第二十八章 霊媒師 三年後ー15
僕が聞くと、まず聞こえてきたのは水渦さんの息を吸う音だった。
深く長く、外の空気を肺にたっぷりため込むような、そんな音……ああ、そうか。
きっと気持ちを落ち着けようとしてるんだ。
アンノウンな ”モドキ” に触れるという事は、さすがの彼女も勇気がいたのだろう……
【岡村さんの ”偽物” は、…………いえ、この呼び方はさすがに失礼ですね。そうかと言って ”岡村さん” では本人と混同して非常に分かりにくい。なにか区別のつく呼び方があれば便利なのですが…………そうだ、”ペルソナ” はいかがでしょうか? ”ペルソナ” は元はラテン語。ローマの古典劇では ”仮面” を意味するそうですが、単純に ”人格” という意味も持っています。直接話して思ったのが、彼は確固たる人格を持っています。岡村さんと似ているようでまるで違う、別の人格です。……他に良い呼び方があれば後に変更しても構いませんが、今だけは便宜上 ”ペルソナ” と呼ばせていただきます、】
”ペルソナ” か……良いんじゃないかな。
実は僕も、”モドキ” とか ”偽物” とか……や、確かにその通りなんだけど、あんまり言葉は良く無いなぁと思っていたんだ(僕の視た目で ”ペルソナ” なんて笑っちゃうけど)。
水渦さんのこの提案。
僕とユリちゃんに異論はないし、基本社長もそれで良いと言っていた……が。
「”ペルソナ” なんて……んぷぷ! 案外ミューズも中二要素があるんだな! けどよ、随分とお上品なあだ名じゃねぇか。昔、俺のコトは ”ウ〇コ野郎” と呼んでクセに」
ああ、呼んでたねぇ。
腐っても社長相手に、よくそんな事が言えるもんだと感心したのを覚えてる。
話が脱線しかけたものの、水渦さんは社長の(ウザ)絡みをガチでスルー。
何事も無かったように話の続きをし始めたんだ。
【今の時点で分かっている情報を端的に申し上げます。岡村さんの分身みたいな方なので、多少の予想はいていましたが、やはり ”ペルソナ” は生者との物理干渉が可能です。但し、”ペルソナ” 曰く、干渉出来るのは限られた霊体の部位だけだと言っていました】
「……ん? それってどういう意味?」
僕の理解が悪いのか、聞いた内容にピンとこない。
すかさず質問してみると。
【早い話が ”ペルソナ” は、手首から先……両手以外は物理干渉出来ないそうです】
「それはつまり……手であれば、さわる事も触られる事も出来る。だけどそれ以外の顔や頭、胴体とか足もだけど、そういう部位はすり抜けるの? 霊体みたいに?」
聞いてみた。
そんな不思議な混合型、今までに視た事も聞いた事もない。
にわかには信じがたいと思っていたけど、水渦さんはそれをアッサリ肯定したんだ。
【その通りです。私は実際、”ペルソナ” の手に触れましたけど、感触や力の入り方は生者そのものでした。とは言っても、彼の手は氷のように冷たかった……触れた瞬間、息を呑むくらいに】
そうか……電話が切れる寸前、聞こえた悲鳴は手の冷たさに驚いたものだったんだ。
【…………”ペルソナ” は、『驚いたでしょう? ごねんね』と謝っていました】
へぇ……意外と女性に気を遣うタイプなんだな。
そのへんは僕と似ているのかもしれない。
【そして、…………こうも言っていました、『もう少ししたら、手だけじゃなくなるし、冷たくて驚かしたりしなくなるから』と、】
……
…………
【………………以上、報告を終わります。私はこの後、依頼者宅に向かい、完了の報告と会計を済ませてから帰社します。到着予定時間は20時過ぎ。もう誰もいない時間ですよね。会社に着いたら社用車を返却し帰宅します。それでよろしいですか?】
今後の予定を淡々と話す水渦さん。
対し社長は、
「問題ねぇ。それとミューズは、明日と明後日は公休と代休で2日間の休みだ。報告書はこの間送ったフォーマットに入力し、ユリ宛てにメールで送ってくれ。作成は休み明けでいいからな。それとよ、帰社時間が20時過ぎだと、ミューズの言う通りみんな退社して事務所は空っぽだ。なんだったら待っていてやろうか? 1人じゃ淋しいだろ」
あらやだ優しい。
水渦さんを待っててあげるの?
確かにね、誰もいない夜の事務所はなんだかチョッピリ怖いもん。
だったら僕も残ろうかな、なんて思っていたのに……
【結構です。疲れて戻って見る顔が、社長の顔では暑苦しいので。社長はとっととユリさん連れて帰ってください】
し、辛辣ぅ!
まぁでも、きっとこれはユリちゃんに気を遣ったのだろう。
なんてったって、2人はいつでもデュエットだから(や、モノの例えで歌いはしないが)社長が残ればユリちゃんも残るコトになるからね。
【それから岡村さん、】
「え、あ、はい! なに?」
急に呼ばれて慌てて僕が返事をすると。
【申し訳ありませんが、今しばらく猫又をお借りします。帰りの道中、車の中に猫でもいれば退屈しません。それは猫又も了承済です】
えぇ!?
お姫は先に戻って来ないの!?
むぅ……僕は重度の猫廃人、姫がいないと…………ガチで淋しい。
僕が返事を渋っていると、そこにすかさずキューティーボイスが割り込んできて、
【うなぁん! うな! うなななな!】←水渦と一緒に帰るにゃ!
あぅぅ!
大福自ら ”一緒に帰る” 言ってるよ!
くぅ……僕はお姫に激甘だから……本ニャンの希望ならダメだなんて言えないわ……って、それにしても珍しい組み合わせだな。
水渦さん ✕ 大福姫、いつの間に仲良しになったんだ?
……
…………
そんなこんなでバタバタと通話が終わった。
社長は小さくため息をつき、コキコキと首を鳴らして口を開いた。
「……”モドキ” 、いや、”ペルソナ” だっけか。どっちだって良いけどよ、この数週間で出来る事が増えているみてぇだな。発声もだが、手だけとは言え生者に対して物理干渉も可能になってる。しかもよ、」
____もう少ししたら手だけじゃなくなるし、
____冷たくて驚かしたりしなくなるから、
「ふざけたコト言いやがって……!」
もしもここにユリちゃんがいなければ。
おそらくだけど、社長は壁にパンチくらいはしたかもしれない。
そのくらい、苦々しい顔をしてるんだ。
”ふざけた事”、確かにそうだよね。
”ペルソナ” は死者ではないけど、死者と同じで命がない。
生者はいつか、命が終われば死者になるけど、その逆はあり得ないんだ。
だけど ”ペルソナ” のあの言い方、……まるで ”あり得ないはずの逆ルート” を知ってるような口ぶりだ。
………………フカシか?
いや、……違うよな。
だって、もしもそうなら社長がもっと騒ぐはずだ。
最低でも、”そんなコト出来っこねーよ、バーカバーカ!” くらいは言うだろう。
なのにあの顔だ。
苦々しく眉を寄せているんだよ……




