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騎士になりたいんですが、闇属性の私には難しい  作者: アイム


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10/32

10

王都の屋敷から馬車で学園へ向かう。

いつもなら制服を着る。

だが今日は違った。

包帯を隠すため、黒い外套を頭まで深く被っている。

中は、いつもの騎士服に近い格好だ。 白いワイシャツに黒のズボン。

どう見ても怪しい。


もっとも。

今は長期休暇中。

学園内に生徒はいない。

進級試験は午後一時から五時まで。

四時間ぶっ通しだ。

科目は五つ。

国語。 歴史。 他国語。 魔法。 理数。

試験室には専用のトイレまでついており、「休憩も自由です」と毎回説明される。


だが。

そんな暇はない。

問題量が多すぎるのだ。

しかも全科目八割未満なら、進級できないのだ。


そして。

全部終わった頃には、完全にくたくたになっていた。

進級試験は毎回レン一人のためだけに行われる。

だから講師たちも終了時間になると、そそくさ帰っていく。

……部屋へ入った時、講師の人めちゃくちゃ警戒してたしな。

黒外套で包帯を隠してたとはいえ。

完全に不審者だったので仕方ない。


「はぁ……」

最後の講師が出ていった瞬間。

集中が切れた。

同時に。

「っ……ぐ……」

痛みが一気に押し寄せる。

痛み止めが切れたのだろう。

左足。

左腕。

左こめかみ。

左頬。

全部痛い。左が痛い。

いつもならベッドで丸一日寝ているレベルだ。

レンは重たい身体を引きずり、試験室のトイレへ入った。


そして。

ふっと姿を消す。

次の瞬間、自室へ移動した。

机の引き出しに置いてある痛み止めを飲み、水で流し込む。

再び試験室のトイレへ戻った。


けれど。

薬はすぐには効かない。

「ぅ……」

全部痛い。

早く帰りたい。


でも。

人目が気になる。

足を引きずりながら、なんとか外へ出て――。

そこでレンは固まった。


「……あ」

馬車を返していた。

試験前。

“いつも通りでお願いします”

