霊媒師エピローグ・小野坂水渦視点ー1
あっという間の一日だった。
会社の休みに大人数で集まる事も、そこに私がいる事も、数年前なら考えられない事だけど、人生初のバーベキューは夢のように楽しくて、機会があればまた行きたいと思うほど。
そして今は帰り道。
少し先には大福が、私の横には岡村さんが歩いている。
バーベキューは終わったけれど、私にとっての至福の時間は終わっていない。
こうして並んで道を歩けば心は満ちて、月の明かりが地面を照らし……って、月……月か……ああ、そうだった。
思えばいつも月が出ていた。
昔、岡村さんと志村さんと現場の打ち上げをした帰り道も……
昔、岡村さんとのツーマンセルで山梨の現場に行った時も……
昔、岡村さんと姉ちゃんに会いに行った日も……
蒼い月が満ちていて、彼の言葉と月の光が揃う時、私に大きな変化があった。
今夜も同じ満月だ。
月は大きく優しく輝き、腕を伸ばせば届きそうな低い位置。
岡村さんの髪の毛が、月の光に薄っすら蒼く染まっている。
それがあまりに美しく、岡村さんに気付かれないよう、視界の端で艶の髪を盗み見た。
歩くたびに毛先が揺れる、クセのない素直な髪が彼らしい……などと、心の中で思っていると。
「水渦さん、今日はすごく楽しかったね」
彼はこう言い、兆しも無しにこちらを向いた。
その瞬間。
私は密かに慌てたものの、すぐに目線を前にやり、何事も無かったように振る舞った。
「そうですね。とても楽しかったです」
我ながら短い一言、だけどこれが精一杯だ。
ばれてはいけない、……岡村さんは優しい人だが、さすがに自分が盗み見されていたなどと、知れてしまえば気味が悪いと思われる。
隣に並んで歩いているのに声も掛けずに黙って盗み見、自分でも変だと思うが距離が近いとどうにも照れてしまうのだ。
せめて、岡村さんが見目麗しくなかったら、髪が綺麗でなかったら、瞳が澄んでなかったら、優しい声ではなかったら……良かったのだが、そうではない。
付き合って二年になるが、日に日に想いは募るばかりで慣れる気配は皆無に等しい。
前を見たまま短く答え、そこで会話が途切れてしまった。
せっかく彼が話題を振ってくれたのに、上手く拾えず不発に終わる。
私は……いつもこうだ。
楽しい話題をテンポ良く、投げ合うように話せない。
本当はもっと話したいのに。
人生初のバーベキュー。
最初は緊張したけども、心の底から楽しかった。
誘って貰って良かったと、機会があればまた行きたいと、そういう事を話したいのに。
此処は街中ではない。
回りに人が誰もいなくて二人っきりで距離が近いと胸が詰まって話せな…………ああ、違うか。
正確に言えば二人ではない、二人とイチニャンだ(岡村さんの言い方を真似た)。
そのイチニャンは前方目測二メートル弱。
丸い尻をフリフリしながら跳ねるように歩いている。
長い四尾を右に左に優雅に揺らし、枯れ葉に飛び込み木に登り、そうかと思うと地面に飛び降り土の匂いを嗅ぎ始めたが…………あ、急に砂をかきはじめた。
匂いを嗅いで顔をしかめてザッザザッザとかいているけど……何か、気に入らない物でもあったのだろうか。
と、思った次の瞬間、大福は何事も無かったように御機嫌で歩き出した。
尻をフリフリ四尾もフリフリ、それはそれは楽しそうにだ。
大福、おまえは自由だね。
オカムラさんもそうだけど動物は素直だ。
嫌なものは嫌、好きなものは好き、いつでも素直に表現するもの。
私は……嫌なものには声を大に嫌だと言えるが、その反対はとてつもなく難しい。
素直に気持ちを言葉にするのが得意ではなく、でも、……だけど、もしも私が動物達を視習って、”好きです、愛しています、付き合う前よりもっともっと、日に日に想いが募っています” と、普段は決して口にしない、心の内をぶちまけたならどんな顔をするのだろうか……などと、くだらぬ事を考えていると。
…………視線を感じる、それも真横から。
此処にいるのは二人とイチニャン。
となると大福は前にいるから視線の主は岡村さん?
気になって、そっと横目で確認すると……やはりそうだ。
岡村さんは最初こそ、遠慮がちにこちらをチラチラ見ていたが、そのうち顔を真横に向けて私の顔を凝視しだした。
…………何事?
