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マーヴェリア帝国物語<二つの国と二人の皇女>  作者: 北村えり
第四章 巡り合う太陽と星
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第53話 一人で背負わないで

午後。


三日間に及んだ黒淵周辺の追加調査を終え、

辺境防衛軍はようやく砦へ帰還した。


厚い正門が開くと、待機していた兵士たちが一斉に動き出す。


負傷者の確認へ向かう者、観測器具を受け取る者、

採取した土壌や魔石を研究棟へ運ぶ者。

慌ただしい足音と報告の声が、夕暮れの砦を行き交っていた。


「司令官、お疲れ様でした!」

「本日の調査報告は夕刻までにまとめます!」

「試料は魔術研究班へ引き渡しておきます!」


ルリスティは一人ひとりに顔を向け、いつもの穏やかな表情で頷く。


「ご苦労様です。報告は急がなくても構いません。

負傷した者は先に治療を受け、他の者もまず身体を休めるように。」


そう指示を出しながら、足を止めることなく司令部へ向かう。


白銀の髪は強い風に晒され、普段より少し乱れていた。

軍服の袖や裾には、黒淵周辺の黒い砂が薄く残っている。

背筋も歩調も、いつもと変わらない。


少なくとも、周囲にはそう見えていた。

けれど、隣を歩くジェイクだけは、何度もルリスティの横顔へ視線を向けていた。


普段より白い頬に、わずかに浅い呼吸。

いつもなら誰より先を歩くはずの彼女が、

今は少しずつジェイクの歩調から遅れ始めている。


ジェイクはそれに気づいても何も言わず、さりげなく歩調を緩めて彼女に合わせた。


「司令。少し休んでください」

「問題ありません。少し疲れているだけです」


即答しながら、ルリスティは頬へ張りついた白銀の髪を指で払った。

けれど、その指先が僅かに震えている。

ジェイクは見逃さなかった。


「それを問題と言うんです」

「マルセリア大佐。最近、少々過保護ではありませんか?」

「今さらでは?」


予想していなかった返答だったのか、ルリスティが言葉を詰まらせる。

近くを歩いていた兵士が思わず小さく噴き出したが、

彼女が振り返った途端、慌てて前を向いた。


「何か?」

「い、いえ! 何もありません!」


不自然なほど大きな返事に、ジェイクの口元がほんの僅かに緩む。


「笑いましたか?」

「気のせいです」


追及する気力も惜しかったのか、

ルリスティは小さく息を吐くと、そのまま再び歩き出した。


ジェイクも何も言わず隣へ並ぶ。

ただし、今度は彼女がいつふらついてもすぐ支えられる距離を保ったままだった。


「昨夜は、どれほど眠りましたか?」

「四時間ほどです」

「三時間半ですね」


ルリスティの足が一瞬止まる。


「……誤差です」

「そういうところが信用できないんです」


何も言い返せなくなったルリスティは、そっと視線を逸らした。


そのまま二人で司令部へ入り、

石造りの廊下へ靴音が響き始めたところで、ジェイクはさらに問いかける。


「この後の予定は?」


ルリスティは歩きながら、

調査報告書の確認、翌日の会議資料の準備、保留中の補給計画と、

残っている仕事を淀みなく挙げていった。


最後まで聞き終えたジェイクが、深く息を吐く。


「つまり、休む予定はないと」

「私は司令官ですから」

「人間でもあります」


あまりにも真顔で返され、ルリスティは困ったように眉を下げた。


「まだ仕事が残っています」

「そう仰ると思いました」


そこでジェイクが足を止める。

ルリスティも一歩遅れて立ち止まり、不思議そうに彼を見上げた。


「熱があっても大丈夫。怪我をしても問題ない。

まともに眠っていなくても、少し疲れただけ」


これまで自分が何度も口にしてきた言葉を淡々と並べられ、

ルリスティの視線が少しずつ下がっていく。


「……よく覚えていますね」

「忘れられると思いますか?」


低く返された声に、ルリスティは顔を上げた。

ジェイクはもう笑っていなかった。


「三日間、誰よりも働き続けた直後です。

今日くらい、ご自身を大切になさってください」


いつもの軽口とは違う真剣な声音に、

ルリスティは何も言えず、しばらく彼を見つめ返した。


何か答えようと唇を開いた、その時だった。

視界の端からふっと暗くなり、身体が大きく傾く。


「……っ」


