第二十七章 霊媒師 繋がり-10
~~~ずっとずっとウソをついててゴメンナサイ・清水朋美視点~~~
足音が近くなる。
廊下を歩く大和の足音、ギシッ、ギシッと床が鳴る。
アタシがココに住んでた頃、まだ生きていた頃。
この家は建てたばかりの新築で、こんなに床は軋まなかった。
死んでからも17年は住んでいたけど、誠がしょっちゅう家ん中を走ってて、『やかましい!』なんて怒鳴ってばかりで軋む音に気づく余裕がなかった。
こんなに軋むようになったのか……そうだよな、アタシが黄泉に逝ってから14年も経ったんだ。
家だって古くなる、床も軋むし大和だって年を取る、……当たり前だよな。
ギシッ、ギシッ……ギッ、ギッ、ギッ、
あ……足音が変わった、キッチンに入ったんだ。
そこを抜けて、閉まった扉を横に引けばリビングだ。
大和が、すぐそこにいる。
心臓がバクバクしだした、今にも破裂しちまいそうだ。
アタシ、死んでるのにな、命なんてないのにな。
それでもこんなに胸が暴れる……不思議だよな。
左手で胸を押さえ、その時が来るのを待っていた。
蹴りを入れれば簡単に壊れるだろう木の扉、それが開けばそこに大和がいるはずだ。
ガラ、
あ、開いた……! 大和だ……!
ああ……ああ…………ダメだ、もう泣きそうだ。
そこには大和が立っていた。
顔を視るのは去年の6月以来。
年に1度、大和は誰にもナイショにしてさ、W県のS浜まで来るんだよ。
2人が初めて出会った場所、思い出の場所……そこで大和は1日中、視えないアタシに話をいっぱいしてくれるんだ。
相変わらず良い男だ……胸が、ドキドキする。
ポーッとしながら大和を視てた。
大和はアタシに気が付かなくて、目が合う事すら叶わない。
一歩、……ううん、半歩だ。
勇気を持って前に出る、でも、眩しくてこれ以上近づけない。
クソッ!
こんなトコ、部下達には視せらんねぇよ。
大和はアタシに気が付かないまま、生者3人に笑顔を向けた。
「誠、ユリちゃん、ただいまぁ……って、エイミー君じゃないか! 久しぶりだねぇ! 良く来てくれたねぇ! 元気だったかい? なんだかしばらく見ないうちに逞しくなったんじゃないか?」
優しい顔だ。
黙っていると強面なのに、笑うとスッゲェ優しくなる。
あ……ダメだ限界、涙が出てきた。
大好きすぎて感情が昂っちゃうよ。
「親父、メシは食ってきたのか?」
誠が聞くと、
「ああ、ジムのみんなで食べに行ったんだ。でも……これを作ってくれたのはユリちゃんかい? こんなにたくさん御馳走ばかり、どれもこれも美味しそうだ。あとで夜食でいただいてもいいかな?」
ちっとも出てない腹をさすってそう言った。
誠は ”そうか” と頷くと、アタシの顔をチラリと視てから大和にこう切り出したんだ。
「じゃあ、すぐにでも本題に入って良さそうだな。……なぁ親父。突拍子もねぇコト聞くがよ、親父に好きな女はいるか?」
え……!?
なんでいきなりその質問?
………………ああ、そうか。
もしかして、再婚こそはしてねぇが、今現在そういう相手がいるかどうかの確認か。
そうだよな……そういう人がいるんなら、今更アタシが出てきた所で迷惑だ。
さっきとは違う意味で心臓が暴れ出す。
大和にそういう相手がいるのなら祝福すべきだ。
頭では分かってるのに、心ん中では ”そんなのイヤダ” と叫んでる、……アタシって勝手な女だ。
聞かれた大和は口を開けっぱ、ポカンとしながらマヌケな顔で言ったんだ。
「……? いるよ。なんだって今更そんなコトを聞くんだ? 私が好きなのは今も昔も母さんだけだよ。知ってるだろう? まったく、親をからかうな」
ヨッシャーーーーー!!!
あ、いけね、思わず声が出ちゃったわ。
マコリン、エイミー、大福、誠も笑うな! ……って、なぜ!?
ユリちゃんが泣いちゃった! な、なんかゴメン!