特に何かを話すでもなく、ただひたすらに私を見ている。
それだけでも不可解なのに、私を見ているその表情が更に不可解。
目を細めたり息を呑んだり、半目で何かを考え込んだと思ったら、一人でウンウン頷き始めた。
まったく意味が分からない……が、これは危ない。
真横を向いて前も見ず、こんな調子で歩いていたら怪我をする。
「…………岡村さん、さっきからジロジロ見てどうしたのですか? 前を見て歩かないと転びますよ」
うるさい女と思われても良い、怪我をするよりましだもの。
私の注意に岡村さんは、ハッとした後恥ずかしそうに頭を掻いた。
そしてモゴモゴ口籠り、やっとの事で声を出したと思ったら……
「あ、えと、ごめん。や、その、なんていうか……水渦さん、会うたびにキレイになるなぁって思ってたんだ」
!?
”キレイ”…………とは……?
奇霊……切霊……危霊……鬼霊……飢霊……祈霊……忌霊…………いや、文脈を考えればこうではない……が、……が、……まさか……”綺麗” ……?
もしかして、ユリさんが髪を結ってくれたかr……いや、いやいやいやいや、思い上がるな小野坂水渦、何年醜女をやっている。
「…………なにを言ってるんですか。ウソはキライです」
蚊の鳴くような小さな声で、どうにか言葉を絞り出す……も、
「え、なんでウソだと思うのよ。本当にそう思ってたんだってば」
岡村さんに容赦は無い。
だから私は言葉の意味と心の内を探りたく、ジッと彼を見つめたが……
「……………………(ジーーーー……プイッ)」
澄んだ瞳で見つめ返され堪えきれずに視線を逸らした。
「えぇ!? なに? なんか怒ってるの? なんで?」
岡村さんは大いに狼狽え、声を大に私に聞いたが怒っていません。
おかしな事を貴方が言うから貴方以上に狼狽えているだけ。
心臓が早くなる、顔に熱が籠ってしまう。
貴方はいつもこうだ。
出会った頃からずっとずっと、貴方の言葉で私はいつでも取り乱される。
とにかく一度落ち着きたい、心拍数を正常値に戻したい。
だから私は、
「知りません」
それだけ答えて前を向き、深く静かに空気を吸った。
吸った分だけ空気を吐き出し気を取り直し、足早に、駅に向かって歩を進めれば幾分だけど気持ちが平らになっていく。
目線の先には自由な猫又。
そうだ、話題を変えよう、猫の話に切り替えよう、……と目論んだのに。
岡村さんは私の横に追いつき並ぶと、
「んもー、なんでよー、好きな人がキレイだからそう言っただけじゃない!」
…………!!
ま、まだ言いますか……!
せっかく平らになりかけたのに心拍数が急上昇、頭の中がこんがらがってグルグル回る。
「だ、だからそういう事は言わないでください!」
話はこれで終わりだと、勢い任せに言葉を発すもだがしかし。
「なんでー!」
秒で返され終わらない。
だったら私も返すまでだと、
「なんでもっ!」
と打ち返したが、此処でまさかの無限ループに陥った。
”なんで!?” と ”なんでも!!”。
この二語だけで私と彼は連続ボレーを打ち合って、打てど返せど終わりが見えない。
キリが無いと思う反面、ここで負ければさっきの話がぶり返される、……そ、その、わ、私が、き、き、き、綺r…………だ、駄目だ、考えるだけで頻脈になる。
とにかく急いで駅に向かおう。
駅に着けば人がいる、まわりに他人が沢山いればさすがに話は止まるだろう。
……
…………
「なんでー! なんでなんでなんでー!」←岡村さん
「なんでも! なんでもなんでもなんでも!」←私
打ち合いながら月の夜道をひた歩く。
歩幅を大きく、彼を後ろに速歩で進む。
岡村さんは ”もー!” とかなんとか言いながら、速歩の私に小走りで、追いつき横に並んだ刹那____
____私の足が止められた。
手が、……熱い。
あまりの熱さに目線を落とせば、岡村さんが私の手首を掴んでいる。
頭の中が白くなりかけ、それでもどうにか顔を上げると近い距離で目が合った。
一瞬で空気が変わった。
岡村さんは何も言わずに私を見つめ、私は私で何も言えずに、ただただ澄んだ綺麗な瞳に吸い込まれそうになっていた。




