第56話 初代皇帝の遺産
地下へ続く階段を前にしても、誰もすぐには動かなかった。
騎士団本部の広場に立つ初代皇帝レオン一世の像。
その足元に開いた石造りの入口では、階段の両脇へ埋め込まれた青白い石だけが、
暗い地下の奥へ向かって静かに光を灯している。
最初に動いたのは、ルーファスだった。
「私が行く」
周囲の騎士たちが一斉に顔を上げた。
「陛下、それは――」
「危険です。まず我々が内部を確認いたします」
進み出ようとした騎士を、ルーファスは片手を上げて制した。
「待て」
その視線は階段ではなく、開かれた入口を囲む台座の内側へ向けられている。
淡い光に照らされた石面には、
先ほどまでなかった細かな文字が浮かび上がっていた。
現代の帝国文字とは異なる、建国初期に使われていた古代文字だった。
ルーファスは目を細め、刻まれた文をゆっくりと読み上げる。
「……皇統の血を継ぐ者よ。太陽の光に導かれ、
眠りし扉が開かれたならば――恐れず、我が遺した道を進め」
静かな声が、深夜の広場へ響いた。
「太陽……」
ヴィオレットが小さく呟く。
その言葉に、リカルドは胸元へ手を添えた。
二枚のハンカチは今も仄かな熱を帯びている。
「姫様が……この扉を開かれたのでしょうか」
誰もすぐには答えられなかった。
けれど、他に考えられる理由もない。
遠く離れた場所から届いた金色の光に二枚の刺繍が応え、
そこから生まれた二羽の銀の鷹が、
建国以来一度も開かなかった扉へ彼らを導いたのだ。
ルーファスはしばらく地下へ続く階段を見つめていたが、
やがてゆっくりと息を吐いた。
「皇統へ遺された道ならば、現皇帝である私が進む」
「それならば、私も参ります」
レオンハルトが父の隣へ並ぶ。
ヴィオレットも迷うことなく一歩前へ出た。
「私も行きます」
「ヴィオレット様」
その横でルシアンが僅かに眉を寄せたが、彼女は平然と返した。
「止めても無駄です」
「……でしょうね」
諦めたように息を吐き、ルシアンも当然のようにその隣へ立つ。
ルーファスは三人を見渡したあと、最後にリカルドへ視線を向けた。
「リカルド。お前も来い」
「私も、ですか?」
「この扉を開いた光は、お前をここへ導いた」
ルーファスは初代皇帝像の肩で輝く二羽の鷹を見上げる。
「ならば、初代皇帝がお前を招いていると考えるべきだろう」
リカルドは胸元へ残る温もりを確かめるように一度手を添え、
それから深く頭を下げた。
「承知いたしました」
だが、ルーファスが階段へ足を向けるより先に、リカルドが一歩前へ出る。
「陛下」
「何だ」
「陛下が先頭を歩かれることには反対いたします」
ルーファスの眉が上がった。
「先ほどの話を聞いていなかったのか」
「聞いております。ですが私は騎士です。
皇帝陛下と皇族方をお守りすることが、私の役目です」
短い沈黙のあと、ルーファスの口元へごく僅かな笑みが浮かんだ。
「相変わらずだな」
「恐縮です」
「よい。お前が先頭を歩け」
「はい」
リカルドは腰の剣へ手を添え、慎重に最初の石段へ足を下ろした。
その瞬間、階段の両脇へ埋め込まれた石が一際強く輝く。
罠が作動する気配がないことを確かめながら、
さらに一段、その次の一段へと進んでいく。
その後ろをルーファス、レオンハルト、ヴィオレット、ルシアンが続いた。
最後のルシアンが入口を潜った時、
それまで初代皇帝像の肩で待っていた二羽の銀の鷹が同時に翼を広げた。
「……動いた」
ヴィオレットが顔を上げる。
二羽は像から舞い上がり、一行の頭上を越えて地下へ降りていった。
少し先まで進んだところで揃って振り返り、静かに翼を羽ばたかせる。
