episode14 晴る
読んでくださってありがとうございます。
次の日は朝からどんより曇り空だったけど、気にせず登校すると、内藤さんがまるで今の空模様のように落ち込んだ顔で待っていた。
立ち話も何だからと、内藤さんを席に座らせ私は前の席の人の椅子を失敬して腰掛ける。
どんよりとした空気の中、内藤さんが話始めるのを緩やかに待つ、やがて。
「昨日はゴメンなさい、皆に一杯迷惑かけたこともそうなんだけど、実は……もう一つ謝らなくっちゃいけないことがあって……」
「えぇ、何何?」
どうしたんだろう、カメムシの事なら、全部カメムシのせいにしたらいいのに、内藤さんは何一つ悪いことなんてしてないのに。
「実は、さっき高橋君が話してるのが聞こえて、その……高橋君ね……隣のクラスの女の子と付き合ってるんだ。って」
「えぇ、そうなんだ、それはショックだよねぇ」
「うん、そうなんだけど、それで、その、付き合ってるっていう女の子の名前が、その……みやもとまりん、だっていうの……」
宮本真鈴、隣のクラスにそんな子いたんだ。
「それは私じゃないね」
「本当にごめんなさい、私てっきり神谷さんだと思い込んで、それで、だからあんな事に……ちゃんと確認すればよかったのに……」
ホロホロと涙を流す内藤さんに、ちょっと焦った。
「で、でも、それって、もしかしなくても内藤さんの占いが当たったってことじゃない『みやりん』だったけ占いの結果、私の名前だと連想してもおかしくないし、それに『かみやりんこ』と『みやもとまりん』って名前も似てるしさぁ、間違えるのも無理ないしぃ」
「そうだな、良かったら昼休みに話を聞きたいのだが」
「わぁびっくりした」
突然音もなく私の背後に忍び寄ってきたのは羽澄君だった、その横には東山君もいる。
「お昼休みに屋上だね、もちろん行くわよ!」
少し戸惑い気味の内藤さんに代わって力強く答えてあげると、羽澄君はあからさまに私の顔をうざそうに見下ろしてから、舌打ちまでする。
「あぁ、そんな顔するんだったらお弁当の卵焼き分けてやらないんだから!」
「……分けてもらった事無いし」
昼休みになり、お弁当を持って内藤さんと一緒に屋上に行く。
いつもは一人で登っていた階段も今日は内藤さんと一緒、共通の秘密を持った友達が出来てうれしいな。
屋上にはもう既に羽澄君と東山君が待っていた。高見沢君は今日は用事があるとかで来れないそうだ、残念。
東山君がレジャーシートを持ってきてくれているので、そこに四人で車座になって座る、どんよりだった空も今は黒い雲の合間に青空も見えて気持ちがいい。
内藤さんが持ってきたのは、木でできた楕円形のお弁当箱、知ってる曲げわっぱっていうやつだ。中身も赤と黄色と緑がきれい。
それに比べて私のは、お弁当箱は可愛いピンク色だが中身は茶色、昨日の晩御飯の残りと冷凍をチンしたやつだ全然おいしそうじゃないし、今日は卵焼きは入っていなかった、チンしたやつだけ美味しかった。
「早速で悪いんだが、内藤さんの親がやっているという新興宗教がどんなものか教えてほしいんだが」
「なに、羽澄君も宗教始めるの?」
「お前は黙っていろ!」
「えっと、親がやってるっていうだけで、私は何も知らないんだけど……」
「わかる範囲で構わない、その宗教ってもしかして龍聖会では?」
「えっ……」
言い当てられて驚いた内藤さんが首を縦に振ったことで、羽澄君と東山君が顔を見合わせた。
「何それ、有名な宗教なの?」
初めて聞く名前だった、っていうか今まで宗教なんてこれっぽっちも興味がなかったから知らないのも無理ないか。
「それが、どうかしたんですか?」
内藤さん、箸を持つ手が止まって青ざめている、宗教ってそんなにやばいものなのかな?
