episode7 Have a nice day!
読んでいただきましてありがとうございます。
「お前はこの数日間様子がおかしかった、何も覚えていないというなら、最後に残っている記憶は何だ?」
私のことを一通り笑い終えて息を整えながら羽澄君が東山君に尋ねている。
「何だと言われても……」
しばらく何かを思い出しているようだったが、やがて、そういえばと言いながら話してくれた。
「いつだったか公園で一人いた時……」
その日、テストの成績が思ったより悪くて落ち込んでいた、家に帰る気も起こらなくて途中にある公園のベンチでしばらく座っていたら、その時見知らぬお爺さんが近づいて来て話しかけてきた、ホームレスを疑うような怪しげな風貌だったし、気味が悪いので相手にしなかったのだがやがて小さな箱を差し出してきたのだ。
「箱?」
東山君がこれくらいの大きさでと言いながら形作ったのはちょうど掌二つ分の大きさ。
「古びた感じの赤くて四角い箱だった、宝石箱みたいに開くようになっていて、ふたを開けようとしたら止められた」
「開けちゃ駄目だって言われたの、なんで?」
「これは君にとってとても大切なものが入っているが、決して開けてはいけないと、そう言いながら去って行ったんだ」
「何それ、玉手箱みたい」
「気味が悪かったし、ボケ爺さんの戯言かとも思ってその箱は、その場に置いてきたはずだったんだが……家に帰って勉強していたら、ふと、そこにあって」
「持って帰ってきちゃってたの?」
「いや、あの時確かにベンチに置き去りにして、鞄に入れた覚えは無い」
気が付くと机の上積み上げられた参考書の上にあって。何でここにあるんだろうって考えだすと、もう気になって仕方がない、引き寄せられるように手に持ってしまった。
「思わず開けちゃったんだね」
「あ、知ってるそれ、カリギュラ効果って言うんだよね」
「かり?何?」
高見沢君ってば難しい言葉を使ってるよ。
「人は見るなと言われれば、余計に見たくなってしまう現象のことだ」
羽澄君が説明してくれて分かった、ツルの恩返しのお爺さんが覗くなって言われたのに覗いちゃうのとか、あの押すなよ絶対押すなよ‼って言われると逆に押したくなっちゃう事ね、そういうのにもちゃんと名前があったんだ。
「二人共そんな難しい言葉を知ってるんだ、すごいなぁ」
すると冬夜君はキョトンとした顔で私を見た。
「それくらい知っていて当然だろ?」
「悪かったわね、馬鹿で!」
「それで、中には何が入っていたの?」
今度は高見沢君がまん丸な瞳で東山君を見ている。
「いや何も……」
「空っぽだったの?」
小首をかしげる高見沢君が可愛い。
「不思議な事だが、小さな箱のはずなのに中はまるで無限に広がる宇宙空間のように暗闇が広がっていた、その中に赤い光が二つ、まるで目玉のように……そうだ、その目が俺を見たんだ」
東山君はそこからの記憶がないと言う。
「ただ、頭の中がモヤモヤして、世界が青い……というか紫の影のようなぼんやりした奇妙な景色が見えていたような気がする」
「紫……」
私が、ぼんやりしている東山君と目が合った時に感じた変な景色もそんなだった。
「じゃぁ、東山君はおかしかった間ずっとあの世界の中にいて、あのまま羽澄君に背中を押されていなかったら私もそのまま引きずり込まれていたかも?」
「危ないとこだったな」
私の言葉に羽澄君がさらりと返してくれた、やっぱり羽澄君は最初から見えていたんだ。
「そうなったら私も女装しなきゃいけなかったって事?」
「東山よりは似合うかもな」
「凜ちゃんは女装しなくても十分可愛いよ」
おいおい。
その後は、東山君がおそらく箱を開けてからおかしくなっちゃった事とか、その間何があったかを順を追って説明してあげた。
尤も話してあげたのはほとんど私だったけど。東山君に押し倒されそうになった辺りではかなりショックと驚きがあったらしく、覚えていない事とは言え君には失礼な事をしたと平謝りに謝ってくれたし、
正気に戻った今はもう君を襲うようなことは絶対にないから安心しろと真剣な顔で言われた。
……。何?私の周りには失礼な男子しかいないの?
