11
「いやー、嬢ちゃんが朝帰りとは」
隣国ゼラント王国の森を歩きながら、ガロがにやにや笑う。 大木の間を抜ける風は冷たく、葉がざわざわと揺れていた。
「ち、違う。ぎりぎり夜だもん」
「……ちげぇのよ、ほんと…嬢ちゃんは」
「?」
ガロは肩を揺らして笑った。
「……はー、俺があと二十年若くても、お前は抱けねぇ」
「…え?」
レンは足を止めた。
「――え!? なんの話――」
「だってよぉ嬢ちゃん、おっぱいねぇし、エロくねぇし、そそらんのよ」
「なっ……!」
顔が一気に熱くなる。
「おかしいのは俺のタイプなのにタイプじゃねーの。凄くねぇ?」
「な…う、うるさい!」
レンは耳まで真っ赤になった。
「だ、だいたい胸は……もともとで……」
ごにょごにょと言葉が小さくなる
「奥様はあんななのになぁ」
「…………」
「あ。悪ぃ悪ぃ。お前は育てるタイプなんだろ。揉んでもらって大きくしてもらいな?な?」
「う、う、うるさい!!!」
レンが本気で怒鳴った、その時だった。
「相変わらず騒がしいのぉ」
低くしゃがれた声が森の奥から響く。
「ドムさん!」
レンがぱっと顔を明るくする。
岩場の向こうから、小柄で筋骨隆々のドワーフたちが現れた。 先頭にいるのは茶黒い髭を三つ編みにした老人――ドムだ。
「おお、レンちゃん」
「ドム爺ぃ、こいつ狩るの苦労したぜ」
ガロがちょいちょいとレンを呼ぶ
レンが嫌そうに顔をしかめながら、収納から巨大な蛇の魔物をずるりと引きずり出す。昨日倒したが血が滴り落ちている。
「おお、おお、こりゃ見事じゃ」
ドムの目が輝いた。
周囲のドワーフたちも集まり、
「牙ぁ傷づげんなぁ!!」
「皮ぁ丁寧に剥がねばねっ!!」
と声を上げながら、一斉に解体を始める。
巨大な牙。
鈍く光る鱗。
太い皮。
手際の良さは圧巻だった。
「ドムさん、このお酒、口に合う?」
次の瞬間。 樽がどん、どん、どんっと並び始めた。 エール樽三十個。
「おおお!?」
「まだ出でれぇい!!」
ドワーフたちがどよめく。
ドムは目を丸くしたあと、豪快に笑った。
「レンちゃんの魔法ば、いづ見でも規格外じゃ!」
「へへっ」
褒められて、レンは少し誇らしく笑った。
数年前。
「ドワーフの森に行きてぇ」
突然、ガロがそう言い出した。
どこにあるのと聞くと、隣国ゼラント王国のさらに奥深い森だという。
レンは少し迷ったが、知見を広げるのも修行の一つだと思い、承諾した。
そうして森を三つ越えた先。 ようやく見つけたのが、ドワーフたちの集落だった。
本で見たままだった。 小柄で頑丈。 立派な髭。 豪快な笑い声。 そして二百年以上生きるらしい。
初め、ドムはガロを見ても思い出せなかった。
だが。
「土産だ」 ガロが酒瓶を渡した瞬間、空気が変わる。
「――お前ぇ、あの時の小僧がえ!!」
どうやら昔渡した酒の銘柄で思い出したらしい。
そこから交流が始まった。
レンは収納魔法で珍しい素材や酒を運び、 ドワーフたちは代わりに武器や防具を打つ。
今回も、その取引のために訪れていた。
「レンちゃんの武器、できとーよ」
「!!!」
レンの目が一気に輝いた。
ドムに案内され、奥の武器庫へ入る。 そこは金属と炭の匂いが混ざる、熱気の残る部屋だった。
そして中央。
高級な深紅のクッションの上に、それは置かれていた。
「……っ」
息を呑む。
二振りの短剣。 双対だ。
漆黒の刃には、うっすらと金色が流れている。 光に当たるたび、まるで竜の鱗のように鈍く輝いた。
ルークから譲ってもらった貴重な黒竜の鱗。 それを加工して作られた特別な武器だった。
「すごい……」
レンがそっと手を伸ばす。
柄は手にぴたりと馴染み、驚くほど軽い。 指先から伝わってくる感覚に、レンはわずかに目を見開いた。
まるで、自分の魔力の纏いを邪魔しない。
自然に包める。
「魔力纏装、やばいべ?」
ドムが誇らしげに笑う。
「闇魔法とも相性が良がったわい」
さらに隣には、黒銀色の籠手も置かれていた。
指先まで滑らかな造りで、動きを阻害しない。
「それと、黒竜用の軽装鞍じゃ」
横を見ると、黒革と金具で作られた竜装備まで並んでいた。
「うわぁ……!」
レンは完全に目を輝かせていた。
その横でガロがぼそっと呟く。
「ほんと、可愛げだけはあるんだよなぁ」
「え?」
領地へ戻ってから数日後。
レンはガロと二人で、魔物の森の討伐へ向う。
初めの頃は、ウィルたちも修行に付き合っていた。
だが。
「……いや無理だろ、これ」
「兄上、レンがおかしい」
規格外すぎた。
闇魔法だけでも異質なのに、成長速度まで異常だった
「これは俺らじゃ無理」
と、早々に匙を投げた。
そう言って、レンはそのままガロへ預けられたのだった。三ヶ月いただろうか?