そう言ってしまったのだ。

だから御者も、レンがこんな状態だとは知らない。


いつもならそのまま園外へ出て、人目のない場所で瞬間移動して帰る。

けれど今日は無理だ。

歩くのもしんどい。

「うぅ……」

―――痛い。冷や汗が流れる。 足も痛い。 頭もがんがんする。

ついに耐えきれず、その場にぺたんと座り込んだ。


――お嬢様はしたないですよ。

たぶんメイド長ならそう言う。 けれど今は無理だ。

……いや。 父上のほうが先に怒るかもしれない。

『床に座るな』 『怪我人は寝てなさい』

そんな声が脳裏に浮かび、レンはふっと笑った。

父上に会いたい。 母上なら「困った子ねぇ」と微笑むだろう。

はぁ……どうしよ。


「――お前、そこで何をしている」

低い声が降ってきた。

びくっ、と肩が跳ねる。

顔を上げると、男子生徒が立っていた。

高等部の制服。 すらりとした体格。

そして、夕陽の光を受けて淡く輝く銀髪。金色の瞳と水色虹彩。

長期休暇中のはずなのに。 なぜ生徒がいるのか。

その視線は冷たかった。

完全に、不審者を見る目である。

レンは慌てて視線を落とした。

……まぁ、怪しいのは事実だ。

頭まで黒い外套を被り。 顔を隠し。 座り込んでいる。

どう見ても不審者だった。


「…………」

やばい。

レンはそっと立ち上がった。

「っ……」

足に鋭い痛みが走り、そのまままたぺたんと座り込んでしまう。

銀髪の男子生徒が静かに近づき、目の前へしゃがみこんだ。


「怪我をしているのか?」

レンはこくこくと頷く。

次の瞬間、ひょいと身体が持ち上がった。

あわわわ……

横抱きだった。

男子生徒は軽々とレンを抱えたまま歩き出す。


「お前、名前は?」

「……ちゅ、中等部です」

ふっ、と小さく笑われた。

「名前だ」

「……正直に言うと、教えたくないです。でも怪しい者ではないのです」

ふっ、と男子生徒がまた笑う。

「……十分怪しいが」

その通りすぎて、レンは黙った。

男子生徒に抱えられたまま、こつ、こつ、と響く足音。 一定の揺れが妙に心地いい。

「早く治癒魔法を施した方がいい――」

男子生徒が何か言っていた。

「おい、聞いて――」

けれど、そこで視界がぐらりと揺れる。

「うぅ……」

がくっ、とレンの力が抜けた。


腕の中で、レンはそのまま気絶していた。



目が覚めた時、レンは知らない部屋のベッドにいた。

頭はすっきりしている。 身体の痛みもない。

誰もいないのを確認すると、すぐに転移し、辺境の自室へ戻った。

「……ふぅ」

そこで、ふと銀髪の青年を思い出す。

――その瞬間。


人影が視界に入り、びくっと肩が跳ねた。

「……っ」

本気で怖い時、人は声が出ない。

壁に背を預け、腕を組んだオルフェがそこにいた。

「……ち、ちちうえ」


どうやら、ずっと待っていたらしい。

オルフェはゆっくり近づくと、レンの肩をがしっと掴んだ。

「……レン、お前……」

低い声が震えている。

「無事なんだな……?怪我は大丈夫か?」

本気で心配している顔だった。

この顔を、レンは何度も見ている。


外はまだ薄暗い。 時間は四時前。

レンは慌てて、学園での出来事を全て説明する。


「父上、心配かけてごめんなさい……」

レンもまた、オルフェの顔を見て不安そうに震える。

オルフェはしばらく何も言わなかった。

ただ、娘の肩を掴んだまま、無事を確かめるように見つめる。


やがて。

「……お前が無事なら、それでいいんだ」

低く、静かな声だった。

張り詰めていたものを吐き出すように、ふぅ……と息をつく。

そしてオルフェは、レンの頭をぽんと撫でると、そのまま部屋を後にした。


閉まる扉。

静かになった部屋で、レンは立ち尽くす。

去っていくオルフェの背中を見送りながら――レンは、何も言えなかった。


昼食。

イリスとアウラも交え、レンはもう一度、最初から全部説明することになった。

レンが帰ってこず、王都へ騎士を連れて向かおうとしていたらしい。 イリスが必死になだめていたという。


「……無事でよかった」

その言葉で、この話は終わる――はずだった。


「銀髪に金の瞳といえば――」

終わらなかった。

アウラ!

レンがぎょっとする。

アウラはきらきらした目で身を乗り出した。

「高等部なら、あの方しかいませんわ!」

「……誰だ?」

オルフェは食後のコーヒーを片手に、湯気越しにアウラを見る。

「ヴァレリア公爵家の公子様ではないでしょうか?」

ぴたり、とオルフェの動きが止まった。

「……ほう、なるほど。あいつの息子か」

「あなた、知っているの?」

イリスが首を傾げる。

オルフェは少し嫌そうに眉を寄せた。

「……馬が合わなくてな。関わりは薄い」


珍しい。

オルフェがここまではっきり苦手を口にするのは。

レンとアウラが揃って目を丸くする。

「ヴァレリア公爵家は、南西部の砦を守る家門だ。うちとは反対側だな」

辺境伯家が北東の国境を守る盾なら、ヴァレリア公爵家は南西の要。

どちらも魔獣討伐と国防を担う武門だ。

「堅物な奴でな、規律の塊みたいな男だ。まあ、知らんが」


「……へぇ」

レンはぼんやり、あの銀髪の青年を思い出す。

冷たい目。 けれど、笑うと少し柔らかくなる声。

『……十分怪しいが』

思い返すと、ちょっと失礼だった気がする。


「騎士の腕があり、成績優秀、加えてあの容姿ですもの。初等部の女の子たちの間でも人気なのよ」

アウラが得意げに言う。

「まぁ、そうなの?」

イリスが少し驚いたように目を丸くした。

「ええ。毎年、学園内で騎士科と魔導科の試合があるのですけど、中等部の頃からかなり強かったそうよ」

アウラは食後のミルクティーを優雅に飲む。


「お兄様たちも上位だったのかしら」

「あの子たち、全然そういう話してくれないのよねぇ」

イリスが困ったように笑う。

するとオルフェが淡々と言った。

「あいつらなら、常に四位以内には入っていたな」

「まぁ、そうなの?」

イリスが嬉しそうに笑う。

「すごいのねぇ」

うふふ、と柔らかな声が響く。

レンは内心、ほっと息を吐いた。

――助かった。話題が変わった



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