お嬢様
三日が過ぎた。
今のところ、仕えることになったお嬢様にはまだ会えていない。
それに、なんでこの仕事を持ちかけられたのか、いまだによくわからない。
俺のことを何も知らないはずなのに。
ユレと一緒に屋敷の前で、お嬢様を待っている。
今のユレには雑菌が全然いない。すっかりきれいになった。
おかげで、さっきよりずっと快適だ。
「ユレさん、ビリボートのお嬢様ってどんな人なんだ?」
「なんでそんなこと聞くのよ?」
「第一印象は大事だからな。どう接すればいいか知っておきたいんだ」
「礼儀正しくしなさいよ」
「……そういえば、なんで執事のダンは俺をお嬢様の使用人として誘ったんだ?」
「黙って」
「……俺の掃除の仕方が気に入ったのかもな」
「礼儀をわきまえなさい。変な真似をしたら、容赦なく首を斬り落とすからね」
ちゃんと礼儀正しくできるし、大丈夫だ……いや、いや、いや、全然大丈夫じゃない。
もしそのお嬢様に菌がいたら、思わず魔法を使いたくなるかもしれない。
その時、黒い馬が二頭引く馬車が現れた。
その後ろには、光る鎧を着た四人の騎士が馬に乗って続いていた。
馬車が止まった時、中から地味なエメラルド色のドレスを着た金髪の少女が降りてきた。
ユレが彼女に向かって歩き出したのを見て、俺も真似をした。
「おはようございます、お嬢様」
「ん、長い旅で疲れたわ。お風呂の用意をして」
「かしこまりました」
彼女が通りすぎるまで、俺は頭を下げていた。
「……その人は?」
「お嬢様の新しい使用人でございます」
ユレに軽くひじでつつかれて、慌てて自己紹介をした。
「は、はじめまして! ソエン・アルデリアって言います……よろしくお願いします!」
「ん」
少女は大きな足音を立てながら、そのまま屋敷の中へ入っていった。
「うまくできたか?」
「行くよ」
「おう!」
・
「おい、お前、魔法が使えるんだろ?」
「ああ」
「あれに水を入れてよ」
ユレが天然石でできたバスタブを指さした……って、ここは虫だらけじゃないか。
よく考えずに、俺は滅菌の魔法を使った。ここ数日、何度も使いすぎている気がする。
ああ……ユレがジェルまみれになっている。
表情は変わらないけど、絶対に怒っている。
「ごめん!わ、わざとじゃないんだ!」
この魔法っていろいろ問題があってさ、一番困るのが服がぬれてベタベタになることなんだよな。
怒られる前に、あわててバスタブに水を入れていく。
「水も温めたほうがいいか?」
「ああ」
「そういえばさ、お前って剣士だって聞いたけど、本当なのか?」
「……うん」
「で、お前の剣はどこにあるんだよ……って、どこから取り出したんだ!?」
「空間魔法よ」
「へえ……これが空間魔法ってやつか」
「見たことないの?」
「ないね」
なんで急にドヤ顔してるんだ?
その時、お嬢様がバスタオル一枚でお風呂場に入ってきた。
もちろん、とっさに目を閉じたから何も見てないぞ。
「こいつ、なんでまだいるのよ」
「お風呂の準備をさせています」
「ん」
タオルが落ちる音が聞こえる。さすがにここから退散したほうがいいよな……ゴンッ!
痛っ、壁にぶつかった。
・
夜になった。
今、この屋敷の大きな部屋では、アルカディアから来た使節団をむかえる宴会が開かれている。
なんでも、どうめいだかなんだかの話し合いがあるらしい。
お嬢様の使用人としては、あんな宴会に出ないでくれて正直ホッとしてる。
どうせあんな場所には、ろくに体を洗っていないきたないやつらがわんさかいるんだろ……考えただけで気持ち悪くなるぜ。
「おい、お前」
「はい?」
「ユレはどこに行ったの?」
「何か探しに行ってくると言っていましたが……」
「そう。じゃあ、私の髪をとかしなさい」
「は?」
「早く」
まあ……これも仕事のうちか。
それに、さっきお風呂の準備をしたときに滅菌ジェルも使ったおかげで、お嬢様の髪はサラサラだし、めちゃくちゃ清潔になっている。
なんだかすごくほこらしい気分だぜ。
「失礼します」
おずおずと、くしを髪に通していく。
絹の糸のように細くてまっすぐな髪だ。
こうしてお嬢様をきれいにしておく仕事なら、もしかして悪くないかもしれないな……なんて思えてくる。
「ねえ」
「はい? 何かご用ですか?」
「あんた、いつ雇われたの?」
「つい最近ですよ」
「ん……で、前の仕事は何を?」
「ぼうけん者をやっていました」
「じゃあ、なんで冒険者が私の髪をとかしてるの? 冒険者って、どうくつでモンスターと戦ったりするんじゃないの?」
「洞窟なんて大嫌いだ。それでも、あなたのために髪をとかしてるんだ」
「ずっといるの?」
「わからない。それでも、あなたの役に立てるように頑張るよ!」
使用人として生きるのは、一生主人のためにはたらくことだ。
悪くない、でも自信はない。
その時だった。目のはしで、剣の刃が首に近づいてくるのが見えた。
くしを持つ手がすばやく動いた。
ガキィンッ!
剣の刃がくしの歯の間にはさまった。殺し屋が屋敷に入り込んでいた。
奴の攻撃を防いだのを見て、殺し屋はすぐに下がった。
「いったい、何が起きてるんだ!?」
お嬢様が声を上げた。
俺は彼女を守るため、サッと前に立った。
「俺の後ろに下がってください」
「はいっ!」
こんな状況でも、彼女は慌てていなかった。
俺がくしを武器にしているのを見て、相手は油断したようだった。どうする!?
くしが剣に勝てるわけがない!
それでも、落ち着いて、頼れる人に見せないと!
待っている時間はない。殺し屋がすばやく近づいてきた。
「溶かせ!」
両手から黒い霧が出た。それを見て、あいつはあわてて下がろうとしたが、もう遅かった。
すぐに効果が出始めた。
殺し屋の服が溶け始めた。
その後、ひどい光景が広がった。そいつの肌もとけ始めた。
床が大きな赤いしみでおおわれるまで、悲鳴が続いた。
「やりすぎたか……。大丈夫ですか、お嬢様!?」
「はい、大丈夫です……うぇええええっ!」
「っ、お嬢様! 吐かないでください、きたないですから……っ! うぇっ」
結局、二人そろって吐いてしまった。