「ついて来いと告げているようだな」
レオンハルトの言葉に、ルシアンも頷いた。
「そのようですね」
リカルドは銀の光から目を離さず、再び歩き始めた。
◇
階段は、想像していた以上に深く続いていた。
規則正しい靴音が石造りの空間へ響き、
両側の壁には、帝国の歴史書でも見たことのない意匠が次々と現れる。
太陽と無数の星。
翼を広げた鳥。
そして、広大な水面のようなもの。
「……湖?」
ヴィオレットが歩みを緩める。
壁画の中央に描かれた水面の底では、人とも獣ともつかない歪んだ黒い影が、
幾重もの光によって縛られていた。
ただ眺めているだけで、本能的な不快感を覚えるような異形だった。
その影の上には、二人の人物が描かれている。
剣を掲げる男と、その隣で眩い光を放つ女。
二人を囲むように、太陽と星が刻まれていた。
「初代皇帝……」
レオンハルトが男の姿を見つめる。
「では、隣の女性は?」
ヴィオレットの問いに、誰もすぐには答えられなかった。
初代皇帝に伴侶がいたこと自体は建国伝承にも残されている。
だが、その名も正体も、長い歴史の中で失われていた。
ルーファスは壁画を見上げたまま、低く呟く。
「……この女性が、初代皇帝の伴侶なのか?」
「だとすれば、なぜ何も残されていないのでしょう」
ルシアンも目を細めたが、この場で答えを導き出すことはできない。
少し先では二羽の鷹が静かに羽ばたき、一行が再び進み始めるのを待っていた。
やがて長い階段が終わり、彼らは高い天井と石柱が続く回廊へ出る。
左右へ等間隔に並ぶ柱の一つひとつには、
太陽と星を組み合わせた紋章が刻まれていた。
一行が歩みを進めるたび、
床へ埋め込まれた細い金色の線が足元から順番に灯っていく。
「これほどの施設が、建国以来誰にも見つからなかったとは……」
周囲を見渡すルシアンに、ヴィオレットが静かに答えた。
「見つからなかったのではなく、見つけられなかったのでしょう」
ルシアンが試しに魔力を広げる。
けれど、その力は壁へ届く直前で、何かに拒まれたように霧散した。
「……なるほど。魔術探査そのものを拒絶しています」
外側から存在を探知することさえできない。
初代皇帝は、ここへ何を隠したのか。
その答えを求めるようにさらに進んだ先で、二羽の銀の鷹が止まった。
回廊の最奥には、大きな両開きの扉が立っている。
扉一面には巨大な太陽が刻まれ、その周囲を無数の星が取り囲んでいた。
二羽の鷹は扉の前で左右に分かれ、
一羽は太陽へ、もう一羽はその傍らに刻まれた星へと重なる。
銀色の光が、彫刻を起点に扉全体へ広がった。
カチリ、と小さな音が響く。
長い眠りを守り続けていた最後の錠が外れ、
両開きの扉がゆっくりと内側へ開いていった。
流れ出してきた空気は冷たい。
けれど、埃や湿気の匂いはなかった。
まるで、この場所だけが建国の時代から時を止めていたかのようだった。
「行くぞ」
ルーファスの声に、リカルドは静かに頷き、
開かれた扉の向こうへ慎重に足を踏み入れた。
◇
扉の先に広がっていたのは、巨大な円形の間だった。
その中央には、二つの台座が置かれている。
左側には、一振りの剣。
白銀の鞘と柄には金と紫水晶の装飾が施され、
剣全体から静かで澄んだ魔力が漂っていた。
そして右側には、漆黒の武器が置かれている。
長い筒状の本体に握るための柄が備わり、
帝国では見たことのない機構が幾重にも組み込まれていた。
「……何ですか、あれは?」
ヴィオレットが眉を寄せる。
ルシアンも不用意に近づくことはせず、その場から慎重に構造を観察した。
「武器だとは思います。ですが、帝国の魔導技術とは構造そのものが違います」
