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マーヴェリア帝国物語  作者: 北村えり
第四章 巡り合う太陽と星
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第45話 家族の証

先日の戦闘から数日が過ぎた。


辺境防衛軍本部には、いつもの日常が戻りつつあった。


訓練場からは魔導銃の乾いた発砲音が響き、

兵士たちはそれぞれの持ち場を行き交っている。

黒淵を目前にした最前線である以上、完全に穏やかな日などない。


それでも、砦を包んでいた緊迫した空気は、

少しずつ薄れていた。


クリスティもまた、共和国での暮らしに馴染み始めている。

帝国へ帰りたいという思いが、薄れたわけではなかった。


父のこと、兄たちのこと、姉のこと。

そして――アークファイントのこと。

思い出さない日はない。


けれど、見知らぬ天井の下で目を覚ますたび、

ここがどこなのか分からなくなるようなことはなくなった。


廊下ですれ違えば、兵士たちが気さくに声を掛けてくれる。

オリビアは毎日のように身体の状態を確かめ、

食事を残せばすぐに気付く。


そして。

「昨夜は眠れましたか?」

朝になれば、決まってそう尋ねてくれる人がいた。


「はい。昨日はよく眠れました。」

そう答えると、ルリスティは安心したように微笑む。

「それならよかったです。」

ほんの短いやり取り。


けれど今では、それが一日の始まりになりつつあった。


◇


その日の昼下がり。

クリスティは、司令部棟の裏手にある小さな庭へ出ていた。


訓練場や正門から離れたそこは、砦の中でも比較的静かな場所だった。


辺境の風にも耐える小さな花々が揺れ、

木陰には簡素な卓と椅子が置かれている。


卓上には、温かな紅茶と焼き菓子。


ルリスティは会議のため席を外しており、

今日はジェイクが付き添っていた。


護衛として付き添ってはいるが、

本人は少し離れた木陰に腰掛け、分解した魔導銃の手入れをしている。


この数日。


ルリスティと並んで砦の中を歩いていると、

すれ違う兵士たちが、

二人を見比べるような視線を向けることがあった。


無遠慮に見つめられるわけではない。

けれど、その視線にはクリスティも気付いている。

紅茶を一口飲んでから、ふとジェイクへ目を向けた。


「マルセリア大佐。」

「はい?」

ジェイクが顔を上げる。


「少し、お聞きしてもよろしいですか?」

「俺に答えられることなら。」

クリスティは少し迷ってから、自分の髪へそっと触れた。


「こちらへ来てから、

時々ルリスティさんと似ていると言われるんです。」

ジェイクの手が僅かに止まる。

「……まあ、同じ髪と瞳ですからね。」

否定はできない。


「やはり、共和国では珍しい色なのでしょうか。」

「かなり珍しいですね。」

ジェイクは手元の銃へ視線を戻した。


「司令以外で、そのどちらかを持ってる人は、

少なくとも俺は見たことがありません。」

「そうなのですね。」


クリスティは、白銀の髪をひと房すくった。

「帝国でも珍しい色ではありますが、全くいないわけではないんです。」

「そうなんですか?」

「はい。白銀の髪を持つ方も、紫水晶に近い瞳を持つ方も、

少数ですがいらっしゃいます。」


かつて皇族から臣籍へ下った者の血筋などにも、

そうした色が残ることがある。

それ以外でも、どちらか一方だけなら稀に現れるのだと、

クリスティは説明した。


「ただ――」

白銀の髪を指先で撫でながら、クリスティが続ける。

「この二つを、生まれながらに併せ持つとなると意味が変わるんです。」

「意味ですか?」

「はい。」

クリスティは、ごく当たり前のことを話すように頷いた。


「マーヴェリア皇族として皇城に生を受けた者は、

聖霊の加護を受けて生まれるとされています。」

ジェイクの指先が止まる。

「……聖霊。」

共和国では、馴染みのない言葉だった。

クリスティもそれを察したらしく、簡単に言葉を補う。


「帝国では古くから、マーヴェリア皇族は代々、