ジェイクは反射的に手を伸ばし、倒れかけた肩と腕をすぐさま支えた。


気づけば、ルリスティの目の前には彼の胸元がある。

ほとんど身体を預けてしまっていることに気づき、彼女は慌てて足へ力を入れた。


「……失礼しました。少し立ちくらみがしただけです」

「その状態で、まだ仕事をするおつもりですか?」

「少し休めば落ち着きます」


ジェイクはそのまま近くの長椅子へ連れていこうとしたが、

ルリスティは支えられていた腕から離れようとした。


「本当に、大丈夫です」


いつも通り歩けることを示そうとするように、一歩前へ出る。

さらにもう一歩。

けれど三歩目を踏み出すより先に、再び視界が大きく揺れた。


「っ……」


足元から力が抜けると、今度はジェイクがその身体を両腕で受け止めた。

支えられるまま、ルリスティの額が彼の肩へ触れる。


その重みを確かめるように抱き留めながら、

ジェイクは一度目を閉じ、深く息を吐いた。


「司令」

「……何でしょう」


ジェイクはルリスティの身体を支え直すと、

深い青の瞳で彼女をまっすぐに見つめた。


「もう歩かないで」


それは、ほんの一言だった。


けれど、どれほど心配していても崩さなかった敬語が、

その時ばかりは抑えきれずに消えている。

ルリスティはそのことに気づき、紫の瞳を大きく見開いた。


「……マルセリア大佐?」


ジェイクは一度目を伏せ、乱れかけた呼吸を整えるようにゆっくり息を吐いた。

再び顔を上げた時には、先ほど一瞬だけ崩れた口調も、

いつもの落ち着いたものへ戻っている。


「部屋へお連れします」

「歩けます」

「二度も倒れかけた方の言葉は信用できません」


ルリスティがなおも反論しようと口を開くより先に、

ジェイクは片腕を背へ、もう片方を膝の下へ差し入れた。


「失礼します」


そう告げると、そのまま迷いなく身体を抱き上げる。


ふわりと足が床を離れ、ルリスティは咄嗟にジェイクの軍服を掴んだ。

思わず足元へ視線を落とし、床との距離を確かめてから、

今度はゆっくりと彼の顔を見上げる。


「……降ろしてください。」

「お断りします。」

「命令ですよ。」

「本日に限っては従えません。」


普段なら何を言われても余裕を崩さない男の瞳に、隠しきれない心配が滲んでいる。

そのまま歩き始めたジェイクの前で、書類を抱えた数人の兵士が固まった。


「あれ、司令官……?」

「どう見ても、お姫様抱っこ――」

「見るな! 命が惜しくないのか!」

ルリスティの頬が、ほんの僅かに赤くなる。


「全員。」

静かな声に、兵士たちの背筋が一斉に伸びた。

「今見たものは忘れてください。」

「「「了解しました!」」」

見事に揃った返事を背に、ジェイクは歩みを止めない。


「無理だと思いますが。」

「マルセリア大佐。」

「明日の朝には、砦中へ広まっています。」


ルリスティは目を閉じ、小さく息を吐いた。

「……頭が痛くなってきました。」

「休めば治ります。」

「そういう問題ではありません。」


人通りの少ない廊下へ入ると、ジェイクの声から僅かに軽さが消えた。


「司令は、いつもご自身を後回しにします。」


部下を庇い、危険な場所へ真っ先に入り、夜になれば最後まで報告書に目を通す。

ルリスティにとっては、そのどれもが司令官として当然のことだった。

自分が責任を負う立場なのだから、自分がやるべきだと、ずっとそう思ってきた。


「ですが、それは――」

「すべてを一人で背負おうとしているだけです」


ジェイクの声は穏やかだった。

責めるような響きはない。

それでも、その一点だけは譲るつもりがないことが分かる。


ルリスティは反論する言葉を失い、抱き上げられたまま彼の顔を見上げた。


「司令が倒れれば、悲しむ人がいます」


そう言ってから、ジェイクは一度だけ視線を落とす。


「俺も」


ほんの短い言葉だった。


けれど、その一言とともに向けられた深い青の瞳には、

部下としての心配だけではない感情が滲んでいた。

紫水晶の瞳と深い青が、ほんの一瞬だけ静かに重なる。


やがてジェイクは先に視線を外し、そのまま前を向いた。


「クリスティさんも、辺境防衛軍の皆も同じです。それだけは忘れないでください」


ルリスティは返事をせず、

いつの間にか掴んだままになっていた彼の軍服へ目を落とした。

指先で無意識にできた皺を整えかけたところで、