「建国の時代に、このようなものが?」
「分かりません。少なくとも、現在の帝国に同じものは存在しません」
その場にいる全員が見慣れない漆黒の武器へ目を奪われる中、
リカルドだけは白銀の剣から視線を外せずにいた。
強い魔力を感じる。
けれど、威圧感はなかった。
むしろ、ずっと昔から自分がここへ来ることを知っていたかのような、
不思議な感覚が胸の奥へ広がっていく。
その時、二羽の銀の鷹が再び翼を広げた。
一羽は白銀の剣へ。
もう一羽は漆黒の武器へ。
それぞれの台座へ静かに舞い降りる。
リカルドは息を呑んだ。
どちらも、クリスティから贈られた二枚のハンカチから生まれた鷹だった。
それなのに、一羽は自分が目を奪われていた剣へ、
もう一羽は誰も知らない武器へと導かれている。
「……なぜ」
疑問が零れた直後、二羽の鷹が淡く輝いた。
その光に応えるように、二つの台座の間へ置かれた石碑へ古代文字が浮かび上がる。
ルーファスは現れた文字を静かに追った。
「太陽を護る者へ、黎明を切り拓く剣を」
低い声が円形の間へ響き、リカルドの視線が白銀の剣へ吸い寄せられる。
続いてルーファスは、次の一文を読み上げた。
「星を継ぐ者へ、闇を撃ち抜く銃を」
「銃……」
ルシアンが漆黒の武器へ視線を向けた。
石碑に刻まれた名によって、彼らは初めてその武器が何であるのかを知る。
そして、最後の一文。
「二つの光が巡り会う時、封じられた夜は終わり、失われた世界は再び一つとなる」
言葉が途切れると、円形の間へ長い沈黙が落ちた。
太陽と星。
二つの光。
ヴィオレットが白銀の剣を見つめながら、小さく呟く。
「太陽は……クリスティ?」
レオンハルトの視線も、自然ともう一つの台座へ向かった。
「なら、星は……」
その先に横たわる、漆黒の銃。
ルーファスは二つの台座を見つめたまま、ゆっくりと口を開いた。
「クリスティとルリスティ」
二人の娘の名を、一つずつ呼ぶ。
「あの子たちの名は、古代帝国語に由来している」
「古代帝国語……?」
ヴィオレットが父を見る。
「ああ。クリスティは『太陽』、ルリスティは『星』を意味する」
五百年以上前に刻まれた石碑に記された、太陽を護る者と星を継ぐ者。
そして現代に生まれた、二人の皇女。
レオンハルトが息を呑んだ。
「初代皇帝は……二人のことを知っていたのでしょうか」
「それは分からん」
ルーファスは静かに首を振る。
「だが、フェリシアと私が願いを込めて選んだ二つの名が、
遥かな建国の時代に刻まれた言葉と重なっている」
その視線が、漆黒の銃へ移った。
「偶然だと言うには、出来すぎているな」
ヴィオレットの紫水晶の瞳が揺れる。
「では……星を継ぐ者は」
ルーファスはすぐには答えなかった。
ただ、漆黒の銃を見つめるその表情に、ほんの僅かに父親としての柔らかさが戻る。
「ルリスティは、生きている」
迷いのない声だった。
「この武器は、あの子がここへ辿り着く時を待っている」
ヴィオレットが唇を押さえ、レオンハルトも強く拳を握り締める。
ルシアンは何も言わず、隣に立つヴィオレットの肩へそっと手を添えた。
その時、二羽の銀の鷹が再び翼を広げる。
一羽は漆黒の銃の上へ。
もう一羽は白銀の剣の柄頭へ。
剣へ止まったのは、幼いクリスティが縫った、少し不格好な鷹だった。
リカルドの胸が大きく鳴る。
ルーファスも、その意味に気づいたらしい。
「リカルド」
「はい」
「石碑には、太陽を護る者へ、とある」
リカルドの呼吸が僅かに止まった。
「私は、その言葉に相応しい者を一人しか知らん」
「……陛下」
「手に取れ」