「そうかそうか! 親父が好きなのは朋だけか! ははっ! そう言うとは思ったけどよ、聞いといた方が誰かさんが安心すると思ってな」
目尻をゴシゴシ擦りつつ誠が言うと、大和はさらにポカンとしちゃって、クソッ! こんな顔すらカッコいい!
「ん? 誰かさんって誰の事だ? ……?? 誠もユリちゃんもエイミー君も知ってる人なのかい? 私にも教えてくれよ」
「ああ、教える。その為に親父を待ってた。なぁ、親父は朋に会いてぇか?」
「…………そりゃあ、…………会いたいよ。母さんが死んでしまって、そう願わない日はなかった。毎日毎日彼女を想い続けてる。会えるものなら今すぐ会いたい、…………でも、もう生まれ変わってしまったのだろう? …………ああ、良いんだ。それで彼女が幸せなら、良いんだけれど……でも、もしも会えるなら…………ハハハ、私も大概未練がましい男だな。すまん、忘れてくれ」
最後の方は声が小さくなっちまって、俯いた両耳が真っ赤になっていた。
アタシはもう、限界の限界だった。
涙がボタボタ零れちまって、拭っても拭ってもそれがちっとも追いつかねぇ。
その時、アタシの背中を誰かの手が優しく押した。
視ればそれはエイミーで、グチャグチャに泣きながら笑ってるんだ。
その手のままに、アタシはちょっとずつ前に進んで大和の前に立ってみた。
大和はぜんぜんアタシの事が視えていなくて、命のあるのとないのとで、改めて大きな壁を痛感した。
『…………アタシも……生きてたらなぁ』
思わず……思わずだ。
弱いコトバが喉の奥から洩れてしまった。
こんな事、今までだって何度も思った。
でもずっと我慢して言わないようにしてたのに、大和を前にアタシは弱くなったんだ。
ファッサーーー、
洩れた弱音を払うみたいに。
大福のフサフサ三尾がアタシを撫ぜた。
猫又はアタシに向かって目を細め、そのままクルッと後ろを向くとトコトコ歩いてテーブル下に潜り込む、……で、そこから極々小さな声が聞こえてきたんだ。
『大和に足りないスキルなぞ、私の妖力で余るほど補ってやる____時は満ちた。いざ! 私の姿を視よ!』
言霊か……?
大福は再び姿を現した。
トコトコ歩いて傍に来て、ボフン! と変化で虎の子サイズにデッカクなって、その分伸びた長い三尾の一本を、アタシの腰にクルンと絡めた。
「あ、あれー! 大福ちゃんじゃないか! キミも来てたんだねぇ! ……ん? なんか前より随分と大きくなったような……とにかく会えて嬉しいよ。この間はありがとうね。藤田家の皆さんと私を会わせてくれた。本当に感謝している。ゴハンはもう食べたのかい? なにか食べたい物があれば何でも用意してあげる。遠慮はいらないよ、言ってごらん?」
大和、嬉しそうだ。
大福の頭を撫でて笑ってる。
『うなぁん。うなななな……うなっ! うなななななな、ウニャリ、』
猫語でうなうな言った後、最後に ”ウニャリ” とワルイ顔。
大福は大和の顔をペロンと舐めて、残る二尾の一本を、大和の腰にシュルルと伸ばし、 それがしっかり絡んだ瞬間____
____大和は、目を大きく見開いた。
目は瞬きすら惜しむみたいに固まって、
そこにある黒い瞳にアタシの顔が確かに映る、
でも、だけど、
瞳の中のアタシ……すぐにユラユラ歪んでしまった、
大和の目にさ、涙がブワッと溜まっちゃって、
だから、それで、
アタシの顔は歪んだままなの、
しばらくそのまま石化して、もうしばらく経ったあと、大和は絞り出すみたいに言ったんだ。
「……………………t…………朋ちゃん……?」
アタシは、……アタシは、それにうまく返事が出来なかったんだ。
だってさ、だってさ、大和がアタシを視てるんだもの。
アタシを視て、アタシの名前を呼ぶんだもの。
一方的に眺めてたのに、ずっとずっと視てるだけだったのに。
『…………や……やぁ……ま、』
嬉しくて嬉しくて、幸せで幸せで……今はこれが限界だ。




