第97話 再び同じ世界を歩くために
アドバンス共和国辺境防衛軍本部、合同作戦会議室。
重い扉が開いた。
白を基調とした皇太子礼装に、
皇族の深い紫のマントをまとったクリスティが入室する。
その半歩後ろには、帝国近衛騎士団長リカルド・アークファイント。
続いて、軍事先遣代表を務めたアレクシス、奈落騎士団副団長のリディア、
遺構調査に参加したヴィオレットとルシアン、
帝国軍と魔術師団の実務担当者たちが入った。
反対側の扉からは、共和国軍の軍礼服をまとったルリスティが姿を現す。
共和国軍少将にして、対黒淵戦総司令官。
ルリスティ・トリウリッド。
漆黒を基調とした細身の軍礼服には、少将章と総司令官章が留められている。
両肩から流れる深い青のマントが、歩みに合わせて静かに揺れた。
その後ろには、ジェイク、クルトワ、ガレス、共和国軍幕僚たち。
共和国大統領の正式な委任状を携えた政府特使も続いた。
会議室の中央には、一枚の大きな作戦地図が広げられている。
地図の中心に描かれているのは、共和国で黒淵と呼ばれてきた巨大な亀裂。
その南側には帝国領から奈落門へ至る経路と、
黎明の道を通じて共和国側へ抜ける進軍経路が記されていた。
黒淵周辺へ書き込まれているのは、帝国軍と共和国軍を分けた配置ではない。
混成前衛隊。
外周防衛隊。
遠距離支援群。
合同観測班。
統合指揮所。
所属する国ではなく、戦場で担う役割ごとに、
両国の兵を組み合わせた編成案が並んでいる。
百五十年間、一枚の地図へ並ぶことのなかった二つの国の軍が、
今、一つの指揮系統のもとで同じ災厄へ向かおうとしていた。
クリスティとルリスティは、長机を挟んだ向かいへ立つ。
少し前、控室では互いを抱き締め、幼い頃の呼び名を取り戻した。
けれど、今ここにいるのは、クリスとルリではない。
マーヴェリア帝国皇太子。
そして、共和国軍対黒淵戦総司令官。
二人は、それぞれの国を背負う者として正式な一礼を交わした。
共和国大統領特使が立ち上がる。
「これより、アドバンス共和国ならびにマーヴェリア帝国による、
奈落門・黒淵消滅共同作戦会議を開始いたします」
帝国では、奈落門。
共和国では、黒淵。
百五十年の間、二つの国はそれぞれの言葉で、同じ災厄と戦い続けてきた。
共同作戦の正式名称には、そのどちらも記されている。
一方の歴史を、もう一方の呼び名で塗り替えないためだった。
特使は、共和国大統領の署名が入った委任状を掲げた。
「アドバンス共和国大統領より、ルリスティ・トリウリッド少将へ、
対黒淵戦における共和国軍の全指揮権が正式に委任されています」
一度言葉を切り、会議室を見渡す。
「また、同少将は共和国軍対黒淵戦総司令官として、
帝国軍との共同作戦における統合指揮系統を構築し、
共和国側の指揮を担う権限を有します」
次に、クリスティが席を立った。
「マーヴェリア帝国皇帝ルーファスの名において」
胸元の皇太子章へ手を添える。
「わたし、クリスティ・フォン・マーヴェリアは、帝国全権代表として、
本会議における協議ならびに共同作戦に必要な決定を行う権限を委任されています」
共同作戦を決定し、実行するための権限が、同じ会議室へ揃った。
特使がルリスティへ視線を向ける。
「トリウリッド総司令官。遺構調査の最終報告を」
「承知しました」
ルリスティが立ち上がり、
アステリア遺構の見取り図と、災厄の構造を記した資料を卓上へ広げた。
「遺構に残された記録によれば、奈落門および黒淵の根源は、
五百年以上前に次元の狭間へ封じられた災厄の種です」
災厄は、アステリアと初代皇帝レオンによって封じられた。
しかし、その封印は長い年月の中で少しずつ摩耗し、
周囲に生じた次元の歪みも拡大していった。
そして、およそ百五十年前。
巨大な亀裂となって地上へ現れたその歪みは、
帝国と共和国の間にあった道を断ち、互いの存在を遠ざけた。
「災厄の核は、亀裂内部の最も深く歪んだ地点に存在します」