低く、揺るぎない声だった。
だが、リカルドは動かなかった。
白銀の剣を見つめたまま、右手をゆっくりと握り締める。
「どうした」
ルーファスに問われ、リカルドは僅かに目を伏せた。
「私は……姫様を、お守りできませんでした」
掠れた声に、ヴィオレットの瞳が揺れる。
レオンハルトも何も言わず、その背中を見つめていた。
リカルドは自分の右手へ視線を落とす。
「この手は、姫様の手を掴むことができなかった」
奈落の歪みへ飲み込まれていくクリスティへ、必死に伸ばした手。
あと少しだった。
それでも、届かなかった。
何も掴めず空を切った右手の感覚は、
三か月が過ぎた今も身体の奥へ焼きついている。
「その私が、『太陽を護る者』などと名乗ってよいのでしょうか」
円形の間へ、静寂が落ちた。
ルーファスはすぐには答えなかった。
その悔いも、痛みも。
誰より理解できてしまったからだ。
十七年前、ルリスティを救うことができず、同じ日にフェリシアを失った。
そして三か月前には、クリスティまで奈落へ奪われた。
やがてルーファスは、静かに口を開く。
「ならば、次は掴め」
リカルドが顔を上げ、黒い瞳を大きく見開いた。
「一度届かなかったからといって、二度目まで手を伸ばさぬ理由にはならん。
クリスティを守れなかったと悔いるのであれば、
その悔いも恐れも、すべて持って行け」
紫水晶の瞳が、まっすぐリカルドを見つめる。
「そして今度こそ、あの子の手を掴め」
その言葉とともに、リカルドの胸元が温かく脈打った。
そこにあるのは、クリスティから贈られた二枚のハンカチ。
十歳の彼女が、不格好な鷹を刺繍してくれた一枚。
十九歳になった彼女が、二人の未来を願いながら縫ってくれた一枚。
記憶の奥から、幼い声が蘇る。
『私の騎士は、世界で一番強いんだから』
そして、もう一つ。
『今年も、来年も、その先も。ずっと、お祝いできますように』
十九歳のクリスティが、自分との未来へ込めた願いだった。
リカルドは静かに目を閉じる。
強いから、剣を取るのではない。
迷わないから、進むのでもない。
怖かった。
また届かなかったら。
もう一度、目の前で失ったら。
それでも会いたい。
もう一度あの声を聞き、今度こそ自分の想いを伝えたい。
そして二度と、あの手を離したくない。
「……姫様」
小さく、その名を呼ぶ。
「私を、呼んでくださったのですね」
返事はない。
けれど、胸元のハンカチが一際強く温かくなった。
リカルドはゆっくりと目を開く。
恐れも悔いも、消えてはいない。
それでも、そのすべてを抱えたまま前へ進む覚悟だけは、確かに宿っていた。
白銀の剣へ向かって歩き出す。
一歩ずつ台座へ近づき、その前で足を止めたリカルドは、右手を柄へ伸ばした。
今度は、止まらない。
指先が触れた瞬間、柄へ嵌め込まれた紫水晶が淡く輝いた。
「反応した……」
ルシアンが息を呑む。
リカルドが柄を包み込むように握ると、
冷たいはずの金属から、不思議なほど穏やかな温もりが伝わってきた。
まるで初めから、この手を知っていたかのように。
柄は指にも掌にも何の違和感もなく馴染み、
剣から流れ込む魔力にも荒々しさはない。
それは静かで深く、夜明け前の空のように澄んだ力だった。
「リカルド、抜け」
ルーファスの声が届く。
リカルドは静かに頷き、左手で白銀の鞘を支えながら、ゆっくりと柄を引いた。
澄んだ金属音とともに白銀の刀身が姿を現す。
その瞬間、床へ刻まれた紋様へ一筋の光が走った。
剣の周囲には、
共和国でクリスティから溢れたものとよく似た金色の粒子が集まり始める。
