二十六章 霊媒師 誠と真-23
ゴボッ! ゴボボゴッ! ゴッ! ゴッ! ゴボゴボゴボッ!
足の下ではマグマが飛沫を飛ばしてる。
黒い道はひび割れ状に隙間が開いて、そこから視える赤色がギラギラ光を放ってる。
熱風が纏わりついて灼熱がカラダを焙り、時折、弾けたマグマは雫となって噴き上がっていた。
やっぱ……スゲェな……【闇の道】、まるで溶岩そのものだ。
同じ道でも全然違え、【光る道】の真逆をいってる。
田所は俺の背中で泣いていた。
ブツブツなにかを喋っているが、ハッキリとは聞こえねぇ。
ジジィ曰く、【闇の道】に1度乗ったら逃げ出す事は絶対不可能。
悪霊はもちろんの事、善霊でもおんなじなんだ。
善霊が、なんらか事故で道に乗ってしまったら、それはもうどうする事も出来ねぇと言っていた。
そんなんだからジジィには、昔からしつけぇくらいに言われてたんだ。
____現場でもし【闇の道】に遭遇しても、
____決して近づいちゃあいけないよ、
____距離を取って視守る事、
____いいね、
ははっ!
悪いなジジィ。
約束、守れなかったわ。
闇の触手はガッチリ俺らを拘束したまま、マグマの真上で滞空中だ。
ポジション的にはバッチリで、いつ落とされてもおかしかねぇ。
出来る事なら ”ハイ! 今から落とします!” とアナウンスがほしいトコだが……って、そりゃ無理か。
だから俺は気配を探った。
落とす時に前兆があるはずだ。
拘束の長い触手を開放する前、なにか……なにか変化が起こるはず。
僅かな気配、些細な事でもなんでも良いから手掛かりを探り…………ん……?
いきなりだ。
ふと、さっきまで感じていた息苦しさか緩和した。
急に呼吸が楽になったその同時。
『……うぅぅ……イヤダ……地獄なんか逝きたくねぇ、』
ブツブツ言ってる田所の、ぼやきが耳に聞き取れた。
……あ……前兆、これじゃねぇか……?
そうだ、僅かだが触手が緩んだ。
だから呼吸も楽になったし、ぼやきの声もハッキリ聞こえた。
始まった。
きっとこの後すべての触手が緩んで解けて、そのまま真下に落とされるんだ。
否応なしにも身体に力が入ってく。
緊張で全身汗が噴き出した。
田所を地獄へ送る、
必ず送る、
このまま下に落ちさえすれば、あとは道が運んでくれる____
____はずだった、が。
……
…………ォ……
……………………ォォ……
………………………………マコ…………
『誠ォォォォォォォォッ!!!!!!!』
あぁ!?
誰かが俺の名を呼んだ、
空の上から割れた怒声で、
がなり狂う金属音を伴って、
顔を上げれば光る何かが隕石みてぇに落ちてきて、それで、
ギリュギリュギリュゥゥゥンッッッ!!!
ギチ……ギチギチギチギチ!!!
耳を劈く金属音が斜めに聞こえ、同時に腹を蹴り飛ばされた、直後。
気づけば俺と田所は、道じゃなく地面に転がり落ちていた。
チッ……!
誰だよ乱暴だな、人の腹思いっ切り蹴りやがった。
新たな敵かと思ったが、痛む身体を無理に起こして前を視れば。
そこにはデカイ背中があった。
着こまれた黒色の作業着姿。
その背中には金糸の刺繍で ”藤田林業” と記されていた。
「”藤田林業” って……真さんかよ!」
俺に背を向け【闇の道】を視上げてるのは真さんで間違いねぇ。
生前着ていた作業着姿、白髪の角刈り、逆三角形のデカイ背中に極めつけはチェーンソーを担いでる。
ああ、そうか。
さっき視た ”光る何か” はコレだったのか。
猛速で空から降った真さんは、チェーンソーで触手の束をぶった切り、俺らを道から切り離したんだ、……って、チョット待て。
なんでココに? なんだってこのタイミング?
