第82話 嘆きを喰らう種
回廊の奥に刻まれた巨大な影は、植物の形をしていた。
大地の底へ沈んだ黒い種から無数の根が伸び、
街の下を這い、人間と聖霊の足元へ絡みついている。
根に触れられた者たちは、互いへ背を向けていた。
人間は聖霊を恐れ、剣を向ける。
聖霊は人間から離れ、森や湖の奥へ身を隠す。
そして、その間を埋めるように黒い靄が広がっていた。
「災厄の種……。」
ルリスティが、小さくその名を繰り返す。
胸元の星は、先ほどから落ち着きを失っていた。
淡くなったかと思えば、突然強く輝く。
まるで、目の前に刻まれたものを恐れているようだった。
クルトワは水晶灯を壁へ近づけ、共和国古代文字を追った。
「文章は、まだ続いています。」
「読める範囲で構いません。」
ルリスティに促され、クルトワは頷いた。
「『初め、それは小さな影にすぎなかった』」
さらに下へ光を向ける。
「『人が聖霊を恐れた時。聖霊が人に失望した時。信じる心が疑いへ変わり、
守りたいという願いが、奪われたくないという恐れへ変わった時――』」
そこで文字は途切れていた。
ルシアンが壁へ手をかざし、残る魔力を探る。
「削られたのではなさそうです。黒いものに侵食されていますね。」
指先の光が黒ずみへ触れた瞬間、何かが這うような乾いた音が鳴った。
ルシアンはすぐに手を引く。
「触れないでください。微弱ですが、瘴気が残っています。」
ヴィオレットが眉を寄せた。
「それほど古いものが、まだ?」
「遺構の力で抑え込まれているのでしょう。それでも、完全には消えていません。」
ルシアンは、不快な感覚を振り払うように指を握った。
「冷たいわけではないのに、内側から熱を奪われるような感覚です。」
クルトワが観測器を近づけると、水晶の中へ細い黒線が浮かんだ。
「この黒ずみそのものが、災厄の種の痕跡でしょうか。」
「可能性はあります。」
ルシアンが答える。
ルリスティは、改めて浮き彫りを見上げた。
黒い根は、人間や聖霊の身体へ直接突き刺さってはいない。
彼らが互いへ向ける恐怖、怒り、悲しみ。
その感情から生まれた影へ、根を伸ばしているように見える。
ヴィオレットも気づいたらしい。
「人や聖霊を、直接襲ったわけではないのでしょうか。」
黒い根へ目を向ける。
「……感情を利用した?」
ジェイクが壁画を見つめたまま答えた。
「先ほどの碑文には、憎しみと嘆きを喰らうとありました。
争いを起こして力を得たのか。それとも、争いが起きたことで力を得たのか。」
「どちらが先でも、種には都合がよかったのでしょう。」
ルシアンが引き継ぐ。
「小さな疑念を育て、育った疑念を喰らう。それを繰り返したのなら。」
クルトワは、侵食されていない文字を探した。
「……続きが読めます。」
一行を確認する。
「『種は、声を持たなかった』」
ルリスティがクルトワを見る。
「意思がなかったということでしょうか。」
「分かりません。ただ、次があります。」
クルトワの表情が僅かに強張った。
「『ゆえに、あらゆる者の心へ、自らの声として囁いた』」
回廊の空気が、冷えたように感じられた。
誰かの声としてではない。
自分自身の考えとして、恐怖や憎しみを増幅させる。
それなら、外から影響を受けていることにも気づけない。
「厄介ですね。」
ジェイクの声が低くなる。
「兵を扇動する者なら、言葉や行動から特定できます。
ですが、本人の心の声として入り込むのであれば――」
「誰も、自分が影響を受けていると気づかない。」
ルリスティが、その先を引き取った。
帝国と共和国は、百五十年前に道を失った。
互いの姿も声も届かなくなり、
相手が今どのような国として生きているのかを知る術もないまま、
長い歳月が流れた。
帝国には聖霊と皇族の加護が残り、アステリアの名が失われた。
共和国にはアステリアの名だけが残り、聖霊という存在が忘れられた。
