも、倒せます!」
「そういう問題じゃない」
レンはきょとんとした。
本気で分かっていない顔だった。
ディルクは空を仰ぐ。
……王太子は、とんでもないものを預けてきた。
強くて脆い。
放っておけば、そのうち本当に自分を壊すだろう…
「……レン」
「はい?」
「怪我を軽く扱うな」
―――?
ディルクは続ける。
「お前が無事で帰ることにも意味がある」
―――
レンは少しだけ黙り込む。
その反応を見て、ディルクは小さく息を吐いた。
まるで。
そんなことを言われた経験がないような顔だった。
……本当に、面倒な娘だ。
放っておいたら、死ぬだろう。
だから放っておけない。
そう、認めるしかなかった。




