霊媒師エピローグ・小野坂水渦視点ー2
岡村さんは私の手首を掴んだきり、何も言葉を発さない。
私も言葉が出なかった。
綺麗な瞳に縛られて、言葉どころか指先一つも動かせない。
貴方の瞳に私の顔が映っているが、私の瞳にも貴方が映っているのだろうか。
互いの瞳に互いを閉じ込め、まるで此処だけ時の流れが止まったような感覚に陥った。
……
…………
私達はどのくらい黙っているのか。
きっと、時間にしたら数分も無いのだろうけど私の手首は熱いまま。
その熱は鼓動を早め、耳鳴りを誘発し、頭の芯をクラクラさせた。
このままでは非常に危険だ。
貴方の事が好き過ぎて、とっくに私はおかしいけれど、もっとおかしくなってしまう。
下手をすれば此処で倒れて気を失って……そうなれば、貴方を大いに困らせる。
そうなる前に、手首を放してもらわなくては。
____岡村さん、
私としては声に出して名前を呼んだつもりでいたのに、喉の奥で声が詰まって出てきてくれない。
実際に口から出たのは空気だけ、何という体たらく。
だから私は両目を閉じて気持ちを落ち着け、改めて、名前を呼ぼうと目を開けた。
開けた先には貴方の顔が、……月の光に照らされて、いつもよりもっともっと優しい目をして私を見つめる。
再び瞳に縛られて、私の手首を掴む大きな貴方の右手に一層熱を感じたその時。
彼が、……岡村さんが、こう言ったのだ。
「水渦さん、僕と結婚しませんか?」
……………………え、
…………今……なんと?
”ケッコン” と聞こえたような気がするけれど……聞き間違えだろうか、
私はこの時、思考が全く追いつかずにいた。
神経は脳に集中。
聞いた言葉をひたすら頭で繰り返し、ひたすら変換をかけたのだ。
ケッコン……血痕、血懇、血根、血昏、血魂、血梱、……いや、”血痕” 以外は当て字にもならないくらいの組み合わせ、……ケッコン、血痕、……まさかと思うが ”結婚” と言ったのだろうか…………いや、いやいやいや、思い上がるな小野坂水渦、もしかしたら聞き間違えで、言った言葉は ”結構” だったのでは……いや、きっと違う、それでは文が成り立たない。
だとすると……今言ったのが ”結婚” ならば……まるで結婚の申しみのように聞こえる…………が、まさか私に……?
いや、いやいやいやいや、結婚の申し込みだとして、本当に私に言ってくれたのだろうか、念の為に周りを良く見て確かめた方が良い、実は近くに別の美女が立っていて、結婚は美女に向けて言ったものかもしれない……(キョロキョロキョロキョロ)…………が、誰もいない。
思考はひっちゃかめっちゃかだった。
頭の中がこんがらがって、どうして良いか全く分からず泣きそうになる。
そんな中、岡村さんと目が合うと、言葉にこそはしないものの ”いや、アナタに言ってるからね?” と、半分笑って眉毛を下げている……という事は……今の言葉は本当に私に言ってくれたんだ。
____水渦さん、僕と結婚しませんか?
改めて言葉の意味を噛みしめた。
聞き間違えでもなんでもないと分かった今は、我慢をしても涙があとから溢れてしまう。
視界が揺れる、滲んでぼやけて貴方の顔がはっきり見えない。
滲んで見える貴方の顔は優しいけれど真剣そのもの、私を真っすぐ見つめている。
結婚なんて、私には一生縁が無い物だと思っていた。
愛も、家族も、分不相応だと、ずっとずっと、そう思っていた。
なのに貴方は私を愛し、家族になってくれるのですか?
このまま死んでも悔いが無い程に嬉しいけれど、でも、だからこそ、貴方のような素敵な人なら他にもっと似合う女性が沢山いるのに、私のような女を伴侶に選ぶだなんて____
「…………正気ですか?」
こんな問い、気分を害してしまうかも……と思ったけれど、それでも聞かずにいられなかった。
優しさ故の気の迷いなら、愚かな私が真に受けないよう退いてほしいと思ったからだ。
だけど貴方は曇った顔の一つもせずに、
「もちろん、」
と頷いた。
返事はとても短いけれど、微笑む顔にますます涙が止まってくれない。
揺れる視界に映る貴方は月の光が溶け込んで、神々しくも薄蒼色に光っている。
眩しくてたまらない、まるで天の使いのように麗しい。
こんなに素敵なこの人の、この先一生隣に立つのが…………
「…………私なんぞで良いのでしょうか?」
声が、震えてしまった。
貴方はそれに気が付いたのか、私の手首に力を込めた。
そして、
「水渦さんが良いんだよ」
当たり前だと言わんばかりの顔をした。
私が……良い?
でも、だけど、私は、私は……
「だけど私は醜女だし、」
現実とは言え口にすれば消え入りたくなる。
だけど貴方は首を振り、
「なに言ってるの、……アナタはすごく綺麗だよ」
囁くようにそう言った。




