第二十八章 霊媒師 三年後ー12
~~~貴方の正体、意図をお聞かせ願えますか?・水渦視点~~~
「電話は繋げたままにしておきます。社長はともかく、岡村さんは霊視をすると体調不良を起こすでしょうから。はい? 大丈夫です、心配しないでください。おそらくですが偽物に敵意は無いと思われます。そうでなければ、無邪気に手なんか振らないでしょう。え? 油断をするな? それも大丈夫です。知っているでしょう? 私はヒトの悪意に敏感です。上辺だけ笑っていても、悪意や敵意は読み取れます。おかしな空気を感じたら叩き潰しますので」
【ちょっと待って! いきなりそんn、】
話しの途中で会話を放棄。
会社支給のスマートフォンには、ネックストラップがついている。
私はそれを首にかけ、通話は切らずにそのままにした。
これでお互い声は聞こえる。
小さな機器から岡村さんの、慌てた声が聞こえてくる。
まったく……相変わらず心配性だ。
こんな仕事をしていたら、このくらいは日常茶飯事。
騒ぐほどの事ではない。
ましてや、偽物に敵意はないし話を聞きに行くだけだ、……それなのに。
貴方は……そう、いつでも優しい。
気持ちがとってもありがたい。
でも……でもね、言葉に出しては言えないけれど、私も貴方が心配なんです。
電話で聞くまで知らなかった。
霊力を使うと体調不良が起こるだなんて。
知っていれば、私はすぐに駆け付けたのに、貴方の現場は全部私が受け持ったのに。
本音を言えば知らせて欲しかった、……だけど分かってる。
私如きに知らせる訳がないじゃない。
きっと……困った事が起きた時は、私じゃなくて社長とか弥生さんに言うのだろう。
それでも、……それでも。
偶然とは言え、今日、知る事が出来たんだ。
岡村さんは困ってて、体調不良も起こしてて、その原因と思われる偽物は、今、私のすぐ近くにいる。
少しでも役に立ちたい、僅かでも助けになりたい。
その為なら、私はなんだってするつもり。
それは今日だけに限らない、この先ずっと何度でも。
……
…………
S県の田舎町。
現場は荒れた林の中で、伸び放題の木々の隙間にそのヒトは立っていた。
茶色のパンツに派手なベルト、雪の刺繍のポンチョを着こんだ偽物は、私を視ながらニコニコ笑って手を振っている。
茶色の髪、澄んだ瞳、口元は自然な笑みが零れてて……どこからどう視ても岡村英海だ。
気持ち悪い程瓜二つ……これじゃあ、深渡瀬さんが誤認しても無理はない。
スマートフォンを繋げたまま、一歩、また一歩と偽物との距離を詰めた。
足元が悪い。
折れた枯れ枝、不揃いな石ころ、それらが無数にばら撒かれ、土の大地は所々穴が開く。
そこに足を取られないよう、気を付けながら前に進んで数十歩。
とうとう、偽物の目の前までやってきた。
目線を上げると目が合って、近くで視ても顔はやっぱり岡村さんだ。
私はそのまま、遠慮も無しに凝視した。
不躾は私の仕様、どう思われたって構わない。
ジッ…………………………
偽物は居心地が悪そうだった。
目を泳がせて、眉毛を下げての困り顔……一見すれば気の弱そうなお人よし、………………そのはずなのに、
ゾクリ………………………
なぜか背中が冷たくなった。
敵意はいまだに感じない。
穏やかそうな表情だって崩れてない。
だけど、……優しそうな瞳の奥に、底知れないなにかを感じた。
怖い……とも違う、不気味……でもない。
なにか、とてつもない大きな霊力を……感じたんだ。
背中に一筋、こめかみからももう一筋。
冷たい汗が上から下へと落ちていく。
得体の知れない霊力を前に、身体がすくんで硬くなる。
こんな事は滅多にないのに。
私にとって ”圧” はかけるもの、かけられるのは皆無に等しい。
偽物……一体なんなんだろう……?
