16
夏休み明け、高等部は騒がしかった。
オーク、魔狼、大蜘蛛――各地で小規模だが魔物の発生が確認されているという。
北方の騎士団だけでは対応が追いついていないため、本来予定されていた一年生の遠征演習は前倒しとなり、実地演習として同行することになった。
教官が告げた瞬間、訓練場がざわつく。
「お前たちは後方支援と野営補助を担当してもらう。」
それはつまり、荷物運搬、負傷者補助などだ。
教官は生徒たちを見渡し、低く言った。
「遠征は五日ある――後方とはいえ、死なないという保証はない。毎年そうだが……辞める者も数人は出る。」
しん、と空気が張り詰める。
「お前たちはこれから闘っていく。それは辛く、決して楽しい仕事ではない。
――しかし、お前たちが魔物を倒すことで守られる民がいる。お前たちが苦しむことで、苦しまない民がいる。それを決して忘れるな。」
静まり返る訓練場の中、レンはうんうんと頷きながら話を聞いていた。
一年生は班ごとに分かれ、三年生の班長が一人つく。
レンの班長になったのは、三年Sクラスの青年だった。
「エドガーだ。」
短い青髪に鋭い目。
背も高く、立っているだけで騎士らしい威圧感がある。
「よろしくお願いします。」
レンが頭を下げると、エドガーは一瞬だけ目を細めた。
「……お前が例の。」
周囲の一年たちが気まずそうに視線を逸らす。
“走っているだけの、魔力のない子”
騎士科でのレンは、そういう認識だった。
だが、エドガーはそれ以上何も言わなかった。
遠征初日。
全員が装備を背負い、森へ向かう。
――重すぎる。
食料、水筒、毛布、寝袋、予備武器などは収納へ入れている。
それなのに、装備だけで重すぎた。
レンは開始一時間で肩が死んだ。
後ろから副教官の怒声が飛ぶ。
「歩幅を止めるな!!」
「はい!……っ」
息を切らしながら進む。
周りの一年たちは普通についていっている。
――すごい。なんでそんな平然としてるの。
レンは本気で感心していた。
昼頃には足が震え始めたが、弱音を吐く者など誰もいない。
レンも黙って歩いた。
夕方。
ようやく野営地へ到着する。
「一年はテント設営!! 二十分で終わらせろ!」
「はい!!」
皆一斉に動き出した。
レンも手伝おうとしたが、
「お前は薪拾ってこい。」
同じ班の男子に言われた。
「はい……」
よろよろと森へ向かう。
薪集めを六回繰り返して戻ると、テントはすでに立っていて、夜食の支度中だった。
最近のクラスメイトは前ほど刺々しくはない。
けれど、何もやらせてもらえない。
長期休暇中、辺境伯領の騎士たちに教わりながら、テント設営も何度も練習したのに。
発揮する機会がなかった。
「ほらよ……お前のだ。」
「ありがとう……」
クラスメイトから渡されたシチューを受け取る。
班ごとに結界装置を起動し、そのまま雑魚寝する。
レンは一番奥だった。
――こぉ、こぉ。
寝息と寝言が聞こえる。
誰かと一緒に寝たことなんてない。
自分の部屋以外で眠ったこともない。
レンはそっと目を閉じた。
――……転移。
次の日も、その次の日も移動は続いた。
転移装置の入口を三つくぐり、北の最北部へ向かう。
――やっと着いた。
レンたちは後方の、さらに後方だ。
遠く方にはオークの群れが見えていた。
騎士や傭兵たちが、一体を五人がかりで仕留めている。
オークは大人の男の一・五倍ほどもある巨体だった。しかも速い。
それぞれの属性の魔力を武器へ纏わせ、炎を散らし、雷を弾き、風を裂きながら戦っている。
―――なるほど。
思わず呟いた。
ガロとレンはエリア一つを任されるので気付かなかった。周りに目を向けてなかったのだ。
――これが普通なんだ。
皆で倒すのか。自分の基準が、少しずれていたことに気づいてしまった。
レンたちの班は、到着してすぐに怪我人の手当に回った。
前線では怒号が飛び交っている。
「左を抑えろ!!」 「後衛下がれ!!」 「怪我人を運べ!!」
金属音、怒声、焦げた臭い。
グオオオオォッ!!
