15
次の日は二連休だったため、レンはガロに会いに来ていた。
高等部へ入ってから、会うのは十日ぶりだ。
すぐに召喚のことを聞く。
「あー、あれな。できねぇよな」
ガロは酒を煽りながら、どこか昔を思い出すように笑った。
今更ながら、ガロという男は謎だ。
隣国ゼラント王国では追放。 さらにその隣、クラクスコ帝国では“一代限りの男爵”の称号を得たという。
「国同士でちょっとな」
本人はそれだけしか言わない。
ちょっとどころでないのでは?
ちなみに今でも隣国ゼラント王国ではお尋ね者扱いらしく、捕まれば処刑だそうだ。
本人はまるで気にしていない。
「爵位も処刑も柄じゃねぇ」
そう言って笑う。
この国では気ままな傭兵をしていたらしい。
レンと出会ってからは、酒場兼宿屋《フクロウ亭》を拠点にしていた。
宿代と酒代は、オルフェ個人の資産から出ているという。
レンが呼びに来ない時は、 酒を飲んで寝ているか、 賭け事をしている。依頼があれば魔物を狩りにいっている。
そして今、レンたちはゼラント王国にあるドワーフの森へ来ていた。
ガロは収納袋に入れていた魔物を次々取り出し、渡していく。ドワーフ達は歓喜の声を上げ、喜ぶ。
以前、大蛇の魔物を収納しろと言われた時は本気で狼狽えた。
血が残るかもしれない。 臭くなるかもしれない。
普通に嫌だった。
断りたかったのに、 無言の圧に負けたのだ。
その件以降、レンはガロへ収納袋を渡した。
偶然の産物だった。
父から貰った時計を袋へ入れたまま存在を忘れていて、 見つからないと諦めていた時、メイド長が発見したのである。
ただ、不思議なことに。
メイド長には袋の中が暗くて見えず、 手探りで触れたら偶然時計が出てきたという。
――他人も使えるのでは?
という疑問が生まれた。
だがメイド長が時計を取り出した瞬間、 袋はただの袋へ戻っていたという。
色々検証した結果。
レンが収納したことで、能力が維持されていたのではないか。
その予想は当たりだった。
ただ、“共通認識できる物”を他人が取り出すと解除される。
レンが適当に入れた物は、 メイド長には取り出せなかった。
どんな物かわからなかったからだ。
逆にメイド長が入れたものもレンには分からない。手を触れて解除と唱えると、全部でたのだ。
そのためガロへ渡した収納袋には、 本人の知らないものを入れる。
オルフェにいうと、壊れた懐中時計と刀を入れろという。
ので、そのまま入れた。
魔物用の口の大きな袋と普段使いできる斜めがけのポーチの二つを渡すと
「…マジかよ、嬢ちゃん。生きてきて一番嬉しいプレゼントだぜ」
と、上機嫌だった。
オルフェにも大きな袋とベルトのように細長い、腰に下げる革のポーチ二つ渡した。
声にならないくらい、とても喜んでくれた。
ただ、
「――レン。これが世に出ると面倒だ。他にやるなよ」
いいな?
