第二十章 霊媒師 瀬山 彰司ー90
「此処はどこなの? リアルじゃないよね」
答えるかはわからない。
でも聞いた、だって此処には長しかいない。
聞く相手が他にいない。
『…………まぁ、長くは騙せぬとは思っていたが、』
あ、一応答えた、でも回答にはなってない。
でも、話をする気はあるみたいだ……って、そうだよ、このお爺さん、お話好きのロングトーカーだったわ。
「見た目は完璧だったよ。でも中身にアンマッチが多々あった。……そうだよな、弥生さんがジャッキーさんとマジョリカさんをキライになるはずがない。もし2人に不満があるなら、直に本人達に言うタイプだ。あの人、笑っちゃうほど単純ドストレートだからね。……クソ、外見が完璧すぎて見抜けなかった。悪霊の嘘を見抜けないとどうなるか……中村さん。僕今、肌で学びました。痛い目見たよ、中身は長なのにガチで愛を囁いちゃったんだもの……ぐは」
デリートしたい負の囁き。
弥生さんだと思っていたのが、実際は皺だらけの顔だけ爺さんだったのかと思うと、自分自身が不憫になる。
だけど同時、希望が湧いた。
此処がどこかはさておいて、僕の中ではたくさんの感情が溢れてる。
イコール自我があるという事で、何度も言うが魂を喰われていない証拠だ。
長は小蛇で僕を噛み、訳ワカンネ!(弥生さんぽく)なフィールドに引っ張り込んだ。
此処は幻影、嘘の世界。
長の言ってる事はぜんぶデタラメだ。
という事はだ、みんなはまだ存在してる。
きっと山で僕の帰りを待っている。
俄然やる気が湧いてきた。
あとはどうやって此処から出るか、なんだけど……どうすりゃいいんだ?
『岡村よ、お前はこの女を好いているのだろう? だったらなぜすぐに抱かなかった。お前の為にこんな場所を用意したというのに』
ぶはっ!
な、な、な、なに言っちゃってんの!?
そ、そ、そ、そんなコト、出来るはずないじゃない!!
「お、お、長……下品!! そ、そんなコトしないよ! そういうのは、お付き合いして愛を育んで、そうだな……早くて半年後! へ、ヘンなコト言わないでよね!」
しどろもどろで動揺した。
あんな枯れたお爺さんが、こんな事を言い出すなんて思ってもみなかったんだ。
『あ……いや、お前の想像よりもっと手前の意味だ。抱くと言っても抱きしめる程度。……私とてそんな事は御免だ。お前が女の色香に酔って、抱きしめ、唇を吸ったら良かったのだ。さすれば魂を喰らう事が出来たのに』
「えっ! あぁ……そか、そういう意味ね。や、でも、長の唇吸うとか絶対無理! やだ! 僕、奥手で良かった! レンアイチキンで本当に良かった! でなければ今頃魂喰われてた! あっぶなー!」
言いながらどうやってフィードから脱出するか、同時に考えていた。
思えば前に似たような事があった。
ユリちゃんのお母さん、貴子さんの現場の時だ。
僕は1人でフィールドに迷い込み、脱出の手段がわからなくって途方に暮れて、それで……そう、先代が迎えに来てくれたんだ。
その時、先代はこう言っていた。
____霊のフィールドから抜けるには、
____その霊を成仏させるか滅するか、
____それをしないと永遠に出る事は出来ない、
僕は恐る恐る長を視た。
てことは……僕、この人に勝たないと出られない感じ?
マジか……!
覚悟を決めて腹を括った。
僕は両手両五指、真っ赤に光る霊矢をチャージ。
やったるっ! と気合を入れたと同時に、ふと思い出した。
そういや小蛇に噛まれて倒れた時、みんなの怒鳴り声が聞こえたんだ。
____絶対に長を逃がすな、
____それから長を滅するな、
____滅すれば岡村が……(岡村がナニ!? その続きは!?)
クソ……下手に戦って、万が一奇跡が起きて勝てたと同時に、僕も消滅とかだったらどうしよう、ヤダ、そんなの絶対ヤダ。
じゃあ残る選択肢は”成仏”?
や……無理だろ、絶対無理、どうしよ、僕、ずっとこのままなのか?
絶望的な気持ちになって、僕は霊矢を引っ込めた。
手段がない、他に方法が見当たらない。
長はというと、焦った様子は特になく、いまだ弥生さんの姿のままでゴソゴソ手指を動かしていた。
何してるんだろ……って、ロクな事じゃないのは確定だ。
いつでも逃げられるように(といっても狭い部屋だが)気を引き締めて視ていると……長の手の中、うにうに動く何かがあって……あれは……なんだ?……とても小さな……細長い……アウチ……ありゃ小蛇だ……!
