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疲弊した討伐隊へ向け、レンは精一杯声を張る。
「おはようございます! 長い討伐、本当にお疲れさまです! 皆さまのおかげで、魔物はかなり減っています!」
ぎゅっと手を握る。
「皆さまが戦ってくださったから、たくさんの人が助かりました! あと少しです! 一緒に頑張りましょう!」
ふわりと笑った。
ぱちぱちぱち、と拍手が起こる。
連絡係として、しっかり皆へ伝える。
張り詰めていた空気が少し和らぎ、その熱が広がったところで、騎士団長が前へ出た。
空気が変わる。
「……ここまで、本当によく戦い抜いた」
低い声が静かに響く。
「だが、最後の最後こそ最も危険だ。気の緩みは死に繋がる」
討伐隊を見渡し、
「守るべき者のために剣を振るえ!
隣の仲間を、生きて帰せ……
そして、お前たちも必ず帰ってこい!」
「総員、最後の討伐を開始!!」
「おおおおおお!!!!」
レンもうんうんと頷きながら拍手した。
討伐開始から、十日が経っていた。
ガロとレンが傭兵として参加していた頃でも、最長で二週間前後だ。ガロが「あー、だりぃ。嬢ちゃん帰るぞ」で終わらせるほど、殲滅速度が異常に速かったのである。
もっとも今回は、ガロもヴィスタール辺境伯領で多発した魔物討伐へ回されているらしい。
「おはよう、レン。相変わらずの演説で癒やされるよ」
そう声をかけたのは、この国の王太子――レオニス・フィス・アルテミア、二十八歳。
水色の髪に、灰色の瞳。 その瞳の中心には、宝石のような緑色が浮かんでいる。
後ろには五人の近衛騎士が控え、静かにレンを見据えている。
「お、おはようございます! 王太子殿下っ」
「……レン。私たちの間だよ?、“レオ様”と呼ぶよう言ったはずだが?」
「は、はい! レオ様、おはようございます」
レオニスは微笑む。
レンは、この王太子がこわい。
理由は、討伐から数日のこと。
野営本部へ、レオニスが突然現れたのだ。
「お、王太子殿下……」
「やぁ、シグルド騎士団長。貴殿の報告に興味を持ってね。直接見たくて来てしまったよ」
「……っ。しかし、ここはまだ危険で――」
「君がレン・トワ・ヴィスタール嬢だね。なるほど、皆が言うように愛らしい子だ」
すっと、値踏みするような視線が向けられる。
「…何しろ、私が主催するデビュタントにも現れない深窓の令嬢だ。どんな子か気になってね」
「あ……申し訳――」
その時、ロイドがすっとレンの前へ出た。
「王太子殿下。彼女のデビュタントは来年ですよ」
にこりと笑う。
「……そうだったか。うっかりしていたよ。ヴァレリア公、感謝する」
ふっとロイドへ笑いかけ、再びレンを見る。
「――ヴィスタール嬢、
お詫びにティーセットを用意した。少し付き合ってくれないか?」
にこり。
――大丈夫です、とは言えない。
圧が怖い。
「は、はい!」
その瞬間、ロイドの笑みが僅かに消えた。
「なに、時間は取らせない。そうだな……四十分後には返すよ」
そう言って、優雅にレンを連れていく。
「ヴィスタール嬢……いや、私も“レン”と呼びたいな」
――いいかな?
そんな穏やかな声だった。
だがレンには、
――いいよね?
に聞こえる。
「こ、光栄でございます」
ぎゅっと手を握る。
「レン。早速だが、ヴィスタール卿に会いたいんだが」
――行けるよね?
父上。断れません。ごめんなさい。
応接室では――
「…………」
「しかし……それは……っ」
向かい合うのは、優雅に紅茶を口へ運ぶレオニス王太子と、渋い顔をしたオルフェ・トワ・ヴィスタールだった。
「……貴殿も、そう危惧したからこそ、彼女を自分の騎士団から遠ざけたのではないか?」
レオニスは静かに言う。
「彼女を中心に動けば、周囲は彼女頼りになる。いざという時は彼女を求め、そして――いずれ、彼女のせいにするだろう」
人とは、そういうものだ。
「…………はぁ」
オルフェは深く息を吐いた。
「今回の件はこちらで対処しよう。彼女には……本人次第だが、私の管轄下で動いてもらう」
――否は許さない。
そう言外に告げる視線だった。
「それに……彼女を護る役は、何人いてもいい。……ヴァレリア公のような者がね」
「…………」
――“レン次第”とは、よく言ったものだ。
オルフェは小さく目を閉じる。
「……あの子は、求められれば応えてしまうでしょう」
「……だろうね。だからこそ、放置できない」
レオニスは静かに返した。
ふぅ、とオルフェが息を吐く。
「……承知しました、殿下。あの子を……娘を、よろしくお願いいたします」
そして静かに頭を下げた。
その頃レンは、近衛騎士の一人と話をしていた。
彼は話しやすく、会話もとても楽しかったのだ。
「いずれ一緒に働けたらいいね」
冗談めかして言われ、レンは
「そうですね」
と素直に笑う。
もちろん、その言葉の意味を深く考えてはいなかった。
「あっ、殿下への指示書忘れちゃった」
近衛騎士が焦った声を上げる。
「それは大変ですね。一緒に行きましょ!」
だがレンは、王城の詳しい場所を知らない。
そのため学園の屋根から視界に入る屋根へと転移を繰り返し、王太子の執務室へ向かった。
「……君、本当に王城へ侵入できるんだね」
後ろで、近衛騎士がぼそりと呟いた。
?
レンには聞こえていない。
王太子の紋章が押された封筒を受け取り、レンは再びヴィスタール領へ転移した。
その後、メイド長に呼ばれ、応接室へ通された。
レオニス王太子は、ぽんぽんと自分の隣を叩き、レンはそこへ、ちょこんと座った。
「それでは討伐終了後、彼女は私の監視下として預かりますね」
了承も得たことだし、とレオニスは封筒をオルフェへ渡す。
「はい?」
レンはきょとんと、オルフェとレオニスを交互に見た。
レオニスはにこりと笑い、オルフェは深くため息を吐いている。
それからお茶を飲み、レオニス王太子を見送った。
また明日、執務室へ討伐報告に来るよう言われる。
ちなみにレンは、きっちり四十分後に帰ってきた。
翌日。
レンは真面目に討伐報告をしていた。
それを聞いた近衛騎士が、ふっと笑う。
「……そうだね。私も見てみたいから、一緒に行こうかな」
――にこり。目が笑ってないのをレンだけは気づかない。
それから毎日のように、報告後はレオニス王太子の送迎も仕事になっていった。
休憩中、レンはオルフェのもとを訪ねた。
「……全て先回りされていて、話し合う時間などなかったな。
まぁ、こうなった以上、どうすることもできん……」
オルフェは疲れた顔で言う。
「あの人の息子なだけある」
ぼそり、と零した。
――キレるお人だ。
それからオルフェはレンを見て、真面目な声で続ける。
「お前が嫌だと思うことは、しっかり断りなさい。そして何かあれば、必ず私に言いなさい」
「わかったな」
「? ……はい!」
レンは素直にこくこくと頷いた。
――この子は、全く分かっていない……
その返事に、オルフェは再び深いため息を漏らすのだった。




