第二十八章 霊媒師 三年後ー11
「視た目的にはそっくりだ。視分けがつかねぇくらいにな。印を結ぶのは”モドキ” の方が明らかに早ぇ。最初は両手を使っていたが、後の方は片手だけで結んでた。なぁエイミー。おまえは普段、印を片手で結ぶ事はあるか?」
「いや……ないよ。印を片手で結ぶなんて……そんな人、ウチの会社にもいないよね。水渦さんでさえ、毎回両手だもの。片手だけで結べるのは……そうね、瀬山さんくらいじゃないのかな、」
「だよな……だが”モドキ” はそれをしてた。エイミーが出来ねぇ事もアッサリやってのけていた」
「そう……それともう一つ教えてほしい事があるんだ。あのね、……”モドキ” はその……悪い事とかイジワルとか、そういう嫌な事はしてなかった? 嵐さんに聞いたら、してないって言ってたけど……もしかしたら、僕と同じ顔だから気を遣って隠してるのかもしれないなぁって。だとしたら嫌だし謝りたいと思って……」
偶然僕に似てるとか、他の誰かに姿を模されただけというなら……まだ良い(本当は嫌だけど)、でも聞いてしまった。
”モドキ” は僕が生み出したもの、……らしいから、そんな ”モドキ” が誰かに対して攻撃的なら悲しいし、それで誰かが傷ついたならそれは僕の責任になる。
「ああ、それはなかったよ。嵐の前にサッと現れ単純に助けただけだ。二尾のキツネに対しても乱暴はしていなかった。網で拘束した後は、胸に抱えて撫ぜてたし……そう、撫ぜてたんだよな。その時の ”モドキ” の顔、やけに優しい顔をしてた。エイミーみてぇに……いや、もっとかな。なんつーか、顔も霊体も大人だけど、表情は子供みてぇに邪気がなかった」
ホッと胸を撫ぜ降ろす……はぁ、良かった。
その点だけは安心したよ、……でも、他に疑問は山盛りだ。
「エイミー、百聞は一見に如かずだ。今から ”モドキ” を視てみたらどうだ」
言われて胸がドキッとした。
嵐さんを霊視するのは抵抗がある、……でも、話を聞けば深刻で、そうも言っていられない。
ごめんだけど視てみるか……と思った時だった。
プルルルルル!
事務所の電話が鳴ったんだ。
受話器を取ったのはユリちゃんで、
「お電話ありがとうございます。株式会社おくりび、担当清水でございます」
すっかり慣れた綺麗な一声。
だけどすぐに言葉を崩してこう言った。
「あっ、水渦さんだぁ! おつかれさまです。どうしたんですか? 現場でなにかありましたか? ……はい、はい…………え? はい……そうですか……分かりました、今社長に代わります、」
最初こそ明るい声、……でも、すぐにトーンが下がってしまった。
そして、受話器の子機を直接社長に手渡したんだ。
社長は ”ん” と短く受け取り、大きな声で話し出したのだが……
「よぉ、ミューズ! どうした? 今日はS県の悪霊祓いだったよな。なにか困りごとか? 勤務中に電話なんて珍しいじゃねぇか!……って、無駄口叩くなとか酷ぇなオイ……あぁ? あぁ、あぁ…………そうか。それで? どんな状況なんだ? ああ、あぁ、……いきなり現れて霊矢を撃ちまくってる……そうか、」
え、ちょっと待って、電話の相手は水渦さんだよねぇ。
社長の口ぶりから推測するに、”いきなり現れて霊矢を撃ってる” のは水渦さん本人じゃないだろう。
別の誰かが現れたんだ、それってもしや……
「じゃあ、ミューズの援護をしてくれてるのか。……嵐の現場とシンクロしてるな……ああ、いや、気にするな。話すと長くなるからまた今度説明する。それより状況を教えてくれ。あぁ、あぁ、」
やっぱりそうだ!
水渦さんの現場に ”モドキ” が現れたんだ!
嵐さん時とおんなじで、いきなり現れ霊矢で援護をしてるっぽい!
僕は気になり社長の横にピッタリついて、受話器からかすかに漏れる、声を必死に聞こうとしたの、でも。
「んでよ、話はしたか? あぁ? してねぇ? 話しかけても返事をしねぇで笑ってる? あ、そう。じゃあよ、」
____……ボソボソ……です、…………知り……んよ……ボソボソ
声ちっさ!
ああ、もぉ!
