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マーヴェリア帝国物語  作者: 北村えり
最終章 二つの光が照らす朝
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105/106

最終話 また会える世界

決戦から三日後。

夜が明けた。


黒淵の跡地に生まれた湖は、朝の光を受けて静かに輝いていた。


三日前まで、そこには巨大な亀裂があった。

黒い霧が渦巻き、魔獣の咆哮が響き、

百五十年もの間、二つの国を隔て続けていた場所。


けれど今は、穏やかな水面が雲一つない青空を映している。


湖畔には帝国軍と共和国軍の天幕が入り交じって並び、

共和国の衛生兵が帝国騎士の包帯を交換し、

その隣では帝国の治癒術師が共和国兵の傷へ魔術を施していた。


魔力を使い果たした銃兵へ帝国魔術師が温かな飲み物を手渡す姿も、

もう珍しいものではない。


少し離れた場所では、

共和国の魔導錬金術師と帝国の魔術師が湖畔へ並べた観測器を囲み、

そこに残された魔力を共同で調べている。


ほんの少し前まで、ともに戦うことなど想像すらしていなかった者たちが、

今は同じ戦いを生き延びた仲間として、同じ朝を迎えていた。


突入部隊の七人も、それぞれ治療を受けながら湖畔に残っていた。


両腕と肩へ幾重にも包帯を巻かれたリカルドは、

それでもクリスティの近くを離れようとせず、

治癒術師から何度も座るよう注意されていた。


アレクシスは片腕を吊りながら地上部隊の被害状況を確認して回り、

ヴィオレットは簡易机の上へ資料を広げ、

ルシアンとともに湖周辺の魔力を測定している。


ジェイクは、いつものようにルリスティの斜め後ろに立っていた。

自身も肩や脇腹に傷を負っているというのに、

治療を終えた途端、当然のように彼女の直衛へ戻っている。


そしてルリスティは、共同作戦の現地総指揮官として、

クルトワから地上戦の最終報告を受けていた。


「共同作戦における帝国軍、共和国軍の戦死者は確認されておりません。

行方不明者もゼロです」


クルトワは手元の書類へ視線を落とした。


「重傷者は複数名おりますが、治癒術師と共和国衛生班の見立てでは、

全員が回復可能とのことです」


ルリスティは、すぐには答えなかった。


「……戦死者、なし」

確かめるように呟く。


「はい」


その言葉を聞いて、ルリスティはようやくゆっくりと息を吐いた。

最後の戦場へ立った者たちは、全員が未来へ帰ることができた。


けれど、ここへ辿り着くまでの百五十年間に、失われた命がなかったわけではない。

クラウスも。

フェリシアも。

名も残らない、多くの者たちも。

そのすべての先に、今日という朝がある。


「ありがとうございます、クルトワ中佐」

「礼を言われるようなことではありません」


クルトワはいつもの調子で淡々と答えた。


「総司令官が命じたのです。

必ず生きて未来へ帰れ、と。皆、その命令に従っただけです」


そう言って、僅かに口元を緩める。

ルリスティも、小さく笑った。


その時、帝国側の街道から馬車の車輪と軍馬の蹄が近づく音が聞こえた。

先触れの騎士が声を上げる。


「マーヴェリア皇帝陛下、御到着!」


周囲にいた帝国兵たちが一斉に姿勢を正し、

共和国兵もそれぞれ敬意を示すように背筋を伸ばした。


帝国の紋章を掲げた馬車が、湖畔へ止まる。

最初に降り立ったのは、レオンハルトだった。


作戦終了の報告が帝都へ届いたその夜に出発し、

道中もほとんど休んでいないのだろう。

整えられた軍装には乱れ一つないが、その顔には隠しきれない疲労が滲んでいる。


それでも馬車を降りると、まず前線全体へ視線を巡らせた。


帝国兵の負傷者だけではない。

共和国兵の治療状況や、湖畔の警戒配置まで確かめていく。


決戦の間、帝都の作戦指揮室から前線を支え、

両国の兵を生きて帰すために後方を守り続けた者の目だった。


そして最後に、湖畔に立つ弟妹たちを見つけた。


そのすぐ後ろから、ルーファスが降り立つ。


正式な儀礼のための正装ではない。

一刻も早くこの地へ辿り着くために選んだ、簡素な皇帝軍装だった。

背筋を伸ばし、皇帝としての威厳を崩すことなく歩き始める。

けれど、子どもたちの姿を目にした瞬間、その足が止まった。


アレクシス。

ヴィオレット。

クリスティ。

そして、ルリスティ。

全員が、生きている。