同じ歴史から分かれた断片を、二つの国が半分ずつ抱えている。
この遺構は、どちらか一方の正しさを証明するためのものではない。
別々になった歴史を、再び繋ぐために残されたのだ。
「次へ進みましょう。」
ルリスティが告げる。
だが歩き出す前に、ジェイクがその横顔を見た。
「司令。」
「何でしょう。」
「考えることは必要ですが、今ここですべてを背負う必要はありません。」
ルリスティの足が止まる。
「背負ってはいません。」
「そうですか。」
否定も追及もしない。
ジェイクは、それ以上言わず回廊の奥を見る。
「なら、今は先へ。」
ルリスティは僅かに目を伏せ、小さく頷いた。
「はい。」
◇
回廊を進むにつれ、壁画の様子は変わっていった。
最初に描かれていたのは、豊かになった街。
人と聖霊が共に築いた家々。
実りを迎えた畑。
水の流れる広場。
星と太陽の紋章が並ぶ門。
次の壁画では、遠い土地から逃れてきた多くの人間が街へ集まっていた。
魔物に村を追われた者。
飢えた者。
傷ついた者。
街は彼らを受け入れ、聖霊たちも力を貸している。
だが、人が増えるほど求められる力も増えていった。
雨を降らせてほしい。
病を治してほしい。
魔物から守ってほしい。
失った家族を取り戻してほしい。
聖霊へ差し出される手が、壁画を進むごとに増えていく。
最初は願いだった。
やがて、それは要求へ変わった。
ヴィオレットが静かに言う。
「聖霊が力を貸すことを、当然だと考える者が増えたのですね。」
「人々が苦しんでいたのも事実でしょう。」
ルシアンは、助けを求める人々を見る。
「救える力が目の前にあるのに、なぜ救わないのか。
そう考える者が現れても不思議ではありません。」
「ですが、聖霊にも限界があった。」
クルトワが次の壁画を示した。
雨を降らせ続けた水の聖霊は弱り、
病を癒し続けた光の聖霊は身体の一部を失っている。
人間と同じように、聖霊も傷つき、力を失う。
さらに先では、小さな聖霊が透明な器へ閉じ込められていた。
周囲には魔術式が刻まれている。
「これは……。」
ルシアンの表情から、穏やかさが消えた。
「聖霊の力を、強制的に引き出そうとしています。」
クルトワが尋ねる。
「帝国に、このような術式が残っているのですか。」
「いいえ。」
ルシアンは即座に首を横へ振った。
「少なくとも現代の正規魔術では禁忌です。
聖霊を拘束するという発想そのものが、強く忌避されています。」
その理由が、目の前へ刻まれていた。
過去の人間は、一度その過ちを犯した。
だが、その歴史そのものは現代へ残らなかった。
「こちらにも碑文があります。」
ヴィオレットが、壁画の下にある皇統古代文字を見つけた。
一度息を整え、読み上げる。
「『願いは、いつしか権利へ変わった。
与えられた恵みを、人は己の所有物と思った』」
さらに続ける。
「『守るための力を、従わせるために用いた時、絆は鎖へ変わった』」
最後の一文で、ヴィオレットの声が僅かに震えた。
ルシアンが、触れないまま彼女のすぐ隣へ立つ。
ヴィオレットは横を見なかったが、強張っていた指を僅かに緩めた。
「続きをお願いします。」
ルリスティが静かに促す。
ヴィオレットは頷いた。
「『王は、人へ告げた』」
そして。
「『彼らは道具ではない。
力は、心より生まれるもの。心を奪い、力のみを得ることはできぬ』」
一同の視線が、壁画の白銀の女性へ向けられた。
アステリアは、拘束された聖霊を腕へ抱いている。
怒りに任せて人間を攻撃してはいない。
ただ、傷ついた聖霊を守りながら、人々へ訴えている。
その隣には、剣を携えた男。
彼も人間へ剣を向けず、アステリアと聖霊を守るように前へ立っていた。
「初代皇帝……。」
ヴィオレットが無意識に呟く。
まだ確証はない。