ルリスティが地図の中央を示す。
「通常の方法では近づけません。
星導の魔導銃によって、核へ至る道を開く必要があります」
ルリスティは、軍礼服の内側に収められた星のレリーフへ指先を触れた。
普段、星導の魔導銃は、小さな星の姿で彼女と共にある。
作戦開始後、星の祝福へ呼応させ、漆黒の魔導銃を顕現させる。
星導の魔導銃が、核を隠す歪みへ道を穿つ。
その後、リカルドが黎明の剣をもって、災厄の根と核を断つ。
そして、核の完全な消滅を確認したのち。
ルリスティが聖霊王の涙を使用し、傷ついた大地と次元を癒やす。
「順序は絶対です」
ルシアンが、会議室の全員を見渡した。
普段の柔らかな雰囲気を抑えた、帝国を代表する魔術師としての声だった。
「星導の魔導銃で道を開く。黎明の剣で根と核を断つ。
そして、核の消滅を確認した後、聖霊王の涙で傷ついた世界を癒やす」
静かな声が、より厳しさを増す。
「核を破壊する前に涙を使用すれば、
災厄そのものへ力を与え、再生させる危険があります」
核が消滅したかどうかは、
遺構で災厄の魔力波長を記録したヴィオレットとルシアンが確認する。
確証を得られない限り、聖霊王の涙は使用しない。
共和国軍幕僚の一人が尋ねた。
「核の完全な消滅を確認できなかった場合は?」
「涙は使用しません」
ヴィオレットが即答した。
「作戦が失敗したとしても、核の消滅に確証が得られない限り、
聖霊王の涙は使用しません」
目の前の損害を癒やそうとして、災厄そのものを蘇らせれば、
帝国も共和国も今度こそ滅びかねない。
厳しくとも、必要な判断だった。
続いて、帝国側の軍務官が口を開く。
「星導の魔導銃と聖霊王の涙を所持し、
さらに共同作戦の現地指揮まで担うとなれば、
トリウリッド総司令官へ負担が集中しすぎるのではありませんか」
当然の懸念だった。
ルリスティが倒れれば、
核への道を開くことも、最後に大地を癒やすこともできなくなる。
「二つの遺産を、他の者へ預けることはできません」
ルリスティは答えた。
「星導の魔導銃は星の祝福へ呼応して顕現し、
聖霊王の涙もまた、星を継ぐ者へ託されています」
「ならば、総司令官直属の直衛班を編成します」
ジェイクが口を開いた。
全員の視線が、共和国軍大佐へ集まる。
「辺境防衛軍第一部隊を中心に、近接戦闘と対空防衛に長けた者を選抜します。
必要であれば、帝国側からも防御魔術に長けた人員を加えていただきたい」
卓上の作戦図へ手を伸ばし、ルリスティの位置を示す。
「直衛班は突入開始から帰還まで、総司令官の周囲を離れません。
星導の魔導銃を使用する際は前方以外の全周を防衛し、
聖霊王の涙を使用する間は、何があってもこの位置を維持します」
帝国側の軍務官が尋ねた。
「指揮は?」
「俺が担います」
迷いのない返答だった。
「俺自身は作戦開始から終了まで、司令の直衛を外れません。
直衛班の指揮を執りながら、最も近い位置で司令の背後を守ります」
声には、軍人としての決意以外、何も滲ませていない。
けれど、ルリスティだけは知っている。
その言葉が、どれほど重い約束であるのかを。
ルリスティは短く頷いた。
「マルセリア大佐」
「はい」
「総司令官直衛班の編成および指揮を命じます。人選は任せます」
そして、ジェイクをまっすぐに見た。
「私が前方へ集中している間、周囲の防衛を一任します」
ジェイクは、共和国軍人として敬礼した。
「了解しました、司令。前だけを見てください。後ろは、すべて俺が守ります」
低く、揺るぎのない声だった。
ルリスティは一度だけ頷く。
「任せます」
もう、彼を振り返る必要はなかった。
見なくても、そこにいると分かっている。
◇
次の議題は、共同作戦における指揮系統だった。
人事、補給、軍紀については、それぞれの国の制度を維持する。
その一方で、戦闘時の命令系統は一本化する。
進軍開始。
攻撃の順序。
部隊の移動。
退却。
