第二十章 霊媒師 瀬山 彰司ー96
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____長を滅したらさ!
____いっせーので、みんなで笑おうぜ!
苦内を握れば手練れになるけど、素顔はカワイイ17才。
長を滅する前、翔君は無邪気な顔でこう言ったんだ。
みんなもそれに賛成し(もちろん僕も)、長を滅した今、その約束はいつ果たされても良いはずなのに、言い出す霊は誰もいなかった。
みんなはその場に座り込んで、ホッとしたような、気が抜けたような、二言三言コトバを掛け合い、互いの肩を力弱く叩き合い、目を合わせ『本当に滅したんだな』なんて。
地面に刺さった薙刀は、ただそこにあるだけで、長の姿はどこにもない。
長年、自分達を縛り続けた長がいなくなった事を、噛み締めるように確かめ合っていた。
僕達から少し離れた場所。
そこでは、瀬山さんと先代が2人だけで座り込んでいた。
最初、瀬山さんは地に刺さる薙刀を視てたんだ。
ぼーっとした顔で暫く眺め、その後、口を開けて何かを言って、かすかに笑って、だけどすぐに顔を歪めて、それで……ゆっくり霊体を前に倒すと、そのまま地面にうずくまってしまった。
瀬山さんは泣いていた。
地面におでこを擦り付け、声を殺して霊体を丸めて……ただでさえ細いのに、その姿はうんと小さく頼りなくって、まるで捨てられた子供みたいに視えたんだ。
黙ったままの先代は、薄い背中を撫ぜ続けているのだが、不意に僕と目が合うと……
シー、
と口元に指を立て、黙っているように言った。
瀬山さんが泣いているのを、まだ誰も気付いていない。
隠さなくっちゃ、と思った。
瀬山さんの涙を視れば、きっとみんなは心を痛める。
みんなは少しも悪くない、もちろん瀬山さんも悪くない。
さっきの……瀬山さんにも聞こえたのだろう。
夢うつつの長が言った最後の言葉。
生きていた頃も死んだ後も、親子は色々あったけど、それでも、あの瞬間の長は、どこにでもいる平凡な父親だったよ。
息子の誕生を喜んで、愛しく想い”大事”だと言葉に出した。
たったの一言だったけど、あの一言が瀬山さんを救ったんだ。
本当は大きな声で泣きたいのかもしれない。
だけど瀬山さんの性格だ。
みんなを気遣って、だから声を殺して、うずくまって、小さくなって、分からないように泣いているんだ。
「大福、」
小さな声で猫又を呼んだ。
空気を読んだ賢いハニーは、囁くように『ぅな?』と答える。
「瀬山さんのコトに行ったげて。泣いてるの、みんなに分からないように隠してあげて」
僕がそうお願いすると、”サイレントニャー”で返事をくれた大福はポテポテと歩き出した。
実にさり気なく手練れの傍まで到着すると、お得な三尾を一振り二振り。
あっという間に虎の子サイズの猫又は、軽トラサイズにスケールアップ。
ドドーンと可愛い大きな霊体で、ドスーンと貫禄の香箱座り。
瀬山さん……これでダイジョウブ、これでもう視えないよ。
誰にも視られない、誰にも知られない。
だから今だけ、少しだけ、息子に戻って気持ちの整理をつけたらいい。
1人も欠ける事もなく。
トゥエンティーエイトマンセルの全員で長を滅したのだ、という実感がようやくみんなに湧いてきた。
右を視ても左を視ても、どこを視ても長はいない。
これでもう、いつ喰われるかと怖がらなくていいし、生者を襲わなくていい。
嫌いでない瀬山さんを悪く言う必要もない、コソコソ隠れず好きな時に好きな話をしたっていい。
大きな声で、大きな口で、思いっきり笑ったって咎める長はもういない。
みんなはお互いの頑張りを労い、褒め合っていた。
『まさか翔があんなに頑張るとは思わなかったよ!』
『杉野っちだってスゴかったじゃん! 大鎌でさ、ブチブチブチーって小蛇刈ってさ! でもアレ、気持ち悪かった……』
『モリッキーの(森木さん)薙刀投げもスゴかったぜ!』
『えぇっとー、実はあれドキドキしてました。恰好つけて投げたはいいが届かなかったらどうしようって、はい。届いて良かったです、はい』
『中村さんの二刀流も久々に視たよ! 長燃やしちゃうんだもん!』
『大上はなんでも銃で解決だよな! 炎を銃で消すってオマエくらいなものだろ』
『岡村も大したもんだよ! 俺らを潰した黒い山を再構築でどかしちゃったもんな!』
『岡村……そのなんだ。片想いでも良いんだ。人を好きになるというのは素晴らしい。たとえ報われなくてもだ』
『そういや長のフィールドで偽物の弥生さんに騙されそうになったんだって? あやうく長と接吻するトコだったんだろ? ……ぷぷ……ぷぷ……ぷっはーっ! あははははは! 悪い、駄目だ! 翔じゃないけど笑いが止まらん!』
『ちょっとー! そんなに笑うコトないでしょー! 言っとくけど、僕は途中で嘘を見破ったんだからね! 長とキッスなんてしてないからね! そこ大事だから誤解しないでよねー!』
ワイワイガヤガヤ、そして大笑い。
お腹の底からゲラゲラで、翔君はもちろんだけど、大人達も一緒になって霊体をくの字に曲げたんだ。
楽しくて楽しくて、みんなそろって笑顔になって、そのせいなのかな?
大地に広がる百色華は、赤青黄色、緑に紫、橙色と、虹が瞬きするように、色を時間で変えていた。
話は全然尽きなくて、ずっとずっと笑っていたら、いつの間にか瀬山さんと先代がやってきた。
『みなさん、父を滅してくれてありがとうございます』
そう言って頭を下げた瀬山さんは、もう泣いていなかった。
淋し気に微笑むと、こう続けたんだ。
『……父は最後、ほんの一瞬だったけど、悪霊ではない顔を覗かせました。……だからと言って、みなさんへの非道が消えるでもなく、取り返しのつかない事をしました。なのに……私は謝る事しか出来ない、それがとても心苦しいです。…………滅してくれて、ありがとうございました。穏やかな顔だった……あんな顔を視たのは初めてで、もしかしたら父は……滅された事により、”瀬山の家”から解放されたかもしれません、』
ゆっくりではあるけれど、力強く言葉を紡いだ瀬山さんは、最後にもう一度、深々と頭を下げた。
それを視たみんなは慌てたように首を振り、その中の一人、中村さんが言ったんだ。
『彰司さん、お礼なんか言わないでください。救われたのは我々だ。我々だって悪霊で、滅されるべき罪人だ。そんな我々を……彰司さんと持丸と、そして岡村が救ってくれた。最後の最後で”ヒト”に戻してもらったんだ。
名前で呼ばれたのも……こんなに笑ったのも久しぶりだ。僅かに残っていた霊媒師としての誇りを思い出させてくれ、最後は正しく霊力を使えた。
こんなに嬉しい事はない、誰かに救われるなんてないと思ってた。ありがとう……本当にありがとう。
今、我々は最高の気分だ。思い残すことは何もない。
…………さぁ、そろそろ良いだろう。
岡村、我々を解放してくれ。
この幸せな気持ちのまま、お前の手で、全員そろって自由にしてほしいんだ』
ポニテのいぶし銀はそう言って破顔した。




