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春。
レンは高等部一年生になった。
そして、さっそく困惑していた。
確かに騎士科の制服は男子用しかなかった。大きすぎて サイズが合わず特注だった。 パンツスタイルに慣れていたレンは特に疑問を持たなかったのだ。
――入学式までは。
高等部は二つの校舎に分かれている。 中央ホールを挟み、片側が騎士科・魔導科・情報科など、国防や政治に関わる学科。 もう片側が工業科や商業科、農業科など生活系の学科だ。
騎士科は一学年七クラス。 S・A〜Fまであり、成績順で編成される。 貴族も平民も関係ない。
レンはCクラスだった。
教室へ足を踏み入れた瞬間。
――しん。
騒がしかった空気が静まる。
全員がレンを見ていた。
「……?」
ひそひそ声が聞こえる。
レンの属性は極秘になっている。 知っているのは家族と関係者、それに国の上層部のみ。
今日は自己紹介や試験、評価説明。 午後は訓練場や寮の案内で終わる。
レンは、すでに疲弊していた。
初等部や中等部から、そのまま進学してきた生徒達で顔見知りばかりなのだろう。 レンだけが孤立していた。
学食も一人。
視線を感じる。
属性は髪や瞳に色が出やすい。魔力の多さにもよるが、半分は明るい茶色、 半分は赤、青、緑の明るい色が多い中。
レンは黒髪に翡翠の瞳。
前髪で目元を隠し、ツーブロックと中性的にしているつもりだが、それでも浮いているのだろう。
居づらい。
昼休み、部屋へ転移しようとして気づく。
――女子トイレがない。
男子トイレしかない。
仕方なく時間を潰すが、それも飽きて人目を盗んで転移して自室にいた。
そして午後。
寮でレンは絶句した。
騎士科と魔導科には寮がある。 四年間ここで生活となる。
「……え?」
二人部屋だった。
部屋には男子生徒がいた。
荷物を整理している背中が見える。
――パタン
レンは静かに扉を閉めた。
……え? なんで男子???
急いで教師へ説明する。
教師も絶句した。
名前で男子だと思われていたらしい。
事務室へ連れていかれ、事情を説明される。
「すまん、すまん。女の子とは思わなくてなぁ。だが、一人部屋は空きがないんじゃ
しばらくそのままで過ごしてくれんか?」
――無理。
トイレも。 シャワー室も。
全部男子用だ。
気絶しそうだった。
聞けば、一人部屋はSクラスのみ。
リカルドの話と違う。
いや、優秀なのか。
規律ある学園だ。 目立ちたくない。
……
でも無理だ。
「あの……そちらの過失なら、私は王都から通ってもいいですよね?」
教師と事務員は顔を見合わせる。
しばらく相談した後。
「…しかし、朝六時の訓練に間に合うのか?」
「問題ありません!」
レンは即答した。
「ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げ、 レンは事務室を出た。
廊下に誰もいないことを確認し、転移する。
「ルークーー!!」
「グルル」
黒竜がどうした、と首を傾げた。
レンはそのままルークに乗り、 クラクスコ帝国の海岸に転移。
海が見たくなった……
潮風を浴びながら、 レンは荒ぶる心を整理するのだった。
早朝。
広い訓練場に、騎士科と魔導科の一年生たちが整列していた。 制服をきっちり着こなした生徒たちの中に、レンの姿もある。
背の順で並ばされ、レンは一番後ろだった。
――昨日は最悪だった。
だからこそ、今日は挽回したかった。
「10キロ走!! その後、ダッシュ50本! 腹筋、背筋、スクワット100!!」
教官の怒号が響く。
「はい!!」
……え?
10キロ?
レンは朝自体は得意だった。 オルフェに門限を決められていたため、ガロとの修行は基本朝だった。傭兵のときも早朝から夕方まで魔物を倒していた。
だが。
走るのは三キロ程度。 しかもかなり昔の話だ。
元々魔力量が多かったレンは、身体能力より能力制御ばかり鍛えられていた。
ちょ、まっ……速っ……!
開始早々、周囲がどんどん前へ行く。
二キロ地点で既についていけない。
D、E、Fクラスに抜かれ、 四キロ地点では魔導科にも全員抜かれた。
背中が遠い。
「はぁ……っ、はぁ……っ」
膝に手をつき、立ち止まる。
それを三回繰り返し。
ようやく走り切った頃には――。
誰もいなかった。
みんな既にシャワーを浴び、朝食を終え、一限が始まっている。
レンは汗だくのまま授業を受けた。
ダッシュ以降の訓練は当然参加できなかった。
昼休憩。
二時間あるのをいいことに、自室へ転移する。
シャワー。 昼食。 そしてひたすら休んだ。
午後。
今日は剣術実技だった。
そこでレンは更に困惑する。
――対人戦。
レンは魔物しか相手にしたことがない。
クラス内で二人一組を作り、 合図と同時に戦闘開始。 数分ごとに相手を変えていく。
木刀が重い――身体も痛い
普段使う双剣は、レン用に軽量化されている。 しかも纏装で武器を魔力で覆い、武器の形状変化を行うため、重さを意識したことがないのだ。
二戦目でもう腕が上がらない。
「やる気がないなら下がれ!!」
教官の怒声が響いた。
ちなみに一戦目。
開始直後、相手が腹を狙ってきた。
避けられない。反射の範囲に入った。
「ぐはっ!?」
相手がよろける。 困惑した顔のまま再開。
それを二回繰り返し、 結局最後まで相手は混乱していた。
「お前は朝のダッシュをしろ」
そう言われ、レンはひたすら走らされた。
全て終わった頃には、 訓練場にほとんど人はいない。
片付け中。
「おい」
同じクラスの男子三人が近づいてくる。
「お前、何しに来たんだよ」
「はぁ……っ、はぁ……」
息が上がり、声が出ない。
「俺の…俺のダチは進級できなかった。こっちは真面目にやってんだよ!」
…はっ…はぁ…
「婿探しか?同情されて誑かすつもりかよ、みっともねぇ!!」
「俺たちのクラスで恥かかせんな!!」
「……っ」
はぁ……はぁ……
ご、ごめん…なさい……
震える声で謝る。
男子たちは舌打ちし、そのまま寮へ戻っていった。
次の日の早朝訓練に、 レンの姿はなかった。