聖霊の加護を受ける一族だと考えられているんです。」

そして、その証として、白銀の髪と紫水晶の瞳を持って生まれる。


「白銀の髪と紫水晶の瞳。

この二つの組み合わせを、帝国では『皇族色』とも呼びます。」

「――皇族色。」


ジェイクは、思わずその言葉を繰り返した。

聞き覚えがある。

いつだったか、

ルリスティと二人で、帝国について記された古い本を読んだ日。

そこに確かに、同じ言葉があった。


――マーヴェリア皇族には、

代々『皇族色』と呼ばれる特有の色彩が現れた。


けれど、肝心の箇所が欠けていた。

何色なのか。

何をもって、皇族の証とするのか。

二人でページを眺めながら、結局分からないまま本を閉じた。


『どんな色なのでしょうね。』

あの時、ルリスティは、

自分の白銀の髪を肩へ流したまま、何気なくそう言っていた。


ジェイクは、ふと顔を上げた。

司令部棟の二階。

開いた窓の向こうを、書類を抱えたルリスティが横切っていく。


白銀の髪。

紫水晶の瞳。

(……あれが、皇族色。)


以前読んだ本の欠けた一文と、毎日のように見ていた現実が、

今、初めて繋がった。


ジェイクは再び手元へ視線を落とす。

一つ。

また一つ。

分解していた魔導銃の部品を、元の位置へ戻していく。


「……マルセリア大佐?」

不意に呼ばれ、ジェイクは顔を上げた。

「はい?」

クリスティが、こちらをじっと見ている。


「何か、気になることがありましたか?」

「……どうしてです?」

「皇族色のお話をしてから、少し考え込んでいるように見えたので。」


気付かれたか。

ジェイクは、内心で小さく息を吐いた。


そういえば。

この皇女は人の顔や名前だけでなく、

僅かな表情の変化までよく見ている。


「よく見ていますね。」

「そうでしょうか?」

「ええ。結構。」


かちり。

部品を一つ、銃身へ収める。


「大したことじゃありませんよ。

少し、思い出したことがあっただけです。」


嘘ではない。

ただ、その先に生まれた疑問まで、

今ここで口にすることはできなかった。


ジェイクは再び魔導銃へ視線を落とす。

まだこちらを窺うクリスティの視線には、

気付かないふりをした。


「もちろん、色味には一人ひとり少しずつ違いがありますけれど。」

クリスティは、そんなジェイクの内心など知る由もなく続ける。

「父も、兄たちも、姉も。皆、この二つの色を持っています。」


「……皆、同じ色なんですね。」

「ええ。」

クリスティは嬉しそうに微笑んだ。


「帝国では皇族の証ですけれど、私にとっては……。」

少し考えて。

「家族の証、という方が近いかもしれません。」


家族の証。

その言葉が、妙に耳へ残った。


ジェイクは再び、窓の向こうへ視線を向ける。

白銀、紫水晶。

――両方。


(いや。)

すぐに、自分の考えを否定する。

まだ何も決まっていない。

帝国ではそうなのだ。

それだけの話だ。


百五十年間、両国の行き来は完全に途絶えていた。

帝国が、共和国のすべてを知っているわけではない。

向こうでは、

この二つの色を併せ持つ者が皇族に限られるとしても、

共和国で同じ特徴を持つ者が生まれる可能性まで、

否定されたわけでは――。


「この色のせいで、幼い頃は少し困ったこともありました。」

クリスティの声に、思考が引き戻される。

「困ったこと?」


「城下町へお忍びで出る時、そのままではすぐに気付かれてしまうんです。」

懐かしそうに笑う。

「髪を染めたり、瞳の色を変える魔術具を使ったりしていました。」


「皇女様も大変ですね。」

「ふふ。本当に。」

「今でも?」

何気なく尋ねると、クリスティは頷いた。


「ええ。十九になった今でも、さすがにこの姿のままでは難しいですから。」

カチ。

小さな金属音がした。

ジェイクの指が止まる。


「……十九?」

「はい。」

クリスティが目を瞬く。

「つい先日、十九歳の誕生日を迎えたばかりなんです。」

「…………。」


十九歳。

ジェイクは黙って、手にした部品を元の位置へ戻した。

ルリスティも十九歳だ。


(いやいや。)