あまりの圧に
レンはこくこくと頷いた。
ちなみにオルフェの収納袋にはガロが持っていたライターと、小刀の豪華すぎる鞘が入っている。
黄金に宝石を大量に埋め込まれた代物だ。
「これか? 趣味悪ぃよな」
ガロはけらけら笑う。
「ま、解除した時は換金するわ」
そう言ってレンへ渡し、 収納袋へ放り込ませたのだ。
ガロがドワーフへ武器の依頼をしている間、レンは他のドワーフたちと食事をしていた。
焼いた肉に、濃いスープ。 そして樽のエール。
レンは果実水を飲みながら、ドワーフたちの昔話を聞いていた。
彼らの話は面白い。
どこの鉱山が崩れただの、 昔どんな武器を打っただの、 黒い沼からは上質な素材が出ることも。こわい話もあった。二つの悪魔の話だ。
笑いながら語るその話は、どれも生きてきた重みがあった。
地形の読み方や、 風向き、 空の色で天候を読む方法まで教えてくれる。
「鳥が低ぉ飛ぶ時は雨じゃ!山の匂いが変わるんじゃよ」
なるほど、とレンは頷く。
――難しくてよくわからない。
でも面白かった。
ドワーフたちは、そんなレンを見て豪快に笑うのだった。
入学から三ヶ月が過ぎた。
レンは相変わらず浮いていた。
あの召喚授業以降、生徒たちや教官の扱いはがらりと変わった。
基本的には空気扱い。
だが午後の訓練では違う。
他の生徒たちが、 剣術、体術、魔力維持、模擬戦、隊列訓練をしている中――
レンだけは、訓練場の端で副教官とひたすら走っていた。
とにかく体力をつけろ。
そう言わんばかりに装備を付けたまま走らされる毎日だ。
生徒たちは、最初こそレンを警戒していた。
男目当てなのではないか、と。
そう思ってしまうほど、レンは美しかった。
黒髪に、翡翠のような瞳、つるんとした白い肌。
整った顔立ちに気品すらある。
さらに目を凝らすと周囲には、 紫、青、桃色の光の粒がきらきらと舞い、 余計に幻想的だった。
目が合えば、少し微笑む相手に心臓が高鳴らない男がいるだろうか。
だから皆、 “誑かされる” と勝手に警戒していた。
だが、すぐに違うと気づく。
媚びない。 話しかけない。 近寄らない。
気づけばひたすら走っているのだ。
副教官に怒鳴られても、 泥だらけになっても、 顔に土がついても気にしない。
ただ、頑張っている。
――そう、頑張っているのだ。
なぜ騎士科にいるのかは、未だに誰もわからない。
あまりに弱い。
このまま戦地に出ればすぐ死ぬではないか。
一ヶ月も続かないと皆思っていた。
それでもレンは、毎日走り続けていた。
騎士科にいじめはない。
騎士道精神に反する。
むしろ疲れた時、 レンを見ると頑張れた。
装備を身に着け泥だらけでも、 ふらふらでも、 立ち上がって走る。
だからいつの間にか、 生徒たちの中では、
“ひたすら走らされている子猫”
みたいな扱いになっていた。
――なぜ?
レン自身が一番疑問だった。
連休明けから、 ひたすら体力強化ばかり。
剣術では、ドワーフ製の軽い木刀まで用意した。
羽のように軽い。
なのに全然だめだ。
魔物討伐用の装備も重い。
全部合わせると十キロ近い。
――騎士ってすごいんだな。
レンは素直に思った。
ガロもレンも、 反射を使うため基本的に身軽だ。
だからこそ、 純粋な体力勝負に弱かった。
朝の十キロ走も相変わらず遅い。
最近は二年生も加わった。
一年より先に走るため、 最後尾のFクラスが遠くなると、
――転移。
すぅ、と距離を詰める。
また離され。
また転移。
そんな毎日だった。
長期休暇に入り、レンはガロの供として、傭兵依頼へ同行していた。
場所は隣国の隣クラクスコ帝国。
そこでレンは改めて思う。
――みんな凄いな。あんな重いのを着て戦うんだ。
傭兵たちも騎士たちも、 ほとんどが重量のある装備を身につけていた。
金属鎧。 剣。 予備武器。 荷物。
歩くだけでも大変そうだ。
うんうん、と感心していた。
ガロとレンは、 討伐区域の一つを任されていた。
最近、 異型のオークや魔狼の出現数が異常に増えているらしい。
さらに大蜘蛛や大蛇まで現れていた。
前にドワーフが話していた黒い沼も。
その沼から異型の魔物がどんどん湧いて出てくるのだ。
そのため国は騎士たちでは足りず、各地へ傭兵を投入している。
朝と昼、夕と夜。
交代制で討伐へ向かう日々。
依頼を終えるたび、 ガロが高額報酬を受け取る。
「明日も頼む」、そう言われるのが二週間続いた。
ドワーフのドムは、 魔物素材が大量に手に入るせいで大喜びしていた。
「二十年に一度の大豊作じゃ!」
前回もそう言って、 ガロへ次々依頼を投げていたらしい。
「嬢ちゃん、今日で終わりみてぇだから、ドムんとこ行こうぜ」
そうして二人は、 ドワーフの森へ転移した。
その夜は宴だった。
焼いた肉。 酒。 大豊作の話。 怒鳴り声みたいな笑い声。
ドワーフたちは上機嫌で、 レンもたくさん食べる。
レンの門限は休み中はなく、連絡は必須となっている。
飲みたりないというガロを置いて先に辺境伯領へ戻った。
連日の討伐で流石に疲れた。
部屋へ戻るなり、 そのまま眠りへ落ち
たのだった。




