20
討伐遠征が終わって、数日が経っていた。
レンは十日の休暇を与えられた。
丸三日。 食べては寝て、食べては寝てを繰り返した。
メイド長が甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。
帰還した時、自分の頬が少し痩けていることに気づいた。
……たしかに、皆もそうだった。
兵士たちは隈も酷く、疲労を隠せていなかった。
四日目。
少し身体を動かしたくなり、レンはガロのいる『フクロウ亭』へ向かった。
「……嬢ちゃん、ふざけんな。おらぁ五十になるんだよ。わかるか?」
オルフェの指示でヴィスタール領の討伐を終えていたガロは疲れ切った顔で、昼間から酒を煽っていた。
「全然動けねー。嬢ちゃんの偉大さを知ったわ……。嬢ちゃんいねぇの、きっつ……」
そこまで言って、ガロはカウンターへ突っ伏す。
どうやら寝たらしい。
いつものことなのだろう。 店主は特に気にした様子もなかった。転移して部屋に運ぼうかとも思ったが、人目がありすぎるのでやめた。
ルークに会うため、レンは森へ向かった。
オルフェも気にかけてくれているのか、時折魔物を運んでくれている。
レン自身も討伐中、休憩の合間に差し入れ――魔物の死骸を持って会いに行っていた。
「ルーク!!」
「ギャウギャウ!」
ルークは嬉しそうにレンの首へ顔を擦りつける。
「……あれ? 大きくなった?」
なんとなく、以前より身体が大きい気がした。
その日は、ひたすらルークとじゃれて過ごした。
その日の夜。
レンはオルフェと共に王都の屋敷へ向かう。
入学してからというもの、レンは学園で少し浮いた存在になっていた。
だからこそ、アウラのことが心配だった。
「お姉様……私は大丈夫よ。本当に。そんなことより、無事でよかった……!」
抱きついてきたのは、ロゼ色の髪に、オルフェ譲りの灰色の瞳、その虹彩だけが紫に染まった少女――アウラだった。
「もぉ、困った子ねぇ」
同じくロゼ色の髪に紫の瞳を持つイリスが、困ったように笑う。
「母上ー」
「あらあら。子供の頃に戻ったみたい」
ふふっと微笑み、イリスもレンを抱きしめた。
――懐かしい。
そう思ってしまうほど、胸が温かくなる。
気づけば、少し涙が滲んでいた。
アルバートと、その妻エレナも交えて夕食を囲む。
心が温かかった。
――ここが、私の帰りたい場所だ。
なお、次兄リカルドは西部勤務のため不在だった。
明日はそちらへ顔を出そうか、とレンは考える。
「レンさん。よければ明日、お買い物へ行きませんか?」
エレナが優しく微笑む。
「エレナっ」
アルバートが焦ったように声を上げた。
――今回の討伐で、レンの力は多くの者へ知られてしまった。
そのため、家族や関係者へ目を向けられる可能性もある。
アルバートは現在、国王陛下直属の近衛騎士として王城へ勤めている。
討伐中には、国王陛下と王太子から直接呼び出され、レンについて問われたらしい。
帰宅してからというもの、アルバートはオルフェと共に、レンの身を案じ続けていた。
「……えっと、私――」
そもそもレンは、領地以外でこういった場所を出歩くこと自体ほとんどない。
イリスやアウラと出掛ける時でさえ、ほとんどが屋敷の敷地内だった。
「大丈夫! いい考えがあるの――」
エレナはにこにこと笑う。
どうやら、アルバートから事情は聞いているらしい。
「――?」
レンはきょとんと首を傾げた。
そして翌日――
「きゃーっ! 可愛すぎます!」
アウラとエレナの声が綺麗に重なった。
「っ……」
レンは居心地悪そうに視線を逸らす。
今のレンは、淡いミルクティー色の髪のカツラを被り、薄いラベンダーのドレスへ身を包んでいた。お化粧もばっちりされた。
…久しぶりのドレス姿だ。
特に胸元が落ち着かない。
「まぁ、素敵じゃない」
イリスが嬉しそうに微笑む。
「レン……その、あまり――」
“あまり一人になるな”
オルフェはそう言いかけて、口を閉じた。