それでも、その姿には帝国へ残る初代皇帝像と同じものがあった。
ルリスティも男を見る。
「人間の側にも、止めようとした者がいたのですね。」
「はい。」
ヴィオレットは静かに頷いた。
「少なくとも、この方は。」
◇
さらに奥では、聖霊たちの姿が減っていた。
彼らは人間の街を離れ、森や山へ戻っていく。
聖霊が去った土地では雨が降らなくなり、作物は枯れ、川は細くなる。
魔物の侵入も増え、人間はさらに聖霊を責めた。
なぜ、自分たちを見捨てたのか。
なぜ、力を貸さないのか。
傷ついた聖霊たちもまた、人間を憎み始める。
なぜ信じたのか。
なぜ共に生きようとしたのか。
双方の感情が黒い靄となり、大地へ沈んでいった。
「こちらは、共和国の文字です。」
クルトワが壁画の下へ立つ。
先ほどヴィオレットが人間側の過ちを読んだように、今度はクルトワが読み上げた。
「『聖霊は、人を見限った。
己らを傷つけた者だけでなく、すべての人を同じものと見なした』」
表情が硬くなる。
「『助けを求める声へ耳を閉ざし、幼き命が失われても、森の奥から動かなかった』」
人間だけが、聖霊を裏切ったのではない。
聖霊もまた、傷ついたことで人間すべてを拒絶した。
クルトワは続きを読む。
「『嘆きは、やがて憎しみへ変わった。
守るべき命を選び始めた時、慈しみは傲慢へ変わった』」
最後の一行を前に、一度だけ目を閉じる。
「『人も聖霊も、
自らが傷つけられたことだけを覚え、自らが傷つけたことを忘れた』」
沈黙が落ちた。
どちらかだけが悪かったのではない。
人間は聖霊を利用した。
聖霊は人間を見捨てた。
傷つけられた痛みを理由に、別の誰かを傷つけた。
その連鎖の中で、黒い種は育っていった。
「過去のことです。」
ヴィオレットが静かに告げる。
「私たちは、その場にいたわけではありません。」
クルトワが顔を上げた。
「ですが、私たちはこの歴史を失いました。
共和国は聖霊の存在すら忘れ、アステリアの名だけを残した。」
「帝国も同じです。」
ヴィオレットが首を横へ振る。
「聖霊の存在を知りながら、
人と聖霊が共に暮らしていた歴史も、アステリアの名も失いました。」
ルリスティが二人の傍へ歩み寄る。
「どちらが多く忘れたかを比べる必要はありません。」
紫水晶の瞳が、壁画の人間と聖霊を映す。
「私たちが失ったのは、相手への信頼だけではありません。
相手が今も存在しているという事実と、共に生きていた頃の記憶です。」
胸元の星へ手を添える。
「過去は変えられません。
ですが、取り戻した記録を再び失わせるかどうかは、私たちが決められます。」
「はい。」
ヴィオレットが頷く。
「必ず、持ち帰りましょう。」
クルトワも記録板を握り直した。
「一文字も失わないように記録します。」
「そのためにも、全員生きて戻ることが前提です。」
少し離れた場所から、ジェイクの声が届く。
クルトワが顔を上げた。
「もちろんです。」
「記録へ夢中になりすぎる方がいますので。」
「……気をつけます。」
張り詰めていた空気が、僅かに緩んだ。
ルシアンが小さく笑う。
「大佐は、こういう時も冷静ですね。」
「誰かが言わなければならないでしょう。」
「僕も同意します。」
そして、隣のヴィオレットを見る。
「ヴィオレット様に危険があれば、記録より先に抱えて逃げます。」
「抱えなくても、自分で走れます。」
「ですが、僕が抱えた方が速い可能性もあります。」
「ありません。」
「試したことがないので、まだ分かりませんよ。」
「試す必要もありません。」
ルシアンは残念そうな顔をしながらも、どこか嬉しそうだった。
ルリスティはそんな二人を見てから、ジェイクへ視線を向ける。
彼もこちらを見ていた。
記録を持ち帰るため。
真実を伝えるため。
全員で、生きて戻る。
ルリスティが小さく頷くと、ジェイクも同じように返した。
◇
