episode13 バンザイ
読んでいただきましてありがとうございます。
近くのバス停から、二駅でその病院はあった。空にそびえる白金の要塞のような大きな総合病院だった、エレベーターも二つある。
木村さんと仲のいい友達にラインして病室を聞き、エレベーターに乗って、迷路のような長い廊下を進むと、お目当ての病室があった。入口の前に張られた表札によると、四人の大部屋の奥のベッドに木村さんはいる。
内藤さんが躊躇しているのが分かる、ドアを持つ手が少し震えている。だから私はそんな内藤さんの手を取って「大丈夫だよ、誰も内藤さんのせいだとは思っていないから」と、にっこり。
覚悟を決め、ドアを開けようとする前にはもう夏樹君が先にあっさりとドアを開けて、元気に奥へと進んでいく。
こらこら、ここは他の入院患者もいるんだから静かにしよう。
「しー」
「しー」
私が代表して、木村さんのいるベッドの、固く閉じられたカーテンをそっと開く、果たして木村さんは一人ベッドの上に上半身を起こして、静かに本を読んでいた。
「木村さん、お見舞いに来たよぉ」
「え、もしかして、神谷さん?」
木村さんは私に気づくと、驚いたように本を閉じ、そして破願した。
でも笑顔が見えたのは、顔の半分だけで、あとの半分は頭から顎にかけて白い包帯でおおわれていた、痛々しい。
「内藤さんもいるよ」
「えぇ、ホント?何で⁉」
更にびっくりした木村さんに、戸惑った様子の内藤さんが、おどおどしながらカーテンの中に現れる。
「わぁ、ホントだ、内藤さんだ、来てくれたの、嬉しい!」
内藤さんと木村さんはもともと仲が良いとか悪いとかは関係ない、あまり接点のないただのクラスメイトなのに、それでもこの歓迎ぶり。隣のベッドの余っている丸椅子を勝手に持ってきて、ここに三つ並べて座っちゃおう。
「初めまして、僕高見沢夏樹と言います、羽澄冬夜とは一緒に暮らしていて、弟みたいなもんです、よろしくね」
人懐こい笑顔の夏樹君に、木村さんも大喜びの様子だ。
「うわぁ、可愛い、あの羽澄君にこんなかわいい弟がいたなんて信じられない」
「ねぇ、信じられないでしょ⁉」
本当には兄弟じゃないけど、でも面白いからあとで羽澄君のブラコンぶりをばらしちゃえ!
「も、もう、体は、大丈夫……なの?」
内藤さんが、もじもじしながら話しかけた。
「あぁ、体はね、大丈夫よ、どこも酷いケガはないし心配いらないんだって」
明るく答える木村さんに、それでも内藤さんは肩を震わせている、そして今にも泣きそうな声で「ごめんなさい……」と一言。
「え、なんで?」と、少し訝し気に内藤さんを見る木村さんに、ここはまさかカメムシのせいだと言っても、理解されないだろうと思い、フォローしてあげよう。
「あ、え、違うの、あの時ほら、守ってあげられなくて気にしてたのよぉ、ほら、なんだっけ、そうほら、内藤さんの席、木村さんと近かったから」
実は私の席の方が近かったけどね、とは言うまい。
「えぇっ、そんなこと気にしてたの、うわぁ、内藤さん優しい!」
私も木村さんとだって、今まであまり触れあうことが無かったけれど、木村さんってすごくいい人、友達になれそう。
「私もどうかしてたんだよね、あんなところから落ちちゃうなんて、よっぽどドジっ子さんだったんだわ」
どうやら、落ちた時の記憶、というか操られて落ちたって事を覚えていないみたいだ。
自分から落ちちゃった、そう思っているみたい。
「でもねでもね、二階から落ちた割には、体は軽傷で済んだの、奇跡のようだよ、って先生からも言われたわ、私不死身の女なのよねー」
片腕を折り曲げて握り拳を作る、本当に体はもう大丈夫そうだ。
「へぇ、流石は木村さん、かっこいいなぁ!」
「あらー、嬉しいこと言ってくれるわね、羽澄弟」
明るくふるまっているけど、握り拳の手が顔の包帯に触れる、きっと今のは無意識に触れたのかもしれない、体は大丈夫だとしても、顔の傷はショックだ、同じ乙女だから気持ちはよくわかる。
「その顔の傷、大丈夫、治るの?」
「うわぁ神谷さん、ズバッとはっきり聞いてくるわねぇ!」
「ご、ごめんなさい、そんなつもりじゃぁ」
ちょっと怒ったような表情を浮かべる木村さんに、慌てて謝罪する、やらかした、もしかして地雷ふんじゃった、なんてデリカシーのない私!バカバカ。
「――なんて、わかってるわよ気にしないで、聞いてくれて逆にうれしいわ、他のお見舞いに来た人は誰も、顔のことに触れなかったのよね、まるで腫物を触るみたいにしてさ、顔のことは正直つらいけど、気を使われるとちょっとしんどい」
