12
夕刻。
討伐を終えたレンは屋敷へ戻り、家族で夕食を取った。
風呂も済ませ、部屋でメイドに髪を乾かしてもらっていると、メイドが静かに頭を下げる。
「レン様、領主様がお待ちです」
レンは首を傾げながら執務室へ向かった。
中へ入ると。
オルフェと。そして――。
「よー、久しぶりぃ」
「……ガロ?」
ガロは当然のようにソファへ座り、酒を飲んでいた。
「レン、座ってくれ」
「?……はい」
レンが向かいへ座る。
するとオルフェが咳払いした。
「……ごほん。あー……」
だが、その先がなかなか出てこない。
レンが不思議そうに見ていると、横からガロが口を挟んだ。
「嬢ちゃんの将来、聞きてぇんだと」
お前…
オルフェが低い声で睨む。
ガロは悪びれもせず肩を竦めた。
「進級通過の知らせが来たのだ」
オルフェが改めて口を開く。
「そして、お前は中等部四年になる」
レンは静かに聞いている。
「その後はどうするつもりだ?」
部屋が静かになった。
ぱち、と暖炉の火が鳴る。
レンは少し考え――。
「……騎士になりますけど…?」
「つまり、高等部へ進学するということか?」
オルフェが静かに確認する。
「……? はい。…これまで通りに――」
「いかねーのよ」
ガロがまた横から口を挟んでくる。
「嬢ちゃん。たとえ領主の娘でも、騎士は勝手になれねぇ、国に認められて、初めて“騎士”になんだ」
「……」
「レン」 オルフェが口を開く。
「私は言ったはずだ。自分の属性と力を理解できた時、学園へ行くことを許可すると」
レンは静かに父を見る。
「それなのにお前は、気づけばその先へ行ってしまう。討伐へ出て、傭兵として戦場へ行き、他国まで渡って…」
はぁ、とオルフェは困ったように笑った。
「騎士になるんだろう?」
「あ……」
レンは言葉を失う。
オルフェは静かに娘を見る。
「私は……待っている間に、お前はどんどん先へ行ってしまう。」
低く落ち着いた声。
「同じなんだ。……お前と」
「……え?」
「視察から帰れば、お前が走って迎えに来る。討伐から戻れば、目を輝かせて話を聞きたがる」
オルフェは小さく笑った。
「帰ってきて、お前が楽しそうに今日出来たこと、明日したいことを楽しそうに話す、そんな日々が、ずっと続けばいいと思うほどにな」
レンは目を見開く。
今。 目の前にいるのは、“辺境伯”ではなく。 ただ、自分を大切に思う父親だった。
胸の奥がじわりと熱くなる。
「……父上」
「だから、認めよう」
オルフェは真っ直ぐレンを見る。
「レン・トワ・ヴィスタール」
「お前が望むなら、一年後高等部へ進学し、正式に騎士を目指せ」
レンは目を見開いた。
そして。
「はい!」
ぱっと顔を輝かせる。
その様子に、オルフェは小さく息を吐いた。
だが。
「つってもよー」
空気を壊すように、ガロが酒を注ぎながら口を開いた。
「こいつは異物扱いされるぜ」
ぴたり、と空気が止まる。
「――貴様」
オルフェの声が低くなる。
だがガロは気にした様子もなく酒を煽った。
「そりゃヴィスタールの皆さんは優しいさ、信頼ある領主様だ。誰かが嬢ちゃんに何か言えば、旦那が容赦しねぇ」
感謝しろよ、と笑う。
「でも王都は別だ」
レンはごくりと唾を飲み込んだ。
「旦那の手が届かねぇ」
「つまり――」
膝の上の拳がぎゅっとなる
「やりたい放題ってことよ」
ぱちりとウィンクする。
「!!!」
「!!!」
レンの目が見開かれる。
オルフェのこめかみに青筋が浮いた。
「――貴様っ」
「まぁ、でもよ。転移に収納は俺でもできねぇよ」
「え? 転移はできるって言っ――」
「だーれがいつ言ったぁ?」
……言ってた気がする。
「俺が教えたのは纏装と反射だけよ」
「えー……」
「まったくよー」
ガロは呆れたように肩を竦めた。
「普通はな? 転移なんざ高位魔導士でも固定陣地が必要なのよ、収納も聞いたことねーよ」
「……そうなの?」
