第二十八章 霊媒師 三年後ー14
口を閉じて耳を澄ませば。
ユリちゃんのスマホから、ぐぐもった呼び出し音が聞こえてくる。
プルルルル……プルルルル……
呼んでるな……今、何回目だろう?
けっこうしつこく鳴らしてる、……けど、まだ出てくれない。
出てくれ……頼む、出てくれ……!
心の中で祈りながら、同時に僕は大福からの連絡も待っていた。
連絡方法は例のアレだ。
先代が主に使う、声を直接頭の中に飛ばすヤツ。
4年前に初めてそれをされた時には ”気持ち悪っ!” ってなったけど、今ではすっかり慣れっこだ。
状況が分かり次第、お姫も声を飛ばしてくるはずなんだけど……それもぜんぜん飛んでこない。
プルルルル……プルルルル……
「水渦さん……お願い、出て……」
ユリちゃんのスマホを持つ手が震えてる。
僕は背中に汗を掻き、社長も頭に玉の汗を浮かべてる。
プルルルル……プルルルル……プルルルル……プルルルル……
駄目だ……呼び出すだけでまったく出ない。
これはやっぱり行くしかないよ。
ユリちゃんには引き続きかけてもらって、僕と社長で現地に向かおう。
大福からの連絡は、いつでもどこでも受け取れるんだ。
事務所を出たって問題ない。
僕は社長と目を合わせ、互いに小さく頷いた……時だった。
かすかに聞こえる呼び出し音に変化があった。
プルルルル……プルルルル……プルルルル……プッ、
「あっ! もしもし!? 水渦さん!?」
力強く名前を呼んだユリちゃんに、僕らは秒で駆け寄った。
スマホから漏れて聞こえる向こうの声を拾う為、神経を耳に全振りしたんだ。
【………………ユリさん?】
この声……!
はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
良かったぁぁぁぁぁ!!
間違いない、水渦さんの声だぁぁぁぁ!!
繋がったぁぁぁぁ!!
「水渦さん大丈夫ですか!? さっき会社のスマホが突然切れて、何かあったんじゃないかと心配したんです! それでこっちにかけたんだけど繋がって良かった! 無事ですか? 怪我はありませんか?」
矢継ぎ早な質問攻めは、水渦さんを本気で心配しているからだ。
ユリちゃんは額に薄っすら汗を滲ませ、涙目にもなっている。
数瞬の間を置いて、聞こえてきたのは水渦さんの声なんだけど、その声はどことなく柔らかかった。
【……ユリさん、ありがとうございます。心配をかけてしまい申し訳ありませんでした。大丈夫です、どこにも怪我はありませんので安心してください】
ああ……本当に良かった。
”モドキ” になにかをされたのではと、気が気じゃなかった、怖くて怖くて仕方が無かった。
怪我が無いのが分かったら……ははは、安心したのか今更手指が震えてきたよ。
「良かった……水渦さんに何かあったら……私……私……」
無事を聞いて、ユリちゃんも同じ気持ちになったのだろう。
さっきまでの気丈が崩れて泣き出してしまった。
ユリちゃんの涙声に慌てに慌てた水渦さんは、
【ユ、ユリさん! 泣いているのですか? だ、大丈夫、私は怪我もしてないし元気です! だから泣かないでください、ああ……どうしよう……そうだ、私のデスクの一番下の引き出しにクッキーが入ってます。それを差し上げますから、どうか泣き止んでください、】
と、私物であるクッキーのありかを伝えたのだ。
「オイ、ミューズ」
泣いてる妻を片手に抱き寄せ、社長は通話を引き継いだ。
スマホをタップしデスクに置いて……どうやらスピーカー機能をオンにしたみたい。
【ああ、社長ですか。お疲れ様です。先程は急に電話が切れてしまい、ご心配をおかけしました。ユリさんにも伝えましたが怪我等はありません】
「そうか。なにはともあれミューズが無事で良かった。電話が切れて、その寸前には短く悲鳴が聞こえたからよ。なにかあったんじゃねぇかとスッゲェ心配したんだ。連絡がとれねぇようなら、C県まで向かう気でいたしな。それで? 電話が切れたのは電池切れか? 悲鳴はなんだったんだ? そこに ”モドキ” はいるのか? あと大福もそっちに行ってんだろ? 状況を詳しく教えてくれ」
ユリちゃんのスマホを囲んで四者通話が始まった。
【分かりました、報告します。まず、先程通話中に電話が切れた件ですが、…………その……そうですね、バッテリーが切れたんです。後ほど、車に戻りましたらそこで充電しますので、それまでの連絡は引き続きプライベート用のスマートホンにお願いします】
なんだ、バッテリー切れだったんだ……って……本当に?