作戦中止。
星導の魔導銃を使用する時機。
戦場で必要となるすべての判断を、一人の現地総指揮官へ集約しなければならない。
さらに、部隊は国ごとに配置するのではない。
防御、近接戦闘、遠距離攻撃、観測、技術支援。
それぞれの役割に応じて両国の兵を混成し、同じ命令と合図で動かす。
「黒淵周辺の地形、魔物の出現傾向、共和国側で観測されてきた次元変動」
ルリスティは、現地総指揮官へ必要となる条件を淡々と示した。
「加えて、共和国の魔導兵装と、帝国の魔術および騎士団戦術。
そのすべてを理解し、各部隊へ適切に命令を伝えられる者が、指揮を担うべきです」
「それなら、トリウリッド総司令官しかいない」
アレクシスが迷いなく告げた。
「俺は奈落騎士団団長として、帝国側から長年、奈落門と戦ってきた。
だが、共和国側の地形も、魔導兵装部隊の運用も、亀裂内部の変動も、
彼女ほど理解してはいない」
ルリスティを見る目にあるのは、妹への情ではない。
一人の軍人が、もう一人の軍人へ向ける信頼だった。
「俺は混成前衛隊を率い、
帝国騎士と共和国軍の近接部隊をまとめて突入部隊の進路を開く。
だが、共同軍全体の現地指揮は、トリウリッド総司令官へ任せるべきだ」
リカルドも続いた。
「私は帝国軍側との連絡および統制を担い、黎明の剣の運用へ専念します。
帝国軍の参加部隊も、作戦行動においては統合指揮系統へ入り、
トリウリッド総司令官の命令に従うものとします」
帝国側の最終的な決定権を持つクリスティが、正面に立つルリスティを見つめた。
「マーヴェリア帝国全権代表として決定します。
奈落門・黒淵消滅共同作戦に参加する帝国軍を、
共和国軍との統合指揮下へ置きます。
共同作戦における現地総指揮を、ルリスティ・トリウリッド少将へ委ね、
進軍、攻撃開始、部隊移動、退却、作戦中止に関する最終判断は、
すべてトリウリッド総司令官の命令へ従うものとします」
凛とした声が会議室へ響き、帝国側の軍務官たちが正式な礼を取った。
「承知いたしました」
ルリスティも、クリスティへ深く敬礼する。
深い青の両肩マントが、その背後で静かに広がった。
「お預かりした信頼を、決して無駄にはいたしません。
所属する国を問わず、共同軍の全将兵を必ず生きて帰します」
「お願いします」
クリスティは、皇太子として頷いた。
一瞬だけ、二人の視線が双子のものへ戻る。
必ず、一緒に帰る。
控室で交わした約束が、言葉にせずとも伝わった。
◇
突入部隊の役割も、順に定められていった。
前衛は、アレクシスが指揮する混成前衛隊。
帝国騎士の選抜部隊と、共和国軍の近接魔導兵を組み合わせ、
核へ至る道を塞ぐ魔物を排除する。
共和国の兵が魔導兵装で敵の動きを崩し、帝国騎士が開いた間隙へ踏み込む。
逆に、帝国騎士が敵の攻撃を受け止めた時には、
共和国兵がその背後から射線を通す。
合同訓練で築いた連携を、実戦で一つの力として運用する部隊だった。
リカルドは突入中、クリスティの護衛を兼ねながら、黎明の剣を核へ届ける。
星導の魔導銃によって道が開かれた後は、
クリスティの防衛を突入部隊中央の混成護衛隊へ引き継ぎ、
災厄の根と核を断つことへ専念する。
中央へ入るのは、クリスティとルリスティ。
ルリスティは星導の魔導銃で核への道を開き、
クリスティは太陽の祝福によって突入部隊を支える。
ジェイク率いる総司令官直衛班はルリスティを中心に展開し、
その移動と遺産使用を守る。
ジェイク自身はルリスティの直後を離れず、
星導の魔導銃と聖霊王の涙を使用する間、最も近い位置でその背後と死角を守る。
ヴィオレットとルシアンは、
共和国の魔導錬金術師および観測兵と合同観測班を編成する。
帝国魔術と共和国の観測装置を同期させ、
核の魔力波長を監視し、完全な消滅を確認する。
クルトワは亀裂外部の統合指揮所へ残る。
帝国軍と共和国軍、双方の状況を統合通信網へ集約し、
ルリスティの命令を受けて、突入後の地上部隊の指揮を代行する。
