二十六章 霊媒師 誠と真-22
払っても払っても靄が落ちねぇ。
空を視れば闇の触手の半分は、その先端を俺に向けてる。
クソッ!
やっちまった、明らかに俺のミスだ……!
『……ふひ……ふひひh……ふひひゃ……ぎゃはははははははははははは!!! 小僧が偉そうにしやがってよ!! これでおまえも【闇の道】に狙われる!! ザマァミロッ!! バーーーーーーーカ!!』
チッ!
ウルセェな、鬼の首を取ったみてぇに浮かれるコイツは、口の端からヨダレを垂らして醜悪に笑ってやがる。
気に入らねぇ。
「オイ、いい大人がヨダレを垂らすな。口拭けよ、気持ち悪い。ああ、もしかしてアレか。顎の骨もいかれちまったのか、さっきの蹴りでよ」
あえての半笑いだ。
視界の端に映る道はだいぶ高度が下がってきてる。
モタモタはしてられねぇ、だが、コイツの前で動揺する気は微塵もねぇ。
『…………本当に嫌な奴だな。ああそうだ、おまえに蹴られて片顎が砕けたんだよ。絶対に許さねぇ……! と言いたい所だがまあいい、今回は許してやる。だってなぁ……ふひひ、おまえは俺の身代わりになるんだ。足、思いっきり噛んでやった、傷口に俺の血をなすってやった、こうするとなぁ【闇の道】はおまえが俺だと勘違いするんだよ。ぎゃはははははは! ありがとよ! 俺の代わりに地獄に逝け!!』
潰れた鼻にずれた顎、口からヨダレをダラダラ垂らし、指先は真っ赤に染まる。
そんなナリしてバカ笑いの田所は狂気そのものだった。
「バカ言ってんじゃねぇよ。俺は新婚なんだ。嫁さん置いて地獄なんぞに逝けるかよ。それよかやっと分かったわ。おまえは今まで、こうやって【闇の道】から逃れていたんだな。なぁ、今まで一体何人犠牲にした、おまえの代わりに何人地獄に流されたんだ? あぁ?」
『気になるか? ふひひ……俺の代わりに地獄に逝ったヤツは5人だよ。俺は普段、街中にいる事が多いんだ。なんでだか分かるか? 街は人が大勢いるだろう? 生きたヤツも、それから死んだヤツもだ。道が来たら近くにいる霊に飛び掛かればいい。俺はソイツに噛みついて俺の血をなすりつける。道はポンコツだからな。それだけで勘違いする、関係ねぇ霊を俺だと思って連れて行くんだ』
酷え事しやがる……そういや言ってたな、
____チクショォ!! チクショォォォォ!!
ここじゃ駄目だ、ここじゃあ捕まっちまう!!
誰か、誰かいないのか……!!
ってよ。
そういう意味だったのか。
『だけどここは街じゃねぇ。いるのは俺とおまえだけ。今回ばかりは詰んだと思った。……けどよ、おまえにボコボコに殴られてるうち気づいたんだ。おまえは確かに生きている、でも俺にさわれるんだ。という事はこの手が使えるんじゃねぇかって』
「へぇ、ボコるたんびに頭抱えてビビッてたのに、よく気づいたじゃねぇか。……田所。おまえ、そのやり方は誰かに聞いたのか? 他にもそんな事する悪霊がいるのか?」
気になって聞いてみると、田所は顔を歪ませ得意気に、
こう、答えたんだ。
『誰かに聞いたんじゃねぇ、最初は偶然だ。道が来て、視ただけでヤベェと思った。その時にたまたま近くに女の霊がいたんだ。だから女を捕まえて代わりに差し出そうとしたんだけどよ、ソイツ、泣きながらすげぇ抵抗したんだよ。俺、カッとなって殴っちまって、揉み合ってるうちお互いの血が混ざり合ったんだ。それで、ガハッ!! な、なにしやがる!!』
気づけば俺は田所を殴りつけていた。
最後まで聞いていられなかった。
たまたま通りかかった女の霊を殴った?