回廊の先で、壁画は一度途切れた。
代わりに現れたのは、円形の小さな部屋。
中央には、拳ほどの黒い種の像が置かれていた。
表面には亀裂が走り、そこから細い根が伸びている。
周囲の壁には、人間同士、聖霊同士、そして人間と聖霊の争い。
どの場面にも、小さな黒い種が描かれていた。
クルトワが像の周囲を見る。
「最初から、一つだったわけではない?」
ルシアンが天井へ伸びる黒い線を見上げる。
「負の感情が溜まる場所へ小さな影が芽吹き、
大地の下で根を伸ばして一つへ繋がったのでしょう。」
「種という呼び名は、比喩ではなかったのですね。」
ルリスティが呟いた。
小さな疑念。
小さな恐れ。
それ自体は、誰の心にも生まれるもの。
だが、その感情だけに囚われ、
互いを傷つける選択が重なった時、種はそこへ根を伸ばしていく。
部屋の奥には、これまでとは異なる古い文字が刻まれていた。
ヴィオレットとクルトワが並び、それぞれ読める部分を拾う。
ルシアンも語形を確認し、一つの文章へ組み直した。
ヴィオレットが最初の一文を読む。
「『種は、悪しき者が生んだものにあらず』」
クルトワが続ける。
「『善き者の心にも、恐れは宿る』」
二人は交互に文字を繋いでいく。
「『愛するものを失う恐れ』」
「『守れぬことへの怒り』」
「『信じた者に裏切られた悲しみ』」
「『それらは、誰の心にも生まれるもの』」
ルリスティは息を止めた。
愛する者を失う恐れ。
ジェイクが倒れ、命を失いかけた時。
彼を傷つけたものを憎み、奪おうとしたものを消し去りたいとさえ思った。
もし、あの感情を種が喰らうのなら。
「ルリスティ。」
ヴィオレットの声に顔を上げる。
気づけば、ジェイクも一歩近づいていた。
「先ほどと同じ顔をしています。」
「同じ?」
「一人で答えを出そうとしている時の顔です。」
ルリスティは黒い種へ目を戻した。
「愛する者を失う恐れも、災厄の糧になる。それなら、私はすでに――」
「違います。」
ジェイクが静かに遮った。
「碑文は、感情を抱くことが罪だとは言っていません。」
ルリスティが彼を見る。
「恐れることも、怒ることも、悲しむことも、
人である以上なくすことはできません。」
「ですが、それが種を育てる。」
「その感情を理由に、誰かを傷つけ続ければ、でしょう。」
ジェイクは一歩だけ距離を縮めた。
「あなたは恐れた。
それでも、その恐れを理由にすべてを憎むことは選ばなかった。」
「それは……。」
「俺が倒れた時も、あなたは部下を守った。
そして自分一人で抱え込まず、クリスティさんの力を信じて俺の命を託した。」
ルリスティの瞳が揺れる。
「司令として、当然のことです。」
「当然にできることではありません。」
ジェイクは静かに告げる。
「感情が生まれることと、その感情に何をさせるかは別です。」
ルシアンが碑文へ視線を戻す。
「種が喰らうのは、恐れそのものではないのかもしれません。」
ルリスティがそちらを見る。
「恐れを抱いた時、それ以外のものを見なくなる心。
そういう状態を利用するのではないでしょうか。」
ヴィオレットも頷く。
「『傷つけられたことだけを覚え、自分が傷つけたことを忘れた』と、
先ほどの碑文にもありました。」
クルトワが短くまとめる。
「感情を失うことではなく、感情に呑まれないこと。」
「簡単ではありませんね。」
ルリスティが呟く。
ジェイクの口元に、ごく薄い笑みが浮かんだ。
「簡単であれば、過去の人々も失敗していないでしょう。」
少しだけ声を柔らかくする。
「だから、隣に誰かがいるのではありませんか。」
ルリスティは彼を見つめた。
一人では見えないものを、教えてくれる者がいる。
クラウス。
ジェイク。
辺境防衛軍の仲間たち。
クリスティ。
ヴィオレット。
「……そうですね。」
ルリスティが静かに答えると、ジェイクは半歩だけ元の位置へ戻った。