岡村さんと同じ顔、悪意は欠片も感じない。
だけど……無垢な笑顔のその下に、強い霊力を秘めている、それはおそらく岡村さんの上をいく。
そこに気づけば嫌な汗が止まらない。
漠然と不安が煽られ正直言えば、一旦此処から引き上げたい……けど、子供の使いじゃないのだから、どうにかして話を聞き出さなければ。
すくむ身体にこわばる声帯、これらをなんとかする為に、私は密かに口の中を歯で噛んだ____
ガリッ……、
____鈍い痛みと引き換えに、身体の自由が戻ってきた。
今ならきっと声も出せる。
さぁ、聞きたい事を聞き出そう。
背筋を伸ばして顎を引き、正しい姿勢で前を向き、そして。
「初めまして。私は ”株式会社おくりび” の霊媒師、小野坂水渦と申します。先程は悪霊祓いにご協力頂きまして、誠にありがとうございました」
一社会人として。
仕事絡みで初めて会った相手には、自己紹介から始めるのがマナーだと思う。
たとえ相手が偽物だろうと例外にはあたらない……が、
『………………』
返事はない、……偽物は困惑顔で私を視てる。
「だんまり……ですか。貴方、……視れば視る程、弊社スタッフの岡村に良く似ています。いいえ、似ているなんてものじゃない。まるで双子のようです。顔も髪も背格好も、声はまだ聴いていませんが、おそらく同じ声なのでしょう」
とぼけた振りして淡々と問うてみる、偽物《この人》は何と応えるだろう。
いや、まただんまりかもしれない。
深渡瀬さんの現場でも、そうだったらしいもの……と思っていたのに。
『………………僕の声が聴きたいの?』
偽物は、困った笑顔でそう言った。
驚いた……予想はしてたけど、やっぱり声もおんなじだ。
「なんだ。声、出せるじゃないですか。貴方、先週だか先々週だか、私の所に現れる前、深渡瀬の所にも行ったのでしょう? その時は一切話さなかったと聞きましたが、」
『ああ、……あの時はね、まだうまく声が出せなかったんだ。でも、頑張って練習したの。どう? ちゃんと聞き取れる?』
発声の練習をした?
それで声が出るようになった?
それを聞いて、”偽物は岡村さんの霊力でもって生み出された者”、という説明を改めて思い出した。
それはつまり、生まれてすぐは不完全だったという事なのか。
それとも、なにか別の理由があるのか。
どちらにしても、たったの数週間で発声可能になったのだから成長が著しい。
『ねぇ……水渦さん、』
名前を呼ばれて心臓が早くなる。
私はそれを悟られないよう、”はい” とだけ答えた。
『どうして ”初めまして” なんて言うの? 僕達、出会ってからもう4年も経っているのに』
”忘れちゃったの?” とでも言いたげに、瞳がとっても淋し気だ。
同じ顔、同じ声でその表情は止めて欲しい。
「どうしてもなにも、貴方と私は初対面じゃないですか。4年前に知り合ったのは、今東京の事務所にいる岡村英海です。貴方ではない」
『そんな……ひどいな…………僕だって岡村英海だよ、』
「いいえ、貴方は岡村さんではありません。姿形が似ていても私には分かります。貴方、さっきからずっと笑っていますよね。本物の岡村さんも笑顔の絶えない人だけど、でも違うんです。岡村さんは色んな笑顔を持っている。表情豊かで同じ顔では笑わない。でも、貴方の笑顔はそうじゃない。悪意はないけど、楽しそうに視えるけど……ぜんぜん違う」
『…………違うのか、……そう、違うつもりはないのに。これももっと練習が必要だな』
「笑顔の練習って……まぁ、私も散々してきましたけど」
しまった、余計な事まで話してしまった。
この会話は電話を通して岡村さんにも聞かれているのに。
『笑顔の練習、水渦さんもしていたの? そっかぁ、だからかぁ。頑張ったんだね、前よりずっと良い笑顔になったもの。うんと前は……ほら、”ひひひひひ……” って笑ってたでしょう? あれはあれで可愛いかったけど、今はもっと素敵だよ』
な……っ!!