傷つき、疲れ果て、それでも自分の足で、同じ朝の下に立っている。


ルーファスは、すぐには何も言えなかった。

皇帝を迎えるために周囲の兵士たちが頭を下げる。

けれど今の彼には、それすら目に入っていないようだった。


視線はただ、子どもたちへ向けられている。

最初に動いたのはクリスティだった。


「お父様!」


白銀の皇太子軍装の裾を揺らしながら駆け寄ってくる娘を、

ルーファスは両腕で受け止めた。


強く。

その身体が確かにここにあるのだと、確かめるように。


「クリスティ……」

掠れた声で、娘の名を呼ぶ。


アレクシスも近づいた。

「ただいま戻りました、父上」

いつもの明るさを装っていたが、その目は僅かに赤い。

ルーファスは片腕を伸ばし、その肩を引き寄せた。


少し離れた場所で見ていたヴィオレットへも、黙って手を差し出す。

自分から抱きつくような性格ではない彼女は一瞬だけ目を伏せたものの、

やがてその腕の中へ入った。


「……ただいま戻りました」

「おかえり、ヴィオレット」


そしてルーファスは、ルリスティを見た。

漆黒の共和国軍服をまとった娘。


二歳で姿を消し、十七年もの間、行方すら分からなかった娘。

生きていると信じながらも、その姿を見つけることのできなかった娘。


ようやく再会できたと思えば、再び災厄の中へ送り出さなければならなかった。

ルリスティは姿勢を正し、共和国軍人として敬礼しようと右手を上げた。


「マーヴェリア皇帝陛下。奈落門・黒淵消滅共同作戦――」


最後まで言うことはできなかった。

ルーファスが、その身体を抱き締めたからだ。

突然のことに、ルリスティの両腕が宙で止まる。


「今は、皇帝としての報告はいらない」

声が震えていた。


傷ついた身体を強く締めつけないよう気遣いながら、

それでも二度と離すまいとするように腕へ力を込める。


「よく帰ってきた」


皇城で報告を受けた時にも、同じ言葉を口にした。

けれど今度は、通信の届かない遠い場所へ向けたものではない。

目の前の娘へ、父の声で告げられている。


「おかえり、ルリスティ」


ルリスティは、ゆっくりと上げていた腕を下ろした。

そして、父の背中へ回す。


「……ただいま戻りました」


小さな声だった。

そこへクリスティが抱きつき、アレクシスも笑いながら加わる。


「こうなったら全員だろ」


ヴィオレットは呆れたように息を吐いたものの、離れようとはしなかった。

五人が同じ場所で、互いの体温を感じている。

十八年前に失われた家族の時間が、ようやくここへ戻ってきた。


けれどルリスティは、一人だけその輪へ入らずに立っている者へ気づいた。

レオンハルトだった。

少し離れた場所で、いつものように背筋を伸ばし、父と弟妹たちを見守っている。


全員が無事に帰ったことへ、誰よりも深く安堵しているはずなのに。

決戦の日も、彼はそうして立っていた。

自ら剣を手に前線へ向かう代わりに帝都へ残り、必要な支援を送り、

各地から治癒術師と物資を集め、共和国兵も等しく救うよう命じた。


そして前線から七名全員の帰還報告が届くまで、決して作戦終了を認めなかった。

家族が戦う場所へ行けない苦しみを誰にも見せず、

全員が帰ってくる場所を守り続けた。


ルリスティは父の腕の中から顔を上げる。


「レオンハルトお兄様」


レオンハルトの表情が止まった。

十八年前。

十一歳だった彼の前から、幼い妹が消えた。


もう二度と、その口から兄と呼ばれることはないと思っていた。


再会してからも、彼は無理に家族としての距離を縮めようとはしなかった。

共和国で生きてきたルリスティの人生を尊重し、

生きて同じ世界にいるだけで十分なのだと、自分へ言い聞かせてきた。


「お兄様」


もう一度、ルリスティが呼んだ。

そして、家族の腕の間から手を伸ばす。


「お兄様も、こちらへ」


レオンハルトは、すぐには動けなかった。

長男として母を失った弟妹たちを支え、悲しみに沈む父を支え、

皇族として帝国を守るため、誰にも弱さを見せず立ち続けてきた。


けれど本当は、あの日十一歳だった自分も、泣きたかった。

妹を取り戻したかった。

そのすべてを胸の奥へ押し込めたまま、十八年が過ぎた。


「兄上」

アレクシスが静かに呼ぶ。

それ以上は何も言わなかった。


ルリスティが伸ばした手が、すべてを伝えていた。

レオンハルトは、ゆっくりと歩き出した。

差し出された妹の手を取り、そのまま家族の輪へ加わる。