魔物の討伐要請がきた。数年前のことだ。 レンは黒い外套を深く被り、ガロと共に“傭兵”として戦場へ出ていた。
もっとも。
ガロはギルドへ正式登録しているので、レンは“ガロの連れ”という扱いだった。
要請があれば国境も越える。
自国であるアルテミア王国。
隣国のゼラント王国。
さらにその隣、クラクスコ帝国まで。
特にクラクスコ帝国は、レンにとってかなり過ごしやすい国だった。
竜文化が根付いているのだ。
国旗にも竜が描かれており、街中でも飛竜騎士を見かける。 ルークと飛んでいても視線を集めない。
むしろ、 「お、いい竜だな」 くらいで終わる。
さらに帝国には竜専門の医師まで存在していた。
初めて見た時、レンはとても感動したものだ
クラクスコの魔物の森。
レンは腰に下げた二つの小さな皮袋へ、そっと両手を入れた。
手のひらほどしかない小さな収納袋。
すうっ――
黒い双剣が現れる。
収納魔法。 レン専用に作られた魔道具だった。
レンは取り出した双対の短剣を、しばらくじっと見つめる。
漆黒の刃。 その上を流れる、細い金色。 軽いのに、驚くほど魔力が馴染む。
なんて軽いんだろう。
なんでも切れそうだ。
……うう、かっこいい。
「おいおい、うっとりしてねーで試しな」 後ろでガロが笑う。
うっとりもするだろう
ふぅ、と小さく息を吐く。
――静かに構えた。
少し離れた場所には、討伐対象であるオークの群れ。 約三十体。 木々の間を歩いている。
レンは短剣を軽く横へ払った。
ぴっ――
その瞬間。
世界が、横一線に切れた。
――いや、ずれた。
「――――」
「――――」
オークたちの身体が、ずるりと滑る。
後ろの大木。 岩。
全部が綺麗に真横へ断ち切られていた。
「――――きってしまった…」
レンが呆然と呟く。
「えーー!!?」
「えーー!!?」
二人で叫んだ。
ガロが引きつった顔で、切断された森を見る。
「じょ、嬢ちゃん……こ、こわ……」
「えーーー!?」
「ぴってしただけで岩まで切っちまうとは……引くぜ…」
レンは青ざめながら双剣を見る。
「――あわわわ」
ふぅ――とガロが息を吐く。
切断された森。 真っ二つになった木々。 綺麗すぎる断面。
「……嬢ちゃん」
ガロは双剣を指差した。
「家族にも友達にも、その剣は自慢できねぇな。危ねー」
「…ほんとにね」
困ったように笑う
レンはそっと双剣を収納袋へ戻した。
すうっ、と黒い刃が消える。
「まぁ、嬢ちゃんの魔力量と相性が良すぎたんだろうな」
ガロが倒れた木へ腰掛けながら言う。
練習して感覚を覚えなければ
レンは自分の手を強く握る。
領地からルークを呼ぶ。
黒竜は嬉しそうに、オークをばくばく食べ始めた。 大好物なのだ。
「……ともだち?」
レンがぽそりと呟く。
まるで初めて聞いた言葉みたいに。
友情。
仲間。
思いやり。
頭の中で、昔読んだ絵本が浮かぶ。
魔王と勇者。 旅の仲間。 力を合わせて戦う物語。
「――あぁっ」
レンは顔を覆った。
今まで、自分のことで精一杯だった。
闇属性。 修行。 魔物討伐。
そればかりで。
「……友達、いなかった」
「? そっか。まぁ気に――」
「する!!!」
ガロがびくっと肩を跳ねさせた。
レンは本気で衝撃を受けていた。
今日二度目の衝撃だった……