水渦さん、声が小さいよぉ!
腹の底から腹式呼吸で元気よく!
社長みたいに大きな声で喋ってプリーズ!
でないと聞き取りにくいから!
まるで恋人同士みたいにさ、社長にピタッとくっついて、受話器の向こうの声を聞こうと頑張ったんだ。
だけど……ボソボソ喋る低い声は、音としては聞こえてくるけど言葉としては聞こえない。
もぉぉぉ! モヤモヤするぅぅぅ!
いい年しちゃって癇癪寸前。
僕がジタバタしていると、テチテチお姫がやってきて、華麗なジャンプでトンッとデスクに飛び乗ったんだ。
で、
ピョン!→トン!→ポチッ!
デスクにジャンプし着地と同時にビジネスホンの ”フックボタン” をしっかり踏みつけポチッとな!
直後、ビジネスホンのスピーカー機能がスィッチオォォォン! となった。
途端、水渦さんの低い声が事務所の中に響いたの。
おぉ! ナイス大福ぅぅぅ!(そうよね、スピーカーにすりゃあ良かったのよね。テンパッてて気づかなかった)
【…………はい、そうです。今も景気よく霊矢を撃ちまくってますね。ですが、霊矢がいつも構築する物とは形状が違います。は? 視間違うはずないですよ。だって、岡村さんの霊矢は私とまったく同じ形状ですから。彼は昔、私の印をそっくりそのまま覚えたんです。ゆえに、霊力の色の差はあれど、形も大きさも違いはありません】
そうなんだ……でも、社長がさっき言ってたもんな、”モドキ” は片手で印を結ぶと。
印が違えば入り方が違う、そうなれば霊矢の形状が違ったとして不思議じゃない。
【霊矢の威力は尋常じゃありません。一矢を受けた悪霊は、その瞬間塵となって飛散してます。印も視た事のないものを結んでました】
淡々とした報告だ、……水渦さんの声が訝しがってる。
僕の事、いつもと様子が違ってる……と思ってるんだろうな。
「ミューズ、あとどっか変わった所はねぇか? エイミーっぽくねぇとことか、気づいたらで良いから教えてくれ」
社長もあえて説明を避けている(さっき、長くなるからまた今度って言ってたし)。
とりあえず情報を収集する、そこだけに極振りしてるみたいだ。
【ぽくないトコロ……ですか。そうですね、霊矢以外で気になるとしたら、やたらと動きが機敏ですね。それと、…………今日はお出かけの予定があるのでしょうか? 服装が、いつものスーツではありません。茶色いパンツに派手なベルト、それと雪の模様のポンチョを着てます。現場で私服……なんて、普段の彼ならあり得ません】
え……!?
今言った服装、まんま今日の僕じゃないか!
”モドキ” の姿は僕の姿をリアルタイムで模しているのか?
たまたま似てる……じゃあないよ。
だって、このポンチョは世界で1枚しかない、キーマンさんのオリジナルなんだから。
”モドキ” の情報をドキドキしながら聞いていた。
だけど、この後の水渦さんの言葉に、僕はもっとドキッとする事になるのだ、それが……
【一体なんなんですか? 今、私の目の前にいる岡村さんらしき方は岡村さんではないですよね? 顔はそっくりだけど、背格好もそのままだけど。一見すると視分けはつかないかもしれません。でも分かります。アイツは岡村さんじゃない。別の人間です】
水渦さん、よく気づいてくれたな……だって、”モドキ” は現場で動き回っているんでしょう?
じっくり観察出来ないでしょう?
それなのに分かってくれた……ああ、ありがとう。
____”モドキ” は僕とは別のヒト、
迷いも無しにキッパリ言った水渦さん。
聞いた社長は一瞬ポカンとしたけれど、すぐに小さく ”ははっ” と笑うと声を大に言ったんだ。
「スゲェなミューズ! よく分かったじゃねぇか! 実はな、先週に嵐のトコにも出たんだよ。嵐はすっかり騙されてた、”エイミーモドキ” を本人だって誤認したんだ。でもよぉ、無理もねぇよなぁ。俺も霊視で視たけどよ、どっからどう視てもエイミーだった。ミューズ、おまえよく分かったな。なんで分かったんだ? なぁなぁ、なんで視分けがつくんだよ、教えろよ、なぁ、オイ、聞いてっかぁ?」
それ、僕も知りたい!