偶然か?
いやその前にどうやって来たんだよ。
俺は口寄せしてねぇぞ? ……ハッ!
もしかして、素行が悪くて黄泉の国から追い出されたか!?
追放容疑の真さんは、グルッと振り向き鬼の顔でこう言った。
『はぁぁぁぁ!! まったくよ! 危ねぇコトしてんじゃねぇよ!! 誠は言ったよなぁ! ユリより先に死なねぇと! 俺はそれを聞いたから、可愛い可愛いユリとの結婚を許したんだ! それをおまえ……! こんな野郎と心中なんざ正気の沙汰とは思えねぇ! このクソバカ野郎がぁぁぁっ!!』
キーーーン…………(鼓膜ビリビリビリ……)
「っだよ! デケェ声出すんじゃねぇよ! 聞こえてるわ!! つーか落ち着け! この俺がユリを残して先に逝くワケねぇだろ! 大事な大事な嫁さんを泣かすかっつの! 田所と心中する気はサラサラねぇよ!」
一方的に怒鳴られたらよ、そら俺だって黙っちゃらんねぇ!
義理の祖父とか目上とか、そんなの今は関係ねぇ!
『く……!(キーーーーン……) おまえこそ声がデケェわ! じゃあなんで触手に捕らえられていた!? 俺が助けに来なかったらよ、今頃に道に焼かれてる! 道はな、一度上に上がったら逃がしちゃくれねぇ! それ分かってやったのか? それとも、祓い屋とは名ばかりで、そんな知識もねぇって言うのか? あぁ? あぁん? どうなんだよ!』
「だからぁッ! こちとら祓いのプロなんだ! そのくれぇ知ってるわ! ジョーシキだよ、ジョーシキ!!」
『じゃあ! さっきのザマはなんなんだ! もしかしてしくじったのか? そうなのか? そうなんだな? かーーーーーっ! 情けねぇ!』
ムッカーーーーッ!!
ムカムカムカムカムッカーーーーーー!!
「違えわッ!! さっきのはワザと触手に捕まったんだよッ!! 計算通り、計画通り、作戦通り、何一つしくじってねぇわッ!! 人の話を聞く前に暴走すんな! ったく、初めて会った時となんも変わってねぇなぁ! 去年、エイミーが貴子さんを滅したモンだと勘違いして、あん時も早とちりで暴走したじゃねぇか! 困ったジジィだな! だーから黄泉の国を追い出されんだ! ま、行くとこねぇならウチに住めば良いけどよ、」
ウチは古くてボロ家だが、部屋だけはたくさんある。
爺さん一人じゃ心配だから同居してやる。
俺って良い義孫だろ?
『あぁん!? 誰が黄泉の国を追い出されたって? 誠の方がよっぽど早とちりじゃねぇか! 意味が分かんねぇ! どっからそーゆー話が出るんだよ! でもまぁ、おまえらと一緒に住むのも悪かねぇがな。………………で? 話を戻すが誠は一体何をしたかったんだ。そんな下衆、とっとと道に渡しちまえば良いだろうによ____』
いきなり…………空気が変わった。
俺に対して軽口でがなった声が、地を這うように低くなる。
俺の肩に担がれた、田所の腰のあたりを凝視する。
「ああ、そうだな。本来なら、そうするべきだったんだろな。もしも、コイツが見ず知らずの悪霊だったら、きっと俺は一発で滅してた。でもよ、欲張っちまったんだ。出来る事ならテメェの罪を悔いてほしいと願ってしまった。だから色々話したんだが……結局は無駄だった。打っても何も響かなくてな」
『……………………』
「んで、長くなるから途中は省略するけどよ。なんで俺がコイツと一緒に闇の触手に捕まってたか。それは確実に地獄へ送る為だ。俺は今、ソウルアーマー装着中で、その間だけは霊体に干渉出来る。それを利用したんだ。俺の手でコイツをガッチリ拘束してよ、闇の触手に一緒に捕まり、触手がいよいよ【闇の道】に落とした瞬間、ソウルアーマーを解除する。そうすれば、道に乗るのはコイツだけ。俺はすり抜け地上に落ちるって計画だった、」
そう、こういう作戦だったんだ。
途中までうまくいってた。
計算通りで計画通り。
ぬかりはねぇ、しくじりもねぇ、……って、この作戦に関してはだけどな。
真さんに言ってはねぇが、この前段階でしくじってる。
田所にまんまと噛まれて血をなすられた。
やっちまったと焦ったが、引きずったって仕方がねぇ。
そのしくじりを次に生かせばそれで良いんだ。
俺はしくじりを生かすべく、ワザと触手に捕まって、触手が俺らを離した瞬間、アーマー解除の一発勝負に出るはずだった……が、早とちりの真さんにジャマされた。
デッケェ声で俺の名を呼び、空から助けに来ちまったんだ。
まったくよ、そんなんしたら自分だって危ねぇのによ、それでもアンタは来たんだよ……ははっ!
