episode6 CLICK
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「凛、俺達から離れるな!」
後を追うように走り出す羽澄君と高見沢君。
「言われなくても解ってるって」
人影の少なくなった廊下を東山君の影を追って走る二人の後を私も追いかける。
東山君は何処へ行ったのだろう、全く逃げ足の速いオカマ。
「あ、あそこにいる!」
高見沢君が向かいの校舎を指さした、そっちにいるらしいが、そっちは私達のいる棟と中庭を挟んで平行に建てられている音楽室とか美術室とかの特別教室が多く入っている棟だ、そっちへ行くにはこの廊下突き当りの渡り廊下で行くしかない。
「行くぞ!」
いうが早いか羽澄君と高見沢君が一気に渡り廊下の方へと駆けだして行った。
流石男の子二人とも脚早い!
「ちよっ、待ってよぉ~」
私も遅れまいと二人を追って走るのだがこっちはか弱い女の子、そんなに早く走れる訳ないじゃない、離れるなと言っておきながら、羽澄君の方が見捨てて行ったんじゃないのよぉ。
とりあえず二人とも向こうの棟に行ったのなら私も、と思ったら突然後ろから腕を掴まれた。
「きやっ!」
びっくりして思わず悲鳴が上がる、向こうの棟に居るはずの東山君がいつの間にか私のすぐ後ろに居て、腕を掴まれて抱き寄せられた。
こんなところで捕まってる場合じゃない、何とかもがいて暴れまわって掴まれた腕を振りほどいたものの、足がすくんで上手く走れない、でも逃げなきゃ。
「逃げることないじゃない、大人しく捕まりなさいよ」
息が上がってもつれるように走る私に背後から東山君のオカマ声と高笑いが聞こえた、危険なオカマに逃げるなと言われて逃げない馬鹿がいるもんですか。
肝心のあの二人は今頃向こうの棟で、東山君を見失ったとかいって探し回っているんだろう、居ないはずだよここに居るんだから。
スマホで呼び戻す時間なんてない、そもそも私のスマホ何処へ置いたかしら、そんな事を考えている間も東山君の声が背後から聞こえる、やだ怖い。
逃げる先に自分たちの教室が見えた、咄嗟的にドアに手をかけるとラッキーなことに鍵は開いていた、勢いでそこに逃げ込んでドアを閉める。しかし残念なことに教室には誰もいない。
しまった中からカギはかけられないんだ。
「いつまでも逃げてんじゃないわよ、ここを開けなさい!」
ドアの向こうに東山君が居るのが解る、ドンドン叩きドアを開けようとしている。しかし開けられまいと内側から必死に手で押さえていたドアも、東山君の力の方が強くて弾き飛ばされるように開けられて入ってきた。
弾き飛ばされてしりもちをついた体制になった私を見下ろすその目は大きく見引かれて、口元からうめき声のような音が漏れている、その姿はいつもの東山君でもなければオカマでもない、なんだか別の、まるで理性を失った獣のよう。
「ど、どうどう……」
何とかなだめすかそうとしても無理っぽい。
窓の外から部活にいそしむ生徒たちの歓声が聞こえる、その中に混じってブラスバンド部が練習してるんだろう、聞いたことのあるメロディーが流れてくる、そんなところでのんきに楽器の演奏してないで助けてよぉ!
四つん這いの体勢から何とか立ち上がり、足がもつれて机のいくつかを倒しながらも教室の後ろの壁まで来てしまった。
東山君はそんな私をヘラヘラとした気味悪い笑顔でずんずんと追いかけてくる、逃げ道は右手の扉。
ふらふらになった脚に言うことを聞かせて、教室の後ろ扉へ逃げようとするより先に、東山君の男性にしては細い指が私の二の腕を掴んだ。
「今度こそ捕まえたわ」
そのまま床に押し倒された。にやりと笑うその口元が気持ち悪い。
「や、やだ、離してぇ‼」
必死に抵抗しようともがくものの、男子の力には到底かなうはずも無く、頭の先、手を伸ばせばすぐそこが扉だというのに、私の両腕は東山君の腕に抑えられていてびくともしない。
「さあ、今度こそあなたの若さをアタシに頂戴」
「い、いやぁ――っ!」
悲鳴をあげようとした口を黒い手にふさがれた。悲鳴のかわりに息が漏れる音だけがむなしく転がり落ちて床に吸い込まれて消えた。
「大人しくしなさい、誰も助けになんか来ないわよ」
東山君の腕が私の首にかけられた、そのまま力を入れたら絞殺される。
何とかして抵抗しようにも、腕まで抑えつけられているので動けない。
東山君、腕何本あるのよー。
恐怖にかられながらも冷静になって考えた。私の首を絞めようとしているこの腕が東山君のだとして、私の両腕と口を抑えているこの腕はいったい誰の……。
黒い腕の行く先を目線で追うと、そこには東山君の体の後ろ、大きな黒い影が見えた、東山君の体に寄り添うようにすぐ後ろに居て、今私の腕を抑えている。
何こいつ、怖い怖い!