「承知しました」
クルトワは、短く息を吐いてから敬礼した。
「地上に残る共同軍は、私が維持します。帰還路も、必ず確保し続けます」
ガレスは、共和国軍の狙撃兵と魔導砲隊、
帝国の長距離攻撃魔術師をまとめた遠距離支援群を率いる。
「飛行型と大型種を優先して排除します」
作戦図へ指を置く。
「帝国魔術師が進路を制限し、共和国射撃隊が確実に仕留める。
砲撃と広域魔術の発動時機も統一します」
ルリスティがガレスへ視線を向けた。
「帰還時の援護も任せます」
「承知しました。入る時だけではなく、皆さんが戻る時まで射線を維持します」
帝国側からは、リディアが立ち上がった。
「私は混成外周防衛隊を指揮します」
外周防衛隊には、帝国騎士と共和国軍の近接魔導部隊が配属される。
突入部隊が進んだ後も地上へ現れる魔物を食い止め、
統合指揮所と帰還路を守る部隊だった。
「突入部隊の帰る場所は、私たちが必ず守ります!」
前衛で道を切り開くアレクシス。
黎明の剣を核へ届けるリカルド。
星導の魔導銃で核への道を開くルリスティと、
太陽の祝福で突入部隊を支えるクリスティ。
ルリスティの背後を守るジェイク。
核の消滅を見極める合同観測班。
そして亀裂の外では、クルトワが地上の共同軍を統率し、
ガレスの遠距離支援群が空と後方から戦場を支え、
リディアの混成外周防衛隊が帰還路を守る。
進む者と、帰る場所を守る者。
一人でも欠ければ、作戦は完成しない。
◇
最後の議題は、災厄が消滅した後の未来についてだった。
奈落門と黒淵が消えれば、百五十年間閉ざされてきた南北の道が開く。
帝国と共和国の間に、人が行き来できる陸路が生まれる。
それは希望であると同時に、新たな問題の始まりでもあった。
「亀裂の消滅後、新たな通行路が生じた場合、
旧街道周辺と国境をどのように管理するのか」
共和国大統領特使が慎重に口を開く。
帝国側の外交官も続いた。
「帝国と共和国は、断絶以前から別々の国家です。
かつて深い交流があり、多くの文化を共有していたとしても、
それを理由に、どちらかが相手国へ統合を求めることがあってはなりません」
遺構へ残された言葉。
――失われた世界は再び一つとなる。
それを、二つの国が一つの国家へ戻ることだと解釈する者が現れる可能性はある。
だが、アステリアとレオンが託したものは、国家の統一ではない。
失われた歴史。
閉ざされた道。
互いの存在。
それらを、再び同じ世界へ取り戻すことだった。
クリスティが立ち上がる。
白の皇太子礼装の背後で、皇族の深い紫が静かに揺れた。
「マーヴェリア帝国は、アドバンス共和国へ統合も服従も求めません」
明確な宣言だった。
「共和国が独立した国家として築いてきた歴史と制度、
そこに生きる人々の意思を、帝国が否定する権利はありません」
クリスティは、共和国側の者たちをまっすぐに見渡した。
「帝国と共和国が、かつて多くの文化を共有していたことと、
二つの独立した国として存在していることは矛盾しません」
共和国大統領特使も立ち上がった。
「アドバンス共和国政府も、同じ立場です。
マーヴェリア帝国への統合を求めることはありません。
帝国が独立した国家として守り続けてきた文化と歴史を尊重し、
今後の関係についても、対等な国家同士として協議していきます」
その言葉を受け、ルリスティも立ち上がった。
漆黒の軍礼服。
少将章と総司令官章。
両肩から流れる、共和国軍の深い青のマント。
クラウス・トリウリッドの姓を持つ共和国軍人として、
ルリスティはクリスティをまっすぐに見つめた。
「共和国軍も、その方針に従います。
共同作戦において帝国軍を対等な友軍として迎え、
互いの国と、その歩んできた歴史を尊重します」
向かい合っていた双子が、一枚の作戦地図の横へ並んだ。
白と漆黒。
皇太子と総司令官。
「私たちは、一つの国へ戻るために、この戦いへ挑むのではありません」
