21
「魔力を纏っているんだ。普通に分かる」
「――たしかに」
外見は完璧に変えていても、魔力までは隠せない。
レンはなるほど、と納得した。
……ちなみに、完璧に変装できていると思っているのは本人だけだ。
エレナたちと別れたあと、レンはロイドと共に馬車へ乗り込んだ。
「ふふ……どうぞどうぞ」
なぜか彼女は妙に興奮していた。
ロイドは当然のようにレンの肩へ軽く手を添え、慣れた動作で馬車まで導いた。
――なるほど。
レンは“今度からエレナにもこうしよう”と心に決めた。
「ところで公爵様、どちらへ行かれるのですか?」
「……少し付き合え」
ロイドは脚を組み、肘掛けへ頬杖をついた。
そのまま僅かに目を細める。
「ところで、なぜ“公爵様”なんだ?」
低く落ちる声に、レンは瞬きをした。
「―――?」
ロイドは逃がさないように視線を向けたまま、静かに続ける。
「レオニス王太子に会ってから、俺をそう呼ぶようになったな」
ぎくり、とレンの肩が跳ねる。
たしかに最初は“ロイド様”だった。
だが、初めてレオニスへ会い、王城まで送った帰り際。
耳元で静かに囁かれたのだ。
『レン……ロイドはね、私の恋人なんだ』
レオニスはにこりと微笑んだ。
「!!!!」
レンは衝撃を受けた。
メイドたちがそういう話をしていたのを聞いたことがある。
恋人とは、特別な相手だ。
『……だからね。私が嫉妬してしまうから、アレを名前で呼んではいけないよ?』
『わかったね』
後ろに控えていた近衛騎士たちが、“また始まった”という空気を出していたことを、レンは知らない。
恋人。
初めて向けられたその言葉に、レンの心臓はどきどきと大きく鳴った。
「しょ、承知しました!!」
レンは勢いよく頷いた。
――他人が、好きな人の名前を気軽に呼んではいけないのだろう。
それ以降、レンはロイドを“公爵様”と呼ぶようになっていた。
「そ、それは……どこで誰が聞いているか分かりませんし……」
レオニス王太子の耳に入ったら、嫉妬してしまう。
「……名前を呼ぶことを許したのは俺だが?」
ロイドは“本人が呼べと言っている”とでも言いたげな顔で見据えてくる。
――恋人同士なのだから、私は気を遣っているというのに。
なぜ分からないのだろう。
レンは少しむっとした。
そういえばレオニスは、
『まぁ、秘密にはしていないがね』
とも言っていた。
立場のある人だ。 恋人というのは隠すものだと思っていたので、レンは少し驚いたが、王族は違うのかもしれない。
だからきっと、王城では有名な話なのだろう。
「……レオニス王太子が許しません」
言ってやった。
恋人の気持ちを汲めないロイドへ、きちんと伝える。
ぴくり、とロイドの眉が動く。
「……王太子? 何か言われたのか?」
怪訝そうな視線が向けられる。
――え?
まだ分からないのか。
レンは本気で引いた。
仕方がないので、直接教えてあげることにする。
ふぅ、と一度息を整えた。
「いいですか?」
レンは真剣な顔でロイドを見る。
「他人が恋人の名前を呼んでいるのを、快く思わない人もいるのです」
そして、びしりと言い切った。
「公爵様は、もっとレオニス王太子の気持ちを考えるべきです」
そう言い切り、レンはうんうんと頷いた。
今のはちゃんと伝えられた気がする。
「……なに?」
ロイドの表情が、すっと消えた。
空気が冷たく変わる。
「……つまり、お前は王太子の恋人だと?」
低い声だった。
少し苛立ったようにロイドが言った。
!!?
なぜそうなる。
レンは衝撃を受けた。
――公爵様が、私を恋敵だと誤解している……!