――いや、この子に言うことでもないか。
絡まれて危険なのは、むしろ相手側だ。
「……あまりに可愛い」
結局、そんな言葉になった。
レンとエレナ、そして護衛二人を連れて、王都へ買い物に来ていた。
明茶色のさらさらの髪に黄緑色の瞳のエレナは、王都に慣れていないレンを優しく案内してくれる。
普段いる領地とは違う煌びやかさに、レンは終始そわそわしていた。
そんなレンの手を引きながら、エレナは様々な店を見て回る。
新しくできたカフェ。 流行りのスイーツ。
レンは目を輝かせながら楽しんでいた。
食事のマナーだけは完璧なので、そこだけは少し自信がある。
会話も弾み、とても穏やかで楽しい時間を過ごしていた。
帰り際、注文していたアクセサリーを取りに行くと言うので、レンも一緒について行った。
エレナは護衛を連れて店の奥へ向かう。
その間、レンは壊さないよう慎重に商品を眺めていた。
――あ、ピアス。
レンは、今もウィルから貰ったピアスをつけている。
だが長年使っているせいで、少し色褪せてしまっていた。
だから今度は、自分で買ってみようと思っていたのだ。
ただ、好みの輪型はあまり置いていない。
「うーん……」
悩んでいると、
「……何をそんなに見ている?」
低い声が降ってきた。
顔を上げると、そこにはロイドが立っていた。
「なっ……!?」
びっくりした。
――ロイド・リ・ヴァレリア公爵様だ。
その瞬間、レンの直感がぴんっと働く。
今の自分は、お化粧とミルクティー色のカツラで変装中。
つまりロイドは、自分だと気づいていないはずだ。
――この人、普通に女性を口説いているのでは?
レンが密かに衝撃を受けている間にも、ロイドはショーケースへ視線を向ける。
「これがいいのか?」
「え? いや、こんな石がいっぱい付いてるのはちょっと……」
――あ、普通に答えてしまった。
「そうか。なら、これは?」
「石がないのも……あ、あの」
また素直に答えそうになり、レンは慌てて気を引き締める。
「?」
ロイドが僅かに首を傾げた。
「こ、このような見ず知らずの令嬢に、いきなり声をかけるのは駄目だと思います」
うんうん、とレンは心の中で自分を褒めた。
ちゃんと言えた。
するとロイドは、
「……ふっ」
堪えるように片手で口元を押さえた。
――?
「……私は、知らない令嬢に声をかけてしまったのか?」
「そうです。公爵様ともあろうお方が、お一人で出歩くのも危険です」
レンは真面目な顔で力説した。
今日だけでも、貴族の令嬢や令息は皆、当然のように護衛を連れていた。
「それに、見ず知らずの令嬢が何をするか分からないのです」
「…………」
ロイドは黙った。
数秒後。
「……確かにな」
ぽつりと呟く。
その声は、微かに震えていた。
「……貴方は危ない令嬢なのか?」
ロイドはミルクティー色の髪を一束指に絡める。
熱を帯びた瞳のまま顔を寄せ、低く囁いた。
―――?
――いつもの自分なら、危ない人かもしれない。
レンは真剣に考える。
森へ行くし、魔物も倒す。
だが今日は違う。
皆から“可愛い”と言われたことを思い出し、レンは少し胸を張る。
そしてロイドにつられるように、こそこそと囁き返した。
「今日の私は、一段と普通なのです」
ロイドの肩が小さく震える。
とうとう堪えきれなかったらしい。
―――?
「あら?そちらの方は――っ!?」
エレナの声に、レンは飛び上がる。
―――!!
バレてしまう。
咄嗟に、身体を小さく縮こませた。
「し、失礼しました。ヴァレリア公爵様」
「いや、構わない」
まだ、肩が震えている
こそこそ話す二人がどう見えたのか、周囲からちらちらと視線が向けられている。
店員など、すでに遠い目をしていた。
はぁ、とロイドは息を整える。
「レンを少し借りてもいいだろうか?」
「え?」
「……え?」
エリスは、“レン”と呼び捨てにしたことへ驚き、
レンは、“最初から気づかれていた”ことに驚いていた。