同い年の人間など、世の中にいくらでもいる。

十九歳だから何だ。

珍しい髪が同じで、瞳も同じで、顔立ちが似ていて、年齢まで同じ。

ただ、それだけだ。


「マルセリア大佐、大丈夫ですか?」

「はい。」


ジェイクは何事もなかったように、再び銃を組み始めた。

手だけは動く。

何百回と繰り返してきた作業だ。


頭が全く別のことを考えていても、指先は勝手に正しい部品を選んでいく。

今だけは、その習慣がありがたかった。


「でも……。」

クリスティが、司令部棟へ目を向けた。

「実は、こちらへ来てからずっと不思議だったんです。」

ジェイクは嫌な予感がした。


「何がです?」

「ルリスティさんも、私と同じ二つの色をお持ちでしょう?」

「……ええ。」

「共和国では、どちらもほとんど見かけないのですよね。」


「そうですね。」

ジェイクは、銃から顔を上げなかった。

「この間、司令部棟の中を案内していただいた時に、

歴代の司令官のお姿も拝見しました。」


その一言で、

次に何が来るのか何となく分かってしまった。

「ルリスティさんのお父様は、同じ色ではありませんでしたよね。」

「……そうですね。」


クラウス・トリウリッド。

肖像に描かれていた男は、

ルリスティとはまるで異なる色をしていた。


「ですから、

もしかするとお母様から受け継がれた色なのかしら、と。」

クリスティは、少し考えるように首を傾げた。


カチ。

ジェイクの手が、今度こそ完全に止まった。


「…………。」

「マルセリア大佐?」


何と答えればいい。

父親から受け継いだものではない。

――そもそも。

ルリスティとクラウスには、血の繋がりがない。

その事実を、クリスティは知らない。


十七年前。

クラウスは二歳の少女を保護し、

『俺の娘だ』

そう告げただけで、その出自について何も語ろうとはしなかった。


母親が誰なのか。

なぜルリスティがあの色を持って生まれたのか。

ジェイクにも、分からない。


「……その辺りは、俺にも分かりません。」

結局、そう答えるしかなかった。

「そうなのですね。」


クリスティは、それ以上踏み込まず素直に頷いた。

けれど、その表情には僅かな疑問が残っている。

無理もない。

今しがた自分で説明したばかりの皇族色を、ルリスティも持っているのだから。


そして、その疑問をさらに深くする事情を、ジェイクだけが知っていた。


十九歳。

十七年前。

二歳。

クラウスに保護された少女。

そのクラウスとは、血が繋がっていない。

実の母親も不明。

二歳以前の記憶もない。

白銀の髪。

紫水晶の瞳。

皇族色。


そして。

奈落の歪みに飲み込まれ、黒淵のこちら側へ現れた皇女。

十九歳。

白銀の髪。

紫水晶の瞳。

マーヴェリア皇族。


(……待て。)

一つなら偶然。

二つなら、まだ偶然と言える。

三つでも――。


(いや、三つでも結構おかしいだろ。)

思わず、そんな考えが浮かんだ。

ジェイクは眉間へ指を当てたくなるのを堪える。

何個重なれば、偶然ではなくなる?


ちょうどその時。

再び窓の向こうへ目を向けると、

廊下を歩いていたルリスティが、部下に何かを言われて足を止めた。


少し困ったように眉を下げ、柔らかく笑う。

ジェイクの視線が止まる。

目の前では、クリスティもよく似た表情で紅茶を飲んでいる。


(似てる。)

最初に会った時から思っていた。

けれど、珍しい髪と瞳を持つ者同士だから、そう見えるだけなのだと。

そう思っていた。


今はもう、それだけでは、自分を納得させられなくなりつつある。


ジェイクは視線を落とした。

一つだけ。

まだ確かめていないことがある。


それはむしろ、

ここまで浮かんだ考えを否定してくれる材料になるはずだった。


そうだ。

姉妹なら。

クリスティ本人が、その存在を知っているはずだ。

ジェイクは少し迷ってから、口を開いた。


「……クリスティ殿下。」

普段より改まった呼び方が、自分でも意識しないまま口をついた。

「はい?」

ジェイクは、組み上げかけの魔導銃へ視線を落としたまま尋ねる。

「妹はいないんですよね?」

クリスティは、意外そうに一度瞬きをした。


「妹ですか?いませんよ。」

あまりにも自然な答えだった。

「兄が二人と、姉が一人。私は末っ子です。」

「……そうですか。」


ジェイクは小さく頷いた。

クリスティに妹はいない。

――本人の認識では。


そこまで考えた瞬間、

ジェイクは自分で浮かべた言葉に眉を寄せた。

(……待て。)