ホントに困った爺さんだ。
『な、なんだ……そういうコトだったのか』
顔から滝汗、”やっちまった!” と感情ダダ洩れ。
真さんは気まずい目をして俺を視た。
んぷ!
焦ってる焦ってる!
「そーゆーこった。あとチョットでうまくいったのによ、誰かさんのせいで失敗したわ。ユリもけっこうあわてんぼうだが、ありゃ真さんに似たんだな」
大袈裟に口を尖らせそう言うと、
『お、おぅ、ジャマして悪かった。あとよ、確かにユリはあわてんぼうだが……そうか、俺に似ちまったのか』
あーあー、なんだそりゃ。
嬉しそうにニヤケてやがる。
イカツイ面して孫命だな、……って、孫だけじゃねぇか。
真さんにとって家族は宝。
だから妻も、そして娘も命だ。
『…………ぅぅ……』
担ぎっぱなしの田所が小さな呻きをあげた。
さっき。
チェーンソーが触手を切って真さんに蹴り飛ばされて、俺と田所は地面の上に転がった。
俺はあの時、咄嗟に腕に力を込めて、田所を落とすまいと必死になった。
結果として落とす事はなかったが、田所は俺の身体の下敷きとなりアッサリ意識を失ったんだ。
その田所が呻きを上げた、……意識が、戻ったか。
『……ぅ……うぅ……うう』
呻き声がハッキリしだすのと同時、真さんの目つきが変わった。
ユリの話で緩んだ顔がガラリと変わって鬼となる。
そして、
『誠、ソイツを降ろしてやれや』
田所の腰の辺りをジッと視たまま、言葉短くそう言った。
「降ろすのは構わねぇけどよ。道は今…………どうも機能してねぇみてぇだ、」
答えながら【闇の道】を視上げると、僅かに残った触手の根本がウネウネ動くも、先がねぇから何も出来ずに停滞してる。
ゴボゴボとマグマの音だけ聞こえてくるんだ。
『ああ、道はしばらくこのままだ。俺が触手を切ったから、不測の事態に固まってんだ。あと数十分はこのままだろう。ま、心配すんな。コイツを直接【闇の道】に乗せてやれば、ちゃあんと地獄に運んでくれる。ただその前に、田所にはケジメをつけてもらわねぇとよ、』
…………ああ、そうか。
そうだよな。
真さんにとって家族は宝だ。
大事な娘を、大事な孫を、大事な妻を、酷い目に遭わせた田所をこのまま逝かすはずがねぇ。
「分かった、」
俺もまた短く答え、田所を肩から降ろして座らせた。
戻りきらない意識の中で、田所は地べたにへたって頭を左右に振っている。
真さんは息を吐き田所を凝視した。
目の奥にはマグマの熱が蓄えられて、俺ですら背筋が冷える。
一歩一歩を踏みしめながら、真さんは奴の前まで到着すると、ガバッと足を大きく広げてしゃがみ込む。
『おぅ、なに寝ぼけてんだ。起きろ、』
田所への第一声は低く、地を這うような凄みがあった。