そしてルリスティを、強く抱き締めた。


「……ああ」

低い声が、僅かに震える。

「おかえり、ルリスティ」


ルリスティは兄の胸元へ顔を寄せた。

「ただいま戻りました。レオンハルトお兄様」


その瞬間、レオンハルトの頬を一筋の涙が伝った。

誰も、それを指摘しなかった。


ルーファスも、アレクシスも、ヴィオレットも、クリスティも。

ただ全員で、互いがここにいることを確かめるように抱き締めていた。


フェリシアだけが、ここにはいない。

それでも湖の上を渡る優しい風が、寄り添う家族の間を静かに吹き抜けていった。


やがてルーファスが湖へ視線を向ける。


「フェリシアにも、この景色を見せたかった」


誰も、すぐには答えなかった。

朝日を受けた湖面では、無数の小さな光が星のように瞬いている。

ルリスティも、父と同じ景色を見つめた。


「……私も」

ルーファスが娘を見る。

「お父さんにも、この景色を見せたかったです」


自分を拾い、育て、守り、最後まで未来を願い続けてくれた父。

ルーファスは、静かに頷いた。


娘を産み、命を懸けて守ったフェリシア。

娘を拾い、命を懸けて育てたクラウス。


二つの国で、二人の親が守り続けた命が今、

家族とともに同じ湖のほとりへ立っている。


「きっと、二人とも見てくれている」


ルーファスは湖面へ輝く光を見つめながら、穏やかに言った。

ルリスティも家族の温もりを感じながら、小さく笑う。


「私たちが、生きて帰ってきたことも」


湖畔に立つ帝国と共和国の人々へ視線を向ける。

「全員で、この世界を守れたことも」


ルーファスは目を閉じ、もう一度だけ湖の向こうへ穏やかに笑いかけた。


◇


それから、二つの国の間では小さな変化が積み重なっていった。

百五十年間の断絶が、黒淵の消滅とともに一日ですべて消えるわけではない。

文化も、制度も、技術も違う。

それでも、もう越えることのできない亀裂は存在しなかった。


湖畔には両国の共同観測所が置かれ、やがて兵士や調査員のための宿舎が建った。

物資を受け渡す場所が生まれ、

帝国の魔術師と共和国の魔導技術者が同じ机を囲むようになる。


かつて黒淵に阻まれていた場所を、今は手紙が行き交う。

湖畔に整えられた道を、人と馬車が往来するようになり、

少しずつ、互いの国を訪れる者が増えていった。



そして、傷の癒えたルリスティもまた、

ジェイクとともに新たに開かれた道を通り、マーヴェリア帝国を訪れた。


今度は、誰かに連れ去られた幼い子どもとしてではない。

自らの意思で、生まれた国の土を自分の足で踏んだ。

父や兄姉たちと同じ時間を過ごし、自分が生まれた場所を知り、

自分の知らなかった家族の記憶へ触れていく


けれどそれは、共和国で築いた人生を捨て、帝国へ戻るための旅ではなかった。

クラウスの娘として、共和国軍人として、

そしてジェイクと未来を歩む一人の女性として。

自分が生まれた場所と、自分へ繋がる家族を知るための旅だった。


やがてルリスティは、ジェイクとともに湖畔に開かれた道を通り、

自分が生きてきた共和国へ帰っていった。


もう、どちらか一方を選ぶ必要はない。

帝国へ行くことも、共和国へ帰ることも、誰かに引き裂かれるのではなく、

自らの意思で選ぶことができる。


かつては二度と越えることのできなかった場所を、

今では会いたい者のもとへ向かうための道として歩いていけるようになった。


そして、帝国への最初の訪問を終え、共和国へ戻ってほどなくして、

ルリスティはジェイクと結婚した。

あの日、黒淵へ向かう前に交わした約束を、二人は帰還後すぐに果たしたのだ。


その際、ジェイクはマルセリアの姓を離れ、

ルリスティとともにトリウリッドの名を継ぐことを選んだ。


ルリスティを拾い、育て、守り抜いた父――クラウス・トリウリッド。

血の繋がりがなくとも、その名と意志を未来へ残すために。


◇


黒淵と奈落門の消滅から数か月後。


湖畔では、帝国と共和国の正式な国交回復を宣言する式典が開かれていた。

二つの国旗が並び、湖から吹く同じ風を受けて揺れている。


クリスティは帝国皇太子として白銀の皇族礼装をまとい、

その後ろにはリカルドが近衛騎士団長として控えていた。


共和国代表団の中には、漆黒の軍服を着たルリスティが立っていた。

その傍らにはジェイク、さらにクルトワとガレスも並び、

ともに黒淵と戦い続けてきた者たちがこの日を見届けていた。


帝国と共和国が、一つの国になるわけではない。