「木村さん……」
「だからね、神谷さんみたいにはっきり聞いてくれたほうが、私もはっきりと返事できる、おでこと目の下からほほの部分まで、かなりバックリとイッちゃってるんだよね、見る?」
見る?と言いながら包帯に手をかけようとする木村さん、私は思わず両手を前に振り回して「いやいや無理無理無理、傷とか血とかホントダメなの、医者にはなりたくない」
思わず拒否ってしまった。医者になりたくてもこんな頭じゃなれないわよってやかましいわ。
「内藤さんは、見たい?」
「わ、私も、無理、傷とか怖い……」
「そう、じゃぁ羽澄弟は?」
「僕は見てみたいけど、二人のお姉さんが嫌がってるから、今日は遠慮しとく」
「はははっ、二人とも意気地なしなんだから、ねぇ羽澄弟」
「意気地なしとかそういう問題じゃないと思う、グロイのは苦手だよう」
私の言葉に、内藤さんも大きくうなずいている。
「まぁいいわ、傷は大きいけど、でもね、今の医療技術はこんな傷くらい簡単に治せるし、元のかわいい顔に戻れるんだって、下手したら今より美人になっちゃったりして」
「わぁ、凄いぃ、どうしよう私負けちゃう」
「え、神谷さんってば、私より美人だと思ってたの?」
「わぁ酷い」
ひとしきりみんなで笑いあった後、夏樹君がふと。
「あ、僕ノド乾いちゃったな、一階のロビーにあった自動販売機でジュース買ってきてよ、木村さんも飲むでしょ?」
「え、あ……あぁ、うん、あったら飲みたい、かな?」
「あ、じゃぁ私が」
内藤さんが立ち上がった、すると夏樹君がさらに言う。
「内藤さんだけじゃ、ジュース四つも持つの大変でしょ、凛ちゃんも一緒に行ってあげてよ」
「え、うん、そうだね、じゃぁ行こうか」
人使いの荒い後輩だこと。
そんなわけで、私たちはエレベーターで一回まで降り、目的の自動販売機までやって来た、あらかじめ聞いていた好みのジュースのボタンを押したところで、突然後ろから声をかけられた。
「あら、そこにいるのは神谷さんと、えっと誰だったかしらぁ?」
聞きなれた可愛い声に振り返ると、そこにいたのは保険室の洛村琉愛先生だ。
「あー、洛ちゃん先生じゃないですか、もしかして先生も木村さんのお見舞いですか?」
「そうよぉ、怪我をした生徒を見舞うのも、保健師として当然ですものねぇ」
今日の洛ちゃん先生は白衣ではなく、可愛いピンクのフリフリワンピース、洛ちゃん先生の普段着だ、学校を終えて帰る途中で寄ったのだろう、先生も大変だなぁ。
「私たちもですぅ、皆の分のジュースを買ってたんですぅ」
「そう、偉いのねぇ、じゃぁ私は先に行ってるわね」
洛ちゃん先生は先にエレベーターホールへ向けて歩き出したので、私たちも残りのジュースを買って戻ることにした。
先生が先にエレベーターに乗り込んでドアが閉まったのが見えたから、私たちも次の便に乗ろうと思っていると、隣のエレベーターが開き、なぜか夏樹君が下りてきた。
「どうしたの夏樹君、木村さんは?」
「それが、どうやら眠っちゃったみたいで、起こすのも悪いから帰ろうと思って」
「は?」
でも今、洛ちゃん先生が木村さんの病室に向かったと伝えると、夏樹君はしばらく考えて。
「じゃぁなおさら、僕たちは行かないほうがいいかも、大勢で押し掛けると周りの迷惑にもなるし、せっかく眠った木村さんにも悪いから」
夏樹君にそう言われると、ここはおとなしく帰ったほうがいいような気がして、せっかく買ったジュースだけど、持って帰ることにした、木村さんに買ったジュースは、夏樹君に持たせてあげた、帰って羽澄君にでもあげればいい。
「ど、どうしたのその傷?」
内藤さんが、ジュースを渡すときに夏樹君の指先が見えて、驚いた声を上げる。あ、本当だ左手人差し指の先に切り傷が出来て痛そう、少し血がにじんでいる。
「あ、あぁさっきエレベーターで挟んじゃって、でも大丈夫だよ気にしないで」
危ないエレベーターだなぁ、人差し指をなめなめしている夏樹君に、内藤さんは鞄をガサゴソして、取り出したのは絆創膏。
「あ、ありがとう大丈夫、自分で張れるから」
「でも、指先は張りにくいわよ」
「本当に大丈夫、僕張るの上手だから」
本当に上手に自分で張った夏樹君、指先が器用なんだな、凄いな、私だったら人に張るのさえ下手なのに。
読んでいただきましてありがとうございました、




