22
夕食の席。
「――それで?」
女性陣が、にこにことレンを見ていた。
「あの後、“麗しのヴァレリア公爵様”とどこへ行ったの?」
エレナが“知っているけれど聞きたい”という顔で身を乗り出す。
今夜はオルフェとアルバートが王都へ行っているため、食卓にはイリス、アウラ、エレナ、そしてレンの四人だけだった。
「ピアスを買っていただきました」
レンは素直に答える。
会計を忘れていたことに気づき、慌ててロイドへ伝えたのだが、
『もう済ませてある』
と平然と言われてしまった。
請求しようとしたところで、耳元のピアスへ触れられ――
『もう“公爵様”と呼ぶな。いいな?』
そう言われたので、レンはこくこく頷いた。
そのままを説明すると、
「……うふふ」
「……公爵様、やるわね」
「……お姉様」
三者三様の反応が返ってくる。
アウラがじっとピアスを見た。
「…お姉様。そのピアス、公爵様から贈られたということ?」
「――? そう……なる、ね?」
レンは首を傾げる。
“ロイド様”と呼ぶ代わりに貰った。
そういう認識だ。
イリスはずっと楽しそうに微笑んでいる。
「……ブラックダイヤを選んだのね?」
「? みたいだね」
本当はお揃いだと言われたブラックダイヤも、自分用に欲しかった。
新しくピアスを開けようと思っていたのだが、
『これは俺のだ』
となぜかロイドに回収されてしまったのである。
「え? 嘘でしょう、レンさん……」
エレナは途中で何かに気づいたらしく、微妙な顔をした。
だがイリスは面白そうに笑うだけだ。
「綺麗なピアスを買っていただけて、良かったわね」
「はい。とても嬉しいです」
レンは素直に笑った。
エレナは何か言いたそうだったが、
「――面白くなりそうね」
イリスがそう微笑み、話は流されてしまった。
夕食後もしばらく談笑し、先に部屋へ戻る。
湯船に浸かりながら、レンはぼんやりと考えていた。
今までは、騎士になりたい一心で走ってきた。
だが最近、自分が周囲についていけていないと感じる。
体力も足りない。
隊列も乱してしまう。
今回の討伐でも、一年生についていけなかった。
邪魔だと言われたことも、ちゃんと覚えている。
もしこの先、遠征へ同行することになったら。
また迷惑をかけるのではないか。
――騎士になれるのか?
そう聞かれれば、答えはかなり厳しい。
騎士たちを守れる騎士になりたい。
けれど、自分には何が足りないのだろう。
湯気の中で、レンは静かに考え込む。
ふと、レオニスの言葉を思い出した。
『預かる』
あれは、どういう意味だったのだろう。
「……わからない」
小さく呟く。
結局答えは出ないまま、レンは湯から上がった。
レンが部屋へ戻ったあとも、女性陣のおしゃべりは終わらなかった。
「お義母様にも見ていただきたかったですわ〜」
エレナが余韻に浸るように話し出す。
「周囲なんてまるで見えていないんですもの。二人だけの空間で、ずっといちゃいちゃしていて……もう本当に可愛らしくて!」
レンからすれば、“こそこそ話していただけ”なのだが。
「あのヴァレリア公爵様が、あんなに楽しそうにしていらっしゃるなんて……!」
「もうっ、私も見たかったです!あの公爵様ですよ?」
アウラはまだ信じられないという顔だった。
令嬢たちに微笑みかけることなど滅多にない。
告白されれば、告白される前に釘を刺す。
そんな“氷の公爵様”が、終始機嫌良さそうに笑っていたのだ。
学園の令嬢たちが見れば卒倒ものだろう。
「信じられないと言えば……レンさんって、やっぱり……」
エレナが遠い目をする。
「あの子、全く気づいていないわねぇ」
イリスは困ったように微笑んだ。
「お姉様……心配です。お母様、教えた方がいいのでは?」
レンは、本当に知らないのだ。
男性が女性へ色を贈る意味を。
まして、自分の色を渡し、 相手の色を身につけることが、 どれほど特別なのかを。
「公爵様も大変ねぇ」
イリスがくすくす笑う。
「? 何がです?」
アウラだけがきょとんとしていた。
