第二十章 霊媒師 瀬山 彰司ー97
とうとう、この時が来てしまった。
覚悟をしてたはずなのに、いざそう言われると喉が詰まって言葉が出ない。
中村さんと目を合わせ、みんなとも目を合わせ、喋れないならせめて笑おうと思うのに、顔がこわばりそれすら出来ない。
僕はさ、どうしようもないポンコツだ。
ああもう……しっかりしろよ、岡村英海。
最初に約束したじゃないか、僕がみんなを解放するって。
逃げる訳にはいかないよ。
どんなに辛くても、どんなに悲しくても、どんなに心が拒否をしてもだ。
『岡村、大丈夫か?』
困ったような優しい顔の中村さんが、返事をしない僕に問う。
すぐに言葉が出なかった。
それでもなんとか頑張って、わざとらしい咳をしてから無理やり声を出したんだ。
「あ……と、すみません。大丈夫ですよ、」
____嘘です、大丈夫じゃありません、
『そうか、それなら良かった。……岡村、悪いな。辛いかもしれないが、我々はお前に解放してもらいたいんだ。……願掛けではないけれど、そうすれば、岡村の中で生きられる気がしてな』
「僕の中で生きられる……か、……うん、そういう考えもありますよね」
____チガウ、そんなのは気休めだ、
『岡村……ありがとう。最後に出会えたのがお前で良かった』
「僕はなんにも……逆に僕の方が色々教えてもらっちゃった」
____本当は足りない、もっともっと教えてもらいたい、
『いや……そのすまない。霊力はお前の方が上なのに、ついつい出しゃばった真似をした。岡村はこれからも霊媒師を続けるのだろう? 現場で怪我をしたり、悪霊に騙されたり、そんな目に遭わせたくなくてな。それで口煩くなってしまったんだ。許してくれな』
「ううん、ううん、口煩くなんかないよ、すごく嬉しかった、だってさ、教えて貰えるってありがたい事だもの、僕は新人でさ、霊視すら出来なくてさ、……ああ、そうだ霊視、出来るようにならなくちゃ……大丈夫かな、習得出来るかな……うん、あのね中村さん、僕、本当はね、」
____みんなを滅したくないよ、僕は覚えが悪いんだ、だから霊視はみんなが教えてよ、
そう言ってしまいたかった。
バカみたいに泣きながら駄々をこね、どうにかならないのかと喚き散らしたいと思った。
辛うじてそれをしないのは、前に視た【闇の道】があまりにも恐ろしく凄惨だったからだ。
此処で僕が滅さなければ【闇の道】がやってくる。
霊体を焼かれ苦しめられて、そのまま地獄へ流される。
みんなをそんな目に遭わせる訳にはいかないよ。
だから強くならなくちゃ、僕が、僕の手で、滅さなくっちゃいけないんだ。
クソ……頭では嫌になるほど理解してる。
ただ、感情がついてこない。
____1、僕の手でみんなを滅する、
____2、僕は滅さない、その代わり【闇の道】がみんなを捕らえる、
ああ……最悪の二択だな。
どっちも嫌だと感情が泣き叫ぶ。
駄々をこね、どうにかしてよと暴れてる。
暴れたってダメだよ……だってさ、二択と言いつつ選択肢は決まってるんだ。
僕が滅するしかないんだよ、そうじゃないとみんなが苦しむ。
心の中で自分で自分を説得した。
僕だって嫌だけど、第三の選択肢はない。
だったらさ、腹を括るしかないじゃないか。
ここまで頭で分かっているのに僕の感情は強情だった。
ダメだな……このままじゃ集中出来ない、まともに霊力が使えない、霊矢の印が結べない。
なんとか心を落ち着かせる為、僕は固く目を閉じた。
腹式呼吸で息を吸い、そしてゆっくりそれを吐く。
そうだ、暫くこうしていれば落ち着いてくれるはず……いや、落ち着いてもらわないと困るんだけど。
……
…………
………………
閉じた目には何も映らず視界は真っ暗。
今の僕は広がる闇にホッとする。
なんとなくのイメージなのか、僕はその闇に立っているような感覚に陥った。
嫌な感じはしない。
たとえるなら……自分の部屋にいるみたいな感じだ。
月のない夜中にさ、カーテンを閉め切って、光はないけど不安じゃない、むしろ心地が良いような、そんな感じ…………なんだけど、……なんだろ?
少し先に光るナニカが視えたんだ。
目を閉じているはずなのに、瞼の裏にソレが映る。
床……? でいいのかな、少し先の床の上。
そこには指先くらいの大きさの、光る珠がたくさん転がっていた。
あれはなんだろう?
薄ぼんやりと光を放ち、キレイだけどどこか悲しい。
僕は引き寄せられるように近付いた……その時、
____こないでよ、
頭の中に声がした。
え……? なに……? どういう事……? おかしいよ……だってこの声、
____みんなの事が嫌いなの?
声は光る珠の辺りから聞こえてくる。
拗ねたような、恨めしそうな、半泣きに震えるこの声……僕の声に似てないか……?
____ヤダ、滅したくないよ、
間違いない……やっぱりこれは僕の声だよ。
高くもなければ低くもない。
平凡すぎる僕の声は、滅する事を拒否してる、嫌だ嫌だと駄々をこねてる。
なんだこれ……一人二役、自問自答をした事はあるけれど、今はしてない。
____なんでだよ、もっと悪い霊は他にもいるのに、
____みんなはもう悪霊じゃないじゃない、
____やっと長から解放されて、
____やっと自由になれたのに、
____それなのに滅するの?
____納得がいかないよ、
____可哀そうだよ、そんなのヤダよ……!
僕じゃない僕の声は、僕が言えなかったすべての事を言葉にしていた。




