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第2話 明日もいい日に

その日の午後。

庭園には、

今日も子どもたちの笑い声が響いていた。


「二人とも、こっちだ」

少し離れた場所で、

レオンハルトが双子へ手を差し伸べる。

まだ十一歳とは思えないほど落ち着いた立ち姿だったが、

妹たちを見る表情だけは、年相応に柔らかい。


「おにいしゃまー!」

クリスティが嬉しそうに駆け出した。

「クリス、そんなに急ぐと転びますよ。」

ヴィオレットが注意するものの、

クリスティの小さな足は止まらない。

その後ろでは、

ルリスティが懸命に双子の姉を追いかけていた。


「クリス、まってぇ……!」

「ルリスティ、こちらへいらっしゃい。」

七歳のヴィオレットが、遅れてきた妹へ手を伸ばす。

ルリスティはその手を取ると、

ほっとしたように笑った。

「ヴィオねえしゃま。」

「はい。ゆっくり歩きましょうね。」


「おい、二人とも! そっちへ行ったら俺が捕まえるぞ!」

九歳のアレクシスが、

大げさに両腕を広げて立ちはだかった。

「きゃー!」

「にげるー!」

双子が声を上げ、今度は揃って反対方向へ走り出す。

「待てー!」

アレクシスが楽しそうに追いかける。


陽光を受けた五人の白銀の髪が、

庭園の緑の中できらきらと輝いていた。

その光景をフェリシアは少し離れた場所から、

穏やかな微笑みを浮かべて見守っていた。

柔らかな風が吹き。

陽光を溶かしたような金色の髪を、優しく揺らす。


「今日も、平和ですね。」

「ああ…。」

隣に立つルーファスも、

子どもたちを見つめながら頷いた。

「皆、大きくなりましたね。」

「ついこの間まで、

レオンを腕に抱いていた気がするのだがな。」

「そのレオンハルトも、もう立派なお兄様ですね。」


視線の先では。

転びそうになったクリスティの身体を、

レオンハルトが慌てて受け止めていた。

「危ないと言っただろう」

「レオンにいしゃま、ありがと!」

満面の笑みを向けられたレオンハルトは、

困ったように眉を下げながらも妹の頭を優しく撫でている。


その横ではアレクシスがルリスティを抱き上げ。

「捕まえた!」

「きゃー! おろしてぇ!」

と、庭園を走り回っていた。

ヴィオレットがその後ろを追いかける。

「アレクシスお兄様。ルリスティを振り回してはいけません。」

「大丈夫だって!」

「大丈夫ではありません。」

「お前は、母上みたいなことを言うな!」

「誰かが注意しなければならないでしょう。」


幼いながらも真面目な娘の言葉にフェリシアが、くすりと笑った。

「あなたがアレクシスを甘やかすからです。」

「父親とは、そういうものだ。」

「レオンハルトには注意されていたではありませんか。」

「レオンは少々真面目すぎる。」

「誰に似たのでしょうね。」

フェリシアが隣を見上げる。

ルーファスは答えず、僅かに視線を逸らした。

「あなたにそっくりですよね。」

「……そうだろうか」

「ええ…、とても」

二人の間に、穏やかな沈黙が流れる。


子どもたちの笑い声。

風に揺れる木々の音。

庭園を彩る花々の甘い香り。


それは皇帝と皇妃である前に、

五人の子どもを持つ父と母が過ごす、

ごく当たり前の午後だった。

ルーファスの視線は、

何度も子どもたちのもとへ戻っていた。


転んでは泣き。

笑っては抱きつき。

時には喧嘩をして。

それでも最後には、皆で笑い合う。

そんな日々が、

彼にとって何よりも大切なものだった。


「陛下。」

「何だ?」


フェリシアは、庭園を眺めたまま口を開いた。

「私は、本当に幸せです。」

とても穏やかな声だった。

ルーファスは、

なぜかその横顔から目を離すことができなかった。

「あなたと出会って…。」

フェリシアは静かに言葉を続ける。

「あなたの妻になり、あの子たちの母親になれた。」


庭園ではクリスティとルリスティが、

ヴィオレットの両手を片方ずつ握って歩いている。

アレクシスは、

その三人を驚かせようと後ろから忍び寄り、

レオンハルトに襟を掴まれて止められていた。


「これ以上の幸せを、私は知りません。」

ルーファスは何も答えないまま、

フェリシアの手を取った。

細い指へ自分の指を重ねる。

「私の方こそ…。」

「え?」

「お前と出会えたことが、

私の人生で最も幸運な出来事だった。」


フェリシアは一瞬目を丸くした。

それから、少し困ったように笑う。

「もう…あなたは、

いつもそういうことを真顔で仰るのですから。」

「事実だ。」

フェリシアは微笑み。

繋がれた手へ、そっと力を返した。


その時、小さな泣き声が庭園へ響いた。

「いたぁい…。」

見ると、ルリスティが地面へ座り込み膝を押さえている。

どうやら小さな石につまずいたらしい。

「ルリ!」

すぐにクリスティが駆け寄る。

「だいじょうぶ?いたい?」

「いたい…。」

クリスティは困ったように周囲を見回し大きな声を上げた。


「おとうしゃま! ルリがたいへん!」

ルーファスはすぐに娘たちのもとへ向かった。

「まったく…お前たちは少し目を離すと、すぐにこうなるな。」

呆れたように言いながら、

その口元には隠しきれない笑みが浮かんでいる。

ルリスティを抱き上げ、汚れた膝を確かめる。


「このくらいなら大丈夫だ。」

「ほんと?」

「ああ。次からは気をつけるんだぞ。」

「はぁい…。」

「クリスティも、妹を置いて走ってはいけない。」

「ごめんなしゃい…。」

二人が揃ってしょんぼりと俯く。

ルーファスは小さく息を吐き、

空いている腕でクリスティも抱き上げた。


「今日は二人とも、ここまでだ」

「おとうしゃまのだっこー!」

「わーい、だっこー!」

双子の歓声が響く。

アレクシスがすぐに駆け寄った。

「父上! 俺も!」

「お前は自分で歩け。」

「さっきは抱いてくれると言ったではありませんか!」

「言っていない。」

「そんなー!」


ヴィオレットが呆れたように息を吐き。

レオンハルトは額へ手を当てる。

その様子をフェリシアは少し離れた場所から、

幸せそうに見つめていた。

やがて家族のもとへ歩み寄りながら、空を見上げる。


「明日も、良い日になりそうですね」


どこまでも青く。

雲一つない空だった。


「ああ…。」

ルーファスは、迷うことなく答えた。

「十年後も、二十年後も。」

腕の中で笑う双子と、

その周囲に集まる子どもたちを見る。

「きっと、皆で笑っている。」


フェリシアは何も言わなかった。

ただ、愛する夫と子どもたちを見つめ静かに微笑んだ。


少なくとも、その日の皇城はどこまでも穏やかだった。

この日常が明日も変わらず続くのだと、

家族の誰もが疑っていなかった。


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