「いや、内藤さんは悪くない、ただカメムシ関連で検索したら、気になる記事がヒットしたんだ」
今度は東山君が、スマホを手に何やら操作してから、とある画像を見せてくれた。
「これ、教団のシンボルマークです、これと同じものがうちのリビングにも飾られてます……」
スマホに映っていたのは、白地に黒いペケマークの中に丸が描かれてそのペケの間に外に向かって何やら怪しげなものが上下左右に向いているという、学校の校章にも似たデザイン画だった。
ただ問題なのは、その怪しげなものがどう見ても虫にしか見えないし、丸と三角をドッキングさせたようなボディに二本の触角と六本の足。
「カメムシじゃん」
「これはこの世を支配する神聖なる守り神、聖王様と、うちの親たちは呼んでます」
「でもカメムシじゃんね」
「はい、私もカメムシにしか見えないんですけど、カメムシって言ったら怒られます、時には引っ叩かれることもありました」
「カメムシじゃないんだ」
「うん、ここに描かれてるのはカメムシじゃなくて聖王様なんだって頑なに言うのよ、でもカメムシじゃないって言ってるくせに、虫のカメムシを殺しちゃだめだって言うし」
「何で、崇めてるのがカメムシじゃないのに?」
「おかしいと思うんだけど、親たちはそう信じて疑わないのよ」
東山君が他にもあると言ってスライドして見せてもらった画像には、大きなカメムシが飾られた祭壇に向かって手を合わせている人たちの写真や、教団本部の建物、その入口にも大きなカメムシの像が飾られている。
「すごい、カメムシ祭り」
「ここ三十年の間に勢力を伸ばし始めた宗教だそうだ、見ての通りカメムシらしきものを聖王様と呼んで崇め奉っている、資料によれば、創始者は愛神琉生という人物、主な教義は、修行することで自らの内にある秘めた力を高め神の声を聞き聖王様を目覚めさせ新たな世界を創造する、とある」
東山君はきっとウキペディアを読んでいるのかもしれないが、半分も理解できなかった。
「修行としてやってるのが、全世界の人たちを救済するために、毎日何時間も家の仏壇に手を合わせて、琉生経っていうのを唱えたりする他に、信仰していない人たちに大きな壺を売ったり発行される書籍を売ったり、新聞の購読を進めたり、時には占いをしてあげたりして、そのお金を献金したりするの、それが修行なんだって」
内藤さんは両親の修業ぶりを間近で見ているから、詳しく話してくれる。
「修行って言うより金を集めるのが目的みたいだな」
東山君のいう事ももっともだ。
「私もそう思う、それに龍聖会が発行している新聞があるんだけど、それをみんなに読んでもらえるように啓蒙するの、でも断られたらその分自分たちが肩代わりしなきゃいけないのよ、うちに今三十六部新聞が来る」
「三十六部も、読むの大変!」
「同じこと書いてあるから、全部は読まないよ、でもそこまでやると、バカなんじゃないの、って思う」
「それで、何かご利益あるの?」
「うーん、結局チリ紙交換に出すから、トイレットペーパ―は買わずに済んでる、ってことくらいかな?」
内藤さんの両親がいつも熱心に修行しているという、内藤さん自身はそんな親の行動についていけなくて修行なんかしたくないと言った。私も新聞三十六部はさすがに要らない。一部でもいらない。
「じゃぁ、東山君や内藤さんに乗り移って操ったカメムシは、この人たちの仕業って事?」
「さぁ、そこまではまだわからない、関係あるのかさえも判断しずらいな」
羽澄君が消極的な意見。
「でもさ、これだけカメムシ推しなんだからさ、カメムシつながりで何かあるんじゃないかって思っちゃうよね、もしかしたらカメムシが乗り移ったらここの信者になっちゃうとか」
「ならなかったじゃないか」
「ならなかったね」
思い付きでしゃべったら、話はそこで終わってしまった。
「しかし凛の言う通り、無関係だと突き放すのもどうかと思う、これからも調べていくつもりだ」
お弁当を食べ終わった羽澄君が、話も終わりとばかりにお弁当箱をかたづけ始める、私はもう一つ気になることがあったので皆に聞いてみた。
「内藤さんが、そのカメムシに操られた時に、池下君と木村さんを襲って、どうして私の事を襲わなかったのかな?」
みんなの視線が私に集中する。
「ほ、ほらだって、高橋君と付き合ってるのなら、普通はまずその子から攻撃するんじゃないかなって、首を絞めさせたり、窓から突き落としたりとかをさぁ」
内藤さんを責めてるわけじゃなくて、一般論としてぇ、とフォローを入れる私に、思わず真剣な表情になって考えている男子二人「言われてみればそうだよな」とでも言いたげだったが、ふと羽澄菌が顔を上げた。
「お前が単純バカだから、操れなかったんじゃないのか?」
「はぁ⁉」
「なるほど、お前に攻撃が効かずに池下や木村さんに被害が及んだ、だから直接攻撃をせざるを得なかった」
東山君もなるほど、って顔をしているよ。
「二人とも酷い」
これ以上ひどいことを言われる前に話をそらしちゃえ。
「ところで内藤さんのやってたっていう占いって何、どうするの?」
「え、あっ、えッとね、家にあるのは水晶玉なの、手をかざして聞きたいことを念じれば、そこに答えが映し出されるってものなの」