嘘だろ……もう一匹いたのかよぉ……!
『安心するがいい。苦しませはせぬ。今回は見破られたが、もう一匹のこの蛇で噛んでやる。さすればこれまでの記憶は消える、そして今度こそ、私を愛しい女と信じ、抱きしめ唇を吸うだろう』
グィィと口角を上げ、細い手指に小蛇を絡め、僕を真っすぐ視つめてる。
「悪い冗談はやめてよ……僕、絶対ヤダ。長とキッスなんてしたくない」
『怖がるな。噛まれた後は私が私だとはわからない。今度は私から吸ってやる。お前は幸せを感じたまま魂を寄越す、双方に益がある』
長はそう言い、小蛇が絡む人差し指を僕に向けた。
「ヤダ……やめてよ。てかいいの? 小蛇は毒でしょ? 2匹も嚙ませたら僕の身体に支障があるかも。アナタ、無傷の身体が欲しいんじゃないの?」
『この小蛇に毒はない。あるのは幻影作用だ。心配するな』
「……あぁ……それが小蛇のもう一つの作用なのか……中村さんから二度聞きそびれたんだ、クソッ……アレに噛まれたらヤバイ……ん? てことは弥生さんのその姿も幻影?
さわってないから分からないけど実体がありそうなのに……」
『実体か……近いものはある、だが本格的な戦闘向きではない。まさに女の身体と同じだ、非常に壊れやすい。この術の本来は幻影を視せ、操る為にある。たとえば、持丸や彰司を私だと思わせて戦わせるとかな。それよりはマシであろう? ありがたく思え』
「や、お爺さんとキッスだなんて、それもかなりの地獄だよ」
『お前が地獄と感じようが私には関係のない事だ。諦めろ、助けは来ない。此処は私しか出入り出来ぬ。私の霊力が場を開き、私自身が鍵となるのだ』
ジリジリと迫られる、僕は対角線にシンクロしながら間合いを取った。
ああ、でもさすがに駄目かも、放たれたら避けられない。
考えろ、どうにか回避するんだ、キッスは嫌だ、だがそれ以上に身体を渡すのが嫌だ。
僕の姿で誰かを傷付けるくらいなら、いっそ自分で自分を____
キィィィィィィィィィィィ………………
なんだ……?
自分で自分を……と覚悟を決めかけた時、どこか遠くから異音が聞こえた。
長が何かしてるのか……?
いや……長も戸惑っている。
僕に向けた人差し指を止めたまま、目線を右に、左に、……そして窓に向けた。
窓……?
あの向こうは何もなかったはずだ。
ただ白い世界が広がって、果てがないのが不安にさせた……が、その方向に神経を集中させると、確かに音は窓の方から聞こえてくる。
何だろう……なんとなくの防衛本能。
僕は1歩、2歩と後ろに下がった、長を視て、窓も視て、……その瞬間だった。
ガシャーーーーーーーーンッ!!
ソプラノの爆音がした。
同時、大きな窓が粉砕されて、キラキラ輝くガラスの欠片が渦を巻いて舞い降った。
突然開いた窓からの、吹き込む風はすこぶる強くて、ガラスを床に落としてくれない。
危なくてまともに目が開けられなかった。
極限まで目を細め、ナニが起きたかそれを知ろうと必死になったんだ。
薄く開けた視界の中に、2つの人影が映り込んだ。
どちらも細身。
シルエットは似てるけど、1人は短髪、もう1人は長めの髪がサラサラとなびいてる。
『岡村君、』
『岡村さん、』
ガラス吹雪の中心で、僕の名前を力強く呼ぶ声がした。
この声……嘘だろ……来てくれたんだ……
でも……でもさ、此処は長しか出入りできないんじゃなかったの?
なのにどうやって……ああ、そんなのどうでもいいや。
いつだって助けてくれる、いつだって見放さない。
不可能を可能にするのは、この人達の十八番じゃないか。
一気に涙が込み上げる、我慢出来ずに溢れ出す。
ガラス吹雪が収まりを見せ始め、薄い影がハッキリしだす。
そして、重なる声が言ったんだ。
『『 待たせたね、迎えに来たよ 』』
現れたのは、僕の偉大な師匠達。
大好きな先代と瀬山さんだった。