更にその黒い手が東山君の手とも重なって、まるで東山君を操っているようだった。
東山君の顔が近づいてくる、大きく開けた口の中に赤い目玉が見えた、昨日より大きくなっているような気がする。
東山君自身がどうのこうのするよりも、もっとひどいことになってるじゃない!
羽澄君が言っていた言葉を思い起こす、もう一度押し倒されろと言った、でも守ってくれるはずじゃなかったの?
助けて‼
イケメン男前が台無しになるくらい生意気で偉そうな口を利くところも、夏樹ちゃんに諭されて不貞腐れたような顔も、その反面意外に可愛いはにかんだ笑顔も、もう見れなくなるなんてそんなの嫌だ!
指先に力を入れられ首が絞めつけられる、苦しい。体から力が抜けていくような気がする。こんなところで死にたくない!
ヤダヤダ、助けて冬夜―!
その時、バン!という音とともにすぐそばのドアが開かれる、そこに居たのは羽澄君だ。
羽澄君はすぐに東山君の髪の毛を掴み東山君のおでこに何かを張り付けた。
あれは何、もしかしてお札?
テレビとかで見た事ある、よく解らない読めない文字が書かれている細長い紙。おでこに張り付いたそれは東山君の顔を隠すように垂れ下がる。
お札を張られた東山君は黒い影と共に上体を反らし苦しそうに立ち上がって悲鳴をあげた。
おかげで私の体は解放されて、体が軽くなる。
あぁ、やっぱりお札だ。
羽澄君は床に転がる私をまたいでゆっくりと両手で頭御抑えながら悲鳴を上げる東山君に近付くと、突然その口に腕を突っ込んだ、見ているこっちが『うげぇ』ってなりそうなくらいかなり奥まで突っ込んだと思ったら、その手をすぐに引っこ抜く。
「大丈夫、凜ちゃん?」
夏樹ちゃんが私の体を助け起こしてくれた。大丈夫、どこも痛みはないので怪我はなさそう。
だけど一体、東山君に何が起こっているのか。羽澄君の腕に吸い寄せられるように黒い影が引っ張り出された東山君は、まるで力尽きたように床に倒れ込む。
東山君の口から引きずり出された黒い影は、羽澄君に引っ張られるまま大きく宙を舞う、羽澄君はそれをそのまま床に力強く叩きつけた。べちゃぁという水気の多く含んだような気味の悪い音がした。
叩きつけられた黒い影はしばらく床の上をとぐろを巻くようにのたうち回っていたがやがて何かに吸い込まれるように小さくなり、それは台所でガザガザやるあの黒い大きなアレみたいな、でも普段見るのよりも数倍大きなそいつは床にあおむけの状態からガサガサってやって起き上がって、あろうことか今度は私に向かってきた。
「ギャァ!」
ビックリして地面を這いまわるそれを思わず脚で踏んづけてしまった、条件反射ってやつだ、靴越しに伝わるぐちゃりとしたと厭~な感触。
「うわぁ、凜ちゃんやるぅ!」
うわ、気持ち悪、うわ、臭っ、もうこの靴履けない。
「何こいつ、G⁉」
「いや違う、残念だがこいつはカメムシだ」
何がどう残念なのかは知らんがGじゃなくてよかった、カメムシなら見た事ある。
「あの七色に光るって言う綺麗な虫」
「タマムシとカメ虫を一緒にするな、馬鹿かお前」
靴裏をあんたの服で拭いてやろうか。
「それはともかくとして、ここに倒れている東山君はどうしたらいいの、またいつものように捨てて帰るの?」
「いや、悪の根源は退治できた、目が覚めたら元の東山に戻るだろう」
そうなんだ、死んじゃった訳ではないし捨てて帰るのはかわいそうだ、目が覚めるまで待って居てあげようか。ってちょっと待って、悪者は退治できたとか言うけれど、あのタイミングの良すぎる登場の仕方、前もって準備されていたとしか思えないお札と寸分の迷いも無い攻撃。
「もしかして羽澄君、敵を油断させようとして、わざと私を一人にさせたんじゃないでしょうね?」
「そうでもしないと、押し倒されなかっただろ、お前?」
さらりと返す羽澄君。
「そのせいで私が、どれだけ怖い思いしたと思ってるのよ!本当に怖かったんだからね、おかげでもうあんたとも会えなくなるのかと思ったら悲しくなったし!」
思わず怒鳴り散らしてしまった。
「まぁまぁ、おかげでカメムシを退治できたんだからいいじゃない」
高見沢君が間に入ってなだめようとしているけど、肝心の羽澄君はクールな表情のまま私の話を聞こうともしない、うるさい女だなーとしか思ってないかも、だから余計腹立つ!