「水晶だなんてすっごい、すっごく当たるんでしょ!私の事も占って欲しいな、今度のテストのヤマとか」
「う、占ってって言われても……」
「占いの内容がバカすぎる……」
「東山君はいいじゃない頭いいんだから、私はもう少し成績アップしないとやばいんだから、この間もお母さんに、放課後夏樹ちゃんと勉強しているというのに、どうして成績が上がらないのかしら、って言われちゃったよ」
「だったら普段からもっと勉強しろ」
「仕方ないじゃない、今更勉強しても成績アップなんて出来るわけないじゃんよ、だから占いで答えが分かればいいじゃない!だからねぇ、占ってぇ」
「でも、ここに持ってくるのは、ちょっと無理で……」
「何で?」
「だって、その水晶玉すごく大きくて重くて、ここに持ってくるのは無理なの、ごめんなさい」
「うわ残念」
内藤さんが「このくらいあるの」と言いながら両手を広げて、その水晶玉の大きさを表現して見せた、一番大きな位置で両手で抱えてお互いの指先がギリつくかつかないくらいの大きさだった、確かにそれくらい大きいと、持ってくるのは無理だった、ごめんなさい。
「代わりにと言っちゃなんだけど、頭のよくなる薬があるよ」
「そんな薬あるの?」
「うん、それも親が龍聖会から買ってくるの、それ飲んで勉強すると成績が上がるって言って」
「えぇ、結局勉強しなきゃいけないじゃん」
お前はもっと勉強しろ!と男子二人にハモられた。
「それで、内藤さんは飲んだのか?」
東山君が聞くと、内藤さんは頭を横にフリフリして答えた。
「わ、私は飲んでない、出所が出所だから気持ち悪くて、飲んだふりだけして、だからあんまりお勧めしないけど……」
飲んでもいないのに成績が良い内藤さんがうらやましすぎ。
そんなこんなでもうすぐ昼休が終わりそうなので私たちは撤収して、教室に戻ろうと、屋上からの階段を降りている途中で内藤さんがそっと声を掛けて来た。
「あ、あの、神谷さん……?」
「何?」
「あ、あのね……その……」
なんだかすごく言いにくそうな事を言おうかどうか迷っているような、何だろう何を言いたいんだろうと、首をかしげて内藤さんを見た。
「よかったら……私と友達になってくれない?」
「ほへ?」
ビックリして思わず変な声が出てしまったよ。
何を言い出すのかと思ったら。
「あ、ゴメンなさい、いっぱい迷惑かけてクラスの子達を怪我させちゃうようなこんな私と友達だなんて嫌だったよね、ゴメンナサイ」
顔を真っ赤にして、ペコペコと謝ってくる内藤さん、何をそんなに焦っているのかわかんないけど、私の答えは一つだ。
「何言ってんの、私達もうとっくに友達だよ?」
「え?」
その瞬間ものすごく驚いた顔で私を見る内藤さんの目から大粒の涙が、泣きだしてしまった。嘘、やばい、泣かせちゃったよ。
羽澄君が、そんな私たちの様子に気付いて近付いて来た、うわ、またなにか嫌味でも言われそう。
「なんだ、どうした何泣かしてんだ?」
「ち、ちち違うわよ、内藤さんが友達になってって言うから、私たちもう友達だよって言ったの、そしたらね……」
「ご、御免なさい違うの、その、すごく嬉しくて……」
焦っている私をよそに「今まで友達と呼べる友達っていなかったから」と、眼鏡をはずして、涙を指でフキフキしながら内藤さんがにっこり微笑んでくれた。
「何だそんな事か」
羽澄君はほっとしたように息を吐く。そんな事なのよ、いじめて泣かせたわけじゃないのよ。
「こいつは単純で馬鹿だから付き合うのは大変だと思うが、根はいい奴だ」
え⁉何それ羽澄君にいい奴って言われた、それはちょっとなんだか嬉しい。私いい奴なの。
というわけで正式に友達になったんだから、ちゃんとしておかなきゃ。
「私、頭悪いから人の名前とか覚えるの凄く苦手なんだ、内藤さんの下の名前って何、私は神谷凛子、凛子とか凜ちゃんとか好きなように呼んで?」
「あ、わたし、内藤千琉……」
「ちるちゃん、すっごく可愛い名前だね!」
「そんな、可愛いなんて、そんなこと、ないよ……」
「何で、絶対可愛いよ、ちるちるしてるし二文字だし、私もそんな名前にしたかったなぁ~」
「でも、子供のころ、ちるちるみちる~とか言われてからかわれたし」
「それだったら私も、凛リンリリンリリリリリン~なんてクラスで大合唱されたことあるよ」
「俺は、納豆屋知っ冬夜、って言われた」
うわ、羽澄君も絡んできたよ、でも納豆屋知っ冬夜だって、面白っ、笑ったら失礼だと思いながらも横を見たら内藤さんも吹き出してるよ。
「きっかけはどうあれ、名前でからかわれても気にしちゃダメ、ちるちゃんはちるちゃんだよ、もっと堂々とちるちゃんすればいいんだよ」
「ちるちゃんすればッて、何だそれ」
キョトンとした目で私たちを見ていた内藤さん、じゃなくてこの瞬間から千琉ちゃん。その千琉ちゃんがにっこり微笑んだ。
「でも、そうだね、そんなこと気にしないで私も堂々とちるちるできるように頑張る」
「ヤバイ、内藤さんに凛の菌が移った」
「ちょっとどういう意味よそれ!」
読んでくださってありがとうございました。
長雨がやっと治まって、少しは涼しくなるかなと思っていたのに、また暑さがぶり返してきたような気候。
まだ9月だもんね、まだまだ暑いよ。




