第二十章 霊媒師 瀬山 彰司ー87
弥生さんが真面目な顔になる。
ソファの上で身を乗り出して僕を見て、そして質問に答えてくれた。
「長って、瀬山さんの父親だろ? 大丈夫、残った奴らが滅したよ。大福は先代と一緒だ」
奴ら……、みんなの事を言ってるんだな。
ああ、でも良かった……ちゃんと滅してくれたんだ……それが本当に気がかりだった。
最後のギリギリで僕がヘマをして、僕のせいで台無しになったらと思うと、申し訳なくて心臓が壊れてしまいそうだったんだ。
「それとな、その後の事なんだけど、奴らは先代と瀬山さんが無事に滅した。エイミーちゃんの意識が戻らなくて、戻るまで待とうとしたらしいんだけど……長を滅して自由になって、もしかしたら奴ら、『やっぱり滅されたくない』なんて言い出すかもしれないだろう? ……エイミーちゃんには辛いかもしれないけど、奴らがもし悪霊に戻ってしまったら、そっちの方がもっと辛い。……これで良かったんだ」
弥生さんは言いにくそうだった。
僕はそれを聞いて、少なからずショックを受けた。
苦境を一緒に乗り越えたみんなだもの。
最期は僕が心を込めて解放したかった。
せーので笑いたかったし、一人一人に話したい事もあった。
責任を持って送り出したかった。
涙が一気に込み上げる。
意識のない間に色々あったのかもしれない。
だけど、もう少しだけ待っていてほしかったよ。
それと……
「弥生さん、教えてくれてありがとう。そっか……先代達が、解放してくれたんだ。良かった、と言って良いんだろうな。……うん、そうだよね。
あと……あのね、弥生さんは、その、みんなと会った事がないからさ、仕方ないんだけど……一つだけ、みんなの名誉の為にも、誤解を解いておきたい事があるんだ。長を滅したみんなは悪霊じゃない、英雄だ。確かに彼らは”元悪霊達”だったかもしれない。でもね、”元”なの。長を滅して自由になっても、悪霊になんて絶対に戻らない。僕が保障する、」
わざわざこんな事、言わなくても良かったかな。
だって弥生さんは、知らないんだもの。
悪気はないんだ。
でも……”悪霊に戻るかもしれない人達”と思われたままにしたくなかった。
だって、みんなボロボロになりながら戦ったんだ。
長は本当にしつこくて、戦いは難航して、それでも必死になって頑張って、途中もうダメだと思う事もあった。
けど諦めなかったよ。
それは自分達の為であり、今後、長に悪い事をさせない為であり、……そこに”自由になったら悪霊に戻って好き勝手にやる”という選択肢はない。
そんな可能性もある、なんて少しでも思われる事がどうしても、そう、どうしても嫌だった。
「そか……ごめんな。アタシ、無神経なコト言った」
「ううん、いいんだ。だって知らないんだもの。でもね、弥生さんもみんなに会ったら、きっと同じ事言うと思う」
「……うん、エイミーちゃんが言うならそうなんだろうな」
弥生さんはそう言うとニコッと笑った。
その笑顔に僕は倒れそうになる。
やっぱりこの人は可愛いや。
見た目も、それから、こうやって素直な所も。
眩しい笑顔にやられそうになりながら、僕は平静を装った。
ベッドの上で布団の端をこねくり回して気持ちを落ち着ける。
改めて弥生さんと目が合った。
彼女はまたへにゃりと笑い、そしてそのあと……悲しそうな顔をしたんだ。
「弥生さん……どうしたの? ……あ、ごめん、疲れちゃった? 現場が終わって、そのまま僕の面倒見る事になっちゃったんだもんね。ごめん、僕はもう大丈夫。起きるからベッドで横になってよ。僕が使った後で悪いけど、」
言いながらベッドから降りようとした。
けど弥生さんがそれを止めた。
「大丈夫、疲れてないよ。知ってるだろ? アタシ、体力オバケだからさ。どんなに動いても疲れないんだ」
「た、確かに。弥生さん、タフだもんね」
「エイミーちゃんこそ無理しないで、まだゴロゴロしてな。あとでご飯を食べに行こう。大丈夫、ホテル代もご飯代も、ぜーーんぶ今回会社持ちだ! お高いお店に行こうぜ! ほら……その……エイミーちゃんがいない間に色々終わってて……落ち込んでるんだろ? そんな感じがしたからさ、」