「う……んっ」
東山君が目を覚ました、体がとっさに身構えて、そのまま羽澄君の後ろに隠れる。
長い眠りから目覚めたように目をこすりながら上体を起こす東山君に、私のことなど気にもしない様子で羽澄君がゆっくりと近付いていった。
「大丈夫か、東山」
しゃがみこんで東山君の様子を窺うようにのぞき込む羽澄君に、東山君はしばらくその顔を眺めてからやっと気づいたように彼の名前を呼んだ。
「羽澄……?」
徐々に覚醒していく東山君は、でも今の状況が理解できないらしく辺りを見回してから。
「どこだ、ここは?なんで羽澄がここに?」
「ここは俺たちの教室だ」
教室に他の生徒がいても何の不思議もない、東山君は安心したように小さく息を吐いた。
もしかしてやっぱり、元の東山君に戻ったのかな、よかった。
「私もいるよっ」
「誰だお前?」
もっと安心させてあげようと思い明るく声を掛けたら、こっちを向くなり眉間にしわを寄せて思い切り睨まれた。
「誰だじゃないでしょ、私よ私っ、か・み・や・り・ん・こ!何年御近所付き合いしてると思ってるのよふざけんじゃないわよこのおかま野郎!」
どすどすと近付いて胸倉掴まん勢いで東山君の目の前で自己紹介してやった。
「落ち着け神谷、ふざけて睨んだわけじゃないしお前を忘れたわけじゃない」
「じゃぁ何なのよ!」
落ち着けと言われたけど、忘れられた私は落ち着ける訳ないじゃない、でも最初から落ち着いていた東山君は顔に手を当ててから何かを思い出したように立ち上がった。
「そう言えば俺の机に……」
そう言いながらゆっくりと立ち上がると、周りの机にぶつかったりよろめいたりしながら近付いて行った。
「ちょっと大丈夫なの?」
「あぁ、大丈夫」
机の中をゴソゴソと探り、中から取り出したのは黒いシンプルなメガネケースだった。
いつも予備の眼鏡をここに入れていたのだという。
「あ、あれ?」
中から取り出した銀ぶちの眼鏡を装着したその姿は、いつもの見慣れた東山君、だった、ような気が……。
「東山君って、眼鏡かけてたっけ?」
「あぁ、俺はいつも近眼で眼鏡だったが、何か?」
どや顔で鼻先のフレームを中指でクイっと上げる、すると横に居た羽澄君が突然ププッと噴出した。
「お前、ひょっとして東山に感じていた違和感って、眼鏡の事だったのか⁉」
その、カメムシもどきに憑りつかれていた間だけ眼鏡をかけずにいた東山君を、そうとは気づかずにただ違和感として感じていたって事?
「もしかして勘の鋭い奴なのかと思っていたんだが、ただのバカだったのか」
「な、何よ、そんなに笑う事じゃないでしょ」
「そうだよ冬夜、そんなに笑っちゃ凜ちゃんに失礼……だよぉ……」
そう言いながら高見沢君も笑いをこらえるのに必死なようだ。
「ちょっと待て、いったい何がどうしたというのだ、話が見えん」
生真面目で優秀な頃に戻った東山君は、笑い続ける失礼極まりない兄弟を一瞥して、まっすぐ私を見た。
「何も覚えてないの?」
「何を覚えているというのだ?」
あ、覚えてないんだ今までの事。
読んでいただきましてありがとうございました。
東山君もイケメン眼鏡設定です。