オークの咆哮が森を揺らした。
「一年!! 負傷者搬送急げ!!」
教官の怒声が飛ぶ。
「はい!!」
一年生たちが一斉に動き出した。
担架を持ち、負傷者を後方へ運ぶ。
レンも駆け出そうとしたが、
「お前は下がってろ!」
同じ班の男子に止められる。
「でも――」
「邪魔になる!」
ぴしゃりと言われ、レンは立ち止まった。
……邪魔。
ぎゅっと拳を握る。
レンは唇を噛み、水筒を持って待機していた。
運ばれてきた騎士へ水を渡す。
腕が裂け、血だらけだった。
それでも騎士は荒く息を吐きながら、
「私は……まだ、行ける……」
と立ち上がろうとしている。
――なんで…こんな状態なのに。血も流れているのに、また戦おうとしている…それなのに
「なんで…」
思わず、呟いていた。
それに気づいた負傷騎士が、荒い息のまま笑う。
「……俺が、倒せば……その分、“普通”が続く……」
ぜいぜいと息を吐きながら、それでも言葉を続けた。
「俺の家族が……周りの人が……なんてことない日常を過ごしていられるんだ……」
血で濡れた手が地面を掴む。
「……それを、俺たちは護ってる。」
――!!
家族。
父上と母上。
兄妹たちの笑顔が脳裏に浮かぶ。
なんでもない日々。
……ああ。
この人たちは、それを護っているんだ。
レンは唇を噛む。
……それなのに私は。
ここで何の役にも立てない。この人の手当てさえできない。
……情けない。
この騎士のために…この人たちのために。
私にできることは――。
ズシン――と地面が揺れた。
前方の空気が変わる。
「……っ、上位種か!?」
誰かが叫ぶ。
オークたちが左右へ散った。
その奥から現れたのは、二本角を持つ巨大なオーク三体。
瘴気を含んだ黒ずんだ肌、異様な威圧感。
普通種の三倍近い巨体だった。
「ちっ……オークジェネラル……!」
エドガーが低く呟く。
一年生にも、その空気だけでわかった。
向こうでは騎士たちが次々吹き飛ばされている。
その時だった。
「教官!!! 後方から大百足接近!! 数は……数十体!!!」
「……どうなってんだ……畜生っ……」
誰かが吐き捨てる。
「落ち着け! 結界を起動しろ!!!」
がしゃしゃしゃしゃ――
土煙を上げながら、大百足たちが迫ってくる。
「ちっ……下がってろ!!!」
エドガーが剣を抜いた。
数匹の大百足がこちらへ回り込んできていた。
一年生たちが固まる。負傷者もいる。
教官と三年生の半分は前線へ出ていた。
結果が…間に合わないっ
――――ぴっ。
ぴぴっ。
ずしゃぁっ!!
大百足の胴体が滑るように地面へ落ちた。
――――
装備を外したレンが双剣を握っていた。
ふぅ、と息を吐く。
――私は、騎士を。
この国で戦っている人たちを、誇りに思う。……だから
この人たちが、一人でも傷つかない…
そんな騎士になろう。
レンは静かに決めた。
そして次々と大百足を斬り落としていく。
レンの後方。
最初に来た時、前線のさらに向こう側では、
ゴロロロォ――
ずどーーーんっ!!
雷が落ちた。
レンはちらりと視線を向ける。
――オークの方は大丈夫っぽい
―――大百足が来たってことは……。
ずるり。
ずるり、と。
巨大な毛虫とナメクジまで群がってきた。
――あれ、斬ると毒撒くよね。
レンは地面へ広範囲の転移陣を敷く。
そして、
ぱっ――
巨大な魔物たちを、ドワーフの森奥にある火山へ転送した。
そのままマグマへ落ちていく。
他にいないか周囲を確認し、大丈夫だと判断すると、レンは双剣をしまった。
負傷した騎士や傭兵、兵士たちをどこへ運べばいいのか聞こうと、エドガーを探す。
――――あ。
皆、きょとんとした顔をしている。
レンは困ったように笑った。
――――何が起きた?
誰もが思考停止していた。
彼女を目で追うだけで…いや…追えなかった。
「エドガー班長?」
お……まえ……何を……
「この方々を、どこへ運べばいいですか?」
「は? ……あ……北の領地の……」
「ヴィノースでしょうか?そこの教会ですか?」
「あ……ああ……」
レンはくるりと向きを変える。
先ほどと同じように転移陣を敷き、負傷者たちと共に消えた。
数分後。
「運びました。」
そう言って、レンは小さく微笑んだ。