「あ……うん。ありがとう。正直ショックだった。最後にみんなに会いたかったからさ。……な、なんかごめんね。弥生さん、今の僕といると気詰まりだよね。も、もう大丈夫、多分。落ち込むのは家に帰ってからにする。だからさ、さっき言ってた、その、お高いお店に行こう! おいしいものを食べるんだ。あ、でも僕、泥だらけのジャージ上下なんだけど。こんな格好でお高いお店入れない……」
これじゃあ、弥生さんにまで恥ずかしい思いをさせちゃうよ。
お高いお店は諦めるしかないかな。
「あーそーだなー。んじゃあさ、服も買っちゃえ! すっとぼけて服の領収書も提出しちゃえばさ、ユリちゃん優しいから、なんとかしてくれるよ」
「な、な、なんてコトを……! でも良い考え……ちょっと良い服買っちゃおっかな」
調子に乗って冗談を言ってみる。
僕と弥生さんは顔を見合わせて笑ってしまった。
笑った後、ふと目を伏せた弥生さんは、また淋し気な表情になった。
「弥生さん……なにかあった? なんかヘンだよ」
気になって聞いてみる。
すると、
「やぁ……ごめん。エイミーちゃん、体調悪いのに気ぃ遣わせちゃった。あのね、……ん……最近少し悩んでてさ。……ジャッキーとマジョリカの事で、」
弥生さんは2人の名前を出した途端、唇を噛んだ。
どうしたのかな、ケンカでもしたのかな。
「ジャッキーさんとマジョリカさんがどうしたの?」
「……ああ、うん。アタシ、やっぱりあの2人にはついていけない。……もう別れたいなぁって思ってるんだ。あはは、笑っていいよ。あんなに大騒ぎしたクセにな」
あははと笑った弥生さんは、ちっとも笑っていなかった。
両目から、涙がつぅと流れ落ちる。
それを見た時、僕は思わずベッドから飛び降りた。
そしてソファの前で膝を着き、
「なにがあったの?」
そう聞いていた。
長い睫毛に水滴を光らせて、弥生さんはポツリポツリと話始めた。
「ごめんな、エイミーちゃんの面倒を見に来たってのに、アタシの話なんかして……でもさ、他に話せる人がいないんだ。誠とユリちゃんは新婚だ、こんな話ししちゃ駄目だし、他のみんなも……な。
…………あのね、やっぱり夫1人に妻2人って無理がある。ジャッキーが一番好きなのはやっぱりマジョリカだし、マジョリカはそれを知ってるからアタシをバカにする。それが……最初は我慢出来たけど、だんだん辛くなってきてさ」
「ん……? …………うん、」
思った以上の内容に、言葉がうまく出てこない。
だけど……それ、弥生さんの考えすぎじゃないのかな。
ジャッキーさんは弥生さんもマジョリカさんも大好きだ。
言葉は悪いけど、どうかしてると思うくらい大好きで、あの熱量には圧倒される。
マジョリカさんが一番好き、と選べるくらいなら、あんな大騒ぎにはなっていない。
ジャッキーさんは弥生さんとマジョリカさん、どちらか1人を選ぶ事が出来ないからこそ2人共諦めようとしたんだから。
マジョリカさんだってそうだ。
あの人くらい優しくて公平な人を視た事が無いもの。
彼女が泣きながら現世に来た時、弥生さんには文句を言ったが、同じ顔したヤヨちゃんにも、弥生さんの仲間である僕にも、決して嫌な態度は取らなかった。
それどころか優しかった。
弥生さんがボロボロになりながらマジョリカさんを守った時も、泣きながら身を案じていたんだ。
そんな人が弥生さんをバカにしたりするはずがない。
そもそも、今ではマジョリカさんは弥生さんが大好きだ。
彼女はあの美貌なのにへっぴり腰で、戦闘中の弥生さんのモノマネを愛情を持ってするくらいだ。
それを____やんわりと言ってみた。
本人は真剣に悩み、傷付いているんだ。
頭ごなしに否定は出来ない、だから優しく、それは誤解だよ、と説明したんだ。
「こういうのはさ、かえって第三者の方が冷静に見れるものだよ。ジャッキーさんは2人とも大好きだし、マジョリカさんは誰かをバカにするような人じゃない。……本当は、弥生さんもわかってるんでしょう?」
弥生さんの前で膝を着いた近い距離。
覗き込んで反応を待った。
さわる訳にはいかないから手は床に乗せたまま、そう、決して気持ちがバレないように、だ。