そんな考え方を始めたら、何でも都合よく繋げられてしまう。


けれど、先ほどまで並べていた事実は、一つも消えていない。

(もし……。)

そこまで考えて、ジェイクは思考を止めた。


「マルセリア大佐?」

まただ、クリスティが、じっとこちらを見ている。

「……何でしょう。」

「どうして、妹のことを?」

「ああ。」


さて、どう誤魔化す。

ジェイクはほんの一瞬だけ考え、

いつもの調子へ戻るように肩を竦めた。


「クリスティさんと司令、よく似てるでしょう?」

「ルリスティさんと?」

「ええ。司令に似た妹でもいるのかと思いまして。」


「そういうことですか」

クリスティの表情が、ふっと和らいだ。

「もし妹がいたら」

少し考えるように首を傾げてから。

「きっと、可愛がってしまうでしょうね」


かちり。

最後の部品が収まった。

「……でしょうね」

ジェイクは、完成した魔導銃を見下ろした。


いつの間に組み上げたのか。

途中から、ほとんど覚えていなかった。


それでも銃は、何の問題もなく元の姿へ戻っている。

長年の訓練というものは恐ろしい。

頭の中がこれだけ混乱していても、手だけは仕事をしていたらしい。


「綺麗に組み上がるものなのですね。」

クリスティが興味深そうに、完成した銃を眺める。

「……ええ。」

ジェイクは、自分でも妙に感心しながら答えた。


「慣れてますから。」

本当に、慣れていてよかった。


◇


しばらくして。

会議を終えたルリスティが庭へ顔を出したため、

ジェイクはクリスティを任せ、一足先に司令部へ戻ることにした。


庭を離れ、司令部へ戻る途中。

ジェイクは、廊下の窓辺に立つ二人の男へ気づいた。

ガレスとクルトワだった。


二人の視線は、先ほどまでジェイクがいた庭へ向けられている。

そこでは、クリスティとルリスティが、

並んで何かを話していた。


「……似てるな。」

ガレスが、庭を見ながらぽつりと呟いた。

「ええ。」

クルトワも否定しない。


ジェイクの足が、ほんの少し止まった。

ガレスがこちらへ気付く。


「何だ、大佐。」

「……いや。」

ジェイクは二人を見て。

もう一度、庭へ視線を戻した。


「やっぱり、そう見えます?」

「お前も気になってたのか。」

「まあ……。」


クルトワが、眼鏡の位置を直す。

「むしろ、気にならない方が難しいでしょう。」

「……ですよね。」


それ以上、誰も何も言わなかった。

二人が言っているのは、ただ外見がよく似ているという話だ。


けれどジェイクには、もう、それだけの話には聞こえなかった。

小さく息を吐く。

少なくとも。

最初に感じた違和感そのものは、自分一人のものではないらしい。


◇


その日の夕方。


クリスティを客室へ送り届けたルリスティが司令室へ戻ると、

ジェイクはすでにソファへ腰掛け、報告書へ目を通していた。


「マルセリア大佐。」

「お疲れ様です、司令。」

いつもの声、いつもの表情。


ルリスティは、自分の机へ向かいかけて。

ふと足を止めた。


「……何かありましたか?」

「何がです?」

ジェイクが顔を上げる。


少し考えるように、ルリスティが彼を見る。

「何となく、いつもと違うような気がして。」

「…………。」

ジェイクが、僅かに目を見開いた。

今度は、自分が見抜かれる番だった。


「気のせいですよ。」

「そうですか?」

ルリスティはしばらく彼を見つめていたが、

それ以上問い詰めることはせず、机へ向かった。


積まれた書類を確認し、椅子へ腰を下ろすと、

羽根ペンを取り、いつものように仕事を始めた。


ジェイクは、その横顔を黙って見つめる。

白銀の髪。

紫水晶の瞳。

昼までなら、ただ、ルリスティの色だった。

今は、

――皇族色。

――聖霊の加護。

――皇族の証。

――家族の証。

知ってしまった言葉が、勝手について回る。


しかも、その答えは、以前ルリスティと一緒に読んだ本に、

すでに半分だけ書かれていた。


『どんな色なのでしょうね。』

そう言った本人が、その色を持っていた。