社長と僕は身を乗り出して答えを待った、……のだが。
なぜか慌てるユリちゃんが「そ、その話は今度で良いと思います!」と、シャットアウトしてしまったのだ。
め、珍しいな、いつものホワンじゃなくってさ、強めの口調がめっちゃレアだ。
【……………………ユリさん、ありがとうございます。はぁ……まったく、ウチの会社の男共は無駄口ばかりでイラッとします。今はそんな話をしている場合ではないと思いますが。私は今、異常事態の真っただ中にいるんですよ? 岡村さんの姿を模した偽物が目の前にいるのですから。訳が分かりません。今のところ私に対して敵意はないようですが、この後どうなるかは不明です。視たところ、相当強い霊力を持っている……もし、あの霊矢を悪霊ではなく私に向けられたとしたら、避ける事は不可能でしょう。ましてや今日の現場はソロで入っています。何かが起きても助けてくれるパートナーはいません。これだけ状況が不安定な中、悠長に ”なぜ視分けがつくのか”、などくだらない質問に時間を割くのはあまりに愚行。そのあたりを社長はどうお考えですか?】
ぐぅ……の音も出ない。
冷静なる水渦さんのご意見、すべてにおいてごもっともです。
僕も社長も汗を掻きつつ ”ゴメンナサイ” と素直に謝り(僕の声を聞いて ”いたの!?” って驚いてた)、”モドキ” について手短に、今の段階で分かっている事を伝えたんだ。
情報は少ないけれど、水渦さんは熱心に聞いてくれた。
そして、
【なるほど……あの偽物は岡村さんの霊力でもって生み出されたと……ですが、岡村さんが意図して生み出した訳ではないのですね。それと、去年の暮れあたりから、霊力を使うと貧血に酷似した症状が出続けている、……その為今は現場に出ずに出社してユリさんのサポートをしている……これで間違いないですね?】
復唱と確認をした。
言い終えたタイミング、僕はそこに滑り込み、スピーカー越しに声をかけたんだ。
「うん、間違いないよ。それで……”僕モドキ” は今なにをしてるの?」
”モドキ” が気になる……というのももちろんあるけど、水渦さんの事も気になっていた。
けっこう電話で喋ってるけど大丈夫なかな、危なくないかな。
【今はひたすら霊矢を撃っています。悪霊の数が多く、私はこうして電話中なので彼1人で頑張ってますね】
「悪霊……そんなに多いんだ、ねぇ……大丈夫? そんな危険な現場、本当はツーマンセル以上で行くべき所だよね。……ごめん、僕が出られないから迷惑かけてる」
そうだよ……僕が現場に出られたら、きっと一緒に行っていた。
【え! べ、別に迷惑ではありません! そうですよ、岡村さんが来た所で、霊力を使って体調不良で倒れられたら、かえってその方が大変です、だから、】
「あ……、そ、そうだよね……その方が迷惑だよね、あぁ……ほんと……ごめん、」
う……その通りだ、またもやぐうの音も出ないよ。
【だ、だから! いちいち謝らないでください! 理由はなんであれ、体調不良なら仕方がないじゃないですか! それに逆の立場で考えてみてください。もしも私が体調不良で現場に出なかったとして、それで岡村さんは腹を立てますか?】
「た、立てる訳ないよ! そんなの仕方がないじゃない、……あ、」
【そういう事です。あの…………すみません。私……まだまだ言葉がキツイですよね。気を遣って話しているつもりなのですが……本当に申し訳ありません】
僕の方が悪いのに……水渦さんにあやまらせてしまった。
ごめんね、本当にごめんね。
うっすらと漂う気まずさ。
空気がおかしくなりかけて、いつもなら、なんでもかんでも茶化す社長は目をまん丸に僕を見る(え……? なんかおかしな事言った?)。
しばしの沈黙、なにか言わなきゃ……そう思ったのに、水渦さんに先を越されてしまったんだ。
【報告します。たった今、偽物がすべての悪霊を滅しました。私に向かって小さく手を振っています。敵意はないようです。…………ちょうどいいかもしれませんね。悪霊達もいなくなった事ですし、私、偽物に直接話を聞いてきます】
えぇ!?
直接って……”モドキ” 本人に!?
【私と岡村さん、分からない者同士であれこれ話しても結論は出ませんから。でしたら、偽物本人に聞いた方が早いでしょう。では、声を掛けてきます、】
ちょちょちょ!
水渦さん! 待ってってばーーー!