それは大変だ。
「ち、違います!」
レンは慌てて首を横に振った。
なんだかロイドが怖くなってきて、声が震える。
「あ、愛し合っている恋人は、公爵様と王太子ですっ。わ、私は恋人などではありませんっ。関係ないのです……!」
だから睨まないでください――。
レンはびくびくと肩を震わせながら、必死に訴えた。
「…………は?」
ロイドの思考が停止する。
「……な、に?」
金色に、水色の虹彩が浮かぶ瞳が大きく揺れた。
理解できない、とでも言いたげに。
馬車の中へ沈黙が落ちた。
「……つまり、お前と王太子は恋人ではないんだな?」
低い声が落ちる。
レンはこくこくと頷いた。
「俺が王太子と――」
そこでロイドの眉間に皺が寄る。
「……は」
乾いた笑いが漏れた。
ロイドは額へ手を当て、深く息を吐く。
あの性悪王太子め……
ぼそり、と呟いた。
―――?
レンは首を傾げる。
ロイドはそのまま、きゅっと握られていたレンの両手を取った。
強張った指を解くように、優しく触れる。
「俺に恋人はいない」
きっぱりと言い切った。
―――?
では、王太子の片想い――。
レンがそう考えたのを察したのか、ロイドは呆れたように目を細める。
「王太子は既婚者だ。子供もいる」
「えっ!?」
レンは目を見開いた。
「お前は揶揄われたんだ」
ロイドは疲れたように息を吐く。
レンが放心している間に、いつの間にか目的地に着いていた。
「これなら、お前に合いそうだ」
どうだ、と言われてレンはハッとする。
――いつの間に?
びっくりしてロイドを見上げ、次にその視線の先を追った。
「……う? わ、可愛い」
レンはケースの中の輪型のピアスに目を輝かせた。
輪を通して一粒の石が揺れている。隣には、三日月の形をした石も並んでいた。
「輪っかにも色がございますので、宝石と組み合わせることもできますよ」
店員がいくつかの輪型を持ってきて説明する。
「あ……これに、これとこれをつけて見せてください」
レンは黒い輪に視線を留めた。
そして、ルークの金の瞳と、自分の緑を思わせる石を選び、輪に通してもらう。ひし形を細長くしたようなカットの石が、上品に揺れていた。
「可愛い……」
これはいい、とすぐに決まる。
もう一つはどうしようかと悩んでいると――
「お揃いも素敵ですよ?」
店員が、そっと別のケースから差し出した。
そこには、シンプルな一粒のブラックダイヤと、角度によって銀にも水色にも見える不思議な石が並んでいた。
レンの右耳の軟骨には、すでに二つの穴が空いている。
カツラで隠れて見えないはずなのに、それに気づいたのだろう店員は小さく微笑んだ。
「お揃いで飾ってもよろしいかと」
――!!
「嬉しい……それもいいですね」
思わず気持ちがこぼれた。
「――お前……いや、いい」
ロイドは途中で言葉を切り、額に手を当てた。
「……続けてくれ」
―――?
何か言いかけていた気がするが、レンには分からない。
首を傾げつつも、そのまま店員と相談を続け、購入を決めた。
「そのままつけていけ」
ロイドの言葉に、レンは素直に頷いた。
それが特別な意味を持つものだとは、まだ気づいていない。
レンは店員と一緒にその場で耳に付け替えた。後ろの留め具は、一人ではうまく扱えないためだ。
ふと、右手がひやりとする。
――あ。
ロイドが少し離れたことで、初めて気づく。
さっきまで、ずっと手が繋がれていたのだ。
あまりにも自然で、気づいていなかった。
……公爵様は、こういうことを普通にする人なのか。
そう思って、不思議と納得できてしまう。
ミルクティー色のロングヘアを耳にかける。
そこに輝くのは、一粒のムーンストーン。
その下には、黒い地金に金とエメラルドの石が飾られている。
「とてもお似合いです」
店員は、感極まったように呟いた。
ロイドは一瞬だけレンの横顔を見て、
「……悪くない」
とだけ言った。
――公爵様の褒め方は、どこか父上に似ている。
レンはそう思いながら、嬉しそうに、少し照れたように微笑む。
「ありがとうございます。嬉しいです」
そして――
「……行くぞ」
ロイドは短く言うと、当然のようにレンの手を取った。




