18
討伐開始から四日たった。
魔物の増殖は収まる気配を見せず、初めは約五百人だった討伐隊も、国からの追加要請でさらに五百人増員された。
その中には、父上――オルフェの部隊も含まれていた。
「レン、お前……ついに……そうか。」
呆れ半分、諦め半分の顔で、ウィルが言う。
「バレるよな、そりゃ。」
久しぶりに会う叔父は相変わらずだった。
ウィルは今では子爵となり、レンの家から少し北側に位置する“北方遠征の補給基地”を治めている。
今は結婚して三人の息子がいる。
彼が治める土地は屋台と宿屋兼酒場が多い。利用者の大半は傭兵や兵士。 荒くれ者も少なくない。
だが、ウィルや騎士たちの人柄、そして住民たちの温かさのおかげで、荒くれ者たちは次第に落ち着き、気づけば胃袋を掴まれ、そのまま居着いて忠実な部下になっていくらしい。
ちなみにウィル本人も、胃袋を掴まれた側だ。
荒くれ者をまとめ上げるウィルに、父上も感心していた。
「お久しぶりです、ウィル叔父上。」
周囲の目もあるため、レンはしっかりと敬礼し、にこりと微笑む。
「いっちょ前にお前……」
可愛すぎる。
レンを幼い頃から知る者たちは、揃って父親のような気持ちになってしまう。
ウィル部隊の担当は“毒系大型虫”。
毒虫は通常、火魔法で焼却する。 だが、その煙すら毒を含むため、全員ガスマスクを装着していた。
「ごほん……報告を頼む。」
空気が切り替わる。
「はい!」
レンはぴっと姿勢を正した。
「巨大な毒虫が連日大量発生しています! おそらく、これからもっと増えると思いますので、皆さんのお力で焼き消してください!」
「ふっ……了解した。」
ウィルも周囲も、“ふわっとした説明を、大きな声で伝えるレン”を微笑ましく見ていた。
「……昨日は中型の蛾が出現した。麻痺や痺れを引き起こし、連日戦っていた者たちが動けなくなっている。」
補足するように騎士団長が説明を続ける。
「回復も追いついていない。だからこそ、力を借りたい。」
うんうん、とレンは真剣に頷く。
その横で、
「ふっ……」
ロイドが堪えきれず笑い、ぽんとレンの頭を撫でた。
―――?
レンは困ったようにロイドを見上げた。
レンは主に連絡係と負傷者の搬送を担当していた。
各エリアを転移で回りながら、怪我人を教会へ運び、魔物が押してくる危険な場面では戦闘に加わる。
ただし、レン一人では指揮ができないため、常に騎士団長とロイドが同行している。
そんな中、父上からは、
『終息せずに帰ってくる奴がいるか』
と怒られ、
『…これを持って行きなさい』
と、鍵付きの小さな小屋を渡された。
レンはそれを現地へ設置し、仮眠所として使っている。
だが、この“仮眠”が辛かった。
今まで毎日きっちり八時間睡眠を取っていたレンにとって、短時間睡眠は地獄だったのだ。
騎士団長には呆れられ、
「慣れていけ。」
と言われたが、慣れるはずもない。
乱暴に扉を叩かれても起きず、ついには――
バキィ!!
ドアを蹴破られて起こされた。
「パジャマで寝る奴がいるか!! さっさと着替えなさい!!」
「――父上、ねむい……」
寝ぼけたレンが呟く。
「誰がお前の父だ!!!」
騎士団長の怒声が響き、
入り口に寄りかかっていたロイドは腹を抱えて笑っていた。
ロイドが同行している理由を、レンは知らない。
だが裏では、別の目的があった。
レンはオルフェ・トワ・ヴィスタール――ヴィスタール辺境伯の謎の娘。
その出自と異常な戦力から、万が一政治的に動けば現場では制御できないと判断された。
そこで選ばれたのが、ヴァレリア公爵家のロイド・リ・ヴァレリアだった。
同格以上の権力を持つ者を監督役に置くことで、均衡を保つためだ。
と、ロイドから提案してきた為、採用した。
レンの行動や言動からその考えは杞憂に終わったが。
夜の魔物討伐時、緑の瞳が闇夜に浮かぶ。
その動きはしなやかで、まるで――黒豹のようだった。
一度踏み込めば、迷いなく斬り伏せる。 その殲滅速度は、騎士百人に匹敵するどころか、それ以上とも言える。
しかし日中は一転して、睡眠不足の影響かどこかぽやぽやとしている。
本人は悟られてないと思っているようだが筒抜けだ。
対人では、ぎゅっと両手を握りしめ、“怒られるの?”とでも言いたげな表情でこちらを見る。
その様子はまるで幼い子供のようで、人に慣れていないことがよくわかった。
まさに、子猫のようだった。
色々な意味で、貴族令嬢とは思えない。
だが本人にその自覚はない。
ただ一生懸命に、目の前の誰かを助けようとしているだけだ。
その姿は、静かに周囲の評価を変えていった。
「彼女がなんと言われてるか、知っていますか?」
ロイドが騎士団長に尋ねる。
「…黒豹を纏う子猫」
ふっ
とロイドは笑う。
ここで、一番関わっている自分たちもそう思うのだ。周りも気づく。その本人は仮眠中だ。今、三回声をかけたが起きない。
ドンドンドン!!
しかしこの青年も変わった。
こんなに笑う男だったろうか?
在学中とはいえ、実力がある為要請する。
この男も規格外の部類だろう。
属性を4つ得ている。
魔力も多すぎて体調を崩すほどに。
定期的に彼を討伐に加えているが、この男が笑ったのを見たことがない。
冷静に状況を見極め、的確に指示を出しつつ、自らも最短で敵を制圧する。
ジェネラルオークを倒したのは、この男だ。
――一瞬だった。
雷が落ちたかと思えば、巨大なオークは塵となって消えていた。
その時のことを、騎士団長は思い出す。
後方から“大型毒虫接近”の報告が入った瞬間、背筋が冷えた。
負傷者の中には友人もいる。 学生たちも。
――死ぬ。
そう思った。
だが、自分はここを離れられない。
騎士たちは一斉にジェネラルオークへ火炎を放ち、斬り伏せていく。
あと二体。
その時だった。
魔狼の群れと対峙していたはずのロイドが、こちらへ駆け込んできた。
「団長!!! 離れて!!」
直後――雷鎚が振り下ろされた。
轟音。
閃光。
ジェネラルオークが消し飛ぶ。
しかし次の瞬間には、オークの群れが雪崩れ込むように押し寄せてきた。
「後方の援護を!!!」
―――頼む!!早く行ってくれ…
団長が叫ぶ。
その直後だった。
「大型ムカデ十数体、大量の大型毒虫は――」
報告役の兵が、震える声を上げる。
「い、一年生が一人で倒しました!! 後方に被害なし!!」
――――!!!!
――――!!!!
その場の空気が止まった。
報告している兵は、ぼろぼろと涙を流していた。
…友人も…学生たちも……助かったのか?
――よかった。
――よかった…
騎士団長は深く息を吐く。
「後方は無事だ!!!」
怒号が響く。
「ここを全て駆逐しろ!!!!」
「おおおお!!!!」
絶望しかけていた戦場に、再び士気が戻った。
勝機が見えたのだ。
――誰かは知らない。
だが、お前のおかげで助かった。
そう伝えたかった。
他の者も、きっと同じだっただろう。
なのに――
「……帰った?」
あの時の気の抜けた声を思い出し、
騎士団長の額に青筋が浮かぶ。
バキィ!!
「いつまで寝ている!!! さっさと起きろ!!!」