これからもそれぞれの文化を持ち、

それぞれの民を守り、異なる国家として歩き続けていく。


ただ、もう互いを「失われた国」と呼ぶことはない。

同じ世界を生きる隣国として、再び向き合うのだ。


両国の全権代表が国交回復を定めた文書へ署名し、

最後の名が記された瞬間、湖畔へ大きな拍手が響いた。

帝国の人々も共和国の人々も、同じ風を受ける二つの旗を見上げていた。


◇


式典が終わった後、クリスティとルリスティは湖畔で向かい合っていた。

周囲では両国の人々が行き交っている。もう、二人の間を遮るものは何もない。


クリスティは、少しだけ寂しそうに笑った。

「また、離れちゃうね」


クリスティは帝国へ戻り、ルリスティは共和国へ帰る。

それぞれの国に守るべき人々がいて、果たすべき役目があるのだから、

双子だからといって同じ国で同じ人生を歩むわけではない。


ルリスティは静かに首を振った。


「以前とは違います」

「うん?」

「会いたければ、会いに行けます」


そう言って、湖のほとりへ視線を向ける。


かつては、どれほど願っても越えられなかった場所。

そこには今、人と馬車が行き交うための街道が、

両国の手によって少しずつ整えられていた。


「手紙も届きます。通信術式も、間もなく常時接続されます」

「それは便利だけど……毎日連絡したら、迷惑?」

「迷惑ではありません」


迷いのない答えに、クリスティの顔が明るくなる。


「じゃあ、毎日――」

「ただし、仕事中は返信できませんよ」


「夜ならいい?」

「共和国軍の機密に関わる質問でなければ」


「そんな質問しないよ!」

「クリスティなら、悪気なく聞く可能性があります」

「ひどいなー」


二人は顔を見合わせ、同時に笑った。

十八年間できなかった、何でもない姉妹の会話だった。


やがてクリスティは湖の周囲へ視線を巡らせた。

共同観測所に、建設途中の街道。

少し離れた交易所からは、帝国と共和国、両方の言葉が聞こえてくる。


「いつか、この湖のほとりにさ」

ルリスティが振り向く。

「二つの国の人たちが、一緒に暮らせる街ができたらいいね」


ただ交易するだけの場所ではない。


帝国と共和国、どちらの国の人間も暮らし、

学び、働き、家庭を持つことのできる街。

二つの文化が出会い、そこから新しいものが生まれていく場所。


ルリスティも、湖畔へ集う人々を見つめた。


「簡単ではありません」


法律も、貨幣も、土地の扱いも、治安をどう守るのかも違う。

何より、どちらか一方の国がもう一方を支配する形にしないための仕組みを作らなければならない。

解決しなければならない問題は、いくらでもあった。


「ですが、道があるのなら、始めることはできます」

「うん!」


クリスティが笑った。


今はまだ、一つの夢にすぎない。

それでも二人は同じ湖を眺めながら、その先にある未来を思い描いていた。

やがてクリスティが、ルリスティへ手を差し出す。


「じゃあ……」


別れの言葉を、ほんの少しだけ考える。

けれど、もう「さようなら」と言う必要はなかった。


「またね、ルリ!」

ルリスティは差し出された手を握り返した。

「ええ。また、クリス」


二人は笑い合い、やがてゆっくりと手を離した。


クリスティは帝国側へ、ルリスティは共和国側へ。

それぞれに待つ人々のもとへ向かって歩き始める。


クリスティの隣にはリカルドが寄り添い、ルリスティの隣にはジェイクがいた。

その先には家族と仲間、そしてそれぞれの国の人々が待っている。


数歩進んだところで、クリスティがふと振り返った。

ほとんど同じ瞬間に、ルリスティも振り返る。


互いの姿は、まだはっきりと見えた。

二人はもう一度だけ笑い合い、今度こそ、それぞれの未来へ向かって歩いていった。


◇


その後、クリスティも長く自分を守り続けてきた騎士、

リカルド・アークファイントと結ばれた。

皇太子の夫となったリカルドは、その後も彼女の最も近くで帝国を支え続け、

やがてクリスティが皇帝位を継ぐと、その伴侶として皇配となった。


やがて帝国のマーヴェリア家と共和国のトリウリッド家には、

新しい子どもたちが生まれた。


母となった二人は、自分たちが生きた時代について子どもたちへ語った。

失われた家族のこと。二つの国を隔てた災厄のこと。

そして、家族と仲間たちがどのように失われた世界を再び結び直したのかを。


帝国で育った子どもたちと、共和国で育った子どもたちは、

生まれた時から互いの国が存在することを知っていた。