自分が何をしているのかに気づき、そっと手を離す。


「……分かっています」


小さく返された言葉に、ジェイクは何も言わなかった。

ただ、彼女を抱える腕から、それまで籠もっていた力がほんの少しだけ抜けた。


その時だった。

静かな廊下の向こうから、ぱたぱたと軽い足音が近づいてくる。


「ルリスティー! おかえり! お茶しようー!」


書類を胸に抱えたクリスティが、満面の笑みでこちらへ駆けてきた。

白銀の髪では、青い鳥の髪飾りが足取りに合わせて楽しげに揺れている。


「今日は焼き菓子も――」


そこまで言ったところで、クリスティの足がぴたりと止まった。

少し険しい顔をしたジェイク。

その腕の中で、何とも居心地悪そうに視線を逸らしているルリスティ。

そして何より。

――しっかりと、お姫様抱っこされている。


「…………え?」

紫水晶の瞳がゆっくりと見開かれた。


「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」

悲鳴とともに、抱えていた書類が床へ散らばる。


「お、お姫様抱っこ……!」

「違います。」

ルリスティが即座に言い切った。


「まだ何も聞いてないよ!」

「聞かなくても分かります。」

クリスティは何か言いかけながら駆け寄り、

あと数歩というところで急に足を止めた。


「……ルリスティ?」

声から驚きが消える。


近くで見れば、顔色は驚くほど白い。

額には汗が滲み、瞳も僅かに焦点が定まっていない。

「顔、真っ白だよ。」

「少し疲れているだけです。」


安心させるように微笑むが、その笑みすら弱い。

「二度、倒れかけました。」

ジェイクが淡々と告げると、クリスティの表情から笑みが消えた。

「二回も……?」


「司令の部屋を開けて、寝台を整えていただけますか。」

すぐに気持ちを切り替え、ジェイクの言葉に頷く。

「うん、分かった!」

クリスティは散らばった書類を廊下の端へまとめ、そのまま私室へ駆け出した。


だが、数歩進んだところで振り返る。

「マルセリア大佐。絶対、落とさないでね。」

「落としません。そこまで信用がありませんか?」


「ルリスティを抱っこしてる大佐を見るの、初めてだから。」

「今後も頻繁にあることではありません。」

「ありません。」

ルリスティが間髪を入れず重ねた。


◇ 


私室へ入ると、クリスティはすでに掛け布と枕を整えて待っていた。

ジェイクはルリスティを寝台の端へ座らせ、

そのまま片膝をついて顔色を確認する。


「もう大丈夫です。自分で横になれます。」

「信用できません。」

「またそれですか。」

「二度も実証されましたので。」


軽く言い返しながらも、ジェイクは目眩や吐き気、

頭痛の有無を一つずつ確かめていく。

目眩と頭痛はまだ残っているらしい。


「心配を掛けたことは謝ります。」

「謝ってほしいわけではありません。」

「では、どうすれば。」

「休んでください。」


迷いのない返事に、ルリスティの口元がわずかに緩んだ。


「……分かりました」


ようやく聞けた言葉に、ジェイクも小さく頷く。


まず軍帽を外すと、押さえられていた白銀の髪が肩へ柔らかく広がり、

その中でクリスティと揃いの青い鳥の髪飾りが小さく揺れた。


続いて身体を支えながら外套を脱がせる。

厚手の外套の下では軍服にまで汗が滲んでおり、ジェイクの眉が僅かに寄った。


「上着も脱いでください。このままでは身体が冷えます」


ルリスティは素直に自分でボタンへ手を伸ばしたものの、

手袋に包まれた指先にはうまく力が入らないらしい。

二度ほど金具を捉え損ねたところで、困ったように眉を下げた。


「……見ないでください」

「手伝っても?」


僅かな沈黙のあと、ルリスティは小さく頷いた。


「お願いします」


許可を得て、ジェイクは軍服のボタンを一つずつ外していく。

そのまま上着を肩から抜くように脱がせると、

残ったのは白いシャツと黒いネクタイだけだった。


厚い軍服に隠されていた身体は、思っていた以上に細い。


先ほど抱き上げた時にも、その軽さには驚かされた。

改めて目の前にすると、その感覚が思い出されて、

ジェイクはまた僅かに眉を寄せる。


「……もう少し、きちんと食べてください」

「食べています」


「そうは思えません。軽すぎます」

「女性の体重について口にするものではありません」


「抱き上げた時に驚いたんです」