ルリスティが言う。
クリスティが続けた。
「二つの国が、それぞれの未来を守ったまま、再び同じ世界を歩くために戦います」
会議室は、静まり返っていた。
百五十年の間、互いの存在を知らず、それぞれの国で生きてきた。
失われた時間を、なかったことにはできない。
二つの国が、昔の形へ戻ることもない。
それでも、異なる未来を選んだまま、同じ道を歩くことはできる。
共和国大統領特使が、ゆっくりと頷いた。
「では、その方針を協定へ明記いたします」
帝国側の外交官も、正式な礼を取る。
「承知いたしました」
協定書へ、新たな条項が加えられた。
奈落門および黒淵の消滅後、新たに生じた通行路周辺は、
正式な国境協定が締結されるまで両国の共同管理区域とする。
両国軍は、相手国政府の許可なく国境を越えない。
民間人の通行と交易については、安全が確認されたのち、改めて協議を行う。
そして、互いの国家としての独立と、国民の意思を尊重する。
文書へ、クリスティが帝国全権代表として署名する。
続いて、共和国大統領特使。
最後に、共同作戦実施条項の確認者として、ルリスティも名を記した。
ルリスティ・トリウリッド。
クラウスから受け継いだ姓。
共和国で生きてきた証。
その名が、クリスティ・フォン・マーヴェリアの名と同じ文書へ並んだ。
百五十年の断絶を越え、二つの国が再び同じ未来を選んだ証として。
◇
長い会議が終わろうとしていた。
共和国大統領特使が立ち上がる。
「両国の合意により、奈落門・黒淵消滅共同作戦の実施を正式に決定いたします。
作戦開始は七日後の夜明け。
現地総指揮官は、ルリスティ・トリウリッド総司令官とします」
共和国大統領特使の宣言に、会議室の視線が一斉にルリスティへ集まった。
ルリスティは静かに立ち上がり、両国から集まった者たちを見渡す。
「共同軍の全将兵へ告げます」
大きな声ではなかった。
それでも、前線指揮官として幾度も兵を率いてきたその声は、
会議室の隅々まで明瞭に届いた。
「この作戦の目的は、どちらかの国に勝つことではありません。
領土を奪うことでも、過去へ戻ることでもない。
百五十年間、両国の人々から家族と故郷と未来を奪い続けてきた災厄を、
終わらせることです」
帝国軍人、共和国軍人、外交官、政府特使。
ルリスティは、その場にいる一人一人へ視線を向けながら続けた。
「帝国軍であるか、共和国軍であるかは関係ありません。
この作戦において、皆さんは同じ未来を守るために戦う共同軍の兵士です。
どちらか一方を犠牲にする命令は出しません」
そこで一度言葉を切り、はっきりと告げる。
「作戦の成功と同じだけ、全員が生きて帰ることを優先します」
ジェイクが、静かに目を細めた。
その言葉は、かつてクラウスがルリスティへ何度も伝えた願いとも重なっている。
一人で背負うな。
守るだけではなく、自分も帰ってこい。
かつて自分へ向けられたその願いを、
今、ルリスティは両国すべての兵へ向けていた。
「七日後、奈落門と黒淵を終わらせます」
短い宣言だった。けれど、そこに迷いはない。
クリスティも立ち上がり、ルリスティの隣へ並んだ。
「マーヴェリア帝国皇太子として、帝国軍へ命じます。
トリウリッド総司令官の現地指揮に従い、共和国軍と協力し、
必ずこの災厄を終わらせなさい」
皇太子としての命令を告げたあと、クリスティはわずかに声を柔らかくする。
「そして、誰一人、帰ることを諦めないでください。
皆で、新しい朝を迎えましょう」
帝国側の者たちが一斉に立ち上がり、共和国側もそれに続いた。
敬礼の形式も、身にまとう軍服も、胸に掲げる国の紋章も違う。
それでも、この瞬間だけは、全員が同じ目的へ向かっていた。
白と漆黒。
太陽と星。
異なる国の未来を背負う双子が、同じ地図の前へ並んでいる。
百五十年の断絶を越え、二つの国は、互いを滅ぼすためではなく、
共に未来へ進むために、同じ戦場へ立つことを選んだ。