鞘から刀身が現れるにつれ、円形の間へ満ちる光も強くなっていった。
壁面に刻まれた太陽が輝き、柱を飾る星々が浮かび上がる。
そして、もう一つの台座に置かれた漆黒の銃にも、細い光の線が灯った。
まるで眠り続けていた遺産のすべてが、
黎明の剣の目覚めを待っていたかのようだった。
やがて、僅かな抵抗が柄を握る手へ伝わる。
リカルドの眉が寄った。
それはまるで、剣そのものが最後に問いかけているようだった。
この先に何が待っていようとも、本当に進むのか。
太陽のもとへ向かうのか。
リカルドは柄を強く握る。
「行きます」
誰へ向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。
初代皇帝へ。
この剣へ。
あるいは、遠い場所で自分を待つ、ただ一人の人へ。
「必ず、姫様を迎えに」
深く息を吸い、一息に剣を引き抜く。
澄み切った音が円形の間を貫いた。
白銀の刀身が完全に鞘から解き放たれた瞬間、眩い光が一斉に広がる。
レオンハルトが反射的に腕を上げ、
ルシアンも結界を展開しかけたが、すぐにその必要がないことへ気づいた。
熱も痛みも、押し潰すような圧力もない。
ただ、長い夜の終わりを告げる朝日のような光だけが、古い遺構を満たしていた。
その中心で、リカルドは白銀の剣を握って立っている。
やがて刀身へ、金色の古代文字が浮かび上がった。
リカルドには読めなかったが、ルーファスにはその意味が分かった。
「黎明を――」
静かな声が、光の中へ落ちる。
「切り拓け」
文字は一度強く輝くと、ゆっくりと刀身へ溶けていった。
円形の間を満たしていた光も、役目を終えたように少しずつ穏やかになっていく。
その時だった。
もう一つの台座から、低い駆動音が響いた。
全員の視線が、漆黒の銃へ向けられる。
細い銀白色の術式が、長い銃身の根元から先端へ向かって次々と灯っていく。
「こちらも、目覚めた……?」
ルシアンが息を呑む。
だが、漆黒の銃はリカルドの手にある黎明の剣とは異なり、
誰かへ渡ろうとはしなかった。
台座の上で静かに光を放ちながら、まだここにはいない主を待っている。
銃の上へ止まっていた銀の鷹が、
小さく翼を広げ、その嘴を漆黒の銃身へそっと触れた。
瞬間、星座のような銀白色の光が武器全体を包み込む。
長大な銃身も、銃床も、複雑な機構も。
漆黒の形は次々と光の粒へほどけ、銀の鷹の前へ集まっていった。
やがて光が収まる。
巨大な銃が置かれていたはずの台座には、もう何も残されていなかった。
代わりに銀の鷹が嘴へ咥えていたのは、小さな星形のレリーフだった。
中心には紫の石が嵌め込まれ、その周囲を銀色の細い光が静かに巡っている。
「銃が……星へ変わった?」
ヴィオレットが目を細める。
ルシアンは不用意に触れることなく、
銀の鷹が咥えるレリーフへ慎重に意識を向けた。
「力を失ったわけではありません。先ほどの銃と、まったく同じ魔力を感じます」
「姿を変えただけ、ということか」
レオンハルトの言葉に、ルーファスは石碑へ視線を戻した。
星を継ぐ者へ、闇を撃ち抜く銃を。
その本来の持ち主は、この場所にはいない。
「継承者が現れるまで、待つつもりなのだろう」
ルーファスが静かに告げる。
銀の鷹は答えるように一度だけ翼を震わせた。
けれど、星のレリーフを誰かへ渡すことはない。
嘴へ大切に咥えたまま、黎明の剣を手にするリカルドと、
その胸元に収められた二枚のハンカチを静かに見つめている。
まるで、太陽を護る者が役目を受け入れたことを見届けた今もなお――
遠い場所にいる星が、ここへ辿り着く時を待ち続けているかのようだった。