「……それは忘れてください」


そこだけは、少しいつもの二人らしいやり取りが戻った。

けれど、ジェイクの瞳から心配の色が消えたわけではない。


汗の滲んだ首元へ目をやると、締めつけないようネクタイを緩め、

最後に手袋を外していく。


露わになった白い指先に触れた瞬間、ジェイクの表情がまた曇った。


「冷たい」


低く零れた声に、ルリスティは視線を落とす。


「黒淵周辺は気温が低かったので」

「それだけではないでしょう」


ジェイクは返事を待たず、もう一度彼女の顔色を確かめた。


「少し横になってください」


今度はルリスティも逆らわなかった。


ジェイクは片腕で背を支えながら、身体をゆっくりと寝台へ横たえる。

白銀の髪が枕の上へ柔らかく広がり、そのうちの一房が頬へさらりと落ちた。


ジェイクは考えるより先に手を伸ばしていた。

頬にかかった髪を指先ですくい、耳の横へそっと避ける。

その拍子に、指の背がほんの一瞬だけ白い頬へ触れた。


「…………」


ルリスティの紫水晶の瞳が、僅かに見開かれる。


その反応で、ジェイクもようやく自分が何をしたのかに気づいたらしい。

耳元に残った指先がぴたりと止まり、深い青と紫水晶の瞳が至近距離で重なった。


「……失礼しました」


いつもより僅かに硬い声だった。


「いえ」


ルリスティも短く答えると、触れられた側の頬を隠すように、

ほんの少しだけ枕へ沈める。

そこには、先ほどまでの青白さとは違う淡い赤みが差していた。


そして寝台の反対側では、クリスティが両手で口元を押さえている。


「クリスティさん」

「……はい」


「なぜ口を押さえているのですか」

「何でもないです」

「そうですか」


ジェイクは特に追及することなく、再びルリスティへ視線を戻した。

その目が今度は、汗の滲んだ白いシャツへ向かう。


「……このままでは身体が冷えますね。着替えた方がいいでしょう。」

そしてクリスティへ顔を向ける。

「お願いできますか。」

「うん。任せて。」


「着替えくらい、自分でできます。」

「今日は信用しません。」

「……またですか。」


ジェイクは外した軍服と手袋をまとめ、空になっていた水差しを手に取った。


「俺は水を持ってきます。

念のため医務室にも声を掛けておきますので、その間にお願いします。」

「そこまで必要ありません。」

「必要です。」

今度はクリスティまで即答した。


ルリスティは二人を見比べ、観念したように息を吐く。

「……分かりました。」

ジェイクはようやく僅かに表情を緩め、扉へ向かう。


だが、出る前にもう一度だけ振り返った。

「司令。無理に起き上がらないでくださいね。」


「着替えなければならないのですが。」

「クリスティさんに支えてもらってください。」

「大佐。」

「お願いします。」


ルリスティはしばらく彼を見つめたあと、小さく頷いた。

「……はい。」


その返事を確認して、ジェイクは今度こそ部屋を出ていった。

足音が廊下の向こうへ遠ざかる。


「じゃあ、着替えよう。」

「一人でもできますが……。」

「今日は駄目。」


反論を許さず、クリスティは汗の滲んだシャツを脱ぐのを手伝い、

柔らかな部屋着へ着替えさせた。

ふらつかないよう支えながら寝台へ戻し、掛け布を肩まで掛け直す。


「これでよし。」

「……ありがとうございます。」


クリスティは寝台の傍らへ腰を下ろすと、ルリスティの手をそっと取った。


窓から差し込む夕陽が、寝台の上へ柔らかな光を落としていた。

クリスティは握ったままの手へ視線を落とす。

白い指先は、まだ少し冷たい。


「こんなになるまで頑張っちゃ駄目だよ。」

ルリスティが何か言い返そうとすると、先回りするように首を振る。

「言い訳も禁止。」

「……クリスティまで。」


困ったような声に少し笑ってから、クリスティはふと表情を和らげた。

「でも、マルセリア大佐。本当に心配してたね。」


ルリスティの瞳が僅かに揺れる。

いつも飄々としているジェイクが、今日はほとんど笑っていなかった。

軽口こそいつも通りだったが、深い青の瞳にはずっと心配が滲んでいた。


「……私も、気づいていました。」

ルリスティは掛け布へ視線を落とし、少しだけ困ったように笑った。

「怒らせてしまったはずなのに。不思議ですね。少し、安心しました。」


「不思議じゃないよ。大佐は、ルリスティのことを本当に心配してたんだから。」