なんとなく変な感じ……言い方も、歯切れが悪く感じたのは気のせいかな。
「そうか。いきなり電話が切れたから心配したが、電池切れじゃあ仕方がねぇや。それでだ。他にも色々聞きてぇんだが、先に ”モドキ” の事を報告してくれ。今そこに ”モドキ” はいるのか?」
そうだ、まずはそこが気になるよ。
いるのなら、今なにをしてるの?
一緒にいて大丈夫なの?
大福はどうしてるの?
電話に割り込み質問攻めにしたかった。
けど、水渦さんは間を置く事なく答えてくれて、だから先にその話を聞いたんだ。
【……岡村さんの ”偽物” は…………今はいません。少し前にいなくなりました。私…… ”偽物” に触れてみようと試みたんです。社長が言うには、彼は ”岡村さんが生み出した者” という事でしたよね。じゃあ、彼は一体何なのですか? 生み出したと言っても生き人のはずがない。生物学的にあり得ない話です。かと言って、視た目にはまるで生者そのものでした。私の目に映る死者と言えば、霊体全体、陽炎のような揺らめきがある……でも、彼にそれはありません。生者でも死者でもない。だとすると、式神のような存在でしょうか? 疑問が次々沸き上がり、それで、どうしても確かめたくて……手を伸ばしてみたんです、】
電話で聞いた衣擦れの音の時だ。
その後 ”モドキ” は ”さわりたいの?” と聞いていた。
水渦さん、さわってみたのかな……その感触はどうだったんだろう。
「…………そうか……じゃあ、電話が切れる寸前に聞こえた悲鳴。あれはもしかして、”モドキ” に触れた瞬間だったのか? ……冷たかったのか、それとも温かかったのか、……どちらにしても驚いての悲鳴だったんだろうな。まったく……無茶しやがって。確かめたいと思う気持ちは分かる。だが、単独の時にする事じゃねぇよ。今回たまたま無事だったから良かったが、怪我でもしたらどうすんだ。……つっても、そうさせちまったのは俺だよな。ミューズは強くてスキルもあるから、心のどこかで頼っちまった。すまねぇ」
目の前にいないのに、社長はその場で頭を下げた。
水渦さんは、今度は少しの間を置いて……
【社長が謝る事ではありません。私の判断でした事ですから。仮に、社長にそれを止められたとして、きっと私は言う事を聞かなかったでしょうし】
静かな声でこう言ったんだ。
そして出来た、二瞬、三瞬の間……僕はとうとう我慢が出来ず、電話に割り込み聞いてみたんだ。
「水渦さん、岡村です。僕からも質問いいかな。えっとゴメン、”モドキ” の事を聞く前に、そっちに大福が行ってるよね。水渦さんを助けに行ったんだ。だけどぜんぜん僕に連絡くれなくて、ちゃんと着いてるか心配なんだ。お姫……いるよね?」
ドキドキしながら聞いてみた。
大福は妖力の強い猫又だから、心配ないと思うんだけど、連絡無しじゃあ安否が気になる。
【あ……申し訳ありません。現場でバタバタしてしまって、猫又の事を先に報告するべきでしたね。大丈夫です。ちゃんとこちらに着いていますし、今は私の傍にいます。あとで電話を代わりましょう】
あぁ……良かった。
水渦さんもお姫も無事だ。
それにしても、なんで連絡よこさないの。
なにか事情があったのかな……あとで聞いてみよう。
「ありがとう。安心したよ。それじゃあ……本題に入るけど、水渦さん、”モドキ” の話を教えてくれる?」