湖畔に開かれた道を行き来し、手紙を送り、祝いの日には集まり、

ときには喧嘩もしながら、同じ家族として育っていく。

彼らにとって、帝国と共和国の間に道があることは当たり前だった。


けれど、その当たり前が多くの人々の願いによって取り戻されたものであることを、

母たちは決して忘れさせなかった。


そして、湖畔に二つの国の人々がともに暮らす都市を築くという夢も、

繰り返し子どもたちへ語り継がれていった。


初めは、まだ形のない未来だった。

国交を回復したばかりの二つの国には、

解決しなければならない問題が数多く残されていた。


それでも、その夢は失われなかった。


二人の皇女から、次の世代へ。

何度も語り継がれ、やがて子どもたちは成長した。


そして、二人が描いた夢を現実へ変えようとする者たちが現れた。


帝国皇女、ソフィア・フォン・マーヴェリア

共和国外交官、カイル・トリウリッド


ソフィアは二つの国の間に立ち、

異なる文化と価値観をどうすれば共存させられるのかを考え続けた。

相手の言葉へ耳を傾け、違いを退けるのではなく、

ともに生きられる形を探していく。


カイルは共和国の外交官として、その理想を現実の計画へ変えていった。

何度も二国を往復し、帝国と共和国の間で交渉を重ね、

異なる制度を擦り合わせながら、土地と権利の問題を一つずつ解決していく。


二人が目指したのは、どちらか一方の国が支配する街ではない。

二つの国が、ともに守り、ともに育てる街。

国籍の違いによって隔てられるのではなく、

同じ街に暮らす隣人として互いを知ることのできる場所。


それは、クリスティとルリスティが取り戻した道の上に、

次の世代が築く新しい未来だった。


災厄との戦いから長い年月を経て、湖のほとりに一つの都市が築かれた。


その街の名を決める時、

選ばれたのは共和国の古い神話に残されていた、星と湖の女神の名だった。


かつて一人の人間を愛し、初代皇帝レオン一世とともに世界を守った聖霊王。

帝国ではその名すら失われ、

共和国では女神として僅かな伝承だけが残されていた、始まりの皇妃。


アステリア。


五百年以上もの時を経て、失われていたその名は再び世界の歴史へ刻まれた。


帝国と共和国、二つの国の人々が暮らし、

二つの文化が出会い、新しい未来を生み出していく都市。


人々は、その街を――

国境都市アステリア

と呼んだ。


かつて、共和国では黒淵、

帝国では奈落門と呼ばれた巨大な裂け目が二つの国を隔てていた場所に、

今は人々を結ぶ街がある。


二人の皇女は、失われた世界を再び結び直した。

その湖畔に新しい街の夢を描き、

その意志を受け継いだ子どもたちが、夢を現実の未来へ変えた。


これは、奈落に引き裂かれた二つの国と、運命に引き裂かれた二人の皇女が、

家族と仲間たちとともに失われた世界を取り戻した物語。


もう、会いたい者の声を、届かないまま失うことはない。

もう、手を伸ばしても届かない場所ではない。


異なる国に生きていても、異なる未来を歩んでいても、道を越えればまた会える。


二つの国と二人の皇女から始まった物語は、

新しい世界の最初の一頁となり、次の世代へと永く受け継がれていった。


ー完ー

長く続いた物語を、ここまでお読みいただき、

ありがとうございました。


『マーヴェリア帝国物語』

本編は、これにて完結となります。


クリスティとルリスティ、

そして彼女たちを取り巻く人々の物語を、

最後まで見届けていただけたことをとても嬉しく思います。


初めてWEB小説として本格的に書いたものだったので、

特に最初の方は書き方も慣れておらず、

お見苦しい部分も多数あったかと思いますが、

長年自分の中にだけあった断片的な物語を、

やっと一つの作品にすることができました。


彼らのその後の小話や、次の世代の物語など、

マーヴェリアの世界の続きをいろいろ考えていますので、

また、いつかお届けできればと思っています。


この作品はとても思い入れがあるものなので、

もし心に残った人物や場面がありましたら、

一言いただけるととても嬉しいです。

『長かった!』の一言だけでも大歓迎です。


最後に、簡単な設定資料を次のページにまとめましたので、

よろしければ読んでみてください。


ここまでお付き合いいただき、

本当にありがとうございました。

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