「それは、私が上官だからでしょう。司令官に倒れられては困りますから。」


迷いなく言い切るルリスティを、クリスティはじっと見つめた。

上官を心配しているだけで、あれほど余裕を失った顔をするものだろうか。


どうにも納得できなかったが、今は追及する時ではない。

クリスティは小さく首を傾げるだけに留め、

まだ冷たいルリスティの手を両手で包み直した。


「でもね。大佐だけじゃないよ。」

ルリスティが顔を上げる。

「私も、ルリスティが一人で頑張りすぎるのを見ているのは辛いよ。」


その言葉に、ルリスティの瞳が静かに揺れた。


「私もずっと、皇城の太陽でいなきゃって思ってたの。

皆が笑ってくれるなら、元気になってくれるなら、私が頑張らなきゃって。」

「クリスティ……。」


「でも、ルリスティに出会って気づいたの。

自分一人で全部背負わなくてもいいんだって。」


誰かを頼ることも、誰かに支えてもらうことも、弱いことではない。

それを教えてくれたのは、他でもないルリスティだった。


「だから、ルリスティも少しくらい、誰かを頼っていいんだよ。」

クリスティは、包んだ手へそっと力を込める。

「ルリスティが誰かのために頑張りたいって思ってること、私にも分かるよ。

でもね、ルリスティが倒れたら、私も大佐も、みんな悲しい。」


そして、安心させるように柔らかく微笑んだ。


「だから、もう一人で全部背負わなくていいんだよ。」


その言葉が落ちた瞬間だった。

重ねられた手の間から、淡い光が滲んだ。


「……え?」


クリスティが目を瞬く。

最初は見間違いかと思うほど弱かった光は、

呼吸するようにゆっくりと広がり、二人の指先を柔らかく包んでいく。


「えっ……なに、これ?」

慌てて手を離そうとするクリスティを、ルリスティが止めた。

「待ってください。」


「でも、光ってるよ!?」

「……暖かいです。」


クリスティの動きが止まる。

先ほどまで冷え切っていた指先に、少しずつ熱が戻っていた。

身体の奥に残っていた冷たさまで、ゆっくり溶かされていくような温もりだった。

「苦しくない?」


「いいえ」

ルリスティは、淡い光に包まれた自分たちの手を見つめながら、静かに目を細めた。

「不思議ですね。見ているだけで、安心します」


その時、扉が開いた。

「失礼します」


水差しを手に戻ってきたジェイクは、部屋へ入ったところで足を止めた。

寝台の上で手を取り合う二人と、その指先を包む淡い光。

見慣れない光景を前に、深い青の瞳が静かに細められる。


「……何をなさったんですか」

「何もしてないよ!」


問いかけるなり、クリスティが慌てて首を振った。


「ルリスティと話してて、手を握ってたら急に光ったの!」


ジェイクはすぐに寝台へ近づいた。

光そのものを確かめるより先に、まずルリスティの顔色へ目を向ける。


「司令。体調は?」

「先ほどより、楽です」


答えるルリスティの頬には、確かに先ほどまでより僅かな血色が戻っていた。

それを確認してようやくジェイクの表情が少し和らぎ、

改めて二人の手元を包む光へ視線を落とす。


「帝国の皇族は、聖霊の加護を受けているのでしたね」

「うん。でも、こんなの初めて」


クリスティは戸惑ったように、自分の掌から溢れる淡い光を見つめた。


「これも……私の加護なのかな」

「今の段階では、何とも言えませんね」


「そこはもうちょっと夢のあること言ってよ」

「分からないものを断定するわけにはいきませんので」


いかにもジェイクらしい返答に、クリスティは不満そうに頬を膨らませる。

その様子を見て、ジェイクもほんの少しだけ表情を和らげた。


「ただ、少なくとも悪いものには見えません」


その視線の先では、ルリスティが先ほどより穏やかな顔で二人を見つめていた。

やがて、二人の手を包んでいた淡い光は、

役目を終えたかのようにゆっくりと薄れていく。


光が消えても、ルリスティの手には確かな温もりが残っていた。

それだけではない。

重く沈んでいた胸の奥も、ほんの少しだけ軽くなっている。


ジェイクの言葉と、クリスティの温かな手。

その両方を思い返しながら、ルリスティは静かに目を伏せた。


――一人で、すべてを背負わなくてもいい。


そう思えたのは、きっと、この光のせいだけではなかった。


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