偽物、何を言い出すの!?
か、か、かわ、かわ、…………浮ついた事をシャアシャアと!!
こんな事! 岡村さんなら言わなっ、……くもないか。
岡村さんは時々シレッと、とんでもない事を言い出すから。
とにかく、これ以上この話を広げてはいけない。
電話の向こうには岡村さんがいる、ユリさんもいる、そして1番厄介な社長もいる。
こんな会話を聞かれてしまって後で何を言われるか。
デリカシーの欠片もないから下品に茶化すに決まってる、話しを元に戻さなくては。
心の内を読まれぬように能面顔で前を視る。
この話はこれでお終い、”これ以上は引っ張るな” と無言の圧をかけた後、積みあがる疑問の1つをぶつける事にした。
「そう言えば、さっき言ってましたよね? ”僕達、出会ってからもう4年も経っているのに” と。貴方……4年前を知っているのですか? 貴方の事は多少ですが聞いています。岡村の霊力でもって生み出された、”もう1人の岡村英海” であると。具体的に、何時生まれたのかは知りません、……が。私は勝手にここ最近の話だと思っていました。ですがもし、貴方が本当に4年前を知るのなら、生み出されたのは少なくとも4年前という事になりますよね。その間、1度だって貴方の気配を感じなかったのに、」
目の前に立たれただけで汗が流れた。
こんなに強い霊力なら気配を感じて然りと言うのに、まったくもって解せない話だ(深渡瀬さんは何も感じなかったのだろうか)。
『……その質問は僕に興味を持ってくれてると解釈して良いのかな? だとすれば答えるよ。僕は4年前を知っている。水渦さんに初めて会ったのは、会社近くのコンビニだったよね。朝の混む時間帯。レジには長蛇の列が出来てて、僕の後ろに水渦さんが並んでた。あの時、水渦さんは、コンビニの店長さんを霊矢で撃ったんだ。理由は朝からうるさかったから。……はは、僕はね、本当に驚いたんだ。世の中にはこんなに勝手で攻撃的な人がいるんだなって、』
「………………」
『あの後……僕達は半分喧嘩で言い合ったり、結婚前の社長とユリちゃんを霊視で視たりと色々あった。……僕はそれを知っている。だって、ずっと視てたから』
視てた……?
どこで……?
私を? みんなを? ……岡村さんを?
「貴方の話は…………正直言って分からない事だらけです。ですが……4年前のコンビニの話は全て合っています。もっとも……4年前の私達を霊視して、知ってる振りをしてるのでなければの話ですが」
『そんな事しないよ。してどうするのさ。僕はウソをつくつもりはないもの、……というかウソはキライだ』
吐くようにそう言って、偽物はふいっと顔を背けてしまった。
拗ねたような横顔までそっくりだ。
そんな顔を視ていたら………………
………………サワッテミタイ、
ふと、そんな考えが浮かんでしまった。
どちらかと言うと中性的な、岡村さんは美しい男性だ。
茶色い髪、澄んだ瞳、肌はまるで女性のようにきめ細かい。
偽物は、嫌になる程岡村さんにそっくりで……でも。
このヒトはどういう存在なのだろう。
岡村さんの霊力でもって生まれた者……という事は、死者でも生者でもどちらでもない。
ある意味、中性的な……いや、中生的と言うべきか……?
どっち付かずの存在だ。
私は霊力で死者を視る時。
その霊体には陽炎のような揺らめきが視える。
生者と死者を視分ける時は、陽炎の有無で判断する。
それなのに……偽物に揺らめきはない。
まるで生者と同じに映る、……でも、そんなのはあり得ないじゃない。
だから触って確かめたい。
体温はどうなのか。
生者のように温かいのか、それとも、死者のように冷たいのか。
そもそもカラダに触れるのか……その疑問を確かめるべく。
私は無言で腕を前に伸ばしていって……




