第二十章 霊媒師 瀬山 彰司ー80
笑っていた中村さんが表情を変えた。
ほんのり嬉しそうに、深く淋しそうに、そんな気持ちが混ぜこぜで、複雑な顔になる。
そしてしゃがんで、積もった文字を手で掻き回し、他の人が読めないようにした。
みんなは僕の”片想いシリーズ”に夢中だから、”みんなを滅したくない”という文は読んでいない。
中村さんは少し黙り、息を吸い、小さな声で言ったんだ。
『岡村……我々を滅したくないと想ってくれるのか。ありがとう、その気持ちだけで充分に救われる。だが、他の奴等には知られない方が良い。その時が近づけば……決心が鈍るかもしれないからな、』
なんでもない事を話すように。
いぶし銀は歯を視せて笑う。
だが眉はハの字で困り顔だ。
「あの……ごめんなさい。僕ね、ちゃんとみんなを送ろうとは思ってるんです。だけど奥底で、どうにかならないのかなって、どうしても考えちゃって……ごめんなさい。中村さんは知ってしまった。決心、鈍りましたか……?」
ああ、やだな。
こんな事、聞きたくないよ。
叶うなら、滅したくない。
でも……でもね、これはどうにもならない事なんだ。
悪霊は、遅かれ早かれ【闇の道】に捕らわれる。
前に視た事があるけれど、あんなのに乗せるくらいなら、僕が滅した方がまだマシだ。
みんなは根っからの悪霊じゃない。
そうりゃあ悪い事をした加害者だけど、同時に被害者でもあるんだ。
散々長に苦しめられて、もうこれ以上、苦しませたくないんだよ。
中村さんは大きく首を振り、
『私は大丈夫だ。何を聞いても、何を視ても鈍ったりしない。自分の罪は自分が一番分かっているからな。………………ただ、翔だけは不憫でならない。奴はまだ子供で純粋だ。犯した罪に誰よりも苦しめられてきた。もし……もし、あの子だけでも救う事が出来るなら____ああ……いや……すまない。今のは忘れてくれ。世の中には出来る事と出来ない事がある。翔だけを逃しても、いずれ黄泉から裁きを受けるだろう。その時、我々も岡村もいない、たった一人で【闇の道】に捕らわれるくらいなら……此処で運命を共にした方が良いんだ、』
そう言って顔をクシャリと歪ませて、優しく笑った。
近い距離で向かい合い、小声で僕らは話しているけど、後ろからはみんなの楽しそうな声が聞こえる。
僕の恋にあーだこーだと言ってるんだ。
中村さんはそんなみんなを視て、呆れたようにため息をついた。
『すまんな。みんなお前が好きなんだ。だから気になってしまうのだろう。悪気はないのだ、許してやってくれ』
「あ……はい。悪気がないのはわかります。ちょっと恥ずかしいけど、いや、かなり恥ずかしいけど、……ぐは。えと、その、僕、ダイジョブデス」
もういいの。
ヘタレな恋を笑ってくれ。
片想いはホントだもん、僕、開き直っちゃうんだから。
そうそう、笑って、もっと笑って。
みんなに残された時間は長くない。
だったらさ、なるべく笑顔でいてほしいよ。
中村さんは微かに口角を上げ、僕の頭をガシガシ撫ぜた。
そしてみんなに向かって大きな声を上げた。
『こら! お前達いつまでも笑うな! いいじゃないか片想い! たとえ想いが届かなくても、たとえ死ぬまで片想いでも、人を好きになるのは素晴らしい。そう、たとえ報われなくてもだ!』
え……ちょ……中村さん、何気に容赦無くないか?
や、そりゃそうだけど、わかっちゃいるけど、
『そっと応援してやれ。この先もしかしたら奇跡が起きて……いや、無理か。弥生さんは人の妻だと言っていたものな』
ぐは、ひでぶ。
だから、もう、ストレートに無理とか言わないで、
オブラート、オブラートに包んでください、
『まったく……岡村にも困ったものだ。なにもそんな所まで持丸を見習う事はないだろうに、』
え?
先代を見習うって、どういう意味?
先代も誰かに片想いをしていたの?
それでずっと独身だったの?
き、気になるっ!
ハッキリ言って、長なんかより全然気になっちゃうんだけど!
「中村さん、それってどういう意味ですか? 先代に好きな人がいたってコト? ずっと片想いだったの? 報われない系の恋だったの?」
山に来てから一番のやる気を視せて、中村さんに詰め寄るも答えてはくれなかった。
『……ああ……っと、しまった……ウッカリ口が滑ってしまった。すまない、岡村。持丸のプラーベートだからな、これ以上は話せない。いつか本人に聞いてくれ。
そんな事より第1班、第2班、第3班! 急いで霊体を温めろ! 長は火柱の向こうにいる。こちらから攻めに行くぞ!』
答えの代わりに気合が入った。
中村さんが不敵に笑う。
入れ替わるかのように、みんなは笑うのをやめた。
それぞれが印を結んで、慣れた武器を構築し……
おそらく次が、最後の戦いになる。