イリスとエレナは顔を見合わせ、
「「ふふふ」」
意味深に笑うのだった。
休日明け。
オルフェから、午後はレオニス王太子の執務室へ来るよう言われていた。
だから、ある程度の心構えはしていた。
……していたのだが。
久しぶりの学園へ向かう足取りは、どうしても重くなる。
レン以外は、五日間の休日だとロイドから聞いていた。
つまりまた、自分だけが取り残される。…あの孤独な場所へ戻るのだ。
自分で決めたことだ。
……やるしかない。
でも、辛い。
何度も心の中で反芻しながら、レンは制服へ着替える。
ぱちん、と軽く頬を叩いた。
「……よしっ」
訓練場近くへ転移し、そのまま歩き出す。
一年生たちも、実地遠征には最後まで残っていた。
だが初日以降、ほとんど関わっていない。
だから当然、今日も――
「「レン様!! おはようございます!!」」
「!!!?」
びくり、と肩が跳ねた。
一年生全員が、綺麗に並んでこちらを見ている。
レンは反射的に後ろを振り返った。
教官に言ったのかと思ったからだ。…だが、誰もいない。
恐る恐る視線を戻し、レンは下でぎゅっと両手を握る。
「お、おはようございますっ」
できるだけ大きな声を出したつもりだったが、少し震えてしまった。
その中から、一年生の代表らしき男子生徒が前へ出る。
「レン様のおかげで、俺たちはここにいます!」
真っ直ぐな声だった。
「実地遠征を最後までやり遂げられたのも、貴方のおかげです! 一同、感謝しています!!」
「「ありがとうございました!!」」
「きょ、恐縮です……」
頑張ったのは皆の方だ。そう言いたかったが、緊張でうまく言葉が出てこない。皆、なぜか目を輝かせてレンを見ている。
レンは、連絡係と負傷者の運搬をしていただけだ。そこまで感謝される理由が分からない。
一年生たちはそんなレンを見て、 “怯えた子猫みたいだ” と思っていたが、本人は知らない。
その後ろで様子を見ていた教官が、ゆっくりとレンの隣へ並んだ。
「ここに、誰一人欠けることなく立っていられるのは――たしかに彼女のおかげだろう」
静かな声が響く。
「だが、君たちもよく耐えた」
教官は一年生たちを見渡した。
「大規模討伐だったにも関わらず、“残りたい”と言った。……よく頑張った」
遠征初日。
毒虫の群れに襲われた時、教官は撤退を考えていた。経験の浅い一年生を守るためだ。
『あれくらいなら、私が退けますよ?』
一年生たちは絶句した。
レンは一年生たちの顔を見て、はっとした。
――本当は帰りたかったのかもしれない。
余計なことを言ってしまった、と反省する。が、実際は違う。
彼らはただ、 “何を言っているんだこの人” と衝撃を受けていただけだった。
数日後には、
『レン様がいるなら大丈夫です!!』
と、逆に一年生側が教官を説得し始めていたのだが。
もちろんレンは知らない。
レンは思い出したように、うんうんと頷く。
その様子に、一年生たちの空気がふっと和らいだ。
「―――?」
不意に静かになり、レンは隣の教官を見上げる。
!!
怖い顔の、怖い教官が。
泣いていた。
「……君がいてくれたから」
掠れた声が落ちる。
「教え子を失わずに済んだ……ありがとう」
……ありがとう、と。
レンはぶんぶんと首を振った。
「と、とんでもないですっ。あ、あの……!」
勇気を出して、一年生たちへ向き直る。
「頑張ったのは皆さんの方です。皆さんが支えてくださったから、最後まで頑張れたと思います。さ、支えてくれて…ありがとうございました!」
精一杯、頭を下げる。
ぱち、ぱちぱち、と柔らかな拍手が返ってきた。
「……はぁ」
レンのどこか拍子抜けするような返答に、教官は脱力したように息を吐いた。
そしてそのまま、いつもの調子で――
「――10キロ走!! その後、ダッシュ、スクワット、腕立て百回!!」
「「はいっ!!!」」
一気に訓練モードへ戻る。
そして。
教官は横にいるレンをちらりと見て、
「お前は半分だ」
と、初めて笑った。