泣きながら抵抗してるのに?
互いの血が混ざり合う程の力で?
挙句の果てには無関係なその女を身代わりにした?
かわいそうによ。
ふざけんな。
おまえは一体、同じ罪を何度重ねりゃ気が済むんだ。
駄目だコイツ。
コイツだけは確実に地獄に送らなくちゃならねぇ。
おまえが罪を重ねるたびにユリが傷つき泣くんだよ。
ヤワなコイツは地面に倒れて呻いてる。
俺は無言で近付いて、片手で持ち上げ肩に担いでガッチリ掴んだ。
絶対に地獄に送る。
『な、なにをする!! は、離せ!!』
暴れるコイツを離さないまま空を視た。
【闇の道】はすぐそこまで来ている。
そこから生える闇の触手の先端は、すべてこちらに向いていた。
『バ、バカッ!! 離せ!!』
水揚げされた魚みてぇにビチビチ暴れる田所は、俺にガッチリホールドされて、逃げ出したくても逃げられねぇ、って当たり前か。
おまえみたいな中肉中背、俺からすればコドモと一緒だ。
片手で十分拘束出来る。
「バカはおまえだ、離す訳ねぇだろ。それより聞きてぇコトがある。おまえの血が俺に付いた事で、道は ”清水誠” を ”田所秀” だと誤認するって言ったよな? じゃあアレか? 道は ”田所” が2人いるって思うのか? さっきの言い方だとどうも違うみてぇだが、」
そう、これがイマイチ分からねぇんだ。
本物の田所と血を塗られた俺、道はどう判断するんだ?
『そんな事どうだって、……クソッ! ああ違う! 俺の血を誰かに付けると道はそっちを追いかける、俺の事は追わなくなる。だから俺はその間に逃げるんだ! 分かったらとっとと離せ!!』
「ふーん、つーコトは、道は常に最新の情報を元に追うって事か……、」
なるほどな。
まぁ、そうじゃねぇかと思ったけどよ。
道が持ってる悪霊の基本情報、当然、これをベースに追跡をするんだろう。
だがもしもだ。
対象となる悪霊が、何らかの理由で自分自身を再構築した場合、その霊体はリバウンドを起こす。
ジジィくれえの手練れでなけりゃあ、アチコチ霊体にバグが生じて異形の姿に変化する。
それはもちろん視た目も中身もどちらもだ。
基本情報プラスアルファで変化があれば、その変化を上書きし、道はそっちを追跡する……
田所は偶然とは言えビンゴを引いたんだ。
しかし……どうも釈然としねぇ。
ジジィとジャッキー曰く、”黄泉の国は現世の千年先を行く”、すべてにおいて技術が高いと言っていた。
その割には【闇の道】は造りが雑だ。
”最新の情報の上書き” と仮説を立てたが、オリジナルも同時にいるのにそっちは追わねぇ。
2体同時の認識は出来ねぇのか?