「そうなの」
レンはしばらく黙り込み――。
「……私、すごいのね」
「今さらかよ」
オルフェは困ったように笑っていた
レンは一週間後に控えた進級試験の勉強中だった。 ……とはいえ、毎日こつこつ続けていたおかげで、講師からはすでに合格圏だと言われている。
本人としても、もう十分では?と思い始めていた。
今年はアルバートとリカルドも領地へ帰ってきて、レンの誕生日を祝ってくれた。
「アルバートお兄様、リカルド、おかえりなさ――」
二人にぎゅっと抱きしめられる。
「リカルド“お兄様”だろ」
「リカルドはリカルドだもの」
ふふ、と笑うレンの頭をリカルドがぽんぽん撫でた。
「アルバートお兄様、新婚生活はどう?」
今年の春、アルバートは同い年の貴族令嬢エレナと結婚した。 今は王都の邸の離れで暮らしているらしい。
どうして離れなのかと聞いたところ、 “最初はそういうものなんだ” と言われた。
なるほど、わからん。
「普通だよ」
少し照れくさそうにアルバートが笑う。
「お兄様ったら毎日デレデレで、こっちが照れちゃうの」
アウラが楽しそうに暴露した。
「……いいだろ別に」
「エレナさんはどこ?」
「…夜に来るよ」
アルバートは優しく微笑む。
エレナとは、王都の邸で母やアウラと一緒にお茶をしたことが何度かあった。 せっかく嫌々覚えた淑女マナーを忘れないため、定期的に集まるのだ。
家族で夕食を囲み、ケーキを食べる。
レンが近況を話すたび、 アルバートとリカルドがエールを吹きそうになる。
「お前……相変わらずだな」
リカルドが呆れる。
「……ほどほどって知ってる?」
アルバートも手巾で口元を押さえた。イリスとアウラは下品よと注意し、 レンとオルフェは笑った。
「……そういえばお姉様ったら、この間の試験で――」
「アウラー? 眠いよね? ベッドまで運ぼっか?」
なんだなんだ、とリカルドが食いつく。
「ヴァレリア公爵家の公子様に抱っこされたのよね」
「母上!!」
「イリス!!」
レンとオルフェが同時に抗議した。
「なぁに?」
こてん、と首を傾げるイリス。
「ぐっ……」
可愛すぎる。 オルフェが敗北した。
父上弱い…
「なんだって!?」
「どういうことだ?」
兄二人まで身を乗り出してくる。
レンは片手で額を押さえた。
結局、アウラが一通り説明し――。
「健全な介護だ!!」
最後はオルフェがそう締めくくった。
――介護…
色々話して、本当に楽しい時間だった。
お開きになり、 リカルドはそのまま泊まり、 アルバートは王都へ戻るという。
「エレナさん、来てほしかったのに…」
そう言うと、アルバートは少し困ったように笑った。
「レンすまない…本当は風邪で来られなかったんだ
“絶対夜まで帰ってこないで、私の分までレンさんをお祝いしてあげて”って言われてさ」
「――そうなの?大変!早く行ってあげて!」
ほらね、
アルバートはふっと笑う。
アルバートをすぐにエレナの元へ送り出してあげた。
翌朝。
朝食後、レンはリカルドへ高等部進学の話を伝えた。
「いいじゃないか。何科に行くんだ?」
「騎士科」
「は!!!?」
リカルドの目が見開かれる。
「……まじか。いや――……まじか」
腕を組み、うーんと唸り始めた。
「……魔導科は?」
「資料は見たんだけど、陣が理解できなくて……」
「あー……そうだよな」
リカルドは納得したように頷く。
魔導科は魔法理論や術式、魔法陣構築などの座学が多い。
「……まぁ、科目的に考えれば、お前は騎士科になるよな」
そう言うと、リカルドはレンの肩へぽんと手を置いた。
いいか、と真剣な顔になる。
「半端なことはするな、やるなら全力でいけよ」
その言葉に、レンは少し目を丸くした。
リカルドは何かを吹っ切ったように笑っている。
「応援してる」
「……うん!」
レンも嬉しくなって笑った。
――あと半年。
高等部へ行く日が、少し楽しみになった。