◇
碑文の最後に、二人の名はなかった。
代わりに、一つの誓いが刻まれている。
ヴィオレットとクルトワが、再び交互に文字を拾った。
ヴィオレットが読む。
「『ゆえに、王と黎明を携える者は誓った』」
クルトワが続ける。
「『災いを、力のみで滅ぼすことはできぬ』」
「『根を断っても、嘆きが残れば、種は再び芽吹く』」
「『ならば――』」
その先は黒く侵食され、読めなかった。
ルシアンが確認する。
「無理に触れない方がよいでしょう。
続きは、別の場所へ残されている可能性があります。」
碑文の下には、二つの図。
大地の底へ伸びる黒い根を剣で断つ男。
そして、傷ついた大地へ両手を添え、銀の涙を流す女性。
離れた二人の背後から伸びた光は、中央で一つへ繋がっていた。
ヴィオレットが男の図を見る。
「剣で、根を断ち――」
クルトワが女性を見る。
「涙で、大地を癒す。」
その時、ルリスティの胸元の星が女性の手元へ反応した。
銀色の涙。
共和国の古い神話が脳裏へ浮かぶ。
女神アステリアは、枯れた湖のほとりで涙を流した。
その涙が大地へ染み込み、再び命を芽吹かせた。
「聖霊王の涙……。」
ルリスティが呟く。
クルトワも図を見つめる。
「女神アステリアの涙が、荒れた大地へ命を戻したという共和国の伝承ですね。」
「はい。子どもの頃は、ただの昔話だと思っていました。」
「ですが、その原型がここに残されている。」
ヴィオレットが静かに告げる。
「姿を変えながらも、共和国にはアステリアの記憶が伝わっていたのですね。」
その視線が、もう一方の図へ移る。
昇る太陽の意匠を持つ白銀の剣。
帝国には黎明の剣と初代皇帝の伝承。
共和国にはアステリアの涙の神話。
異なる形で残された、同じ歴史の断片。
ジェイクが二つの図を見比べる。
「帝国側の遺構には、白銀の剣と、司令へ渡された魔導銃が残されていました。」
ルシアンが壁画を見る。
「この図を見る限り、剣は災厄の根を断つためのものなのでしょう。」
そしてルリスティを見る。
「では、あの魔導銃は何のために作られたのでしょう。」
誰にも答えられなかった。
まだ、明らかになっていないことは多い。
それでも、
帝国側の地下遺構とこの場所が深く結びついていることだけは疑いようがなかった。
「この先に、聖霊王の涙があるのでしょうか。」
クルトワの問いに応えるように、ルリスティの星が部屋の奥へ光を伸ばす。
黒い種の像の背後。
何もなかった壁へ、水の波紋が広がった。
やがて、細い扉が浮かび上がる。
そこには、白銀の女性。
腕には幼い子ども。
周囲には、人間と聖霊の子どもたち。
女性は、そのすべてへ同じように手を差し伸べていた。
その下の文字を見た瞬間、ヴィオレットの表情が変わる。
「何と書かれているのですか。」
ルリスティが尋ねる。
ヴィオレットは何度も文字を確かめた。
「……『我が子たちへ』」
その声が僅かに震えた。
ルリスティは、扉の女性を見上げる。
聖霊王アステリア。
人と聖霊を繋いだ王。
彼女が、誰かを「我が子」と呼んでいる。
さらに、女性の長い髪には白銀の鉱石が埋め込まれ、
瞳には紫色の宝石が嵌め込まれている。
それは、ルリスティとヴィオレット――
現在の帝国皇族が受け継ぐ色と、あまりにもよく似ていた。
二人は言葉を交わさず、互いを見る。
なぜアステリアは、帝国皇族と同じ姿をしているのか。
なぜ皇統へ伝わった文字で、「我が子たちへ」と刻んだのか。
そして、黎明を携えた男が本当に初代皇帝であるなら。
その隣にいたアステリアは、帝国皇族にとって何者なのか。
扉の向こうから、微かな音が聞こえた。
誰かが子守歌を口ずさんでいるような、遠く柔らかな声。
ルリスティは無意識に胸元の星を握った。
知らない歌だった。
それなのに、涙が零れそうなほど懐かしかった。