「…………。」

聞こうと思えば聞けることはいくらでもある。


司令。

――二歳以前のことを、本当に何も覚えていないんですか。

――クラウス司令官から、あなたを見つけた時の話を聞いたことは。

――その髪と瞳について、何か言われたことは。

――実の母親について、何か知っていることは。

けれど、どれも口にはできなかった。


今あるのは、まだ推測だけだ。

それに、クラウス・トリウリッドは、ルリスティにとって父親だ。

血が繋がっているかどうかなど、彼女にとっては何の意味もない。

今も心から敬い、愛し、迷った時には、その言葉を思い出す。


そんな彼女へ根拠もないまま、

あなたの父親は、

あなたの出生について何かを隠していたのではないか。

そんな問いを、軽々しく投げることはできなかった。


「……マルセリア大佐。」

呼ばれて顔を上げると、

ルリスティが羽根ペンを持ったままこちらを見ていた。


「先ほどから、何度もこちらをご覧になっていますよね。」

どうやら気付かれていたらしい。

「数えてたんですか。」

「気になりますから。」

そう言って、ルリスティが少し首を傾げる。


その仕草に、昼間のクリスティが重なった。

(……またか。)

ジェイクは、僅かに目を細めた。


意識し始めたせいなのか。

それとも、本当に似ているのか。

昼間までは気にも留めなかった仕草まで、

今は妙に目についてしまう。


ルリスティはそんなジェイクの様子を窺うように、

僅かに眉を寄せた。

「何か変ですか?」

「いや。」


ジェイクは小さく息を吐き、改めて彼女を見る。

夕陽を受けた白銀の髪。こちらを見つめる紫水晶の瞳。

もう、昼までと同じようには見えない。


「改めて、珍しい色だなと思っただけです。」

「私の髪ですか?」

「髪も。目も。」

ルリスティが瞬きをして、今更何を言っているのだと言いたげな顔をした。


「……今更ですか?」

「今更です。」

しばらくジェイクを見つめたあと、ルリスティは呆れたように小さく息を吐く。


「変な大佐ですね。」

「よく言われます。」

「私は初めて言いましたけど。」

「そうでしたっけ。」


ルリスティはもう一度だけ不思議そうに彼を見てから、

再び書類へ視線を落とした。

ジェイクは、その白銀の髪をしばらく黙って見つめていた。


ジェイクは、もう何も聞かなかった。

聞けなかった。

クリスティにも、

『本当に妹はいないんですか』

もう一度尋ねることなど、できるはずもない。


何より、もし本当に、

二人が自分の想像通りの関係だったなら。


それは、

二人の人生そのものをひっくり返す話になる。

ジェイクは、静かに目を伏せた。


今日の昼までは。

同じ白銀の髪。

同じ紫水晶の瞳。

よく似た顔立ち。

それだけでも、十分すぎるほど奇妙だった。


けれど、今は違う。

――その二つの色は、皇族色。

――クリスティも、ルリスティも十九歳。

――ルリスティは十七年前、二歳でクラウスに保護された。

――そのクラウスとは、血が繋がっていない。

そして、

『妹はいませんよ』

何の疑いもなくそう答えたクリスティの声。


一つひとつなら。

まだ、何か別の理由を考えられたかもしれない。

けれど、すべてを並べれば、どうしても同じ疑問へ辿り着く。


(……クラウス司令官。)

もう会うことのできない男へ、胸の内で問い掛けた。

(あなたは、いったい何を知ってたんですか。)

答えはない。

聞ける相手もいない。


目の前ではルリスティが、何も知らず書類を処理している。

クリスティもまた、自分には妹などいないと信じたまま、

この砦で過ごしている。


二人が知らない何かに、

もしかするとジェイクだけが、先に気付き始めていた。


まだ、確信ではない。

ただの疑念だ。

偶然だと、そう言い切ろうと思えば、まだ言える。


――けれど。

それを信じるには、

重なるものが、あまりにも多すぎた。

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