謎が残るな……追跡力に全振りなのは分かるがよ、そこ以外は穴がある。
しかも、1つの穴がデカイんだ…………一体なぜ、
『ぁぁぁぁああああああ!!! もう道が着いちまう!! 頼むから離してくれ!! 俺は地獄に逝きたくないんだ!! 嫌だ!! 嫌だ嫌だ嫌だぁぁぁぁ!!』
ここで思考が中断された。
俺の背中で田所が逆さのまんま、デケェ声で叫んだからだ。
ウルセェな、ガタガタ抜かすな。
「ははっ! 田所ォ、往生際が悪すぎるぞ。つーかそんなに嫌がるなよ。せっかく黄泉がおまえの為に道を寄越してくれたんだ。乗っとけよ、タダだし、なっ!」
あえての全笑いだ。
田所は一瞬言葉を失って、だがすぐにギャアギャアと喚きだす。
『”な” じゃねぇよっ!! 俺は嫌だ!! 乗るならおまえ1人で乗れ!! なぁ、頼む離してくれよ……おまえさえ離してくれれば逃げられるんだ……あ!! そ、そうだ! もしも離してくれたらよ、俺はもう2度とユリには近づかねぇ!! おまえはユリが大事だろ? 約束する!! だから頼む!!』
「お、マジか。ユリを諦めてくれるのか、……って、おまえの言葉は世界一信用ならねぇ。誰が信じるか、誰が離すか、バーカバーカ!」
調子に乗って煽ってやれば、面白れぇ程コイツはビビッて焦ってる。
そして、いよいよヤバイと思ったのか、こんな事を言い出した。
『な、なぁ、おまえアタマがおかしくなったのか? 道はもうすぐそこだ。俺を離さねえと言うならよ、だったら俺ごと逃げてくれ。このままじゃ俺もおまえも【闇の道】に捕まっちまう!!』
「うわぁ……引くわ……なんだよそれ。”私を連れてココから逃げて” なんてセリフ、オッサンに言わても嬉しくねぇわ。それと残念だったな。俺はここから逃げねぇよ」
『しょ、正気か!? 勘弁してくれ! ここから早く逃げてくれ!! それか離せ!! チクショォォォォ!! 離せ!! 離せオラァッ!!』
「やなこった。俺はおまえを地獄に送ると決めている。ここで逃げたりおまえを離せば地獄には送れねぇ。俺はな、とっくに腹を括ったんだよ。
つーコトで田所ォォォォ!! おまえも腹括れやァァァ!! 一緒に逝こうぜ、【闇の道】によ!」
言いたい放題言った後、田所を担いだまんま首だけ捻って後ろを向いた。
向いた先で潰れた顔と目が合って、その目は恐怖に怯えてた。
つか、狂人を視るよな目つきで俺を視ている。
その直後。
ズンッ!! と大きく地面が揺れた。
視れば、【闇の道】がとうとう大地に接地した。
『うわぁぁぁぁぁあああああああああ!!!!』
田所が叫んだ。
道はゴボゴボ煮えたぎり、近い分だけ熱で身体が焙られる。
ここまで近くで道を視るのは初めてだ。
これ、研修に使えるな。
嵐はまだ【闇の道】を視た事ねぇから、今度の時に教えてやろう。
それともう1つ、研修に使えそうなモノがある。
それは____
「おーいおーい! コッチコッチー! 闇の触手ー! 俺と田所はココだー! 俺達を捕らえるんだろう? 2人まとめてココにいる! 捕まえるには手間いらずだ! 早く捕まえに来いよー!」
片手に田所、反対側の空いた右手を大きく振った。
『おまえぇぇぇぇぇええええええ!!! なに呼んでるんだ!! バカか!! 動けクズ!! 早く逃げろぉぉぉおおおおおおっ!!!』
また田所が叫んだ。
つーか語彙力な、”バカ” しか言えねぇのかよ。
ま、人のコトは言えねぇか。
「バカはおまえだ。人の話聞いてたか? 俺はおまえを地獄に送る。だから絶対離さねぇっつの、____おあぁッ!」
それは突然だった。
数えきれねぇ闇の触手が一斉に伸びきて、そして、半瞬もかからねぇうち、野郎2人をグルグル巻きにしちまったんだ。
俺の背中で言葉にならねぇ呻きが聞こえ、それはすぐに啜り泣きに変化する。
チッ……けっこうキツク巻くんだな、息苦しいったらねぇや。
感触的にはゴムに似ている。
表面は熱くもねぇし冷たくもねぇ、意外な事に人肌だ。
これも研修に使えるな。
闇の触手に直接さわった霊媒師、そんなのきっと俺しかいねぇ。
触手は俺らを捕らえたまんま、高く高く、高度を上げた。
首だけ捻って下を視れば、そこにはゴボゴボ黒いマグマが燃えている。
闇の触手はこの上に俺らを落とすつもりだろう。
それはおそらく、もうあと少しで……