「じゃぁ、女装したことも覚えてないんでしょ?」
「女装‼まさかこの俺が⁉」
いやそのまさかだし、現に今来ているのは赤いワンピースだしと言わんばかりに東山君の服装に目をやったら、東山君自身もこの時初めて自分の服装に気が付いたようだ。
「な、何だこの格好は‼」
まるでこの世の終わりかのような青ざめた顔をして頭を抱えてうずくまってしまった。東山君ももしかして天然⁉
「心配するな東山、お前のその姿を見たのは夏樹と俺とこいつと……」
羽澄君は自分と高見沢君と私を順番に指さしていく。
「――後は放課後のグランドに居た奴らと先生が数人」
一瞬の間に、それだけかと安心してホッとした表情を見せる東山君に止めを刺した。
ショックでダンゴムシのようにしゃがみ込んで頭を抱えだしたよ。
「ここ数日の記憶がない分勉強が遅れてしまった上に、このような醜態を世間にさらしてしまった、もう駄目だ学校に行けない」
そんな東山君の前に片膝たてて座る羽澄君、その肩に手を置き優しく言った。
「気にするな、気にするほど美人でもなかったぞ」
可哀そうに、その言葉にショックを受けて真っ白に石化してしまったのは言うまでもない。
「でっ、でも大丈夫よ、イザとなったら私みたいにキリギリスになればいいじゃない!」
「はぁ?」
何とかして励ましてやろうと思って言ってみたのだが、肝心の東山君には話の意味がわからないと言った表情をされたので、あの童話『アリとキリギリス』のお話をしてあげたのだ。
「だから、最後はアリさんたちに助けてもらえばいいのよ!」
自信満々に胸を張ってこのお話の教訓を語って聞かせたのだ。
「勉強してもダメな時は遊んで暮らして、でも何か困った時は誰かに助けてもらえればいいんだよ。人生お気楽に生きなきゃ」
「お前なぁ」
「何?」
「あの話の本当の最後はどうなったか知っているのか?」
「冬になってお腹をすかせたキリギリスがアリたちにご飯を分けてもらうって話でしょ?」
すると羽澄君はがっかりしたように大きなため息をついてから言った。
「そんな甘い話ではない、アリたちが夏の間冬に向けてせっせと食料を集めている、しかしあれだけの数のアリだ、蓄えていた食料もすぐに底を尽きるだろう」
「そ、そうなの?」
私の知っているお話と違う。
「残りの冬をどうやって乗り越えようかと困っている処に、何も知らないキリギリスが尋ねて来てみろ」
「うん」
「旨そうに見えるだろ」
「げ‼」
頑張ったアリたちにとってキリギリスが最高のご馳走になるというのだ、純粋無垢な童話にもそんな残酷で恐ろしい結末が隠れていただなんて。子供向けの楽しいお伽話だとナメてかかっていたわ。
「人生そんなに甘くないという教訓だ、解ったか」
「解った、私も少しは勉強する……」
もう手遅れかもしれないけれど。
「……そうなの、冬夜?」
「……いや、知らんけど」
後ろでこそこそと話している二人の会話は私の耳には届かなかった……。
っていうか私、今までの流れで何度も東山君のパンツ見た意味あったの?
読んでいただきましてありがとうございました。
このアリとキリギリスの話。アリたちがなぜ、吹雪の中凍えながら助けを求めてきたキリギリスを、優しく迎え入れたのか謎だった。
私は「食べちゃうのかな」と子供心に思ってたんですよ、でも別の人の意見で、アリたちが働いている間キリギリスの弾くバイオリンに癒されていた、だから感謝の意味で受け入れたのだ。という説を聞き、暖かい暖炉の前で、キリギリスのバイオリンでダンスを踊るアリたちを想像して、目から鱗でした。




